第17話 - α 歴史の傷跡
微睡みの後、再び目を覚ました時には、さっきまでの絶望感は嘘のように薄れ、心もすっかり落ち着きを取り戻していた。
私の髪はいつの間にか綺麗に洗われていて、サラサラになっている。
冷たい石造りの牢獄も、おじさんが隣にいてくれるだけで、今は不思議と居心地が悪くない。
「ねえ、おじさん。次の試合はどんな相手なのかな?」
私は鎌に体重を預け、壁に寄りかかりながら、ふと気になって尋ねてみた。
「……はぁ」
おじさんは呆れたように深々とため息をつくと、ジロリと私の方を睨んだ。
「……小娘、ここにはあまり慣れるなよ」
鋭く、でもどこか私の精神状態を心配してくれているような忠告。
それから、おじさんは腕を組んで鉄格子の外へと視線を向けた。
「……しばらくは、試合はないらしい」
「えっ、そうなの?」
意外だった、私のことが嫌いで早く死ぬ所をみたい人が沢山いるって聞いたけど。
「ああ。俺の過去を利用してたんまり儲けた奴らが、今度はお前の人気にあやかりたいらしい。だから、価値を限界まで引き上げるために、そう易々と安売りはしないんだとよ」
……なるほど?どうやらあの悪趣味な闘技場の運営陣は、私を特別な見世物として出し惜しみするつもりらしい。
自分の命が金稼ぎの道具にされていることには変わりないけれど、すぐにあの狂った砂の上に立たなくて済むのは事実だった。
「じゃあ、しばらく休憩だね!」
私が無邪気に声を弾ませて言うと、おじさんは頭を抱えるようにして無言で呆れ返っていた。
「ふんふーんふーん♪」
鼻歌に合わせて大鎌を牢のなかで振るう。
十一文字に三連撃で切り払うカッコいい動き。
「どう?おじさん、カッコいいでしょ?」
頭上でくるくる鎌を回して、いえいっ!とピースで決めポーズ、きっとあたしは決まってる!
「はあ……、武器で遊ぶな」
おじさんのもっともな注意を受け、あははぁ……、と誤魔化すように笑う。
――こうでもしてないと不安で仕方がなかったから。
……聞いてもいいのかな?……戦争の話。
「……ねえ、おじさん」
私は少しだけ遠慮がちに、問いかけた。
「その……帝国と聖国の戦争って、いつから始まってるの?」
私が『死神の騎士』として大鎌を振るった、あの血塗られた夢。
それが正しかったのか、何のためだったのかを知りたかった。
「……」
おじさんは、今日何度目かわからない深いため息をつき、壁に背を預けた。
「前の皇帝が即位してからずっとだ。皇帝は『国家統一』を国是に掲げて、ひたすらに軍拡を進め、聖国に宣戦布告した。それからあっという間に泥沼の戦争だ」
おじさんの声は、どこか遠くを見るように低く沈んでいた。
「軍拡をやりすぎて国力が疲弊してな。戦線が帝国領まで押し込まれたり、逆に押し返したり……。
だが数年前、ついに『聖都決戦』が行われた。あと一歩、本当にあと一歩で聖都を落とすところまでいったんだ」
そこで言葉を区切り、おじさんは忌々しそうに顔を顰める。
「だが、それと同時に……皇帝殺しの『フィーネ・イレイナ』という聖国の聖女が、皇帝を暗殺しやがった」
「聖女、が……?」
聖女が暗殺……?聖女様ってもっとこう、清らかで優しいっていうイメージがあったんだけど。
「ああ。絶対的な頭を失った途端、貴族どもは次の玉座を狙って、慌てて兵を引き上げはじめた。それがくだらねぇ権力闘争の始まりだった」
おじさんは自嘲するように鼻で笑い、薄暗い牢獄の天井を見上げた。
「それからずっと、帝国はこんな有様だ。長引く戦争と内輪揉めで国は疲弊しきり、民衆は娯楽に飢えている。
だから、怒りの矛先を聖国に誘導したり、をこうして戦争捕虜や奴隷を剣闘士にして、血の娯楽で目を逸らさせているのさ」
おじさんの静かな語り口から、この国の歪さと、底知れない絶望の深さがひしひしと伝わってくる。
「待っておじさん、イレイナってもしかして――」
その時だった。
慌ただしい足音が、静寂に包まれていた牢獄の廊下に響き渡る。
「ギリアムさんっ!」
息を切らして鉄格子の前に飛び込んできたのは、あの不器用で優しい看守さんだった。
彼の顔は真っ青に青ざめ、尋常ではない焦りに満ちている。
「どうした、そんなに慌てて」
おじさんが眉をひそめて立ち上がる。
看守さんは鉄格子を強く握り締め、震える声で叫んだ。
「て、帝都で……内乱が起きました!!」
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