第117話 - α 記憶
――夢を見ていた。
それはきっと、私が記憶を失う前の、ずっと昔の光景。
私はいつも通り、騎士団に任されている仕事……街の外に現れた『中型以上の魔獣』の討伐任務に出ていた。
私は魔法が使えないから、他の騎士たちと連携を合わせることが難しいと判断されていて、基本的に一人での任務が多い。
面と向かって直接言われているわけじゃないけれど、そういう扱いはなんとなく肌でわかっていた。
「せぁ……!」
鋭い呼気とともに剣を振り抜く。
私の刃は中型の魔獣の急所を的確に一閃し、その命をあっけなく終わらせた。
ズシン、と重たい地響きを立てて巨大な図体が地に伏せる。
剣の血振るいをして鞘に収めながら、私はなんとなくだが、妙な胸騒ぎを感じていた。
中型以上の魔獣というものは、本来なら人間を警戒して、普通はこんな街の近くには寄ってこないものだ。
だというのに、今日私が討伐したのはこれで7体目になる。
……ここは、街から歩いてたった30分程度の場所だというのに。
明らかに異常だ。何かの前触れかもしれない。
これ以上一人で討伐を続けるのなら、一度ちゃんと装備を整え直してからのほうが安全だと判断。
周囲の気配に警戒を残しながら、私は踵を返し、一度街に戻るために歩き出したのだった。
討伐を切り上げて街に戻ると、すっかり昼過ぎになっていた。
私はそのまま、行きつけの酒場へと向かう。
席に座っていつも通りステーキを一枚頼むと、これまたいつも通りというか、ウェイターの青年が私のテーブルで呑気に駄弁り始めた。
「リゼさん聞いてくださいよー。店長が仕込みを手伝えってうるさいんすよー。俺、ウェイターなのにですよー?」
心底だるそうに愚痴をこぼす彼に、私はいつも通り冷ややかな視線を向けた。
「……暇してるのに厨房を手伝わない、あなたが悪いです」
「ですよねー」
私の正論で一刀両断されたウェイターさんは、あっけらかんと軽い一言を残し、ひらひらと手を振りながら厨房へと引っ込んでいった。
その後ろ姿を見送りながら、私はふと、自分の手の中に小さく折りたたまれた紙片が握られていることに気がついた。
あんな冴えない言動をしているのに、情報屋としては本当にちゃんとしてるなぁ……。
ステーキの注文を取り、下らない愚痴をこぼしていたあの数十秒の間に。
私の手へいつの間にか紙を滑り込ませていたその手際と気配の消し方に、私は少しだけ感心してしまった。
周囲の客から死角になるように手元を隠しながら、私はその折りたたまれた紙をそっと開いた。
紙片を開き、周囲の目を盗むようにしてそこに書かれた短い文面に視線を落とす。
記されていたのは、特定の『座標』と、『機密』という二文字だけだった。
……また、やばい案件だ。
具体的な内容が一切書かれていないあたり、裏の事情がたっぷりと絡んだ、ろくでもない情報である事は自明だった。
しかも、マナイーターを討伐したときとは違って『機密』とまで書いてある。
これは、私が対処するしかない。
さっきの異常な数の魔獣討伐といい、今日はどうにも嫌な予感が付き纏う。
小さく息を吐きながらそう思っていると、「お待ち遠様でしたー」と、先ほどのウェイターさんが熱々の鉄板に乗ったステーキを運んできた。
ジュージューと食欲をそそる音と、香ばしいお肉の匂いが鼻腔をくすぐる。
私は誰にも見られないように手の中のメモを素早く懐へとしまい込むと、厄介事の思考を一旦頭の隅へと追いやって、目の前の美味しそうなお肉を黙々と食べ始めたのだった。




