第119話 - α 黄昏の森
結局、大声で騒いでいたカイナがようやく部屋から降りてきたのは、それから一時間も後のことだった。
「カイナ、なにか言うことは?」
私がジト目で問い詰めると、カイナはあからさまに目を泳がせながら誤魔化すように笑った。
「おっかしいなー。このバッグ、足でもついてるんじゃないかなー?」
そんなわけないでしょ。
どれだけ部屋が散らかってるんだか、……今度乗り込んで片付けさせよう。
「はぁ……」
私はわざとらしく、盛大なため息をついた。
「ほら、行くよ親友。もう予定より遅いし、今から森を回ったらすぐに暗くなるから、覚悟してね」
そう言って、私は彼女を引っ張るように服の裾をキュッと掴んだ。
「にっはは、暗いところは任せろって!私の火の魔法で照らしてやるさ」
まったく悪びれる様子のないカイナに、私は再び呆れた声を出す。
「誰のせいで灯りが必要になる時間が早まったと思ってるの。少しは悪びれたら?」
「にっしし!」
カイナはちっとも反省していない無邪気な笑顔のまま、「私のルーズさは知ってるだろ?」と、彼女の裾を掴んでいた私の手をギュッと握ってきた。
「はぁ……」
本日何度目かわからないため息をついてから。
「それはもう、知り尽くしたよ」
私は小さく微笑んで、カイナのその温かい手を、力強く握り返したのだった。
街を出て私たちが森の入り口に辿り着いた頃には、日はすっかり落ち、周囲は夕暮れの空気に包まれていた。
「それで?こんな時間から、どうやって森に入るんだ?」
カイナが少しだけ首を傾げて聞いてくる。
私は「うーん」と少し唸ってから、あの紙片に書かれていた『座標』の方角を指差した。
「ここから、順番に調べていきたいかな」
「ここから?何か目当てでもあるのか?」
「最近、街のすぐ近くでも中型以上の魔獣が出没してるでしょ?でも、夜の森ではいつも見かけないから……もしかしたら、この時間帯に何か発見があるかもしれないし」
私は適当な理由をつけて『機密』の座標へと誘導しながら、手に持っていたランタンをカイナの方へと差し出した。
「ん?……ああ、なるほどね!」
ランタンの意味を察したカイナは頷くと、指先から小さな火の玉をポンッと飛ばした。
チロリと音を立てて、ガラスの奥にある芯に温かな明かりが灯る。
それに火がついたのを確認してから、私はランタンを腰のベルトへと下げた。
「魔法って便利だねー」
「にししっ!火のことなら任せとけって!なんなら、この一帯の森をまるごと燃やし尽くすこともできるぞ!」
頼もしいんだか物騒なんだか分からないことを言って、カイナは楽しそうに笑う。
強力すぎる火力は、時として自分たちの首を絞めることになりかねない。
「……ちゃんと火力調整して使ってね」
私が呆れたように釘を刺すと、カイナは「わかってるって!」と笑って私の背中を押した。
私たちはランタンの小さな明かりだけを頼りに、夜の帳が下り始めた薄暗い森の中へと、並んで足を踏み入れていったのだった。




