第7話 井上成美は東京を戦場にしない準備を始めます。タチアナは帝国議会議事堂で交渉します。
第7話 井上成美は東京を戦場にしない準備を始めます。タチアナは帝国議会議事堂で交渉します。
第二十四章 東京と松代
1945年10月初旬 関東・甲信
仙台方面から後退してくる部隊が北関東へ入り始めたころ、海軍省の一室で井上成美は残留将校から東京の状況を聞いていた。
「松代へ向かう人間が増えています。軍人だけではありません。政府関係者もかなり動いています」
「西へ向かう人は」
「外務、財政、司法、内務の一部です。東海道で関西へ入ろうとしています」
「つまり、もう分かれ始めていますね」
井上は机上の鉄道路線図へ目を落とす。中央本線は軍用輸送と避難で混み、自動車を使おうにも燃料が乏しい。道路脇には途中で動けなくなった車が増えているという。
「東京に残っているのは、むしろ実務を動かす人たちでしょう」
「警察、消防、鉄道、電力、水道、病院、通信、港湾。実際に都市を動かしている人間は、むしろ残っています」
「それなら、その人たちと先に話しましょう」
井上が求めたのは、降伏の是非を論じる会議ではなかった。東京で戦闘が始まった場合、何が止まり、誰がそれを止めずに済ませられるのかを確かめる会合である。
「まず消防です。戦闘になったとき、動かせる条件を教えてください」
「命令系統が残っていれば動かせます。ただ、道路が軍用車両で塞がれれば難しくなります」
「鉄道は」
「変電所と信号が生きていれば、区間ごとには動かせます」
「水道は」
「浄水場と送水設備を守れれば。ただし電力が止まれば困ります」
井上は一つずつ聞き、横にいる海軍将校へ言った。
「施設だけでは足りません。誰なら動かせるのか、名前まで控えてください。命令系統が切れたあとに、設備だけ残っても仕方がありません」
陸軍側にも、東京で最後まで戦うことに疑問を持つ将校がいた。皇室と大本営を守る兵力は松代へ寄り、九州には米軍上陸を待つ大兵力が固定されている。
「東京に残る部隊だけでは、北から来るソ連軍と日本人民軍を止めきれませんね」
井上に聞かれた陸軍将校は、しばらく地図を見てから首を横に振る。
「難しいでしょう。市街へ引き込めば戦闘はできます。しかし、東京を守る戦いにはならないと思います」
「同感です。なら、市街戦の部隊配置を検討するより、降伏した場合の武装解除と都市機能の引き継ぎを先に決めましょう」
井上は地図をたたんだ。
「各部隊をどこで武装解除するか。警察はどこを警備するか。水道と電力を誰が引き継ぐか。そこまで決めておきましょう」
「松代の許可は」
「正式な降伏交渉を始める権限は、まだ私にはありません。ですが、東京を焦土にしないための準備まで許可待ちにする必要はないでしょう」
名目は避難計画、施設保全、非常時の連絡確認。その名目で実務担当者を個別につなぎ、松代の指示系統が切れても東京だけで都市を動かせる連絡網を作っていく。
◇ ◇ ◇
東京へ向かう圧力は北からだけではなかった。九十九里浜には、日本人民軍を先頭にした小規模なソ連軍部隊が上陸する。
「この浜には震洋が残っています」
先行した日本人民軍の将校がソ連軍側へ説明した。
「特攻艇ですね。ただ、命令の相手は米軍上陸部隊のはずです」
「命令は米軍上陸部隊を攻撃せよ、です。私たちを撃てという命令ではありません」
「こちらから手を出さなければ、そのまま残ることになりますね」
「おそらく。ここで艇と人員を使えば、本来待っている米軍が来たときに何も残りません」
伏龍も同じだった。海岸には対米上陸戦のための兵器と人員が残っているのに、目の前へ来たのは想定していた米軍ではない。
住民組織との連絡を終えた日本人民軍の将校が戻ってくる。
「浜は確保できます。大きな抵抗はありません」
「東京へ回せる兵力は、そう多くありませんね」
「多くありません。ただ、東京側から見れば南東にも敵が出たことになります」
北関東から下る主力に加え、九十九里側にも小規模ながら別の進路が生じる。東京側は、北だけを向いて守るわけにはいかなくなった。
◇ ◇ ◇
松代と北陸については、タチアナが作戦図を前に参謀たちへ確認していた。
「松代へ行く部隊と、金沢へ向かう部隊を同じ線で考えないでください」
「松代へは関東側から入るのですね」
「はい。鉄道が使える区間は使います。道路が切れていれば工兵を入れる。大兵力を一度に山へ押し込まず、交通結節点を順番に押さえて孤立させます」
「日本海側は」
「新潟を橋頭堡にします。そこから親不知へ戦車と補給車列を並べる必要はありません」
「海上輸送ですね」
「その方が早いです。松代は内陸から。日本海側は船で金沢へ。混ぜない方が早いです」
松代攻略と北陸進出は、ここで二つの作戦として明確に分けられた。
第二十四章補 海軍大将井上成美は東京を無血開城します
1945年10月1日~8日 北関東・東京
北関東へソ連軍と日本人民軍が出ると、駅や炭鉱、工場では軍隊より先に噂が広がった。
「東北から来た鉄道員が言っていました。占領されても、そのまま列車を動かしているそうです」
「捕虜はシベリア送りだと聞いていたが」
「鉄道員は戻されたそうです」
「工場は」
「壊すより動かすと言っている、と」
群馬の織物工場でも、常磐の炭鉱でも似た話が繰り返される。東北では地主の蔵が封印されたという話まで南へ伝わっていた。
タチアナの小さな部隊が駅、鉱山、工場を回ると、現場の側から質問が出るようになる。
「坑道のポンプは、このまま回しておきます」
「止めないでください。坑道を水没させたら、占領した側も困ります」
「工場主は逃げています。機械だけが残っています」
「壊さないでください。職長と技師が残っているなら、動かせる状態を保ってください」
隣にいたソ連軍の政治将校が、報告書を見ながら口を挟んだ。
「所有権の最終判断は後回しにしてくれ。軍政側が優先するのは、炭鉱の排水、鉄道運行、電力供給、工場設備の維持だ。後方地域の住民と技術者がこれらを動かせば、治安維持に残すソ連兵を減らして前線へ回せる」
日本人民軍の将校が確認する。
「経営者なしで動かすことになります」
「軍政側と相談しながらだ。所有権を今日決める必要はない。止めれば損をする設備を先に守る」
タチアナは日本語で現場へ伝えた。
「今は、誰の工場になるかを決めに来たのではありません。明日も動かせる状態にしておいてください」
こうして後方地域の鉄道、炭鉱、電力、工場は、占領軍が全部を直接動かすのではなく、残った住民と技術者を使って維持されていく。
「これなら警備兵を減らせます」
「前へ回してください。東京の外側に兵力を集めます」
短期間のうちに北関東へ集まった地上兵力は、ソ連軍と日本人民軍を合わせて約10万人規模となり、Il-2を中心とする地上攻撃航空部隊も前進基地へ入る。
その報告を受けた東京側の陸軍将校が、井上へ言った。
「外には十万規模です。こちらには、市街戦を続けられるだけの野戦軍がありません」
「市街戦になれば、都市機能まで巻き込みますね」
「水道、鉄道、病院、官庁、発電設備、通信施設まで巻き込みます。横須賀も無事では済まないでしょう」
「なら、戦わない場合に何を残せるかを詰めましょう」
井上が東京を戦場にしないための準備は、包囲を見て突然始めたものではない。仙台陥落後から続けてきた非公式の打ち合わせが、ここで具体的な引き渡し準備へ変わっていく。
1945年10月4日~5日 東京・海軍省ほか
「全員を一度に呼ぶのはやめましょう」
海軍省で井上が言った。
「避難計画、施設保全、非常時の連絡確認。名目は分けてください。誰がどこまで動かせるのか、一人ずつ確認します」
「電話が切れた部署もあります」
「伝令です。車が使えないなら自転車でも徒歩でも構いません」
「書類は」
「手書き、和文タイプ、英文タイプ。必要部数はカーボン紙と謄写版で増やしてください」
部隊配置、施設所在地、勤務人数、非常電源、予備資材、車両の残数。机へ集まる紙には、東京を翌日も動かすために必要な数字が増えていく。
「消防の窓口は決まりました」
「鉄道は」
「区間ごとの責任者まで確認中です」
「水道と電力は一緒に見てください。片方だけ残しても動きません」
この期間の東京はよく晴れ、朝から秋の青空が続いた。海軍省の庭や道路沿いには赤とんぼが飛んでいる。
「雨でなくて助かります」
書類を届けに戻った若い将校が言うと、井上は窓の外を見た。
「ええ。今週だけは、天気に文句を言わずに済みそうですね」
1945年10月6日 海軍省・第一回調整会合
井上が海軍省へ呼び集めたのは、すでに個別に話を通してきた実務担当者だった。ソ連側はまだ入れない。まず東京側だけで、市街戦を避ける場合に何を守り、どこまで自分たちで決められるかを詰める。
「東京を守る、という言い方は簡単です。しかし市街戦にすれば、東京そのものを壊します」
井上は出席者を見回した。
「武装解除を受け入れる場合の集合場所を決めましょう。警察と消防は勤務を続けてもらいます。鉄道と電力、水道、病院、通信も止めません」
陸軍側の将校が聞いた。
「部隊が独自に市街へ入ろうとした場合は」
「止めてください。海軍側も同じです。横須賀の艦艇や工廠設備を勝手に壊させません」
「つまり、東京を無血で開くおつもりなのですね」
「江戸を戦火にさらさず明け渡した勝海舟の話を、いまさら芝居にするつもりはありません。ただ、結果として同じことを求めています。東京を戦場にしないことです」
鉄道担当者が資料を開く。
「鉄道を全面停止すると、病院への物資だけでなく、消防や復旧要員の移動も止まります」
「では、止める区間と動かす区間を分けてください」
電力側からも声が上がった。
「変電所を一つ失うだけでも広い範囲が停電します」
「攻撃側にも伝えるべき施設を一覧にしてください。軍事利用しない代わりに、壊さないよう求めます」
抽象的な降伏論は後回しにし、翌日も都市として東京を動かすための条件だけを決めていく。会合が終わるころには、各部署へ持ち帰る宿題が山のように増えていた。
1945年10月7日~8日 東京各所
「武装解除地点は、残りを確認しましょう」
「陸軍側の一部がまだです」
「病院への負傷者搬送は」
「経路を二つ用意します。軍用車両で塞がれた場合に備えます」
「横須賀から返事が来ました。工廠設備の自壊は止められそうです」
この二日間、東京側の実務担当者は会議より書類作りに追われた。武装解除地点、集合時刻、携行を認める物、警察署と消防署の勤務継続、鉄道の運転区間、電力と水道の保全設備、破壊を禁止する施設。それを一項目ずつ紙へ落としていく。
「訂正です。この変電所は予備電源がありません」
「原稿から直してください。打ち直しましょう」
「また全部打ち直しですね」
「間違った命令を十部配るよりましです」
燃料が少ないため、近距離では徒歩で書類を届ける者もいる。二日とも晴れが続き、雨で道路や書類を傷めずに済んだ。
「この一週間だけは、天気が味方してくれていますね」
「最後までそうであってほしいですね」
1945年10月9日 海軍省・最終方針会合
各部署から集まった資料が海軍省で一本にまとめられる。
「これが東京側の窓口一覧です」
「警察、消防、鉄道、電力、水道、病院、通信。全部つながっています」
「横須賀も入っています」
井上は表を確認した。
「明日は、これを相手側へ出します。武装解除の方法だけでなく、東京を止めない条件も一緒に提示します」
「松代には」
「この会議には加わっていません。昭和天皇も松代です。私たちは東京に残った者として、東京を焦土にせず引き渡す条件を整えます」
「了承を待ってはいられませんね」
「砲撃が始まってから了承を待つ方が危険でしょう」
1945年10月10日 午前 帝国議会議事堂・小会議室
翌朝、場所は海軍省から帝国議会議事堂へ移る。小会議室の一方に井上と東京側の代表、向かい側にソ連軍の政治将校と日本人民軍側の代表が座り、タチアナもここで初めて正式会談に加わった。
井上が尋ねる。
「武装解除を受け入れれば、東京市街への攻撃を止めますか」
政治将校が答え、タチアナが日本語にする。
「抵抗する部隊とは戦います。沿岸砲台が上陸部隊を撃てば、艦砲射撃もします。飛行場、砲兵陣地、司令部、鉄道の軍事輸送も攻撃します。しかし、住民のいる東京市街を四発重爆撃機で焼き払えという命令は受けていません」
「軍事目標への攻撃は続くのですね」
「続きます。こちらの主力はIl-2です。戦車、砲兵、車列、陣地を叩いて地上軍の前を開ける飛行機です。ドイツで鹵獲して赤い星を描いたJu 87、シュトゥーカも少数ですが使っています。米軍とは違いますよ」
井上は資料を一枚めくった。
「道路、鉄道、電力、水道は稼働状態で引き渡します。その代わり、軍事利用しない施設への攻撃は避けていただきたい」
政治将校がうなずく。
「こちらも、その方が助かります。東京を占領した翌日に、鉄道も水道も止まっていては困ります」
「警察と消防は勤務を続けさせます」
「構いません。武装と指揮系統だけ確認します」
「横須賀の艦艇と工廠設備も破壊しません」
「それを確認できれば、こちらも必要のない攻撃はしません」
3月の焼夷弾攻撃を経験した東京側の出席者には、このやり取りだけで十分だった。
日本人民軍側の代表が武装解除手順を見て言う。
「部隊ごとの集合場所まで決めてあるのですね」
「一週間かけました」
「では、こちらから追加するのは監視要員と連絡方法くらいです」
前日までに東京側が作っていた計画を、そのまま実施条件として使えるため、会談は長引かなかった。
昼前、議事堂の外へ出た一人が石段の上を横切る赤とんぼを見る。
「天気だけは、ずっとこちらの味方でしたね」
「ええ。最後まで降りませんでした」
その日、東京は無血で開いた。
1945年10月11日以降 東京
武装解除と引き渡しが始まると、第一生命館に置かれた占領事務本部でも、政治制度と皇室の扱いが協議された。
「皇太子の扱いを先に決めておきましょう」
「皇居内の従来の住居へ戻します」
「継承権は」
「東側では認めません。ただし、生活場所まで変える必要はありません。警備と外部との連絡はこちらで管理します」
別の担当者が確認する。
「裕仁は松代です。東側の行政機構では天皇として扱わない。それでよいですね」
「はい。ただし帝国陸海軍はまだ完全には解体されていません。大元帥として軍へ戦闘停止や降伏を命じられる立場は、政治上の扱いとは分けて考えます」
「皇太子の身分処理とも分ける、と」
「そうしてください」
東京の引き渡し、皇太子の扱い、都市機能の継続は、東京で成立した占領側と残留実務者の取り決めに沿って進んだ。
1945年10月11日 第一生命館
「ここを占領事務本部にします」
ソ連側の政治将校が第一生命館の建物を見上げた。
「軍政、交通、電力、食料、警察との連絡を一か所へ集める。日本人民軍側の連絡要員も入ってください」
「東京側の窓口は昨日の一覧を使えます」
「それなら、そのまま引き継ぎましょう」
住民の多くは、東京が開いたからといって戦争が完全に終わったとは受け取らない。松代には天皇、政府、大本営が残っている。
しかし東側は政治制度について待たなかった。
「天皇制と華族制度は廃止する方針で進めます」
「松代の裕仁を、こちらの元首とは認めないのですね」
「認めません。皇太子にも継承権はありません。ただし、帝国軍への最終的な停止命令を出せる人物としての扱いは別です」
東京から逃れた行政幹部は、東海道で関西へ入った者と、中央本線や自動車で松代へ向かった者に分かれている。京都側ではその知らせを受け、別の天皇を立てる準備が始まった。
井上は東京に残り、帝国陸海軍の高級将校の査定にも関わる。対象は佐官以上で、現在の継戦姿勢だけでなく、開戦後に出した命令と部隊運用の記録まで見る。
「査定基準を決めてください」
担当者に聞かれ、井上は答えた。
「撤退できる状況で部下を無意味に残さなかったか。面子のために兵を使い潰さなかったか。そこを見てください」
「能力も見るわけですね」
「もちろんです。有能な敵より、無能な味方の方が怖い」
なお武力継続を主張し、東京で部隊を勝手に動かそうとする高級将校には、井上が静かな口調で伝える。
「それほど確信がおありなら、あちらで主張してください」
「あちらとは」
「モスクワです。スターリン同志に直接説明していただきます」
東京を占領したこと以上に、東京を焦土にせず、行政と交通を動かしたまま引き継いだことが、その後の進撃を速める。
「東海道側は」
「愛知の軍需産業と航空機産業の確保へ動きます」
「日本海側は」
「新潟から金沢へ。海上輸送の準備中です」
「松代が残っていても待たないのですね」
「待てば、その分だけ占領線が決まるのが遅れます」
東京の外では、戦争が完全に終わる前から戦後の占領線を作る競争が始まっていた。




