第15話 - α 優しい死神の騎士
鼻を突くのは、むせ返るような焦げた木材と、鉄錆のような血の匂い。
視界を覆うのは、赤黒く燃え盛る家々と、瓦礫の山と化した凄惨な街並みだった。
「うぅ……ああっ……」
あちこちで怪我をして倒れ、呻き声を上げる市民たち。
その横を無慈悲に蹂躙しながら進撃していく帝国軍と、彼らに背を向けて苦渋の撤退をしている私たち、聖国騎士団の隊列。
「撤退!撤退だ!この街は落ちた!聖都まで一度後退して再編をはかる!各自!撤退だ!」
私たち第四騎士団の隊長が叫ぶ、撤退の合図。
私も馬に乗り撤退を始め隊長の隊列に合流しようと、そう考えた時だった。
「腰抜け騎士団ども!このまま逃げれば、ここに取り残された市民どもは全員死ぬぞォ!」
瓦礫の山の上から、帝国兵の大声が響き渡る。
「それでも貴様ら、誇り高き聖国の騎士団かァッ!こっちを見てみろ!」
見上げると、帝国兵が絶望に顔を歪ませた市民の首根っこを乱暴に掴み、撤退していく騎士団の隊列に見せつけるように高く吊り上げていた。
「や、やめ――」
市民の悲鳴ごと、帝国兵は嘲笑いながらその手をあっさりと離した。
瓦礫の高所から、無力な身体が真っ逆さまに落下していく。
――見捨てるなんて、できないっ!
私は馬を駆る騎士団の隊列ではなく、帝国兵の方向へ手綱を強く引いて弾かれたように飛び出した。
馬に鞭を打ち、瓦礫の斜面へと猛スピードで駆け寄る。
崩れかけた瓦礫に馬の蹄が滑り、砂利を蹴り飛ばしながら強引に駆け上がる。
「……はっ!」
落下の軌道に飛び出すように、私は馬の背から大きく身を乗り出した。
「――っ、捕まえた!」
間一髪。
私は落ちてきた市民の身体を、乗馬状態のまま両腕の中にしっかりと受け止める。
受け止めた瞬間、腕の骨が軋み、馬の膝がガクンと折れそうになる。
……痛みを察されてはダメだ、私が助けるんだから。
努めて痛みをごまかし、市民の様子を窺う。
「あ、あぁ……っ、ありがとう……でも、まだモニカが!娘が上に……っ!」
私の腕の中で、救助された市民がボロボロと涙をこぼしながら、帝国兵のいる瓦礫の上を指さして必死に懇願してくる。
私は馬を安全な物陰へと寄せて市民を下ろすと、その震える手を強く握り返した。
「任せて。私が必ず助けるから、隠れてて」
迷いのない、確かな自分の声だった。
そう短く言い残すと、私は馬を降りる。そして眼前の瓦礫の上で顔をしかめる帝国軍に向かって、一人で猛然と突撃した。
崩れ落ちた壁、焼け焦げた柱。
私は迷路のように入り組んだ瓦礫の街を、音もなく駆け抜けた。
「……っ!」
略奪に夢中になっていた帝国兵の背後――死角から飛び出し、漆黒の大鎌を一閃する。
悲鳴を上げる間すら与えず、鮮やかにその首を刈り取った。
……私が、守る!……私が、護るんだ!
その強い決意だけを胸に、私はひたすらに敵を狩り続けた。
不幸中の幸いか、この区画で暴れ回っていた帝国兵は先駆けの部隊だったらしく、人数は数十人程度。
しかも、それぞれが獲物を求めて散り散りに孤立していた。
私は瓦礫の陰から陰へと身を潜め、死角から音もなく首を刈り取っていく。
その戦い方は、誇り高き聖国の騎士というより、闇に潜む『暗殺者』そのものだった。
「投降する!捕虜とし――」
武器を捨てて放たれた命乞いすら冷酷に切り捨て、返り血を浴びながら次々と帝国兵を葬っていく。
人を殺すことに、不思議と淀みはなかった。
ただ「市民を守るための最適解」として、私の身体が大鎌の振り方を完全に理解していた。
「……大丈夫ですか」
数人の帝国兵を血の海に沈めた後、物陰で身を寄せ合って震えていた負傷した市民たちに声をかける。
「このルートの敵は倒しきりました。今のうちに、外に向かって逃げてください」
「あ、ありがとう……騎士様……!」
血まみれの私に向けられる、縋るような感謝の言葉。
それを背に受けながら、私は立ち止まることなく、すぐさま次の敵の気配へと向かって瓦礫の中を跳躍した。
敵を狩り、道を開き、次へ向かう。
ただひたすらに、息をするのと同じくらい自然に、私はその血塗られた救済を繰り返していた。
殺して助けて駆けて、どれほど繰り返しただろうか。
あらかた帝国兵を打ち払ったと感じ息を吐く、その時、瓦礫の隙間、崩れかけた柱の陰に、小さくうずくまる影を見つけた。
泥と灰にまみれて震えている、八歳くらいの小さな女の子。
「モニカちゃん、だね」
私が優しく声をかけると、その子はビクッと肩を跳ねさせ、怯えた瞳でこちらを見上げた。
この周辺の住人は、あらかた安全なルートへ逃がし終えている。あとはこの子だけだろう。
「もう大丈夫だよ。お母さんが、外で待っているから」
安心させるように微笑みかけた、その瞬間。
――背後から、肌を粟立たせるような強烈な殺気が膨れ上がった。
「ハァッ!」
振り返るよりも早く、鋭い風切り音が迫る。帝国兵による無慈悲な横薙ぎの斬撃だ。
避けられる。私の身体能力なら、容易く躱せる軌道。
……けれど、私の後ろにはモニカちゃんがいる。
ここで私が避ければ、この子が真っ二つにされてしまう。
「っ……!」
私は足に根を張るように踏ん張り、大鎌の柄を盾のように突き出して、その凶刃を正面から受け止めた。
重い金属音が響き、激しい火花が散る。
「ちっ! 防いだか!」
舌打ちをした帝国兵が、一度距離を取り、瓦礫の山に向かって声を張り上げた。
「全員集合! 獲物が飛び込んできたぞ! 聖国の騎士だ!」
喚きながら、男は狂ったように私へ斬撃を浴びせ続ける。
上段からの振り下ろし、胴を狙った薙ぎ払い、鋭い突き。
私は背後のモニカちゃんを庇うように立ち塞がったまま、そのすべての攻撃を大鎌の柄で的確に弾き返し続けた。
「どうした! なぜ来ない! どこだ! どこにいる!!」
いくら声を荒げても、男の呼ぶ『援軍』は一向に姿を現さない。
焦燥に顔を歪ませ、剣の振りが雑になっていく帝国兵。
私は、彼の剣越しに衝撃を与えるように柄で剣を受ける。
そして、一切の感情を排した冷たい声で、事実だけを告げた。
「……来ないよ。お前の仲間なら、私が全員殺した」
私のその言葉と同時に、帝国兵は私の姿を認識した。
――燃え盛る街の炎に照らされ、返り血で赤黒く染まった髪と大鎌を振るう女性。
改めて直視し、ガチガチと歯の根を鳴らして震え上がった。
「せ、鮮血の死神……ッ!」
男は恐怖に顔を引き攣らせ、先程までの勢いを完全に失って大剣を放り出した。
「と、投降する! 本隊は一時間後に到着だ! だから、捕虜としての扱いを――」
私はその虫のいい命乞いを最後まで聞くことなく、無慈悲に大鎌を振り抜き、男の首を刈り取った。
血飛沫が舞い散る中、私は転がった頭部へ向けて冷たく言い放つ。
「……人違いだよ。私は、■■■に遠く及ばない」
ドサリと崩れ落ちる骸を一瞥し、私は赤く燃え広がる瓦礫の街を静かに見渡した。
■■■なら、こんな風に街が落ちるなんてこと、起きなかった。
……みんな、幸せに暮らせていた。
……感傷に浸ってる場合じゃない、今ここには、彼女はいない。
今の私に出来ることを……!
……一時間後には敵の本隊がやって来る。早くこの子を連れて逃げないと。
ふと背後から、小さな震える声が聞こえた。
「き、騎士様……、死神、なの……?」
怯えきった瞳で私を見上げるモニカちゃん。
私は彼女を安心させるように微笑んで、その小さな頭を撫でてあげようと手を伸ばした。
けれど。
――自分の両手が、ドロドロの赤い血で染まりきっていることに気づき、その手を空中でピタリと止める。
……これ以上、この子を汚したくない。
私は血塗られた手をゆっくりと下ろし、代わりに、努めて優しい声で答えた。
「そう。私は、死神の騎士だよ」
モニカちゃんは不安そうにしながらも、私の言葉に小さく頷いた。
私は大鎌を背負い直し、小さな彼女を先導するようにして、業火に包まれた街を一緒に降りていった。
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R・D




