第116話 - β 私の妹
私の膝の上にちょこんと座り、大人しく身を預けてくれるリゼ。
その細い背中から伝わってくる確かな温かさを肌で感じながら、私はひっそりと息を吐いた。
本当に、本当にリゼが生きていた。
そして、この腕の中に取り戻すことができたのだと、その事実がじわじわと胸の奥に染み渡っていく。
感無量だった。
一度は死んだと思って、生きる目的を失って放浪し、数年間もの間、極寒の雪原でただ静かに死を待っていた。
ひどく遠回りをしてしまったけれど、こうしてまた会うことができた。もう一度、この腕で抱きしめることができたのだ。
……リゼ。
もう、絶対に手離したくない。
私はそっとリゼの柔らかい髪を撫でて、彼女が確かにそこにいることを、都合のいい幻なんかではないことを何度も確認する。
いる。本当に、私の腕の中に。
あの硝煙の街、アッシュクロフトを脱出してからは、結構大変だった。
背中の熱だけを頼りに無我夢中で暗い森を走り抜け、その先で近場に街があったのは本当にラッキーだったと思う。
幸いなことに、いつ鞄の隅に入れたのかすら忘れてしまっていたような古い金貨を、それなりに持ち歩いていたかは。
そのお金を使って強引に馬車を手配し、今は、私たちが向かうべき『聖国』に向けて走らせてもらっているところだ。
すやすやと、小鳥のように心地よさそうに私の胸に寄りかかるリゼを、私は愛おしむように撫で続けた。
私は、最愛の妹に何かしてあげたかった。
そうだ、と思い立ち、自分の分として残しておいた革カバンの中のもう一つのサンドイッチを、リゼにあげることにした。
「リゼ、お腹は、大丈夫……?」
いけない。
数年間、極寒の雪原でろくに口を開いていなかった私は、上手く言葉を紡ぐことができない。
たった一言声をかけるだけでも、ひどくぎこちない響きになってしまう。
「いいんですか?」
リゼは私の不器用な問いかけに対し、やはり見えない壁を作るような敬語で返してくる。
記憶をなくしているというのは、本当に残酷なことだ。
私は静かに頷くと、再びリゼを膝に深く乗せ、ゆっくりとその頭を撫でながら、サンドイッチを少しずつ食べさせてあげた。
「あーん」と口元へ運べば、「あむっ」と小鳥のように素直に食べてくれる。
後ろから抱きしめるようにしているから、今の私に彼女の顔は見えない。
けれど、それでも、この空間は私にとって奇跡のような、夢のような時間だった。
もう、離さない。
絶対、絶対に。
なにを犠牲にしてでも、私は――。
食べ終わると、リゼはコクンと、眠そうに小さなあくびをした。
こういうふとした無防備な仕草は、何も変わっていない。私の記憶にある、あの頃のリゼそのものだった。
「眠い……?」
私が短く聞くと、「えっと、その……」と遠慮がちに頷く。
やっぱり、愛しいリゼの顔で、リゼの声で、こんな風に他人行儀に距離を置かれるのは、深く心に突き刺さるものがある。
私はその胸を塞ぐような虚無感を強引に上書きするように、リゼの身体を抱えるように持ち上げて、そのまま座席へと横にさせた。
「うわっ!?」
リゼが驚いたような声を上げる。けれど、今の私にとっては、そんな戸惑う声すらたまらなく愛おしい。
私は自分の太ももに彼女の頭を乗せ――膝枕をして、そっと囁いた。
「寝て、いいのよ……?」
上手く笑えているかはわからない。長らく表情筋など使っていなかったせいで、ひどくぎこちない笑顔だったかもしれない。
けれど、昔みたいに彼女を寝かしつけるように、その柔らかな髪を優しく、優しく撫で続けた。
やがて、リゼは私の撫でる手から何か懐かしいものを感じ取ったのか、ゆっくりと規則正しい寝息を立て始めた。
その確かな重みと温もりを太ももに感じながら。
私もまた、数年ぶりに、心の底から安心して深い眠りに落ちていったのだった。




