第118話 - α ある日の親友
「ごちそうさまでした」
私は席を立ち、会計を済ませずにそのまま店を出た。
食い逃げというわけじゃない。
以前、お姉ちゃんがこの店で大金貨を使って支払いをした際、「この後のこの子の食事代に」と言って、お釣りをほとんど受け取らなかったのだ。
聖国では大体食事1回で高いものでも銀貨1枚と大銅貨数枚ぐらいだ。
銅貨10枚が大銅貨1枚、大銅貨10枚で銀貨一枚、銀貨10枚で大銀貨1枚。そして大銀貨10枚で金貨一枚、金貨10枚が大金貨一枚。
大金貨というのは、庶民の年収にあたるらしい、それをポンとだしてたあのお姉ちゃんの姿、思い出すだけで頭が痛くなる。
そんなこともあって、私にとってこの酒場は実質的な食べ放題状態になっていた。
宿舎に戻った私は、紙片に書かれていた『座標』へと向かうため、すぐに入念な準備を始めた。
いつも使っている腰の剣に加えて、念のための予備の剣。さらに現在練習中の大鎌を背負い、短剣を太もものホルスターにしっかりとしまう。
そこへ水と携帯食料、万が一の怪我に備えた救急セットなどを手当たり次第に詰め込んでいった結果、出発する頃には私のバッグはパンパンに膨れ上がってしまっていた。
準備を済ませて宿舎を出、再び森に向かおうとしたところで、ばったりとカイナと鉢合わせた。
私のパンパンに膨れ上がった荷物と重武装を見て、彼女は吹き出しながら笑う。
「なにそれ、家出でもするの?」
私も冗談めかして口角を上げた。
「カイナが私に『最強の剣士』とか『ウェポンマスター』なんて大げさな称号をつけすぎて、毎日挑戦者が来るから。……もう限界なので、実家に帰らせていただきます」
「なにそれ!離婚する前の夫婦みたいじゃん!」
私の返答にカイナが盛大にツッコミを入れ、私たちはひとしきり顔を見合わせて笑い合った。
笑いがおさまった後、私は少しだけ誤魔化すように言った。
「ちょっと魔獣の討伐域を広げようと思って。少し森に深入りするつもりなんだ」
すると、カイナは目を輝かせて「よし来た!」と親指を立てた。
「私も行くよ!2人のほうが生存確率はスーパー高いんだぜ?」
生存率、正直そこまで考えることはなかった、いつも私は一人で任務にあたるから、なるべく深入りは避けて、安全を重視していたから。
「最悪、野宿になるかもしれないけど、明日の任務は大丈夫なの?」
念を押して聞いてみるが、カイナは「にししっ」と得意げに笑うだけだった。
「もちもち!明日は非番だよ親友!……ちょっと待ってろよー!こんなこともあろうかと、私の荷物もスタンバイオーケーだから!一緒に行くから、置いてったら泣いちゃうからなー!」
そう叫ぶなり、カイナはドタバタと騒々しい足音を立てて宿舎の中へと走っていった。
相変わらずだなあ……。
嵐のような親友の後ろ姿を見送りながら、私は小さく息を吐く。
あの『機密』案件については、ギリギリまで秘密にしておいて、とりあえず二人でその座標を目指せばいいか。
そんな風に思考を巡らせていると――。
「どこだー!?この辺に荷物まとめたのに、どこいっちゃったんだー!?」
宿舎の壁を貫通するほどのすさまじい叫び声が、中から聞こえてきた。
自室から外にまで響き渡らせるなんて、一体どれだけ大きな声で探しているんだか。
私は思わず苦笑いを浮かべながら、騒がしい親友が準備を終えて降りてくるのを、のんびりと待つのだった。




