第20話 - α 剣戟の音、立ち上がる騎士団
地上に出て周囲を確認した瞬間、私の視界は赤く染まった。
燃える帝都の惨状。
それは、『死神の騎士』の夢――あの業火の街の光景と、フラッシュバックのようにピタリと重なり合った。
「うぅっ……」
頭の奥で、人々の悲鳴と金属音が鳴り響く。
――――血の匂い、逃げ惑う人たち、炎の熱さ。
……だめだ!夢の記憶にのまれちゃ、今あたしには、やることがあるんだから。
激しく頭を横に振った。感傷に浸ったり、立ち止まったりしている場合じゃない。
「おじさん、どうするの?」
私は大鎌を強く握り直し、隣に声をかけた。
だが、おじさんは燃え盛る帝都の惨状を前にして、呆然と立ち尽くしていた。
かつて命を懸けて守ろうとした祖国が、内側から焼かれているという事実に、歴戦の兵士である彼でさえ心が追いついていないのかもしれない。
――あるいは、逆に故郷すら覚えていないあたしだからこそ、このぐらいの動揺で済んでるのかも。
「おじさん!」
私がもう一度、少し大きな声で呼ぶと、おじさんはハッと我に返ったように肩を揺らした。
「……っ、そうだ、まずは避難誘導だ。帝都の地下に巨大なシェルターがある。そこに市民を誘導するぞ」
焦りを含んだ声で早口に指示を出すおじさん。
だが、安全なルートを探そうと視線を巡らせた先で、異常な光景が目に飛び込んできた。
燃える瓦礫の隙間から、低い唸り声が聞こえる。
炎の中から姿を現したのは――ウルフ系の魔獣たちだった。
それが一匹や二匹ではなく、統率された群れとなって帝都の通りをうろついているのだ。
「闘技場の檻から漏れたか……?」
おじさんが苦々しく呟くが、私は大鎌を構えながら、その魔獣たちの『動き』を見て即座に否定した。
「違う。このウルフ達、ちゃんと訓練されてる。闘技場の野生の獣なんかじゃない、……軍用の猟犬だよ」
私の中にある感覚が、そう断言した。
ただ暴れ回るのではなく、明確に獲物を狩るために陣形を組んで動いている。
内乱を起こしたどちらかの派閥が、意図的に街へ放ったのかも。
「……とにかく、今は打ち払うぞ!」
おじさんの力強い号令と共に、私たちは襲い掛かってくる軍用猟犬の群れへと向かって、一直線に駆け出した。
「……うん!ウルフは任せて!」
……だから、誘導はお願い!
「こっちだ! 地下だ、地下のシェルターに向かえ!!」
ウルフ達を十一文字に切り払い、おじさんが走る道を私が拓く。
曲芸として練習していた隙だらけの構えでも、魔獣相手だと以外と使える技だった。
大通りに躍り出たおじさんは、燃え盛る炎と混乱の中で、腹の底から響くような大声を張り上げた。
「魔獣は片付ける!全員落ち着いて避難するんだ!」
その必死の誘導に応えるように、逃げ惑っていた市民たちが次々と彼が指し示す方向へと走り出す。
そんな市民たちに襲い掛かろうとする猟犬たちを、私は最前線で迎え撃っていた。
「……っ!」
ひたすらに、ただひたすらに、黒い影を刈り取る。
大鎌の刃が煌めくたびに、狙い違わず魔獣の首が宙を舞い、胴体がドサリと崩れ落ちる。
その戦い方は、ただ「敵を排除する」という最適解だけ。その繰り返しを私の身体が実行し、確実かつ素早く一体一体を仕留め続けていた。
――仕留める度に、私の顔に、髪に、服に、鎌に、返り血が付いていく。
その乱戦の最中だった。
ピクリ、と私の耳が、炎の爆ぜる音や魔獣の咆哮とは違う『異音』を捉えた。
「おじさん! あの建物!」
私は大鎌を振り抜きながら、崩れかけた巨大な建物を指さした。
「剣戟の音がする!」
「なんだと!?」
おじさんは鋭く舌打ちをし、ひどく苦い顔で周囲を見渡した。
「くそっ、どうする……! 剣戟の確認に向かうか、このままここで避難誘導を続けるか……っ!」
歴戦の兵士である彼でさえ、判断を迷う極限の状況。
その時。
「――誘導はこちらが引き受ける!!」
背後から響き渡ったのは、戦場によく通る凛烈な声だった。
振り返ると、そこにはマーシーさんを筆頭に、牢を破って武装を整えた第一騎士団の人たちが駆けつけてきていた。
「はあっ!」
彼らは見事な連携で、残っていた軍用猟犬たちを次々と薙ぎ払っていく。
「ギリアムさん! シェルターへの誘導は俺が引き継ぎます! 早く行ってください!」
看守さんも大きく手を振りながら、市民の先頭に立って安全な地下への道を確保してくれていた。
頼もしい味方の登場に、おじさんはフッと口角を上げると、すぐに鋭い戦士の顔へと切り替わった。
「……小娘、行くぞ」
「うんっ!」
おじさんの短い合図に力強く頷き、私たちは剣戟が聞こえたという建物に向かって、一直線に駆け出した。
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