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第9話 米軍は京都へ迫ります。米海軍は舞鶴へ上陸します。

第9話 米軍は京都へ迫ります。米海軍は舞鶴へ上陸します。


第二十六章 大阪ルートと奈良ルート


1945年11月初旬 和歌山・大阪・奈良



 和歌山を押さえた米軍司令部では、進撃軸を二つに分けることが決まった。


「大阪方面は道路、河川、運河、工場地帯が多い。工兵を厚くしてください」


「奈良方面は山越えです。大軍を一列に入れれば詰まります」


「歩兵と工兵を先に。車列は分けます。奈良へ出た部隊は大阪を経由せず、そのまま北へ向かわせましょう」


 大阪方面と奈良方面。二方向から京都へ近づけば、日本側は一つの街道だけを塞いでも止められない。


 大阪側では橋が落ちるたびに工兵が前へ出た。鉄道が使える区間では日本人の鉄道員を戻し、動かせる列車を使う。


「線路は生きています」


「では軍用輸送を先に通してください。民間列車は区間ごとに戻します」


 奈良側では道路幅と勾配が問題になった。


「この道へ全部入れないでください。先頭が止まれば後ろまで止まります」


「歩兵を先に入れます。車両は時間をずらします」


 日本側も、大部隊をまとめてぶつける余力はなくなっていた。


「野砲を動かせません」


「なら、小隊単位で遅らせてください。迫撃砲と噴進弾を撃ったら場所を変えます」


 牽引車、燃料、砲弾が足りない。道路沿いに出た小部隊が数発撃ち、山へ退く。


 航空隊も大量特攻には戻らなかった。


「残っている燃料は熟練搭乗員へ回します」


「九九式襲撃機は」


「飛べる機体だけ使います。60kg爆弾と機関砲で地上部隊を狙います」


 農地に擬装した簡易離着陸地へ分散しているため、米軍が通常の飛行場を爆撃しても、別の場所から少数機が現れる。


 米軍側の参謀は報告書を閉じた。


「数は少ないのに、後方まで警戒を強いられますね」


「それでも止まるわけにはいきません。京都へ先に入った側が、戦後の話を有利に進めます」




第二十六章補 舞鶴を塞ぐ


1945年11月初旬 舞鶴



 京都側の政治問題を検討する会議で、海軍参謀が日本海側の地図を出した。


「京都から逃げる道を一つ残しています」


「舞鶴ですね」


「東へ行けばソ連軍と日本人民軍の地域です。西と南は我々の進撃地域。皇族や公家華族がまとまって京都を離れるなら、日本海側が最後の大きな出口になります」


「なら先に塞ぎます」


 米海軍は舞鶴港へ艦砲射撃を加えた。


 港湾施設、軍事施設、残存艦艇、倉庫が目標になる。


 帝国海軍側では、艦を出す燃料がなかった。


「出撃は無理です」


「港内から撃てる艦は」


「固定砲台としてなら使えます」


「撃てば位置が割れる。それでも撃つしかありません」


 発砲した艦や砲台には、米巡洋艦の艦砲射撃と航空攻撃が返ってきた。


 上陸部隊が港と周辺道路を押さえると、京都から北へまとまって逃げる経路も閉じる。


「京都市街へ正面攻撃を入れる前に、退路をなくして交渉へ持ち込みます」


 米軍側の方針は明確だった。京都を大規模な市街戦にするより、動けなくしたうえで降伏を受け入れさせる。




第二十七章 京都


1945年11月上旬 京都



 東京がソ連側に開き、東側で天皇制廃止が宣言されると、京都では西側の政治体制をどう組み立てるかが現実の問題になった。


 昭和天皇は松代にいる。皇太子も東側に残されたままだ。


 宮内関係者が高松宮宣仁親王へ説明した。


「東側では、退位ではなく制度そのものを廃止した扱いです。西側までその決定に従う必要はありません。ただ、西側の国務を行う天皇が不在のままでは政府が動きません」


 高松宮はすぐには答えなかった。


「兄上が松代におられる事実は変わりません」


「承知しています。ですから通常の皇位継承とは違います。国家が二つに割れつつある中で、西側の制度を動かすための即位です」


「皇太子はこちらへ来られないのですね」


「移動できる状況ではありません」


 高松宮は窓の外を見た。京都御所の屋根の向こうに、焼け残った町が続いている。


「まず京都で市街戦を避ける条件を決めてください。御所も寺も大学も、戦場にする必要はありません」


 即位の議論より先に、米軍との交渉窓口が必要になった。



          ◇ ◇ ◇



 京都帝国大学では、総長選挙をしている場合ではなかった。


 史実なら1945年秋に総長交代の時期を迎えるはずだったが、この世界では東京が陥落し、米軍が京都へ迫り、政府そのものが分裂している。


 羽田亨は総長職に残った。


 大学、寺院、旧公家社会の人々と話ができ、外国語も扱える。軍人でも政治家でもないことが、かえって最初の窓口には都合がよかった。


「降伏条件そのものを先生に決めていただくわけではありません」


「それなら安心しました。私は軍人ではありませんから」


「ただ、話を始める人が要ります」


 羽田は少し笑った。


「話を始めるだけなら、大学でも毎日やっています」


 京都市街の戦闘回避に関する予備交渉を、羽田が引き受けた。




第二十七章補 羽田先生とフランス軍


1945年11月上旬 京都



 最初の打ち合わせには、米軍、英国側、それにフランス極東派遣軍の高官が入った。フランス側にはルクレール将軍もいる。


 羽田は席順と書類の束を見ただけで、連合軍内部の力関係をだいたい読んだ。


 作戦を決めるのは米軍。英国側がそれを補い、フランスには戦勝国としての席がある。日本本土戦へ投入した兵力と輸送力では、フランスは米英より一段小さい。


 それを口に出す必要はない。


「京都は石ではなく木で記憶を残してきた町です。フランスの古い都市とは見た目が違いますが、古いものを残しながら新しい時代を重ねる点では、分かっていただきやすいと思っています」


 ルクレールが少し表情を変えた。


「大学の先生から文化の話を聞く会議になるとは思いませんでした」


「軍事の話は、私より皆さんの方が詳しいでしょう。私が詳しい方から話した方が、時間を無駄にしません」


 通訳が笑いをこらえる。


 羽田は、京都御所、寺院、大学の図書、博物館の収蔵物を順に説明した。


「保存してほしいとお願いするだけではありません。戦闘後の行政を考えても、残しておく価値があります」


 フランス側が文化財保護の項目を支持すると、羽田はすぐ拾った。


「フランス側の提案に賛成です。戦闘が終わったあとに残るものまで考える必要があります」


 フランスへ大きな役割を演出するのではない。発言を会議の中へ自然に残す。


 有田川で損害を出し、基地まで放棄した直後のフランスにとって、京都側の大学総長が対等に話を聞く姿勢は悪くなかった。


「文化財保護について、フランス側の意見を文書へ入れましょう」


 羽田がそう言うと、ルクレールは静かにうなずいた。



          ◇ ◇ ◇



 別の米軍会議では、まったく違う言葉が出ていた。


 京都側が天皇の扱いで時間を求めていると報告される。


 ルメイは地図を見た。


「御所も寺も木造だな」


「はい」


「交渉が時間稼ぎなら、市街地ごと焼き払えばいい。燃えるものを残すために兵を止める理由はない」


 その言葉が出たのは、羽田が文化財の目録を一つずつ説明していたのと同じ日だった。


 同じ連合軍でも、京都を見る尺度は違う。


 最終的に米軍司令部は京都への焼夷攻撃を命じず、地上交渉を優先した。


「交渉を続けます」


 羽田は京都側へそう報告した。


「失敗すれば、次も同じ扱いになる保証はありません。決められることは今のうちに決めましょう」


 陸上部隊も、京都市街を焼き払うより降伏を受け入れる方を選んだ。


 新しい天皇の即位は、文化財保護の問題と切り離せないまま進んでいく。




第二十八章 松代の孤立


1945年10月下旬~11月中旬 長野・松代



 東京が無血で開いても、松代には昭和天皇、旧政府、大本営が残った。


 政治将校が地図を指した。


「東京はもう命令を受けません。ですが、帝国陸海軍の命令系統では天皇がまだ頂点です」


 タチアナはうなずいた。


「ですから、松代をただ包囲するだけでは足りません。戦闘停止命令を出せる形にしないと、各地に命令の空白が残りますわ」


「関東側から交通線を切ります」


「鉄道、道路、発電、通信、燃料。順番にお願いします」


 ソ連軍と日本人民軍は、関東側から内陸へ入り、松代へ通じる交通線を押さえ始めた。


 Il-2は発電施設、変電設備、浄水設備、揚水施設、鉄道の軍用側線、弾薬集積所、車両置場、通信施設を低空から叩く。


 米軍のB-29が来る日もあった。2000ポンド爆弾が落ちると地面が深くえぐれ、雨が降れば水がたまる。


 タチアナは偵察写真へ鉛筆で丸を付けた。


「まあ、また増えましたわ」


 政治将校が写真をのぞく。


「水たまりか」


「爆弾の穴です。松代の周りが池だらけになりますね」


 電力を直せば、またIl-2が来る。通信線をつないでも別の区間が切られる。


「大本営発の命令が東京まで届いても、もう東京では通りません」


「西へ逃れた官僚は京都側へ入り始めています」


「松代に残った人だけで、国全体を動かしているつもりになるのは難しいでしょうね」


 松代の地下宮城と大本営は、しだいに日本全体の中枢ではなく、孤立した政治・軍事拠点へ変わっていった。



          ◇ ◇ ◇



 昭和天皇には、東京が大規模な市街戦にならず、京都でも交渉が進んでいるという報告が届いた。


「東京は戦場にならなかったのですね」


「はい」


「京都も残るのですね」


「米軍との交渉が進んでいます。西側では新しい天皇を立てる準備も始まっています」


 少し間があった。


「それなら、松代のために国内の戦闘を続ける理由はありません」


 東側ではすでに天皇としての地位を認められず、西側では別の天皇が立とうとしている。


 それでも帝国陸海軍が残る限り、大元帥としての立場は続く。


「最後に軍へ命令を出す役目は残っています」


 側近が静かに告げた。


 政治上の地位とは別に、軍の頂点として戦闘停止と降伏を命じる仕事だけが、松代に残っていた。

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