第35話 - α ふかふかの戸惑いと、初めての寝床
二階の寝室の扉を開けると、メルが準備してくれた通り、綺麗にシーツが敷かれた大きなベッドが私たちを待っていた。
ソフィを先に寝かせ、私もその隣へと潜り込む。
――ふかふかだ。
背中を優しく包み込むような柔らかいマットレスと、清潔で温かい掛け布団。
そのあまりにも心地よい感触に、私は言いようのない不思議な気持ちになっていた。
こんなにフカフカなベッドで眠るのは、記憶を失ってから……ううん、もしかしたら生まれて初めてなんじゃないかと思えるくらい、私の身体はこの優しさを知らなかった。
……あたしにこんな上等なベッドで寝る権利、あるのかな……?
……殺してきた帝国兵一人一人にも、きっと守るべきもの、帰るべき場所があっただろう。
私はそんな思いに耽りながら布団の感触を確かめるように、落ち着きなくモゾモゾと動いていると。
隣に寝転がっていたソフィが、不思議そうにパチクリと瞬きをした。
「お姉様、ベッド、慣れないんですか?」
どうしてそんなことを聞くのだろうと隣を見ると、ソフィは私の顔をじっと見つめながら、何故かひどく心配そうな声を出す。
「えっ? どうして?」
「その……なんだか、とても居心地が悪そうにされているので……」
このお姫様、中々鋭い。
「あ、ううん。違うの、ごめんね」
私は慌てて首を振って、苦笑いを浮かべた。
居心地が悪いんじゃなくて、良すぎて戸惑っているだけなのだ。
「うーん……私は目覚めてから、ずっと闘技場の牢屋にいたからさ。ベッドというか、こういうちゃんとした『寝床』というものに慣れてないのかも」
ソフィは目をパチクリして、驚いてる。
「闘技場の、牢屋……?」
「うん。冷たくて硬い石の床の上で、ボロ布を被って寝てたから。こんなに温かくて柔らかい場所で寝ていいのかなって、なんだかソワソワしちゃって」
私が正直にそう打ち明けると、ソフィは丸くしていた目を少しだけ伏せ、何かを堪えるようにキュッと唇を結んだ。
「そんな顔、しないでよ……?私にはお似合いの場所だったんだ」
私が自嘲気味に笑って誤魔化そうとすると、ソフィは小さく、けれどはっきりと首を横に振った。
「そんなことありません。お姉様は、私を助けてくれた、優しくて強い方です……だから」
ソフィは布団の中で、私の寝間着の袖をそっと握りしめた。
「お姉様の物語、教えてくれませんか?」
そのまっすぐな瞳で見つめられ、私は小さく息を吐いた。
私の過去なんて、血と泥に塗れたろくでもないものだ。
必死に大鎌を振るって、殺して殺して、その上に私の生が成り立っている、そんな歪んだ存在。
けれど、この温かい手と瞳を無下に突き放すことなんて、私にはできなかった。
「……私は記憶喪失だから。目覚めてから今までの、わかることだけなら、いいよ」
「はい」
私は天井の木目を見つめながら、ぽつり、ぽつりと話し始めた。
まるでおとぎ話でも聞かせるように、言葉を選びながら、私の短い『物語』を紡いでいった。
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R・D




