第120話 - α 大鎌の一閃
森に入ってしばらくの間は、カイナととりとめのない話をしながら探索を続けていた。
「なあリゼ、次の称号はなにがいい?『最強の剣士』とか『ウェポンマスター』とか色々つけすぎて、正直ネタ切れ感があるんだよなー」
横を歩くカイナが、ランタンのほのかな灯りに照らされながら楽しそうに話しかけてくる。
「まだその先考えてるの?もう、……強さなんて基準は人によって別々にあるんだから、最強とかどうでもよくない?」
私は呆れたように溜め息をつきながらそう返した。
けれど、言葉とは裏腹に、心の奥底で少しだけ燻っている感情があったのも事実だった。
……最近は挑戦者が減って、少し実戦が足りないような気もしてる、かも?
称号を吹聴されているせいで、挑みかかってくる腕自慢たちの相手をするのは面倒だったが、それが良い修練になっていたのもまた確かなのだ。
すると、カイナは私の顔を下からひょいっと覗き込み、「にししっ」と悪戯っぽく笑った。
「そうは言っても『実戦が足りなくてウズウズしてる』って顔、私にはお見通しだぜ?」
「むう……」
完全に図星を突かれた私は、思わずむくれ顔を作ってそっぽを向いた。
それでも内心では、確かにそうかもと、親友の鋭い観察眼を素直に認めるしかなかったのだった。
とりとめのない話をしていると、ふと、肌を粟立たせるような嫌な気配がよぎった。
「カイナ」
私が静かに、けれど鋭い声で名前を呼ぶと、彼女は一瞬で真剣な顔つきになり、気配を殺して近くの太い幹に寄りかかるように身を隠してくれた。
私も素早く腰のランタンの火を消し、深い茂みの中に身を潜めて息を殺す。
しばらくして――グルルァアアッ!というけたたましい遠吠えと共に、中型の魔獣が木々をなぎ倒すような勢いでこちらへ向かって突っ込んできた。
こっち来る……!
私は魔獣の猛烈な突進力を利用するため、背中から大鎌を抜き放ち、その刃が首の高さにくるように水平に構えて待ち受けた。
……来た!
魔獣が目の前を通り過ぎようとしたその瞬間。
私は突進の軌道を横切るように、茂みから一気に飛び出す。
自ら斬りつけにはいかない。ただ、大鎌の刃を空中に置くように構えるだけ。
次の瞬間、自らの凄まじい突進の勢いをそのまま刃に乗せた魔獣は、己のスピードによって見事に首を落とされ、巨大な胴体だけがズザザザッと地面を滑っていった。
大鎌の一閃が見事に決まり、魔獣は絶命した。
しかし、辺りにその魔獣の生々しい血の匂いが立ち込め始めたせいで、周囲の気配がうまく読み取れなくなってしまった。
「カイナ!その死体、調べて!」
私は大鎌を構えたまま周囲の警戒を続けながら、背越しのカイナに頼んだ。
これだけ大きな魔獣が、夜の森を猛突進していたのだ。
何かから逃げてきたのか、それとも別の要因でパニックを起こして逃走していたのか。
いずれにせよ、何かしらの痕跡は絶対に何かあるはずだ。
「おうよ!」
カイナは短く頼もしい返事をすると、指の先に明かり代わりの小さな火の玉を作り出し、その魔獣の死骸を慎重に観察し始めた。
……もう、大丈夫だろうか。
カイナが私に警告を出さないということは、この血の匂いが仲間を激しく呼び寄せるタイプの魔獣ではないのだろう。
カイナな、普段はおちゃらけてるけど、こういう場面ではちゃんとしてくれるから。
私はふうと息を吐いて警戒の構えを解き、自分のランタンに再び火を灯した。その時だった。
「リゼ、見てみろ」
後ろから、普段の軽口がすっかり消え失せた、ひどく真剣なカイナの声がした。
「なに?」
私もランタンを手に近づき、カイナと一緒に魔獣の死骸を覗き込む。
そこで思わず息を呑んだ。
そこには、私が大鎌で首を刎ねた致命傷の他にも、痛々しい傷がいくつも残されていたから。
「当たりを引いたかもね」
巨大な何かで力任せに殴られたような大きな打撲痕と、鋭い何かでズタズタに切り裂かれたような不自然な形跡。
それは明らかに、私がたった今つけたものではなかった。
「……この魔獣の突進の跡を、追ってみよう」
私は魔獣がなぎ倒してきた木々や、激しく踏み荒らされた地面を見つめながらカイナにそう提案した。
この突進跡の方向は、あのメモの座標の方向だ、全くあのだらしない情報屋はどこでこんなネタ掴んでくるんだか。
「休まなくていいの?」
カイナは少しだけ心配そうに私の顔を覗き込んで聞いてくる。
夜の森での戦闘後、しかも相手の素性が知れない状況でさらに深入りするのは、普通に考えれば無謀な行為だ。
「うん。この痕跡は、今すぐに追いたいかも」
私は首を横に振り、魔獣の体に残された不自然な傷跡をもう一度見下ろした。
「もし、この傷をつけた相手がすごく動きの活発なやつだったら……後回しにしているうちに、この痕跡が意味なくなっちゃうかもしれないから」
「なるほどな。痕跡は新しいうちに追えってやつか」
カイナは納得したように頷き、再び指先に小さな火の玉を灯してくれた。
「よし、わかった!背中は任せとけ、親友!」
「うん。お願い、親友」
私は短く答え、腰のランタンの灯りとカイナの魔法の火を頼りに、魔獣が猛突進してきた真新しい跡を慎重に追跡し始めた。




