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空白の少女と錆びた英雄 ――音を聴く大鎌の少女、帝国の闘技場で弾丸と舞う――  作者: R.D
第二部 中編

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第98話 - α びっくりするもの?

 重厚な木の扉を押し開けて酒場の中へと足を踏み入れると、そこには昼間から熱気と紫煙を漂わせ、賑やかにジョッキをぶつけ合う大勢の人々の姿があった。


「ほえー……すごい人……」


 さっきまでの静まり返った高級ホテルとは正反対の、あまりにも荒々しくエネルギーに満ちた光景に、私は思わず圧巻されて口を半開きにしてしまった。


 そんな私の場違いすぎる貴族の装いが目立ったのだろう。


 昼間からすっかり飲んだくれ、顔を赤くした巨漢の冒険者たちが数人、下品な笑みを浮かべながらこちらへと歩み寄ってきた。


「おいおい、なんだあ?お貴族様が、こんなむさ苦しい酒場に何の用でやって来たんだ?」


 からかうような男の言葉に、私は首を傾げて正直に答えた。


「ここに、すっごく美味しいご飯があると聞いて来たんだけど……」


「ハハハッ!んなわけねえだろうが!こんな場末の酒場にお貴族様の口に合うもんがあるかよ!」


 男は愉快そうに豪快な笑い声を上げた――次の瞬間。


 男はいきなり目の前の分厚い木製テーブルを蹴り上げ、私の顔面めがけて思い切り投げつけてきたのだ。


 ――ッ!


 飛来する巨大な質量。


 私の身体は頭で考えるよりも先にはじき出されたように反応していた。

 


 腰の盟剣『アリィス』に手をかけ、息を吐くように横一線に抜刀する。


 四季刀流、春の型――『薄氷』。


 ――剣閃。


 空気を裂く滑らかな金属音とともに、白銀の軌跡が走る。


 私はその勢いのまま手首を返し、迫る木片の軌道を追って二撃目の『返し薄氷』を瞬時に放った。


 軽やかな切れ音。


 横一閃の刃と、それを鋭く返した二連撃によって、私が鞘に剣を収めた時には、宙を舞っていた分厚いテーブルは見事に綺麗な「3等分」へと切り裂かれ、私の左右の床へと無害に落下してゴトッと鈍い音を立てた。


「おおっ!?なんだ今の抜き身は!」


 ただの『お貴族様』だと思っていた私が、飛んできた机を一瞬で3つに切り捨てたのを見て、酒場にいた冒険者たちの目の色がガラリと変わった。


「はっはー!新入りのべっぴんさん、ただ者じゃねえぞ!」


「おいおい兄弟!お前から仕掛けたんだ、自慢の腕力を見せてやれや!」


「お嬢ちゃんの方も負けるなよ!ギャフンと言わせてやれーっ!」


 酒場のあちこちから、ドンチャンと机を叩く音と、男や私、両方を煽り立てるようなお祭り騒ぎのヤジと歓声が爆発する。


 ……あ!なるほど!


 その熱烈な応援を聞いて、私は『そういうことか!』と納得した。


 おじさんがさっき『ここは驚く』って言ってたけど、これがいらっしゃいっていう、この街、いや冒険者ならではの熱い歓迎の儀式なんだ!


 男の人も投げつける前にハハハッて愉快そうに笑ってたし、周りのみんなも『負けるなよ!』って楽しそうに応援してくれている。


 だったら、私もしっかりお返事しないと失礼になっちゃう!


「それじゃ、次はあたしから行くね!」


 私は机を投げてきた男に向かって、そのまま迷いなく床を蹴って飛び込んだ。


 懐へと一瞬で潜り込み、左手に持った盟剣の鞘を、男の分厚い腹部に向けて鋭く突き立てる。


「おっとぉ!?」


 男が反射的に両手を出して、突き出された鞘を両手で受け止めとめた――まさにその瞬間。


 私は相手が掴んだ鞘を囮に、右手で柄を引き抜き、目にも止まらぬ速さで白銀の剣を抜き放った。


 空になった鞘を男が抱え込んだ時には、私の刃はすでに男の首筋から数ミリだけずらした位置を通り抜け、背後の分厚い柱へと深く突き刺さっていた。


「……くっ!」


 男の喉仏のすぐ横で、冷たい刀身がキィン……と微かに耳鳴りのような音を立てて揺れている。


 少しでも動けば首が飛ぶという極限の状況に、巨漢の男は顔面を蒼白にして、汗をダラダラと流しながら完全に凍りついた。


「私の勝ち、だね!」


 私がにっこりと笑ってそう告げて、柱から剣を引き抜きチャッと綺麗な手つきで鞘へと納める。


 すると、一瞬だけ呆気にとられて息を呑んでいた酒場の冒険者たちから、先ほどまでを遥かに超える、耳が痛くなるほどの爆発的な大歓声が巻き起こった。


「うおおおおおーっ!嘘だろ、あの大男を一瞬で!?」


「すげええっ!鞘を掴ませてから抜きやがったぞ!」


「ひゃはは!兄弟の完敗だ!お嬢ちゃん、最高に強いじゃねえか!!」


 口々に私を褒めたたえ、ジョッキを掲げて熱狂する冒険者たち。


 大盛り上がりする酒場の熱気を感じながら、私は『えへへ、いい挨拶ができたかな』と胸を張って、まだ入り口の扉に寄りかかっているおじさんの方へと振り返る。


「……ねえおじさん。びっくりするって、もしかしてこの歓迎のことだったんじゃないの?」


 私が得意げに尋ねると、おじさんは深く、本当に深く溜め息をつき、呆れ顔で頭を掻いた。


「んなわけないだろ、バカが。……びっくりするのは、これから出てくる料理の方だ」

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