第115話 - γ 過去の断片
路地に残された戦闘の跡を慎重に追っていくと、やがてその最奥――裏通りのゴミ溜めへと辿り着いた。
そこには少しばかりの赤い血の跡と、凄まじい冷気を伴う高位魔法が使われた痕跡。
そして……リゼが持っていたはずの『皇剣プロウド』が、無造作に転がっていた。
「まさか……」
あいつが。
一瞬、最悪の考えが脳裏をよぎり、背筋が凍りつく。
俺はすぐに強く首を振ってその絶望的な思考を振り払った。
泥にまみれた皇剣を拾い上げ、鋭い視線で周囲の状況を冷静に分析する。
これほど派手に街中で魔法をぶっ放しておきながら、周囲の住人が騒ぎ立てている様子が全くない。
これは明らかに異常だ。
……もしかしたらあの小娘は、辺境伯に付け狙われていたのか?
中央からの使者を疎ましく思った辺境伯が、街の機能を掌握して騒ぎを揉み消した上で、一人になる瞬間を探して魔法使いの刺客を放ち小娘を攫った。
そう考えれば、この不自然な静けさにも、国宝である皇剣が奪われずに放置されていたことにも説明がつく。
狙いは剣ではなく、中央の代理である『公爵令嬢』そのものだったのなら。
「……一度戻って、辺境伯に強く抗議を入れに行くぞ」
俺は回収した皇剣を外套の下に隠すと、背後の護衛に向けて低い声で告げた。
「一度ホテルに戻る。急ぐぞ」
焦燥を胸の奥深くに押し込め、俺は踵を返すと、辺境伯への反撃の準備を整えるべくホテルへと急ぎ戻るのだった。
ホテルに戻ると、御者も異常事態を察していたのか、すでに最上階の部屋に戻ってきていた。
「そっちはどうだった?」
帰ってくるなり俺が吐き捨てるように問うと、御者は相変わらずの飄々とした態度で肩をすくめた。
「引っかかりませんでしたね。辺境伯は我々に向けて『こちらの方が上だ』と言わんばかりに城を沈黙させていましたが、街中に妙な噂などは出ていませんよ」
まるで他人事のように事も無く話す御者。
そのどこか冷淡で投げやりな話し方に、俺の腹の底でドス黒い感情が弾けた。
「……お前は、いつだってそうだ」
俺は御者に大股で歩み寄ると、その羽織っていた外套を乱暴に引っ剥がした。
「俺の家族を犠牲にして作戦を成功させた時も……そんな風になんでもないような顔で成功を拍手して、俺の胸に綺麗な勲章をくれたよなぁ!」
そのまま勢いに任せて、男の胸ぐらを強く掴み上げる。
剥ぎ取られた外套の下、上質な仕立ての衣服には、はっきりと『ブライユ公爵家』の気品ある家紋が刻み込まれていた。
男は、胸ぐらを掴まれながらも不敵な笑みを崩そうとしない。
俺はそのムカつく顔を至近距離で睨みつけ、絞り出すように言った。
「もう……近くの誰かを失うのはごめんだ。力を貸してもらうぞ、ブライユ公爵。あの時の『貸し』を返せ」
その言葉を受けた瞬間。
これまで浮世離れした態度を崩さなかった男から笑みが消え、初めて真面目な、冷徹な声が響いた。
「……借りを返す気はありませんよ」
公爵は俺の手を静かに払うと、その鋭い双眸で俺を見つめ返した。
「ただ……私の『権力』を貸すことで、あの少女が助けられるというのなら。喜んでお貸ししましょう」




