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空白の少女と錆びた英雄 ――音を聴く大鎌の少女、帝国の闘技場で弾丸と舞う――  作者: R.D
第一部

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第43話 - α 地獄の巡礼

 しばらく親友だったものの前で呆然としていた私は、溢れる涙を拭い「……これも、借りてくね」と呟いた。


 まだ、きっとまだ助かる人がいるはず……!私が……、私が見つけて助けるんだ……!


 血にまみれたれたカイナの短剣を固く握り直したまま、私は再び、生きている人を探して凄惨な戦場へと足を踏み出した。


 けれど――


 ――その過程は、まさしく地獄だった。


 生き残っていた人たちは皆、助かる見込みのない致命傷を負っていた。


 「遅れてごめん」と泣きながら謝る私を、責める人は誰もいなかった。


 誰も私を責めない、それどころか来てくれてありがとうとすらいう人さえいた。


 見知らぬ兵士から、顔見知りの騎士まで、誰一人私を責めない。


 それが余計に、私の心をズタズタに引き裂いた。


「……モリッツさん……っ」


 みんなの笑顔を守るために、街の衛兵から前線の兵士へと志願したモリッツさん。


 門番勤務が多かった彼は、腕試しを兼ねて魔物討伐に向かう私をいつも心配そうに見送り、よく水やパンを持たせてくれた。


 『市民からよく差し入れが来るから、気にすんな』と彼は笑っていたけれど。私は知っていた。


 彼が私にくれるのは、いつも決まって『焼きたてのパン』だった。


 私が任務で来られない日はそのパンを自分の翌日の食事に回し、次の日にはまた、私のためだけに新しい焼きたてのパンを買ってきてくれていたことを。


「……ありがとう、モリッツさん。もっと早く……言えばよかった……」

 

 息も絶え絶えな彼に、泣きながらそう伝えると。


「……ははっ、バレてたのか……」


 モリッツさんは力なく笑い、満足そうに目を瞑った。


「私が……みんなを……守るから、……安心……して」


 私は、彼の心臓を突き刺した。


 ……モリッツさん、ありがとう……、ごめんなさい。


 次に見つけた生存者は、よく私を子供扱いして、飴や甘い飲み物をくれた面倒見のいい騎士団の先輩、カラクさんだった。


 彼が、亡くした妹の面影を私に重ねて色々とお世話をしてくれていることには、ずっと前から気づいていた。


「カラクさん……私、お兄ちゃんがいたら……カラクさんみたいな人だったら、よかったよ……」


「……バレていたのか。……俺の自己満足に、付き合わせて……ごめんな……」


 血を吐きながらも、バツが悪そうに笑うカラクさん、その気遣いに、私は何度も助けられた。


 ……楽に、してあげないと……。


「ううん……ゆっくり休んでね、お兄ちゃん」


 私がそう呟くと、カラクさんは深い安堵の表情を浮かべて、静かに目を閉じた。


 私は、彼に寄り添うようにして、その心臓を突き刺した。


 お兄ちゃん……、カラクさん……、私は……。



 ――そして。


 次に見つけた人は、瓦礫に寄りかかるようにして、静かに果てようとしていた。


「……スメラギ、さん」


 彼が腰に下げている『刀』を見て、一目でわかった。東方から旅をして、聖国にきた剣客のカナタ・スメラギさん。


 彼は強い人との死合いを望んで旅をしていたらしかった、けれど、ここ聖国で泊まっていた宿屋の娘さんと恋に落ちて、彼女とこの国を守るために兵士に志願した人。


 話を聞いたとき、私は何度も聞いちゃった、私には一生ないであろうそのロマンチックな物語に。


 そして彼は、書物の知識だけで見よう見まねの抜刀術を使っていた私に、本格的な東方の剣術の稽古をつけてくれた、私の大切な師匠のような人だ。


「……リゼちゃん、か……」


 駆け寄る私に、スメラギさんは力なく微笑んだ。


「気にするな。これは……俺の、選択なのだから……」


 ……違う……、スメラギさんが命のやり取りをするのに望んでたのは一対一の死合いだったはず……。


 それに今は、奥さんを守る為、無事に帰る為に戦ったはずなのに、気にするななんて。


 彼は絶え絶えの息のまま、血に染まった懐から赤い宝石を取り出し、私へと差し出した。


「聖国では、この石を……家族に、託すのだろう? 彼女に……渡してもらって、いいか……?」


 そこにあるのは、剣と天秤の模様が入った、赤い宝石。


「っ……うん……!」


 血を吐きながらの悲痛な願いに、私はボロボロと泣きながら何度も頷き、宝石を受け取った。


 それを見たスメラギさんは、自分の傍らにある愛刀へ視線を移し、最後にこう言った。


「……リゼちゃん。最後に……君の居合術、見せてくれない……か」


 その意図を察した瞬間、私の視界は涙で完全に歪んだ。


 ……きっと、そういうこと……なんだ……。


 けれど、私は泣き声を噛み殺し、彼の刀を両手で拾い上げた。


 私は刀の鞘を腰に当て、スメラギさんから教わった完璧な『居合いの構え』をとる。


「――――」


 息を吸い、一閃。


 放たれた白刃は、迷いなくスメラギさんの心臓を正確に穿った。


「……見事」


 その一言を残し、師匠は静かに息を引き取った。


 私は泣きながら刃を振り抜き、血振るいの残心をとる。


 そして、カチン、と刀を鞘に収めた瞬間。


 張り詰めていた糸が完全に切れ、私はその場に、力なく崩れ落ちた。

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