第37話 - α 凶弾
「ねよっか、ソフィ」
私が優しく声をかけると、ソフィは安心したように「はい……」と小さく頷き、すぐにすやすやと穏やかな寝息を立て始めた。
その温かみを隣に感じながら、私も静かに目を瞑る。
……いつの間にか、帝国の内乱にまで首を突っ込んじゃったな。
国の行方を左右するような大きな権力闘争。
記憶もない、聖国の騎士の可能性が高い。
そして、昨日まで闘技場の泥に塗れていた私が、こんな歴史の表舞台みたいなことに関わっていいのだろうか。
そんな答えの出ない疑問を頭の片隅に浮かべながら、私はふかふかの布団の温もりに抗えず、深い眠りへと落ちていった。
――どれくらいの時間が経っただろうか。
ゾワリ、と。
肌を粟立たせるような微かな『殺気』を感じて、私はハッと意識を浮上させた。
……気のせいか?
いや、違う。闘技場で培われた生存本能が、確実に何かが近づいてくる音を拾っている。
もし本当の襲撃なら、ここで目を覚ましたと悟られるのは不味い。
私はたぬき寝入りを装いながら、毛布の中で静かに、太もものホルスターから短剣を一本抜き放った。
いつでも、一瞬で毛布を蹴り飛ばして飛び出せるように、全身の筋肉をバネのように引き絞る。
やがて、カチャリと小さな音を立てて、寝室の扉が開いた。
足音を極限まで殺して部屋の中に入ってきたのは――下にいたはずの、武器屋のメルだった。
メルは私のベッドの傍までやってくると、立ち止まり、ポツリと小さな声で呟いた。
「……ありがとう」
それは、ひどく優しくて、温かい声だった。
「あの馬鹿を守ってくれて。もう一度、立ち上がらせてくれて……本当に、感謝してる」
……おじさんのこと、だろうか。
殺気だなんて、気のせいだったか?少なくとも、この人に殺意は見えないけど。
私がホッと胸をなでおろし、短剣を握る手の力を緩めようとした――次の瞬間。
「……だからこそ。皇女殿下、あなたには……ここで死んでほしい」
――なっ。
空気が、一瞬にして氷点下まで凍りついた。
急に殺意が跳ね上がった。
メルの声は、泣いているように震えていた。
チャキッ、と。
暗闇の中で、撃鉄を起こす冷たい金属音が響く。
銃口が向けられたのは、私の隣で無防備に眠るソフィの頭だった。
「――ッ!!」
私は弾かれたように毛布を蹴り飛ばし、ベッドから跳ね起きた。
「なっ……!」
驚愕に目を見開くメルが、咄嗟に引き金に指をかける。
だが、それよりも私の腕が振り抜かれる方が速かった。
「ッ!!」
渾身の力で投擲された短剣が、空気を裂いて一直線に飛ぶ。
鋭い金属音が部屋に響き渡る。
私が放った刃は、メルが構えていた銃の側面を正確に強打し、その衝撃で彼女の手から銃を弾き飛ばした。
重い鉄の塊が、床を滑って部屋の隅へと転がっていく。
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