第26話 - α 託された皇剣、先駆けの死神
燃え盛る帝都の夜の街を、ザロウ公爵の屋敷へ向かって駆ける。
その道すがら、私は腰でカチャカチャと鳴る重みを感じながら、ずっと気になっていたことを隣を走るおじさんに尋ねた。
「ねえ、おじさん。この剣……皇剣『プロウド』だっけ。すごく大事なものみたいだったけど、近衛さんたちに返さなくてもよかったの?」
国宝というからには、あそこで彼らに預けるのが筋だったんじゃないか。
そんな私の疑問に、おじさんは前を向いて走ったまま、短く鼻を鳴らした。
「……小娘、お前の背中を後ろから見ていたが、お前は剣士としても一流の動きをしていた。近衛の奴らも、同じ事を思ったんだろう」
おじさんの思いがけない褒め言葉に、状況をわすれて一瞬だけ嬉しくなる。
「あの場を生き抜き、さらにこの先の地獄を終わらせるために、奴らはお前に最高の『戦力』を貸してくれたんだ。だから、今は遠慮なく使え」
おじさんの言葉に、私は腰のプロウドをそっと撫でた。
――あたしの視えない、聴こえない過去が、この剣と共鳴して、皆を守ってくれたんだ。
近衛さんたちが、私を信じて託してくれた剣。なら、この剣で必ず元凶を断ち切る。
そんな事を話しながら走っていると――突然だった。
「っ……!」
隣を走っていたおじさんがガクンと足をもつれさせ、前のめりに倒れそうになった。
「おじさん!」
私は咄嗟に手を伸ばし、崩れ落ちそうになったおじさんの身体をぐっと支える。
触れた身体はひどく熱く、肩で激しく息をしていた。
怪我と古傷、片足の不自由を抱えたまま私と同じ戦場に立ち、城での激戦。
歴戦の英雄とはいえ、おじさんの肉体はとっくに限界を超えていた。
「大丈夫!?……やっぱり、少し休んだほうがいいんじゃないの?」
私が心配して顔を覗き込むと、おじさんは痛みを堪えるように顔を歪めながらも、私の腕から離れた。
「……馬鹿言え。そうはいかない」
おじさんは杖を強く地面に突き、無理やりにでも歩みを進めようとする。
その姿に、私は唇を噛んだ。
おじさんは不器用で、絶対に自分から弱音を吐かない。
このまま彼に合わせて進めば、ザロウ公爵の屋敷に着く前におじさんが倒れてしまう。
「……わかったよ」
私は短く告げると、おじさんの前へと躍り出た。
「でも、タヌキ親父に逃げられたらまずいから――あたしが先に着いてるね!」
おじさんが無理をしなくて済むように。
明るい声でそう言い残し、私はおじさんが先ほど指差した方向に見える、一際豪華な屋敷へと向かって、一人で一気に駆け出す。
ザロウ公爵の屋敷は、城の燃え盛る光景が嘘のように静まり返っていた。
私は茂みに身を潜め、敷地内を巡回する兵士たちの人数を確認する。
「……はぁ。早く聖国の奴らを殺しに行きたいのによ。こんな外れの屋敷で見張りとか、つまんねえ任務だよな」
「公爵の安全主義には困ったもんだぜ。……ま、俺はここも悪くないけどな」
耳を澄ませると、退屈そうに呟く二人の兵士の声が聞こえてきた。
「……聖国市民を殺したときの、あの顔が忘れられなくてさ。無様に泣き叫び、許しを乞うあの姿……堪らねぇよ」
その言葉を聞いた瞬間、私の視界が、ぐにゃりと歪んだ。
彼らの下品な笑い声が、耳の中で不快なノイズとなって増幅する。
――血の匂い。炎の熱さ。
記憶の扉が、音を立てて開いた。
―――――――――――――――――――――――――――
私は帝国兵の軍装に身を包み、帝国軍に落とされた聖国の街に紛れ込んでいた。
目的は聖国民の救出作戦の為の情報収集だ。
だが、この偵察任務、目にしたのは地獄だった。
ある帝国兵は、怯える聖国の民をいたぶり、殴り、笑っていた。
「なんだその目は!」
ある帝国兵は、少年の目が気に食わなかったのか、少年の顔をひたすらに殴っていた。
響く鈍い衝撃音。私は任務中だ、任務中なんだ……!
自分にそう言い聞かせて、震える拳を隠した。
――私は……何のために騎士に……?
だが気付いたときには、懐にしまっていた私の短剣が帝国兵の腕を切り裂き、急所を刺して殺していた。
「逃げるぞ!」
少年を抱え、必死に走った。私は一人、救えた。
そう思っていたのに。少年は「何で助けたんだ!」と怒り、隠れ場所にある寝床で泣きながら寝てしまっていた。
翌日、再び視察へ出た私が見たのは、昨日と同じ街の――変わり果てた姿だった。
聖国の民が、全員、殺されていた。
呆然とする私に帝国兵が話しかけてくる。
「聖国市民が一人足りねえと思ってたが逃げたのはあのガキだったな。逆らえば、ここの聖国民を全員殺すって脅しておいたのによ」
「……そ、…そう……、ですね」
私が、私が助けたから?だから、全員殺された?
視界が明滅する。私が、殺した……?
「おいお前、戦争は初めてか? 悪かったな」
私の様子をみて、殺しに慣れてない新兵と思ったのだろう。
血に濡れた手で肩を叩いてきた帝国兵が、気遣うように笑う。
「帝国の侵攻後はこういうことは日常だ。少しずつ慣れていけばいいさ。……この路地は何もないからな、ここには人が殆ど来ない。吐いても泣いても誰にも気付かれんよ」
そうして帝国兵は去っていった。
私は、この誰にも気付かれない場所で、吐き出し、泣き、そして沈黙した。
少年の逃げ延びた姿を思い、私は呟いた。
「……助けて、ごめん」
―――――――――――――――――――――――――――
「――っ!」
私は息を呑み、現実に引き戻される。
心臓が早鐘を打っている。あの時のあの兵士と、同じ匂いがする。
――あたしは……『私』は許せない。許せるはずがない……!
あの時、帝国兵に媚びを売って相槌を打つことしかできなかった私自身も、そして、同じことを繰り返していたであろう目の前の男たちも。
思考が怒りに満ちている、自分へ、敵へ……!
『――こんな地獄は、ここで終わりだ』
おじさんの声が私の心の中で反響する
――そうだ、こんな地獄はここで終わらせる。
――でもそれは、罪のない人を嘲笑い、命を弄び……!
――普通に暮らしていた人達の生活を、地獄に変えたこの人達を……、殺してからだ!
私は短剣を握り締め、茂みの中から影のように躍り出た。
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R・D




