第30話 - α 右往左往
手にした帝剣の鋭い刃で、彼女を縛り付けていたロープを丁寧に切り裂く。
自由になったお姫様は、涙をポロポロとこぼしながら小さく頷く。
私は床に落ちていた帝剣の鞘を拾い上げて自分のベルトにかけると、右手一本でお姫様の華奢な身体を軽々とすくい上げ、胸に抱き寄せる。
大鎌を振り回す私の筋力なら、このくらいの子を片手で運ぶのは造作もない。
左手には抜いたままの帝剣を持ち、警戒は解かない、私は部屋の入り口付近で銃撃戦をしていたはずのおじさんの元へと駆け寄った。
「おじさん! そっちは終わった?」
「ああ」
おじさんは短く応えながら、銃の弾倉をカチャリと確認して懐へ収めた。
彼の足元には、先ほどまでふんぞり返っていたザロウ公爵と、護衛の兵士たちが血の海に沈んでいる。
自身の安全を何よりも優先していた臆病なタヌキ親父の最期は、あっけないものだった。
「……ねえ、おじさん」
私は、足元の死体を見下ろしながらポツリと呟いた。
「これで、戦争は起こらないの? 平和になる?」
ハト派の親玉だったローランも、タカ派の親玉だったザロウも、私たちが殺した。
――タカ派とハト派の兵士を沢山殺した。
沢山の犠牲を出して元凶を絶ったのだから、これで地獄は終わるはず。
だが、おじさんはひどく疲れた顔で首を横に振った。
「いや。俺たちがやったのは、私利私欲に満ちた馬鹿どもを殺した所までだ」
「え……」
「国を引っ掻き回していた上の連中がいなくなったんだ、権力の空白が生まれる。ここからちゃんと帝国の為に政治をしてくれる奴が出てこないと、国はますます混迷を極める」
おじさんの言葉が、重く胸にのしかかる。
悪者を殺せば平和になる、なんて単純な話じゃない。
誰かがこの血塗られた国を立て直し、正しい方向へ導かなければ、また新しいローランやザロウが現れるだけなのだ。
「……小娘、大鎌はどうした?」
私の背には大鎌はない、ヒビが入って使い物にならなくなってしまった。
「壊れちゃって、重いから一度ここに置いていくよ」
私の数少ない持ち物の大鎌、愛着もあるけど、お姫様を抱えて、皇剣に加え帝剣まで持っていかないといけない私にとって、置いていかざるを得ない。
「……長居は無用だな、脱出するぞ」
「うんっ」
おじさんの促しに、私は力強く頷いて歩き出そうとする。
その時、ふと思い出した。
――この屋敷の外、庭には。私が大鎌で刈り取った、無数の首無し死体が転がっているのだ。
……あたしがやったんだ。
「……」
私は足を止め、腕の中にいるお姫様へと視線を落とした。
権力闘争の道具として縛られ、目の前で人が死ぬのを見て、ただでさえ怯えきっているこの子に、あんな残酷な惨状を見せるわけにはいかない。
「お姫様」
私はできるだけ柔らかい声を作って、彼女の耳元で囁いた。
「ここから外に出るまで……絶対に、目を瞑っていてね」
「……はい」
お姫様は私の胸に顔を埋め、ギュッと強く目を閉じてくれた。
帝剣を鞘に戻して、その小さな背中をかばうように両手で抱きしめ直すと、私はおじさんと共に、血の匂いが充満する屋敷からの撤収を開始した。
お姫様を両腕に抱きかかえたまま、私たちは足早にザロウ公爵の屋敷を後にして、帝都の表通りへと撤退した。
周囲を見渡すと、あちこちで燃え盛っていた火の手は、明らかに陰りを見せ始めていた。
地下シェルターへの避難が完了し、残った兵士や市民たちによる消火活動がうまく機能し始めたのかもしれない。
夜空を赤く染めていた煙も、少しずつ薄らいでいるように見えた。
「ねえ、おじさん。これからどうするの?」
私は周囲を警戒しながら、前を歩くおじさんに小声で尋ねた。
おじさんは痛む足を引きずりながら、忌々しそうに舌打ちをする。
「……皇居が燃えて、国を動かしていた重鎮も俺たちが殺したからな。今、帝国の中枢は完全に麻痺している状態だ」
「うん……」
「それに、皇子や皇女を救出しようともしなかった『中立派』の奴らも、果たして信用していいものかどうかわからねぇ」
タカ派でもハト派でもなく、ただ日和見を決め込んでいた貴族や重臣たち。
彼らの元へこのお姫様の保護を求めて連れて行っても、また新しい権力闘争の道具にされるだけかもしれない。
「……仕方ない。ひとまず俺の家で、皇女殿下の怪我を確認するぞ」
「おじさんの家に?」
「ああ。あそこなら、少なくとも医療器具は揃っているし安全も保証できる」
そう言って歩みを止めたおじさんは、懐から小さなメモ帳とペンを取り出し、暗がりの中で何事かを素早く走り書きした。
そして、その紙をビリッと破り取ると、通りをオロオロと歩いていた野次馬か記者らしき男を呼び止めた。
「おい、あんた。これを頼む」
「えっ? ひぃっ! な、なんですか……!?」
血と硝煙の匂いを漂わせた大男に声をかけられ、男はビクッと肩を跳ねさせて後退る。
だが、先ほどのメモと一緒に、光り輝く『金貨』を一枚握らせると、男の顔色は驚きへと変わった。
「こ、これは……」
「宛先は書いてある。必ず届けろ」
有無を言わせぬ低い声でそう念を押すと、おじさんは男をその場に残し、私の方へと振り返った。
「こっちだ、ついてこい」
「うん!」
私は腕の中のお姫様を落とさないように抱え直し、おじさんの大きな背中を追って、夜の帝都の裏通りへと歩き出した。
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