第99話 - α 宴会?
呆れ顔のおじさんは、私との会話を諦めたように頭を振ると、騒ぎを聞きつけて駆けつけてきたウェイターの青年へ向き直った。
「……二人だ、席はあるか?」
「ええ、勿論ありますよ!こちらへどうぞ、お嬢様」
爽やかな好青年のウェイターさんは、巨漢を一瞬で倒した私のことを見ながら笑みを浮かべて、快く店内へと案内してくれた。
大賑わいの酒場を通り抜け、案内されたのは少し落ち着いた奥の方のテーブル席だった。
私がおじさんの向かいの席に腰を下ろすと、ウェイターさんは手際よくメニューを開きながら尋ねてくる。
「ご注文はどうされますか?」
私がどんなメニューがあるのかなと覗き込もうとしたその時、おじさんはメニュー表すら見ずに、短く一言だけ告げた。
「鉄鍋、二つだ」
「はい!鉄鍋二つですね、少々お待ちください!」
元気に返事をして奥へ戻っていくウェイターさんを見送り、おじさんは椅子の背もたれに深く体を預けると、重々しく「ふぅ……」と息をついた。
「ねえおじさん、その『鉄鍋』っていうのが、びっくりするご飯なの?」
私が身を乗り出して尋ねると、おじさんは深く頷いた。
「ああ。あの不思議な食感を出せるのは、この街でもここぐらいだからな」
「へえー!不思議な食感かぁ……どんな味なんだろ」
私が目を輝かせて料理への期待を膨らませていた、その時だった。
「いやぁ〜!あねさん、まじパネェっすね!!」
ダァン!と、やけに馴れ馴れしい大声とともに、私たちのテーブルの空いている椅子に、どっかりと大柄な男たちが腰を下ろしてきた。
見れば、さっき私に机を投げてきた巨漢の男と、その連れらしきもう一人の男だった。
「あ、さっきの人!熱い挨拶、ありがとう!ええっと……大丈夫だった?私の剣、首に当たってなかったよね?」
ニコニコと笑いながら、怪我をさせていなかったか気遣って尋ねると、巨漢の男は感動したように目を潤ませた。
「うおおっ……!あの神技を見せてくれた上に、俺みたいなのに気遣いまでもらえるなんて!いやもう、最高にイカしてるっすよあねさん!!」
「……なんか、キャラ変わってない?」
私のツッコミを遮るように、男はズビズビと鼻をすすると、奥に向かって酒場中に響くような大声を張り上げた。
「おい!こっちのテーブルにエール四つだ!!俺の奢りだ!!」
上機嫌で宴会を始めようとする男。
その向かいの席で、おじさんはズキズキと痛む頭を抱えるようにして、低い声で尋ねた。
「……おいお前ら。さっきの席から、なぜこっちへ移動してきた?」
この威圧感たっぷりのおじさんを前にしても、アッシュクロフトの荒くれ者たちはまったく怯む様子がない。連れの男の方が、ニカッと白い歯を見せて楽しそうに笑った。
「いやあ!あねさんが見事な剣さばきを見せてくれたおかげで、俺たちの机がただの『木材』になっちまったんで!座る場所がねえんすよ、ハハハ!」
「あはは!そっか、あたしが切っちゃったもんね!まあ、いいじゃんいいじゃん!」
男の豪快な笑い声につられて、私もついつい一緒になって楽しそうに笑ってしまった。
なんだか、この街の人たちって裏表がなくてすごく面白い!
「……はぁぁ……」
すっかり意気投合してしまった私と男たちを前に、おじさんは本日最大級の、ひどく疲労感の滲む長いため息をこぼすのだった。
「お待たせしました、エール四つです!」
相席してすぐに、ウェイターさんが溢れんばかりに黄金色の液体が注がれた大きな木製ジョッキを四つ、ドンッドンッと威勢よくテーブルに置いていった。
「よっしゃあ!それじゃあ、あねさんとの運命の出会いと、この最高にイカした街に――乾杯!!」
巨漢の男が立ち上がり、ジョッキを高く掲げて大声で叫ぶ。
「カンパーイ!!」
私も負けじと元気よく立ち上がり、自分のジョッキを男のジョッキにガァン!と勢いよくぶつけた。
豪快にこぼれた泡が、私の手にひんやりと冷たく跳ねる。
一方、私たちの向かいの席では……。
「……その、すいません。ウチの馬鹿……、身分の違いとか分かってなくて……。その、見逃してもらえると……」
「……いや、いい。気にするな」
連れの男が申し訳なさそうにジョッキを差し出すと、おじさんは深くため息をつきながらも、コチンと静かにジョッキを合わせ、疲れた大人同士のような静かな乾杯を交わしていた。
私はそんなおじさんたちを横目で見ながら、冷たいジョッキに口をつけ、中の黄金色の液体をゴクゴクッと喉の奥へ流し込んだ。
「……んっ?」
その瞬間、私の口の中に、今まで経験したことのない不思議な感覚が弾けた。
シュワシュワとした細かい泡の刺激と一緒に、大人のような強い苦味が舌の奥に広がる。
なのに、喉を通り過ぎた後には、なぜかパンのような香ばしい甘さと、すっきりとした爽快感がフワッと鼻に抜けていく。
「なにこれ、すごい!この飲み物、なに!?」
私は目を輝かせて、ジョッキを持ったまま巨漢の男に身を乗り出して聞いた。
すると男は、自慢の飲み物を褒められた子供のように、ニカッと嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「知らないんすか、あねさん!これは『エール』っていう、麦から作った酒っすよ!俺たちみたいな荒くれ者が、仕事終わりに喉を潤すのに飲む、世界で一番最高の飲みもんすよ!」
「エール……お酒!」
私が感嘆の声を漏らし、ジョッキの中のシュワシュワを見つめていると、向かいの席でエールを一口飲んだおじさんが、私の顔を見た。
「……おい小娘。お前、酒なんて飲んで大丈夫なのか?」
「んー、お酒かぁ。実は飲んだことない……と思うんだよねー」
私は手元のジョッキを見つめながら、少し苦笑いをして誤魔化した。
「ほら、あたしってちょっと事情があるからさ」
……あたしって、いま何歳なのかな?
記憶喪失で歳が分からないって、ちょっと不審だし、話したくはないな。
すると巨漢の男は、私の貴族風の服と腰に帯びた剣をチラリと見て、勝手に何かを察したようにポンと手を打った。
「あー……!確かに、あねさんみたいなお貴族様は、昼間から酒場で飲み歩きとかはまずそうっすよね。すんません、あねさん!」
男は豪快に謝ると、ニカッと笑って親指を立てた。
「でも、ここの果実水もやべーほど美味いんでダイジョブっすよ!酒が飲めなくても、ここの酒場は絶対楽しめますって!」
「果実水!それも美味しそう!」
さりげなく気遣ってくれる男の人の優しさに、私は嬉しくなって身を乗り出した。
「ねえ、もしかして、ここのお料理にはすごく詳しいの?」
「ハハッ、当たり前っすよ!俺たちにとって、ここは燃料補給場みたいなもんすからね!メニューの端から端まで食い尽くしてますよ!」
自慢げにドンドンと胸を張る男の人に、私はパァッと目を輝かせた。
「それなら、美味しいご飯、もっと教えてほしいな!」
「もちっすよ!任せてくだせぇ!」
男は頼もしく頷くと、再び酒場の奥の厨房に向かって、腹の底から響くような大声を張り上げた。
「おい!追加で『唐揚げ』と『チキンセット』四人前だぁっ!!」
……からあげ。それに、チキンセット。
名前を聞いただけで、なんだかすごくお腹が空いてくるような、ジューシーで美味しそうな響きだ。
おじさんが頼んでくれた不思議な『鉄鍋』と、この人たちが頼んでくれたお肉の料理。
一体どんなびっくりするご飯が出てくるんだろうと、私はワクワクしながら、待ち遠しくてたまらない気持ちになっていた。




