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空白の少女と錆びた英雄 ――音を聴く大鎌の少女、帝国の闘技場で弾丸と舞う――  作者: R.D
第一部

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第19話 - α 二つの道と、再び燃える街

 看守さんの案内で廊下の奥へ進むと、頑丈な鉄格子の向こうに、見覚えのある長身の騎士が、静かに座禅を組んでいた。


「マーシーさん!」


 私が鉄格子に駆け寄って声をかけると、彼はゆっくりと目を開き、立ち上がった。


「イレイナ卿、救援か?」


 冷静な声色で、状況を確認してくるマーシーさん。


「救援とは違うんだけど、聞いてほしいことがあるんだ。今、帝都で内乱が起きてて……」


「……お前ら、足の悪い人を置いていくな……」


 私が話し始めたところで、後ろから杖を突いたおじさんがようやく追いついてきた。


「おい、聖国の騎士。よく聞け」


 おじさんは息を整えながら、マーシーさんを真っ直ぐに見据えた。


「帝国でタカ派の奴らが強引に聖国へ派兵して、戦争を続けようという動きがある。それに対して、ハト派がそれを止めるために帝都で内乱を起こしたんだ」


 その言葉を聞いた瞬間、マーシーさんの顔色が変わった。


 いや、内乱の話に驚いたというより、目の前にいるおじさんの顔を認識して、その表情を明確な『敵意』へと歪ませたのだ。


「リード・ギリアム……!? お前っ……!」


 鉄格子越しに、マーシーさんからビリビリとした殺気が放たれる。


 ……流石おじさん、……英雄って呼ばれるほど何だから、そりゃそうなっちゃうか。


 おじさんはその殺気を正面から受け止め、一切ひるむことなく言葉を続けた。


「避難誘導と、事態の収拾に協力してほしい。……俺はもう、戦争をするのはごめんなんだ」


 深く、真摯な声だった。


 マーシーさんは、かつての敵将であろうおじさんの瞳の奥底をじっと覗き込むように睨みつけ――やがて、その視線を隣にいる私へと向けた。


「おじさんは偏屈だけど、真っ直ぐな人だよ」


 私はマーシーさんの目を見て、力強く頷いてみせた。


 この短期間で、誰よりもおじさんの不器用な優しさに救われてきた私だからこそ、自信を持って言えることだった。


 マーシーさんはしばらく考え込むように目を伏せ、やがて静かに息を吐き出した。


「……いいだろう。協力しよう」


 ピンと張り詰めていた空気が緩み、看守さんが待ってましたとばかりに牢の鍵を開ける。


 鉄格子から出たマーシーさんは、ふと私の顔を不思議そうにまじまじと見つめた。


「……それからイレイナ卿。少し、雰囲気が変わったか?」


「えっ」


「以前はもっと、こう……いや、なんでもない」


 マーシーさんの言葉に、私はあの業火の夢で大鎌を振るっていた『死神の騎士』としての自分を思い出し、少しだけ苦笑いをした。


「色々あってね。……全部終わったら、ちゃんと話すから」


 私は少し濁しながら、マーシーさんに転がっていた大剣を手渡した。


「よし、……二手に分かれるぞ」


 おじさんが厳しい顔つきで、私たちと看守さんを交互に見据えた。


「リゼと俺は地上に出て、一足先に状況を確認する。看守、お前はマーシーを連れて使える人材を解放していけ。準備が整ったら外に上がって、避難誘導を頼む」


 おじさんも、マーシーさんが信用できるって思ってくれたみたい。看守さんとマーシーさん二人で解放していってもらうみたい。


「了解しました、ギリアムさん! マーシーさん、こちらへ!」


 看守さんは力強く頷き、マーシーさんも静かに首肯した。


「それじゃあ看守さん、マーシーさんも、また後でね!」


 私は二人に手を振ると、杖を突いて先を行くおじさんの背中を慌てて追いかけた。


 薄暗く長い階段を上りながら、前を歩くおじさんがぽつりとこぼす。


「……分かれたはいいが、あの看守一人で大丈夫か?」


 歴戦の兵士から見れば、あの人の良い看守に暴動寸前の捕虜たちを任せるのは不安なのだろう。


 私は短剣のホルスターを確認しながら、階段を駆け上がり明るく答えた。


「大丈夫だよ。マーシーさんはすごく真っ直ぐな人だし、『副団長』って名乗ってたから、きっとみんなをまとめて協力者も集めてくれるよ」 


 ……人望ありそうな性格してそうだし、きっと大丈夫。


「……だといいがな」


 おじさんは短く息を吐き、そして、地上へと続く重い扉に手をかけた。


 ギィィィッ、と重厚な金属音を立てて扉が開く。


 そこから流れ込んできたのは、冷たい夜気ではなく――鼻を突く、むせ返るような熱気と焦げた匂いだった。


「……っ!」


 地上に出て、周囲の状況を確認した私は、思わず息を呑み、足の裏が地面に縫い付けられたように動けなくなった。


 視界を覆うのは、赤黒く燃え盛る家々と、凄惨な街並み。


 つい先程まで私が見ていた『死神の騎士』の夢と、全く同じ地獄の景色が、帝都の街を包み込んでいた。

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