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空白の少女と錆びた英雄 ――音を聴く大鎌の少女、帝国の闘技場で弾丸と舞う――  作者: R.D
第二部 中編

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第121話 - α 言霊

 その魔獣の痕跡を辿るのは、思ったよりもずっと簡単だった。


 木々を無惨にへし折り、地面を深く抉った猛突進の跡が、その魔獣がいかに必死で「何か」から逃げていたのかを如実に物語っていたからだ。


 そうして血の匂いと生々しい痕跡を辿っていくと、やがてあの紙片に記されていた『座標』のすぐ近くであろう、鬱蒼とした木々に隠された薄暗い洞窟へと辿り着いた。


 カイナの魔法の灯りが、その洞窟の奥をぼんやりと照らし出す。


 ――その瞬間。


「……っ」


 私は思わず息を呑み、足を止めた。


 ランタンの光の先に浮かび上がった巨大なシルエット。そこにいたのは。


 かつて『星降祭』の夜に、私たちが死闘の末にようやく退治した、あの恐ろしい魔獣。


 忘れもしない――『マナイーター』だった。



「カイナ、魔法消して」


 私は慌てて、這うように息を殺しながら囁いた。


 マナイーター。魔力を喰らう魔物。


 あの『星降祭』で戦った時から、私は改めてマナイーターについて本で勉強していた。


 北極のさらに先、まだ私たちが探索できていない未開の方向から来た、魔力を喰らう性質を持つ魔物。


 魔法を重要視する私たち聖国からすると、魔力を喰らうというその性質からまさに『天敵』とされており、数世代前の大規模討伐作戦で狩り尽くされたはずの存在だ。


 ――ここ聖国に、いるはずのない魔物なのだ。


 カイナが素早く身を屈め、私の隠れている茂みの横へと滑り込んでくる。


「あれ、なんだ?何かの本で読んだ気がする見た目してるけど……」


 戸惑うように聞いてくる彼女に、私は視線を前方に固定したまま静かに答えた。


「マナイーターだよ。魔力にすごく敏感だから、気をつけて」


「……!なるほどな」


 カイナは息を呑んで短く頷き、鋭い目で巨大なシルエットを睨み据えた。


「じゃあ、あれが今回のターゲットだな?」


 きっとそうだ、あのウェイターさんは聖国に迫る危機を私に伝えるために、ここの座標を渡してきたんだ。


「たぶんね。……でも、もう少し観察したいかな」


 私は大鎌の柄を強く握り直しながら、洞窟の奥へと視線を凝らした。


「こんな所にマナイーターが自然発生するわけないんだから。もしかしたら、誰かが意図的にここへ運んでいるのかもしれないし……」


「確かになあ。こんな所でマナイーターが増殖してたら、私達、というか聖国はあっという間に全滅だぜ」


 にしし、と笑いながらそんな恐ろしいことを言ってくるカイナ。


 もう少し危機感を持ってほしいものだ。


「……今からそんな事が起きなければいいけどね」


 私は呆れながらも、カイナの軽口に付き合った。


 けれど、この深刻な状況下でも、彼女のいつもの軽口のおかげで、少しだけ前向きに考えられるようになったのも確かだった。


「でも、一体だけってのは妙だよな……」


「え?」


「もしマナイーターを意図的に輸送してるんだとしたら、何体かまとめて運び込んだほうが輸送コストが浮くし……」


「宅配じゃないんだから……」


 カイナが顎に手を当ててそんな呟きを漏らした、まさにそのタイミングだった。


 信じられない光景が目に飛び込んできた。


 マナイーターがもう一体、どころではない。


 薄暗い洞窟の奥から、巨大な影が次々と姿を現す。


 視認できるだけで、新たに4体のマナイーターが蠢きながら這い出てくるところだった。


「……カイナがそんなこと言うから」


「い、いやぁ。タイミングの問題……だよな?」


 私の恨みがましい囁きに、カイナは顔を引きつらせながらも無理に笑ってみせた。


「でも、見てみろよリゼ」


 カイナはすぐに真剣な目つきに戻ると、茂みの隙間から奴らの動きを指差した。


「あいつら、全然争ってないぞ。マナイーターって魔力を巡って、同族同士でも縄張り意識が強いんじゃなかったか?」


「……本当だ」


 私の記憶が正しければ、魔獣は本能のままに獲物を奪い合うはずだ。


 しかし、目の前の5体はまるで統率された兵士のように、一定の距離を保って洞窟の入り口を徘徊している。


「なぁ、あの真ん中の一体の首元……なんか光ってないか?」


 カイナの言葉に目を凝らすと、確かに一番大きなマナイーターの分厚い皮膚の上に、人工的な金属の輪のようなものが嵌められているのが見えた。


「首輪……?誰かに飼い慣らされてる?そんな技術があるとは思いたくないけど」


 そんなものがあったら、聖国内で暴れさせることすら可能だろう、完全に制御できるとは、あまり考えたくない。


「うわぁ、悪趣味なブリーダーもいたもんだ。ペットにするなら可愛いスライムとかにしとけばいいのに」


「スライムは服を溶かすから嫌。……じゃなくて」


 私は大鎌の柄をギュッと握り直した。


 誰かが意図的にこの脅威を配置していることは確定した。問題は圧倒的な戦力差だ。


「カイナ、魔法はあいつらの大好物だから、1体ならともかく、複数体だと引き寄せちゃうから、魔法戦は相性最悪だよ」


「にししっ、なら私が極上のフルコースになってる間に、リゼが後ろからぶった斬るってのはどうだ?」


「カイナが食べられちゃったら元も子もないでしょ」


 軽口を叩き合ってはいるが、状況は間違いなく最悪だった。


 どうする?撤退するか、それともここで討伐するか。


 ここの決断を間違えれば、必ず被害が出る。


 やられるリスクを犯して討伐するか、マナイーターをのに放つリスクを犯して撤退するか。


 大鎌を握る手にじっとりと冷たい汗が滲む中、私は究極の決断を迫られていた。

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