第29話 - α 無意識の記憶、神速の抜刀
書斎の空気を切り裂き、私は剣を持つ敵へと駆け出した。
短剣を二振り両手に構えて、私の体重と助走の勢いを乗せ、力任せに縦へと振り下ろした。
だが相手の騎士は、短剣の軌道を見切っているかのように最小限の動きで剣――帝剣で受け止める。
――ガキンッ!!
凄まじい金属音が書斎に轟く。
私が振り下ろした二振りの短剣と、騎士が掲げた『帝剣』が激突し、火花が散る。
短剣と帝剣がぶつかり合った衝撃で、私の腕が痺れるほどの反動が伝わってくる。
激突の衝撃で私の短剣にヒビが入った。
――……ッ!……まずい!
短剣の破片がお姫様に飛んでいったら大問題だ。
「っ!」
そのまま、短剣を手放し、衝撃をいなすように空中で身体を捻り、一回転して着地する。
――と同時、背後から冷たい殺気が迫る。
「甘い!」
帝国の騎士が、追撃の一撃を私の背中に叩き込もうと、剣を大きく薙ぎ払った。
振り返る余裕すらない。
だが、研ぎ澄まされた直感が、風を切る音で剣の軌道を予測し、咄嗟に大鎌を持ち柄で受け止める。
受け止めた大鎌の柄にヒビが入る、鉄の棒にヒビを入れる剣、……なんて威力だ。
帝国の騎士は『皇剣』を抜けとばかりに笑みを浮かべて剣を構えている。
私は血潮に濡れている鎌を投げ出して、『皇剣』に手をかけた。
……この感じ、体が覚えている。
剣を抜き、騎士の足元に剣先を向けて下段に構える。
剣と剣での一騎打ち、私はきっと何度も経験しているのだろう。
――勝負だ!
私は地面を蹴り、その勢いで身体を半回転させながら、水平に剣を振るう。
――カッ!!
火花が散る。
私の『プロウド』と騎士の『インペル』が、横一文字に噛み合ったまま拮抗した。
近距離で拮抗する刃の向こう側で、騎士が獰猛な笑みを浮かべる。
――力に任せては駄目だ、ここは……。
剣から力を抜いて前に転ばそうと試みる、が敵は体幹がしっかりしているからか、そんな小細工にはかからずに後方に引いた。
私の視界の端で、おじさんが残りの帝国兵二人を正確な射撃で制圧する様子が見えた。
最後の一人との銃撃戦に移行するおじさん。
――ここは、私とおじさんの戦場だ。
「ここからが本番だよ!」
私は剣を構え直し、間髪入れずに二度、三度と素速く斬撃を浴びせる。
帝剣と皇剣。二振りの伝説が奏でる金属音を合図に、書斎での死闘が幕を開けた。
騎士の猛攻を、私は『皇剣』で弾き、受け流し、互角に打ち合う。
ガキンッ! ギィンッ! と、火花が散るたびに、私の中に違和感が募っていく。
……こうじゃない。感覚が違う。
身体の奥底に眠る私の剣の記憶は、こんな力任せの荒々しい打ち合いを求めていない。
もっと静かで、冷たく、極限まで研ぎ澄まされた『一撃』のはずだ。
私は騎士の重い一撃をいなすと、大きく後ろへ跳躍して一度距離を取った。
着地した私の背後には、椅子に縛られたお姫様がいる。これ以上は下がれない、絶対に彼女を守り抜くための立ち位置。
ふーっ、と細く長く息を吐き出す。
その瞬間、私の身体は無意識のうちに最適解へと動いていた。
構えていた剣を、ゆっくりと鞘へ納める。
腰を深く落とし、柄に右手を添え、呼吸を極限まで薄くする。
――『居合い』の型だ。
「……ほう」
刃を隠した私のその姿を見て、騎士はあからさまにがっかりしたような、つまらなそうな表情を浮かべた。
「もう終わりか。自ら剣を収めるとは、……期待外れだったぞ小娘」
勝負あったとばかりに、騎士は防御を捨て、隙だらけに見える私へと一直線に突進してくる。
大上段から振り下ろされる白刃。
……遅い。
敵が間合いに入った刹那。私は柄を握る手に力を込め、神速の速度で剣を抜き放った。
――閃刃。
交差したのは、ほんの一瞬。
私の抜刀の軌道は、振り下ろされる騎士の剣をすり抜け、その太い首を正確に薙ぎ払っていた。
「な……?」
騎士の口から間抜けな声が漏れた直後。
ゴトリ、と。
斬り飛ばされた騎士の首が、背後にいるお姫様の足元へと転がった。遅れて、主を失った巨体が血飛沫を上げながらドサリと床に崩れ落ちる。
私は静かに残心を取り、刃の血を払ってから――カチャッ、と心地よい音を響かせて『プロウド』を完全に納刀した。
振り返り、床に落ちたもう一振りの国宝――帝剣『インペル』を拾い上げる。
「……もう大丈夫です」
私は首が転がってきて怯えて震えるお姫様に優しく声をかけると、手にした帝剣の鋭い刃で、彼女を縛り付けていたロープを丁寧に切り裂いた。
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