第28話 - α 臆病者の書斎
闇に紛れ、気配を消し、一人また一人と命を刈り取っては茂みへと隠す。
その単調で血なまぐさい作業を繰り返し、ようやく庭にいた見張り全員の処理が終わった。
……よし、これで外の憂いはなくなった。
大鎌の刃にこびりついた血を払い、背中へとしまい込む。
いよいよ屋敷の中へ突入しようと、私が壁際の影に身を潜め、息を整えたそのタイミングだった。
その時。
――スッ、と。
背後から、音もなく私の肩に『手』が置かれた。
「!?」
研ぎ澄ませていた私の神経が、背後の異物に過剰反応する。
――まだ残っていた……!?
思考するより早く、私は右手で腰のホルスターから短剣を引き抜き、振り返りざまにその気配の首を狙って全力で刃を振り抜いた。
だが、私の必殺の刃は、暗闇から突き出された一本の『杖』によって完全に受け止められていた。
「――シッ」
杖越しに私の短剣を押さえつけながら、もう片方の手の人差し指を口元に当てて、静かに制止してきたのは――。
「……おじさん」
「状況は?」
短く、小声で尋ねてくるおじさん。
私はピンと張り詰めていた緊張の糸を少しだけ緩め、短剣をホルスターへカチャリと収めた。
「……ふぅ。驚かせないでよ、本当に」
小さく息を吐き出し、私もおじさんに合わせて声を落とす。
「ザロウって人にバレないように、庭の見張りを一人ずつ殺して隠したよ。今から屋敷へ突入するところ。……おじさんを待ってたんだ」
私の報告を聞いて、おじさんは周囲の暗がりを一瞥し、短く頷いた。
「上出来だ。こっちだ、ついてこい」
おじさんはそう言うと、杖を突きながら屋敷の壁沿いを進み始めた。
驚くべきことに、その足取りには、杖をついているはずの特有の『コツン、コツン』という硬い打撃音が一切鳴っていなかった。
片足が不自由にもかかわらず、体重移動と接地を完璧にコントロールしている。
長年の実戦で培われた、本物の隠密歩行だ。
やっぱり、おじさんはすごい。
私はその頼もしい背中を追い、おじさんが音もなく開けた屋敷の窓から、彼と共に静かに侵入した。
月明かりだけが差し込む、豪華だがどこか冷たい廊下。
私は気配を殺したまま、前を歩くおじさんに小声で尋ねた。
「ここから、どうするの?」
「最短経路でザロウの元に行くぞ」
迷いのないおじさんの答えに、私は短剣の柄に手を添えながら周囲を警戒する。
「敵兵は?」
外の庭にはあんなにたくさんの見張りがいたのだ。
この広い屋敷の中には、さらに多くの私兵が隠れているに違いない。
私がそう思って身構えていると、おじさんは小さく鼻を鳴らした。
「奴は極端に臆病な人物だって言っただろ? ああいう手合いは、誰も信用しちゃいねぇ。だから、本当に忠誠心が高い奴しか自分の周りには人を置かないんだ」
「あ……」
「外に兵士が不自然なほど多かったのも、それが理由だろうな。屋敷の中は、むしろ手薄だ」
なるほど。
自分が裏切られることを恐れるあまり、ただの兵士たちは全員外へ追いやり、屋敷の内部には絶対の忠誠を誓うごく少数の側近だけを置いているというわけか。
「……なら、速攻だね」
私が口元に好戦的な笑みを浮かべて言うと、おじさんはニヤリと口角を上げて頷いた。
「ああ。奴は二階の書斎にいるはずだ。一気に行くぞ」
おじさんのその言葉を合図に、私たちは隠密の足取りから一転、床を強く蹴り出した。
敵の数が少ないと分かっているのなら、もはやコソコソと隠れながら進む必要はない。
目標はただ一つ、二階の書斎に引きこもるすべての元凶の首。
静寂に包まれていた屋敷の階段を、私とおじさんは一陣の風のように駆け上がっていった。
二階の最奥、ひときわ重厚な両開きの扉。
おじさんは躊躇うことなくその扉を乱暴に開け放った。
「観念するんだな、ザロウッ!」
おじさんの怒号が、広い書斎の中に響き渡る。
だが、部屋の中央にある豪華なデスクの椅子に深く腰掛けていたザロウ公爵は、一切慌てる様子もなく、ふんぞり返ったまま下劣な笑みを浮かべた。
「これはこれは……かつての英雄、リード様じゃありませんか」
人を小馬鹿にしたようなネットリとした声。
私はおじさんのダイナミックエントリーに合わせられず、咄嗟にそのおじさんの背中に隠れて部屋の中の状況を素早く確認した。
ザロウ公爵の周りには、いかにも歴戦といった面構えの強そうな帝国兵が三人。
そして――書斎の奥。
そこには、ロープで椅子に縛り付けられた美しい少女……お姫様のような子がいた。
さらに彼女の傍らには、ガタイのいい屈強な剣士が一人。その手には、私が奪還した皇剣『プロウド』とそっくりな形をした、白銀に輝く美しい剣が握られている。
あれがもう一振りの国宝、帝剣『インペル』だろうか。
「チッ……!」
おじさんが懐の銃に手を掛けようとした、その瞬間だった。
「動くなよ、英雄殿」
皇女の傍らにいた巨漢の剣士が、白銀の帝剣をスッと皇女の細い首筋へと突きつけたのだ。
「っ……!帝国の公爵であるお前が、皇女殿下を人質にするなど、血迷ったかッ!!」
卑劣な行いに、おじさんが激昂して怒鳴りつける。
しかし、ザロウ公爵は全く悪びれることなく、むしろ陶酔したような顔で両手を広げた。
「血迷う?冗談を。私はただ、皇帝陛下の崇高な命に従っているだけなのだよ。我が国是たる、世界の平定に邁進するためにな」
「ザロウ、貴様……っ!」
「皇女様も、いずれ皇帝陛下の方針の素晴らしさが分かるだろう! 帝国の輝かしい未来のためには、多少の強引な手段も必要なのだ!」
狂っている。国のため、皇帝のためと言いながら、目の前の命を平気で踏みにじるその姿は、あのローランと何一つ変わらない。
……この状況、突破口を開けるのは私だけだ。
おじさんは銃さえ抜ければ負けないが、人質がいる状況じゃ抜けない。
だが私は、咄嗟に隠れられたから、この部屋の誰にも視認されていない。
ザロウもお付きの兵士たちも、立ちはだかる「英雄リード・ギリアム」の威圧感に気を取られ、彼の背後に潜む『私』の存在に全く気付けない。
「……ねえ、おじさん」
私は気配を完全に殺したまま、おじさんの背中の後ろで、彼にしか聞こえないほどの極小の囁き声をこぼした。
「私の事、気付かれてない。……おじさん、あの公爵の周りの三人、銃が使えるならやれる?」
……ロザンの近くの帝国兵は三人フォーメーションを組んでいる、私が斬り掛かっても一人は不意打ちで倒せるだろうけど、もう一撃は刃が届かずにやられちゃう。
……私があの剣持ちの騎士さんに斬り込んで打ち合いに持ち込めれば、人質を気にすることなく銃を使える。
言葉の代わりに返ってきたのは、体温だった。
おじさんは前に出たまま、後ろに下げていた左手で、私の右手をギュッと力強く握りしめた。
――「任せろ」という無言の合図。
……うん、これなら絶対に勝てる!
「あの剣持ちは、私がやる」
私は握られた手からおじさんの熱と覚悟を受け取ると、両手に短剣を構え、深く重心を落とした。
「行くよ――せーっのッ!」
私のその声を合図に。
私は、一直線に書斎の奥へと飛び出した。
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R・D




