第124話 - α 夢からの帰還
無事に森からの撤退を完了し、私とカイナはようやく街へと続く大通りに出た。
「ふう……ようやく一息つけそうだね」
私が深い安堵の息を吐き出しながら言うと、隣を歩くカイナは「にししっ」と楽しそうに笑った。
「疲れたし、街に戻ったら酒場でパーッとやろうぜ!」
聖国の闇に触れるような極限状態の直後だというのに、この親友はどんな時でも変わらず楽しそうに笑っている。
その底抜けの楽観さが、今の私には少しだけ羨ましかった。
そんなことを考えていると、カイナが背負っていた荷物を軽く揺らして口を開く。
「そういや、結局この野営の荷物、使わなかったな」
「まあ、あくまで念のためだったからね」
「まあな。あー、早く帰って酒場でパーッと!」
二度目の酒場のアピールに、「わかったから」と相槌を打ってから私は少し呆れながら尋ねた。
「……こんな時間に、お店なんて空いてるの?」
「何言ってんだ、酒場は夜が本番なんだぜ?」
カイナは目を輝かせて、本当に楽しそうに語る。
「ふーん……」
私は適当に相槌を打ちながら歩調を合わせていたが、頭の中はすっかり別のことで支配されていた。
――『お前、産まれたあとすぐに、魔力を喰われたんじゃないか?』
森の中でカイナが口にしたその仮説が、どうしても頭から離れなかったのだ。
もしそれが事実だとして、マナイーターに魔力を喰わせた後、それを自分のものにするプロセスをどうやって構築するというのだろうか。
ただ喰わせるだけなら、魔力は魔獣の腹の底へ消えるだけだ。
マナイーターから、どうやってその喰った魔力を抽出し、別の人間へと定着させるのか。
考えれば考えるほど、黒幕の異常な技術力と執念の深さに思い至り、私の思考の渦は止まらなくなっていった。
森を抜け、街への帰り道を歩いている時だった。
『――リゼ! リゼ……!』
ふいに、直接頭の中に声が響いた。
それはひどく落ち着く、まるで聖女のような優しく澄んだ声だった。
「……え?」
だが次の瞬間、割れるような激痛が脳天を突き抜け、私はたまらず頭を抱えてその場にうずくまってしまった。
「ぐっ……うう……っ!」
視界がぐらぐらと歪み、世界が反転していく。
遠くで、カイナが「おい、大丈夫か!?」と叫んでいるような気がした。だめだ、意識が深い闇に落ちていく……。
完全に気を失いそうになったその時。
カイナが私の両腕を力強く掴み、私の瞳を真っ直ぐに覗き込んで、言い聞かせるように告げた。
「リゼ!今日あったことは『本当の過去』だからな!私との絆も全部、お前の、私の宝物だ!……リゼ、ずっと応援してる」
痛む意識の中で見上げた彼女は、いつものように「にししっ」と笑っていた。
「もう、忘れるなよ?親友!」
優しく微笑んでから、カイナは私の頭をワシワシと乱暴に、けれどとても温かい手で撫で回す。
「さあ、現実に戻って、全部取り戻してこい!」
「カイナっ!?」
――その言葉とともに視界が暗転した。
目が覚め、意識が起きる。
辺りを見渡すと、そこは薄暗い森でも、あの夜の大通りでもなかった。
心地よい香りと、柔らかな感触。私の頭は、心配そうにこちらを見下ろすフィーネさんに膝枕されていたのだった。
「リゼ、大丈夫? うなされていたよ? なのに全然起きなくて、お姉ちゃんとっても心配したんだから……」
心配そうに眉を下げるフィーネさんが、ホッとしたように語りかけてくる。
「う、うん……」
私は対面に座ろうと、フィーネさんの膝枕から抜け出して馬車の座席へ移動しようとした。
「うわっ!?」
その瞬間、フィーネさんがすかさず私を後ろから抱きしめてきて、あっという間に彼女の膝の上へと引き戻されてしまった。
「フィーネさん……その、ちょっと照れくさいというか……」
私が顔を赤くして身をよじりながら伝えると、フィーネさんは私の耳元で甘く囁いた。
「お姉ちゃんはね、数年間ずっと待ってたんだから。これくらい許してほしいな?……ダメ?」
その優しくて、どこか切実な響きを持った声に、私はふと考える。
記憶を失くしている間、きっと私はこのフィーネさん以外にも、たくさんの人を待たせているのかもしれない、と。
「……少しでも埋め合わせになるのなら。別に、その、ちょっと気になっただけで……」
私がぽつりとそう返すと、フィーネさんは嬉しそうに微笑んだ気配がした。
そして私を大事そうに膝の上に深く乗せ直すと、安心させるように、優しく何度も頭を撫でてくれた。




