第106話 - α お嬢様の朝
眩しい朝の光が、ふかふかの天蓋付きベッドに差し込んできた。
「ん……」
ゆっくりと目を開け、すべすべのシーツに包まれたまま、小さく伸びをする。
なんだか、とても温かくて、ひだまりみたいな夢を見た気がした。
誰かに優しく頭を撫でられていたような……甘くて心地よい時間。
けれど、パチリと瞬きをして意識を完全に覚醒させると、その夢の輪郭は霧が晴れるようにすーっと消えてしまい、胸の奥にぽかぽかとした余韻だけが残っていた。
「……なんの夢だったっけ」
思い出そうとしても形は掴めず、私はふぅと小さく息を吐いた。
身体を起こして、改めて自分のいる部屋を見回す。
見上げるような高い天井に、キラキラと輝くシャンデリア。
「……何度見ても、豪華な一室だなぁ」
冷たい牢屋で目を覚ましたあの日から、どれくらいの時間が経っただろう。
あの時は、ただ生き残るために大鎌を振るっていた。
そこからおじさんと出会って、帝都へ向かい、今度はこうして見知らぬ『硝煙の都市』の、見知らぬ超高級ホテルに泊まっている。
「ずいぶん、遠くまで来たなあ……」
私は一人、そんな感慨に耽りながらベッドから抜け出した。
ふかふかの絨毯が、足の裏を優しく包み込んでくれる。
着替えを済ませ、二振りの剣をしっかりと身につけると、私はおじさんたちがいるであろう、広間みたいに広いリビングへと向かって歩き出した。
広間みたいに広いリビングへ足を踏み入れると、おじさんはすでに窓際のソファに座り、優雅にコーヒーを飲んでいた。
「おはよー」
私が声をかけると、おじさんはカップから口を離し、「……ああ」とぶっきらぼうに返事をしてくれた。
けれど、こちらを振り向いたおじさんは、私の姿を上から下までジッと見つめると、やれやれとひどく深い深いため息をついた。
「……お前は、もう少し身支度というものを学ぶべきだな」
「ええ?何か変かな?」
私は首を傾げて自分の格好を見下ろした。
起きてすぐにお姫様がくれた服を着て、髪をササッと結んで、剣を装備しただけ。
これでも随分と着替えるのが早くなったと自分では思っていたのだけど。
おじさんは少しだけ悩むように眉間を揉みほぐしてから、ふと何かを思いついたように口角を上げた。
「……折角の機会だ。本物のお嬢様の暮らしでも体験してみろ」
「お嬢様の暮らし?」
「ああ。メイドを呼んでやる。ボロが出るとかは気にしなくていい、あいつらの好きにされてみろ」
そう言うと、おじさんはテーブルにあった呼び鈴をチリンと鳴らした。
すると、まるで最初から扉の向こうで待機していたかのように、すぐさま音もなく扉が開き、パリッとした制服を着た執事さんっぽい人が入ってきた。
おじさんが彼に短く何かを指示すると、執事さんは恭しく一礼して退室し……入れ替わるようにして、真っ白なエプロンドレスを着たメイドさんが三人、部屋へと入ってきた。
「おはようございます、お嬢様。さあ、こちらへ」
「えっ?」
ニコニコと有無を言わさぬ笑顔のメイドさんたちに促され、私はあっという間に寝室へと丁寧に連行される。
――そこから始まったのは、私の想像を絶する『お嬢様体験』だった。
まず、寝室に戻された私は、ふかふかの長椅子に座らされ、美しいティーカップを手渡された。
「お目覚めのベッドティーでございます。温かい紅茶で、ゆっくりとお身体を覚醒させてくださいませ」
「あ、ありがとう……」
言われるがままに紅茶を一口飲むと、芳醇な香りが鼻を抜け、確かに身体の芯からじんわりと解れていくような気がした。
しかし、私がホッと息をついたのも束の間。
メイドさんたちの怒涛の身支度サポートが開始された。
「失礼いたします」
温かくていい匂いのする蒸しタオルで優しく顔や腕を拭き上げられ、手首や首筋に、お花のような甘い香水をほんの少しだけ纏わされる。
そして、私が自分で着たばかりの戦闘用の服はあっさりと脱がされ、代わりに、フリルと柔らかい生地がたっぷり使われた、少しリラックスできるっぽい室内着へと着替えさせられた。
さらにドレッサーの前に座らされ、三人がかりで髪の毛を梳かされる。
手慣れたブラシさばきで私の髪はあっという間にサラサラになり、可愛いリボンと一緒に、自分では絶対にできないような綺麗な編み込みスタイルへと整えられていった。
「まあ、お嬢様。まるでお人形のように愛らしいですわ」
……なんだか、くすぐったいなぁ
鏡の中に映る、ピカピカに磨き上げられた見知らぬお嬢様に、私は照れくさくて、笑うしかなかった。
身支度とヘアメイクが完璧に整うと、私は再びメイドさんたちにエスコートされ、今度は日当たりの良い小部屋へと案内された。
「わぁ……っ!」
思わず歓声が漏れた。
朝日がたっぷりと差し込む丸テーブルの上には、専属の料理長さんが作ったという、焼き立てでふっくらとしたパン。
宝石みたいにキラキラと輝く新鮮なフルーツの盛り合わせ。
そして、ナイフを入れるとトロリと黄身が溢れ出す、ふわふわの卵料理がズラリと並べられていたのだ。
「どうぞ、お召し上がりくださいませ」
メイドさんが椅子を引いてくれ、私はふかふかのクッションに腰を下ろす。
昨日の酒場のジャンクなご飯も最高だったけれど、この朝日に包まれた空間でいただく、色鮮やかで繊細な朝食も、見ているだけで幸せな気持ちになってくる。
私はフォークを手に取り、少しだけお行儀よく背筋を伸ばして、この優雅すぎるお嬢様の朝食をパクリと頬張ったのだった。




