第122話 - α 選択
草むらに深く身を潜めている私たち。ここからどうするべきか。
戦うにしても、確実にカイナを危険な死地へ巻き込むことになる。
相手はマナイーター、魔法使いにとっては相性最悪の天敵だ。
特に聖国騎士団は囲んで魔法で叩くのが得意戦法だ、少人数での作戦はあまり経験してないだろうし。
そもそも、今回の『機密』案件は私一人に宛てられた、私用のようなもの。だから――。
「……カイナ」
一人で帰って。
そう口の端を動かしかけた、その瞬間だった。
大鎌の柄を握っていた私の手の上に、温かい手がそっと、けれど力強く重ねられた。
驚いて隣を見上げると、カイナが私の顔を真っ直ぐに見つめていた。
さっきまで能天気な軽口を叩いていた様子には似つかわしくない、ひどく真剣で、一切の揺らぎがない静かな瞳だった。
彼女は、私が紡ごうとした言葉をすべて見透かしたように、小さく、一度だけ首を横に振る。
声には出さずとも、その眼差しと、私の手を包み込む確かな体温が、何よりも雄弁に彼女の意志を伝えていた。
そのままカイナは、私の手を安心させるようにポンポンと軽く叩くと、いつものように「にししっ」と音を立てずに口角を上げて笑ってみせた。
そして、背中に背負った槍をトントン、と叩いて見せる。
――魔法が使えないなら、これで戦う。
その無言の覚悟に、私は胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。言葉なんて、初めから必要なかったのだ。
私は迷いを振り切るように「うん」と力強く頷き、カイナの耳元へ顔を近づけて作戦を囁く。
「……後ろから不意打ちで掃討しよう。……魔法を使えば狙われるから、火魔法は最後の1体になるまで厳禁だからね」
「まっかせといてっと」
私とカイナは気配を殺して、足音を立てないようにしながら静かに草むらから抜け出した。
そして、洞窟の入り口を徘徊するターゲットたちへ、後ろから確実な奇襲を仕掛けるべく慎重に移動を開始したのだった。
薄暗い森の中を、隊列を組んで行進しているマナイーターたち。
本来なら本能のままに蠢くはずの魔獣が、まるで訓練された軍隊のように一定の距離を保って歩くその光景は、控えめに言っても異様と呼ぶべきものだった。
「……なんか、シュールだね」
カイナが少しだけ肩を揺らして笑いながら、私に小声で語りかけてくる。
「……やっぱり、そう思う?」
緊迫した状況下にも関わらず、私も頭の片隅でちょっとだけ同じことを考えていた。
思わぬところで思考がシンクロした私たちは、顔を見合わせて暗がりの中でくすっと笑い合う。
そうして一定の距離を保ちながら追跡を続けていると、個体差なのか、やがて1体のマナイーターが前の隊列からズルズルと遅れ始めた。
隊列の本体を見失うわけにはいかない。
かといって、この最後尾のペースに合わせてゆっくりついていった所で、こいつが本当に前の集団へ追いついてくれるかは分からない。
もしこのままはぐれて見失ったら、それこそ最悪の事態だ。
考える時間は数秒もなかった。
「……カイナ。速攻で片付けて、前の追跡を続けるよ」
私は音を立てずに大鎌を低く構え、瞬時に距離を詰めるべく深く身を沈めて突撃態勢をとる。
「よーしきた」
背後で、カイナが短く頼もしい声で応じた。
振り返らなくてもわかる。彼女もまた、一切の恐怖を見せずに槍を構え、好戦的な笑みを浮かべて突撃の準備を整えているはずだ。
――討伐は、拍子抜けするほどあっけなかった。
私の大鎌とカイナの槍は、標的に一切の気配を悟られることなく、それぞれが完璧な死角から襲いかかった。
背後から踏み込んだカイナの槍が深々と魔獣の胸を貫き、絶叫を上げようとしたその瞬間、私の大鎌が音もなくその太い首を刈り取った。
ドサリ、と重たい肉の塊が地に崩れ落ちる。
「……あっけな」
血濡れた槍を引き抜きながら、カイナが小さく息を吐いた。
いつものように笑ってみせてはいたけれど、槍を握るその手はほんの少しだけ震えていた。
本来、魔法を操る彼女にとって、これほど接近して対象を殺す、野蛮な戦い方は全く慣れてないだろうに。
すべては、私についてくるために無茶をしてくれているのだ。
「私たちも、不意打ちされたらこうなるからね。油断しないようにね」
私は大鎌の刃についた血を素早く払いながら、振り返ってカイナを見た。
薄暗い森の中、彼女の頬に少しだけ魔獣の返り血が跳ねているのが見えた。
私は無言で手を伸ばし、その赤い汚れを親指でそっと拭き取った。
「……ありがとな、リゼ」
カイナは小さく目を細めて笑うと、私の手の上に自分の温かい手を重ねた。
戦場において、命とはこれほどまでに儚く、あっけない。
一歩間違えれば、冷たい土の上に転がっているのは私たちの方だった。
けれど、この温かい手が隣にある限り、私たちは絶対に死なない。
「ほら、追跡を続けるよ」
「おうともさ」
私たちは倒れ伏した魔獣の死体にはもう目もくれず、引き離されている前方の隊列へ追いつくために、暗い森の奥へと並んで駆け出した。




