第8話 米軍は煙樹ヶ浜と西広海岸へ上陸します。フランス軍は有田川に飛行場を造ります。
第8話 米軍は煙樹ヶ浜と西広海岸へ上陸します。フランス軍は有田川に飛行場を造ります。
第二十五章 日高郡・煙樹ヶ浜と有田郡・西広海岸
1945年10月下旬 和歌山県日高郡松原村・和田村/有田郡南広村
米軍司令部の机には、紀伊半島西岸の地図が広げられていた。
「南九州と同じ規模の防御はありません。煙樹ヶ浜と西広海岸なら、海岸へ兵を上げるところまでは比較的早いでしょう」
参謀が指したのは、日高郡松原村・和田村にまたがる煙樹ヶ浜と、その北にある有田郡南広村の西広海岸だった。
「その先は」
「北へ進んで和歌山を押さえます。そこから大阪方面と奈良方面へ分けます。熊野、尾鷲、多気を回る案は捨てます。紀伊半島全体を取るより、京阪神へ先に入る方が重要です」
南九州では、日本軍が一年以上かけて防衛陣地を築き、火砲や障害物を集中させていた。それに比べれば、煙樹ヶ浜と西広海岸の防備は薄い。
沿岸守備隊の指揮官も、海岸線に兵を貼り付けて艦砲射撃を受け続けるつもりはなかった。
「海岸で潰される必要はない。少し下げます。山地と道路の曲がりを使ってください」
「迫撃砲と噴進弾は」
「撃ったら移動します。航空機が来るまで同じ場所に残らないでください」
米軍が海岸へ兵を上げ、工兵を前へ出すと、日本側は迫撃砲、小火器、航空爆弾を転用した噴進弾で進撃路を叩いた。射撃班は数発撃つと谷を変える。
農地に擬装した直線区間では、九九式襲撃機などの少数機が出撃準備をしていた。
「燃料はこれだけです」
整備員が缶を見せる。
「一度出たら、次があるとは思わない方がいいな」
搭乗員はそう答え、60kg爆弾を積んだ機体へ乗り込んだ。
山影を使って米軍車列へ接近し、爆弾を落とし、機関砲で掃射する。追撃される前に別の山影へ逃げ込む。機数は少なくても、後方道路、燃料集積地、通信所にまで対空警戒と警備兵力を割かせるには足りた。
米軍側も、その効果を認めざるを得なかった。
「飛行場を一つ潰して終わる相手ではありません」
「なら、車列を止めないことを優先してください。海岸を取っただけでは大阪へ行けません」
上陸は成功した。しかし、その先へ軍隊を送り続ける仕事は別に残っていた。
第二十五章補 フランス極東派遣軍
1945年10月下旬~11月初旬 紀伊半島西岸・有田川中流
フランスは、日本本土戦への参加を強く求めていた。
「欧州では戦勝国です。太平洋の最後にフランス軍旗がなければ、戦後の席でも不利になります」
ド・ゴール政府側の説明は政治的には明快だった。投入できる兵力も輸送力も米英より小さい。それでも、極東へ向けて編成されていたフランス極東派遣軍の一部が日本本土戦へ回され、海軍は護衛空母と艦載機を、陸軍は上陸後の地上部隊を出すことになった。
ところが、最初の大きな損害は日本軍との戦闘ではなかった。
フランス陸軍兵を乗せたリバティー船が、掃海済みとされた水路へ入る。EC2-S-C1型、積載重量約1万800トン。兵員、車両、物資をまとめて運べる大型の戦時輸送船である。
「先行船は通っています」
「掃海艇も問題なしです」
「そのまま進め」
船団は通常に近い間隔を保って進んだ。
水中爆発は突然だった。
船体中央部が下から持ち上げられ、機関区画へ海水が入り始める。
「浸水が止まりません!」
「救命艇を降ろせ。兵を上へ出せ!」
先行船と掃海艇が無事でも、その後ろを走る船まで安全とは限らない。残存機雷の一部には、一定数の船が通過したあとに作動する回数設定が残っていた。
傾斜は急速に増し、乗員と兵員が退避している間にも船は沈み続ける。
フランス軍にとって、日本本土戦で最初に受けた大きな損害は、米軍自身が飢餓作戦で敷設した機雷によるものになった。
それでも後続部隊は上陸した。
「米軍主力と同じ道を進みますか」
「いいえ。有田川中流へ入ります。独自の航空基地を置きます」
旧田殿村、藤並村、御霊村にまたがる平坦地、後の旧吉備町周辺が候補になった。
工兵将校が計画図を机へ広げる。
「参考はテニアン北飛行場です。あちらは約2,600mの滑走路が4本、265機分のハードスタンドがあります」
「ここに四本は無理でしょう」
「二本なら入ります。2,400m級を二本。誘導路、整備区画、燃料置場、100機を超える分散駐機区画まで用意します」
「紀伊半島の臨時基地にしては大きすぎませんか」
「だから意味があります。ベトナムから台湾を経由して航空機を送り込み、フランスが独自の航空戦力を日本本土へ展開したと示すのです」
工兵部隊は滑走路だけでなく、宿営地、整備場、燃料集積所、防空壕、通信所まで一体で建設を始めた。
問題は、平坦地だけを見ていたことだった。
第二十五章補二 長峰山脈
1945年11月初旬 和歌山県・長峰山脈
下津、初島、加茂郷周辺の製油所や沿岸施設を守っていた日本軍部隊は、米軍の進撃に合わせて海岸を離れた。
「大阪へ退きますか」
「いや。長峰山脈へ入ります。昼は隠れ、夜に動いてください」
有田川中流のフランス軍基地は、その山地から見下ろせる。
日本軍の観測員は木の間から双眼鏡を出した。
「滑走路だけではありません。燃料車も宿営地も見えます」
「整備区画は」
「見えます。昼間に動きを数えれば、夜にどこを撃つか決められます」
米軍の煙樹ヶ浜や西広海岸の飛行場では、滑走路を確保したあと、周囲の高地まで歩兵を入れていた。日本軍の観測員が潜みそうな尾根を占領し、哨戒を続ける。飛行場だけを取って終わりにはしない。
フランス軍は違った。
滑走路建設と基地施設の拡張に大量の工兵と資材を投入した一方、長峰山脈の尾根や谷を同じ密度で掃討し、占領し続けるだけの歩兵を周囲へ置いていない。
通常の野砲は日本側にもほとんど残っていなかった。牽引車も砲弾も足りない。
「航空爆弾ならあります」
発射班の下士官が倉庫を示した。
「250kg級を弾頭に使えます。30cm級の噴進弾にすれば、総重量は300kgを超えます」
「命中精度は期待しない」
「飛行場なら広いです。宿営地か燃料置場か、どこかには入ります」
射程は数km。精密射撃には向かないが、巨大な航空基地を夜間に叩くには足りる。
最初の夜、日本軍は迫撃砲を撃った。
数発が宿営地の外へ落ちる。
「山へ偵察隊を出します」
翌朝、フランス軍は発射地点を探した。だが昼の山は静かで、見つかるのは古い足跡や切った枝程度である。
次の夜、大型噴進弾が飛んできた。
低い音が山の向こうから続き、駐機場の外れで爆発が起こる。250kg級航空爆弾を弾頭にしているため、一発でも周囲へ土砂と破片を広く飛ばした。
「二発目、宿営地!」
「三発目は滑走路脇です!」
「発射方向へ撃ち返せ!」
フランス側の砲撃が始まるころには、日本軍の発射班はもう別の谷へ移動している。翌朝には航空機も山へ向かったが、砲撃を受けた場所に残っているのは焦げた草と掘り返された土だけだった。
昼間、工兵は滑走路の穴を埋め、破片を拾い、損傷機を移動させる。午後には航空機が再び降りた。
そして夜になると、別の方向から迫撃砲弾が落ちた。
「昨日直した場所まで見られています」
「観測員が残っていますね」
「高地を全部押さえる兵が足りません」
フランス軍司令部にも、問題が見え始めた。
「2,400m級滑走路を二本、100機を超える駐機区画。その維持だけで工兵、整備員、燃料部隊、通信隊、警備兵が要ります」
「さらに周囲の尾根を全部占領すれば、飛行場を動かす兵が減ります」
「だからといって山を空ければ、また撃たれる」
数日後、大型噴進弾の一発が防空壕付近へ落ち、死傷者が出た。
「夜間駐機を減らします」
「機体はどこへ」
「夕方までに煙樹ヶ浜と西広海岸へ移します。翌朝、必要な機体だけ戻してください」
上級指揮官にも同じ動きが始まった。昼間は有田川の司令部にいても、夜になると連絡機で米軍占領地域へ移る。翌朝また戻ってくる。
工兵、整備員、通信兵、警備兵、一般兵は残る。
「我々は残るのですね」
「滑走路を直す人間まで逃がしたら、明日の朝に何も戻せません」
夜間も穴を埋め、燃料を移し、損傷機を引きずる。
そこへまた噴進弾が落ちた。
ある夜は整備区画、別の夜は燃料置場の近く。命中精度が低くても、基地が巨大なら滑走路、宿営地、燃料、整備、防空壕のどこかへ入る可能性は高い。日本側は一機を正確に狙う必要がなかった。
工兵将校は修復計画を見ながら顔をしかめた。
「直す速度と壊される速度が同じになっています」
「航空部隊は米軍飛行場から動かせます」
「では、有田川を維持する意味は」
政治的な答えは残っていた。日本本土に築いたフランス独自の航空基地を短期間で放棄する決定は簡単には出せない。
だが、基地を使う航空部隊より、基地を直す工兵と守る歩兵の方が目立つようになっていく。
「独自基地を持つ価値はあります」
「実際の航空作戦は煙樹ヶ浜と西広海岸からできます」
「周辺山地へさらに歩兵を入れれば」
「基地警備だけで地上戦力を固定します。それでも全部の谷は押さえ切れません」
最後まで残っていた航空機が米軍飛行場へ移ると、有田川基地は航空基地としての役割をほぼ失った。
撤収命令が出る。
「通信機材、整備工具、燃料、車両を優先してください。大型施設と滑走路は残します」
夜間の移動には米軍が警護部隊を出し、フランス兵は数日に分けて米軍占領地域へ移った。
最後の工兵部隊が離れたあと、2本の長い滑走路と広い駐機区画だけが有田川中流に残った。
山中の日本軍指揮官は、飛行場を見下ろしながら言った。
「下りる必要はない。占領する兵も要らない。向こうが使わなくなれば、それでいい」
有田川の大規模航空基地は、完成を待たずに放棄された。




