第123話 - α 使い道
「はぁ、はぁ……こんな行軍は初めてかな。まさかマナイーターの追跡をすることになるなんて……」
私が小さく息を切らしながら呟くと、隣を走る親友は「にししっ」と静かに笑い声を漏らした。
「楽しい思い出がまた一つ増えたな!」
「……冥土の土産にならないといいけどね」
私は呆れ半分に皮肉を返しつつ、足音を殺して必死に追跡を続けた。
やがて、前方を歩いていたマナイーターの隊列がピタリと足を止めた。
私たちも即座に追跡の手を止め、深い草むらへと身を隠して息を潜める。
視線の先、不気味な魔獣たちの群れの中心にいたのは――人だった。
「カイナ。人がいる……見える?」
私が囁くように聞くと、カイナは無言で頷き、鋭い目つきで闇の奥を見つめた。
「ああ。……なぁリゼ、あの人の胸元、見てみて。元老院先生のバッジだぜ、あれ。一体どうなってるんだ?」
「元老院……」
聖国の中枢を担う、最高権力者たちの証。
その事実を認識した瞬間、私の背筋を冷たいものが這い上がった。
これが、あのウェイターさんが『機密』としてあのメモを渡してきた理由……?
聖国にいるはずのない天敵。魔獣を操る不自然な首輪。そして、極秘裏に動く元老院の人間。
決して触れてはならない『聖国の闇』の輪郭が、今ぼんやりと見えてきたのかもしれない。
「……リゼ、どうする?」
私が考え込んでいると、隣の草むらから潜めた声がした。
「カイナ。あの元老院の人、顔覚えた?」
私はひとまず彼女に尋ねてみる。
魔力がある程度強い人間は、それに比例して視力も良くなるらしい。
魔力を持たない私にはよくわからない感覚だけれど、魔力を目に集中させると、無意識のうちに遠くまで見通せるようになるとか。
カイナが力強くコクリと頷いたのを確認して、私は静かに決断を下す。
「……撤退しよう」
「いいのか?」
「うん。マナイーターの数が一体足りないのを不審に思われて、周囲を捜索されたら、私たちがここにいることがバレてマズいから」
聖国の中枢が関わっている以上、ここで私たちの痕跡を残すわけにはいかない。
「だから、早めにさっきの場所に戻って、倒したマナイーターを『別の魔獣にやられた』ように細工し直すよ」
「なるほどな。私たちの武器の痕を消すってわけだ」
私とカイナは密かな追跡を終えると、再び息を潜め、一切の足音を立てずに草むらを後退する。
そして、先ほど音もなく討伐した、あのマナイーターの死骸が転がる場所へと急いで引き返したのだった。
先ほど討伐したマナイーターの死骸の元へと戻り、他の魔獣に襲われたように見せかけるための偽装作業を黙々と進めていると、ふと、カイナが声を落として呟いた。
「……なぁ。この撤退中、少し考えてたんだけどさ。リゼ、魔力のことについて話していいか?」
「改まってどうしたの?」
私が手を止めずに聞き返すと、彼女は「いや、突拍子もないただの思いつきだからな」と前置きしてから、ひどく真剣な声で告げた。
「リゼ、お前……産まれたあとすぐに、魔力を喰われたんじゃないか?」
「え……?」
私は一瞬、息を呑んで手を止めた。
そんな発想は、今までの一生の中でただの一度も思い浮かんだことがなかった。
「どうして、そう思ったの?」
「ずっと考えてたんだよ。リゼに一切の魔力がないのは、どう考えてもおかしいだろ?
貴族だろうが平民だろうが、人間なら最低限の魔力は持って生まれてくる。なのに、魔力がまったくないなんてのは、理屈に合わないって、ずっと思ってた」
カイナはマナイーターの分厚い皮膚にダミーの裂傷を刻み込みながら、言葉を続ける。
「もしも、赤ん坊の頃にマナイーターがお前の魔力を根こそぎ喰ったのだとしたら、今の状況もすべて説明できると思ってな」
「……でも、そんなことをするメリットがないような」
「いや。聖女の一族の魔力は特別だ」
カイナのその言葉に、背筋に冷たいものが走った。
「自分の属性に加えて、聖女の血筋にしか使えない神聖属性の魔法が使えるようになるからな。マナイーターをけしかける外法を使ってでも、その特別な魔力を欲しがるやつは、聖国の中枢にはたくさんいるだろうよ」
そこまで話し終えたところで、魔獣の偽装作業が終わった。
あまりにも重大で、けれど酷く腑に落ちる推論、頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。
「……その話は、後でゆっくり話そう」
私はどうにか感情を押し殺してそれだけを切り出すと、思考を無理やり任務へと引き戻し、カイナと共に素早くその場からの撤退を始めたのだった。




