表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空白の少女と錆びた英雄 ――音を聴く大鎌の少女、帝国の闘技場で弾丸と舞う――  作者: R.D
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/114

第44話 - α 思い出した罪、血塗られた手

「――――ハッ!」


 私は大きく息を呑み、弾かれたように身を起こした。


 視界が揺れている。ガタガタと車輪が石畳を鳴らす音が響く。


 そこは、見知らぬ馬車の中だった。


 心臓が、破裂しそうなほどの早鐘を打っている。


 息が上手く吸えない。


 そして何より、目からボロボロと止めどなく涙が溢れ出し、私の頬を伝って膝へと落ち続けていた。


「……おい、小娘」


 向かいの席から、低く落ち着いた声がした。


 顔を上げると、おじさんが何も聞かずに、ただ黙って清潔なハンカチを私へと差し出していた。


「……っ、あ……」


 私は震える手でそれを受け取り、ぐしぐしと乱暴に涙を拭った。


 深呼吸を繰り返し、少しだけ心拍を落ち着かせてから、まとわりつく悪夢を強引に振り払うようにして口を開く。


「……おじさん、これ……どういう状況?」


 なんとか周りを確認する、私は着替えようとして、それで――


 少なくとも馬車には乗っていなかったはずだ。


「皇女殿下の慰問の為の、移動中だ」


 おじさんは短く事実だけを告げると、私の隣へと静かに目配せをした。


 ハッとしてそちらを向くと、そこには私の服の袖をぎゅっと握りしめ、ひどく心配そうな顔で私を見つめるソフィの姿があった。


「リゼお姉様……」


 ――こんな小さい子にまで心配をかけて、私は……。


「あ……ごめんね、ソフィ。大丈夫、何でもないよ」


 私は無理やり口角を上げ、ソフィの小さな頭をぽんぽんと撫でた。


「そろそろ目的地だ」


 おじさんの言葉に、私は馬車の床へと視線を落とした。


 そこには、豪華な装飾が施された皇剣『プロウド』と帝剣『インペル』が並べて置かれていた。


 権力と正統性の象徴たる、二振りの国宝。


「……おじさん」


 私は、自分の声が情けないほど震えているのを自覚しながら、掠れた声で紡いだ。


「今回は、ちょっと……時間、欲しい。……おじさんは英雄なんだからさ、おじさんが剣を掲げたほうが、絶対に権威がつくし」


「…………」


「……だから、ちょっとだけ……護衛、休ませて……」


 力なくそう懇願する私を、おじさんは静かな瞳でじっと見つめていた。


 やがて、彼は「ふん」と短く鼻を鳴らし、床から『帝剣』だけを拾い上げた。


「……そいつはリゼ、お前が持ってろ」


 それだけ言うと、馬車がゆっくりと停車した。


 外から喧騒が聞こえ、扉が開かれる。


 おじさんは帝剣を携え、ソフィを伴って馬車を降りていった。


 私を一人、馬車の中に残して。


 バタン、と扉が閉まり、馬車の中に薄暗い静寂が戻る。


 途端に、堰き止めていたものが完全に決壊した。


「……っ、う……あ、ぁぁ……っ」


 私は両手で顔を覆い、一人、音もなく泣き出した。


 ――なんで、こんな大事なことを忘れてたんだ。


 忘れないからって、親友と、恩人と、大切な人たちと約束したのに。


 彼らの命をこの手で奪ってまで、歩みを進めたはずなのに。


 ……私は最低だ、殺した親友も、恩人も師匠も、全てなかったことにして前に進んでいた。


 顔を覆っていた両手を、ゆっくりと目の前にかざす。


 指先が、小刻みに震えている。


 その両手は、赤い血でべっとりと汚れているように見えた。


 ――私の手は、最初からこんなにも、血まみれだったんだ。


 見えていなかった、忘れようとした私の罪の証。


 ――私の手を覆う血潮ちしおが、ようやく私に見えていた。


 拭っても拭っても落ちない幻の血を前に、私はただ、暗い馬車の中で声を殺して泣き続けることしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ