第22話 - α 先陣を切る優しい死神
「方向を教えて――私が、先陣を切るっ!」
「あっちだ! 右の回廊を抜けろ!」
「うんっ!」
おじさんの指示に従い、私は入り組んだ城内を駆け抜ける。
「死角が多い……!気をつけて!おじさん!」
まばらにある死角から飛び出してくる帝国兵に対し、私は極力急所を避け、持っている短剣の『柄』で下から顎を打ち抜き、脳を揺らして行動不能にしていく。
なるべく殺さない……!でも、絶対に私たちの歩みは止めさせない。
私の身体に深く刻まれた戦闘技術が、そのギリギリのラインを完璧にトレースしていく。
だが――。
「……っ!」
暗がりから現れた一人の帝国兵が、私の迎撃を紙一重ですり抜け、後ろを走るおじさんへと一直線に突っ込んでいった。
……しまった!殺すのを躊躇ってる場合じゃなかった!急所を刺してればこんな事にならなかった!
……あたしの甘さが、おじさんを危険に晒した……。
「おじさんっ!」
――まずいっ!まずは武器を落とさせる!
私は振り向きざまに、手にしていた短剣を全力で投擲した。
空気を裂いた刃は、帝国兵が剣を振り上げようとした右手を――ギリギリ掠めて外してしまう。
……また躊躇った……!手を狙うんじゃなく、首を狙っていればもっと確実に当たってた……!
――このままじゃおじさんが……!あたしが、……おじさんを殺しちゃう。
だが、
――ズドンッ!
「ぐああっ!?」
発砲音の音。右手を撃ち抜かれ、帝国兵は武器を落とし倒れ込もうとしていた。
その瞬間――私はすでにその懐へと潜り込んで、腰からもう一本の短剣を素早く引き抜き、体勢を崩した兵士の足元へ滑り込む。
そのまま、足の腱を背後から切断した。
「あああぁぁッ!?」
帝国兵は悲鳴を上げ、完全に機動力を奪われて床に這いつくばる。
痛みで呻いているが、意識はまだ残っていた。
「大丈夫!?おじさん!」
「……小娘、周囲の警戒を頼む」
私の疑問には答えずに手短にそう言い捨てると、おじさんは這いつくばる帝国兵の首根っこを掴み上げ、強引にその頭を床に押さえつけた。
……そうだ、ここは敵地。気遣いは後回しにしないと……!
「誰の指示だ!?」
「ぐ、ふ……っ!」
「こんなふざけた真似、どこの馬鹿が主導してやがる! 吐けッ!!」
――ガンッ!!
私が周囲を警戒している背後、おじさんは容赦なく帝国兵の頭を、床へと叩きつけた。
骨の軋む音と鈍い衝撃音。おじさんの、一切の甘さがない苛烈な尋問だ。
「あ、が……っ、ローラン……様……」
虚ろな瞳でその名前を口にした直後、帝国兵はガクリと首を垂れ、完全に意識を失った。
「……あのバカか」
おじさんは、心底忌々しそうに一言だけ吐き捨て、気絶した兵士を床へ放り投げた。
その顔には、怒りよりも深い疲労と失望が張り付いているように見えた。
「リゼ、急ぐぞ」
「……うん!」
おじさんの緊迫した声に頷き、私たちは『ローラン』という名前の持つ意味を飲み込めないまま、さらに城の奥深へと足を踏み入れた。
私は血塗られた短剣を片手に構え、神経を限界まで研ぎ澄ませて前を進む。
柱の陰、天井の装飾、窓のカーテン。
あらゆる場所に敵が潜んでいる可能性を考慮しながら、慎重に廊下を駆け抜ける。
そんな私の背中に向けて、杖をつきながらついてくるおじさんが、重苦しい声で語りかけてきた。
「……ローランというのは、第一皇子を皇帝の椅子に座らせ、裏から国を操ろうとしているクズだ」
「第一皇子を……?」
「ああ。奴はカリスマ性だけは無駄にあるハト派の重鎮だ。平和を騙りながら、己の権力のためなら平気で他人の命を消費する。
……タカ派の暴走を止めるという大義名分に酔ったローラン直属の兵士たちは、目的のためなら死すら厭わない特攻を仕掛けてくる」
おじさんの言葉の端々から、ローランという男に対する底知れない嫌悪と警戒が滲み出ている。
確かに、さっき私の迎撃をすり抜けておじさんに突っ込んできたあの帝国兵もそうだった。
背後から追う私を見ずにおじさんに特攻していった。命を惜しまない、狂気の行動。
「……躊躇うな、リゼ」
おじさんの低く、冷徹な声が私の背中を叩いた。
「……殺していい。死兵に手加減をしていると、お前が死ぬぞ」
「……ッ!」
私は小さく息を呑み、振り返ることなく無言で強く頷いた。
――分かってる。
あたしの甘さが、さっきおじさんを殺しかけた。
相手が命を捨てて掛かってくるなら、私も確実に息の根を止めるしかない。それがこの戦場を生き抜くための、絶対的なルールだ。
分かっている。頭では、痛いほど理解している。
けれど。
……それでも、あたしは、もう……人を殺したくない。
短剣の柄を握る手が、微かに震える。
心の中で悲鳴を上げる自分を必死に押さえつけながら、私はただ前だけを見据えて走り続けた。
やがて、長く入り組んだ廊下の先に、一際豪華な装飾が施された大階段が見えてきた。
赤絨毯が敷かれたその階段は、薄暗い城内の中でも異様なまでの威圧感を放っている。
「ここの最上階だ」
おじさんが階段を見上げ、鋭い声で告げた。
「あと少しだ。……行くぞ」
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R・D




