第109話 - β 敵討ち
城門を抜け、夜の帳が下りた『硝煙の都市』の薄暗い裏通りを歩く。
石造りの建物がひしめき合う雑多な街並みを、隣を歩くロミオは手慣れた様子で進みながら、私に向けて簡単な案内を口にしていた。
「ここが鍛冶屋でな、腕のいい鍛冶師がいるんだ」
彼が顎でしゃくった先には、煙突から微かに煙をたなびかせる黒ずんだ工房があった。
夜遅くにも関わらず、奥の方からはカン、カンと、くぐもった鉄を打つ音が微かに漏れ聞こえてくる。
鍛冶屋。その響きと熱を帯びた音に、私はふと昔の記憶を脳裏に過ぎらせた。
――もしも、ここにリゼがいたら。あの子ならきっと、ここの熱を鉄に込める音を気に入っただろうな。
そんな、もう二度と叶うことのない幻影が胸を締め付ける。
私は小さく首を振り、湧き上がる感傷を冷たい奥底へと押し込んだ。
「……どうでもいい。宿はどこだ」
吐き捨てるような私の冷たい声に、ロミオは少しだけ肩をすくめた。
「悪い悪い。この辺りに手頃な宿があるんだが……おっ、あったあった」
彼が立ち止まったのは、大通りから少し外れた場所にある、古びた木造の建物の前だった。
ロミオが慣れた手つきで軋む扉を開け、私たちは中へと足を踏み入れる。
深夜の突然の訪問だったが、幸いなことに部屋は空いており、私たちは二部屋を別々に取ることができた。
ひとまずの拠点を確保した私たちは、冷え切った身体を温め、そして腹を満たすために、そのままロミオがおすすめするという酒場へと向かった。
私たちが目的の酒場の前へたどり着き、その扉へ手をかけようとした、まさにその時だった。
ふと視界の端をよぎったものに、私はピタリと足を止めた。
大通りから一本外れた、薄暗い裏路地。
そこに、この硝煙と泥にまみれた街にはおよそ似つかわしくない、忌まわしいほどに眩い光が揺れたのだ。
――剣だ。
夜の闇の中にあって、まるでそこだけが陽光を反射しているかのように煌めく、ひどく豪奢な意匠が施された長剣。
それを腰に提げた、見知らぬ人影。
その光の性質、その剣の造形を捉えた瞬間。
私の頭の奥で、視界がカッと真っ赤に染まるような、激しく血が沸騰する音がした。
……忘れるはずがない。
かつての凄惨な戦争。血の海に沈んだ泥だらけの戦場。
私の親友であるアリアの胸を無残に貫き、その命を奪い去った、あの聖国の剣士。
奴が握りしめていたのが、まさにあの、吐き気がするほど美しく陽光に煌めく剣だったのだ。
「おい、先に席を取っておけ」
「え? あ、おいフィーネ……」
私は隣にいたロミオの背中を、半ば強引に酒場の扉の中へと押し込んだ。
彼の戸惑う声が扉の向こう側に消えるのと同時に、私は踵を返し、忌まわしい仇の姿へと鋭く向き直る。
――凍てつけ!
心の中で、絶対的な殺意と共に魔法のキースペルを唱える。
瞬時に体内の魔力が呼応し、私の右手の中に、周囲の水分を根こそぎ凍らせる絶対零度の魔力構成が編み上げられていく。
あの背中がアリアを殺した張本人なのか、それともあの剣を受け継いだ別の帝国の犬なのか、そんなことはどうでもいい。
あの剣を持つ者は、ここで必ず私が殺す。
魔法の準備は、数秒で完了した。
私は迷うことなく土を蹴り、無警戒に歩いているその人影へと猛然と駆け出すと――掌に圧縮した致死の氷魔法を、一切の容赦なくぶっ放した。




