第6話 タチアナは地主の蔵を開けて米俵を数えます。仙台では帝国陸軍が抵抗します。
第6話 タチアナは地主の蔵を開けて米を数えます。仙台では帝国陸軍が抵抗します。
第二十二章 東北本線
1945年9月18日 東北地方
本州へ渡ったソ連軍は、太平洋側と日本海側の両方へ兵力を広げた。
東北本線の駅には石炭煙がこもり、蒸気機関車の排気音と貨車を連結する金属音が夜中まで続いた。壊れた枕木には焦げた木の匂いが残り、仮復旧した橋を列車が渡ると、鉄骨が低く鳴った。兵員列車の窓から見える田畑はもう秋色で、前線の砲声が聞こえない区間では、戦争が遠のいたようにさえ見えた。
青森から南へ下るには鉄道が重要になる。
道路だけで数十万規模の軍を動かすのは難しい。
日本側が橋梁を破壊した区間では工兵が入り、線路が使える区間では日本人の鉄道員を戻した。
ある駅で、ソ連軍の輸送担当将校が日本人駅長と時刻表を見ていた。
「この区間、何本くらいまで通せるでしょう」
「機関車の状態を考えると、昼夜合わせてこのくらいです。ただ、次の橋が仮復旧なので速度を落とす必要があります」
「戦車を載せた列車は?」
「重量制限を確認しないと危険です。貨車を分ければ通せると思います」
「Хорошо(ハラショー、よろしい)。では、工兵にも見てもらいましょう。無理に通して橋ごと落とすより、その方が早い」
「次の駅では石炭の残量も確認してください」
「機関車だけ戻しても、石炭がなければ走りませんからね」
「信号は日本人に任せる?」
「戻ってくれる駅員がいる区間は、その方が安全です。こちらが全部覚えるより早い」
同じようなやり取りが駅ごとに続く。
「日本人の鉄道員を残した方が早いな」
「線路も橋も、こちらだけで全部調べるより早いでしょう」
輸送担当将校たちの認識がそろうにつれ、村落の協力も増えていった。ソ連軍本隊が来る前に、日本人民軍の日本人将校が町へ入り、降伏条件や食料徴発の方法を説明する例も出てくる。
「食料は必要量を記録して受け取ります。勝手に民家へ入って持ち出すことは認めません。違反があれば、この役場へ申し出てください」
村長は疑わしそうに聞いた。
「申し出れば、本当に処分してもらえるのでしょう」
「少なくとも、こちらの日本人部隊からソ連側へ報告します。何も言わなければ、なかったことになります」
東北へ入ってからも、ソ連兵による暴力や略奪は起きた。
そのたびに政治将校や憲兵が呼ばれた。北海道で村人への重大な犯罪を犯した兵が公開処分されたことも、酒保の勘定をごまかした兵が48時間の歩哨勤務になったことも、部隊の中ではすでに知られていた。
軍紀違反を放置して住民を敵に回せば、道路案内も鉄道復旧も後方警備も難しくなる。
処分が実際に行われるという話は、住民の側にも広がっていた。
第二十二章補 地主の蔵
1945年9月20日 岩手県北部
北海道から東北へ入ると、ソ連軍が村で受ける反応は少し変わり、兵隊の数ではなく土地の話が出るようになった。
駅前の古い掲示板には、戦前から貼り替えられてきた紙の跡が何層も残っていた。村の老人は、かつてこのあたりには「娘を買います」と書かれた紙まで貼られていたとタチアナに話した。タチアナは掲示板を見直した。剥がし残された糊と紙の重なりだけでも、この土地で何が起きていたのかは十分に伝わった。
ある村では、日本人民軍の将校が食料の買い付けについて役場と話している途中で、小作農の老人が口を挟んだ。
「軍隊へ出す米の話なら、その前に地主の蔵も見ていただきたいのです」
村長が止めようとしたが、老人は引かなかった。
「今年も小作料は取られます。うちには冬まで食う米が残りません。でも地主は村に住んでいません」
ソ連軍に同行していた情報将校のタチアナ大佐が老人の前へ出た。
「ごきげんよう。少しお話をうかがってもよろしくて?」
老人が目を丸くした。流暢な日本語だけでも驚くのに、耳に入ってくるのは1940年代の日本人女性と変わらない言葉遣いである。タチアナはそのまま日本語で尋ねた。
タチアナは前線部隊の指揮官ではない。占領地で何が住民に伝わり、何が反発を生むのかを調べ、軍政と政治部へ報告する役目だった。
タチアナは、若くて美しいロシア人将校として村でもすぐ目についた。前線に出ているにもかかわらず、軍服も髪も崩れず、革帯や長靴まできちんと手入れされていた。
日本語はほとんど母語話者と変わらない。村人への説明も聴取も自分で行い、必要な決定だけを隣にいる政治将校へロシア語で説明した。
「地主さんは、どちらにいらっしゃるの」
「仙台です。ここには代理人がいます」
「蔵にはお米が残っていまして?」
「あります」
タチアナは立ち上がった。
「では、見に行きましょう。帳簿も一緒にお願いしますわ」
地主本人は、もう村にいなかった。
大規模地主の家族は、ソ連軍が東北へ入るという知らせが広がると、現金や証書を持って東京へ逃げていた。残っているのは代理人と帳簿だけだった。
タチアナは、蔵の前に立つ代理人へ尋ねた。
「地主本人は、どちらへ」
「東京です」
「戻る予定は」
「分かりません」
タチアナは代理人の顔を見た。
「まあ、本人から事情も聞けないのですね。不在地主、ということですわ」
代理人は帳簿を抱え直した。
「これは地主家の所有です。小作料として納められた米で、勝手に配ることはできません」
タチアナは帳簿を受け取り、日本語の数字を自分で追った。
「この村で、食べるお米が足りない家は何戸くらいありますの」
村長が答えた。
「正確には調べ直しますが、かなりあります」
「では先に戸数を確かめてくださいな。土地の所有権を今日ここで決めるつもりはありませんわ。正式な農地改革は、行政ができてからです」
タチアナは続けた。
「でも、本人は東京へ行ったまま村へ戻らない。その間も代理人だけが農民からお米を取り上げて、農民は冬まで食べられない。そんな取り立ては認められませんわ」
「契約で決まっている小作料です」
「Нельзя(ニェリジャー、許されない)」
タチアナは短く言った。
タチアナは政治将校へロシア語で帳簿の数字と村の食料事情を説明した。
「この家数なら、冬まで残す量はこれくらいです」
「地主本人はいない?」
「東京です。代理人だけが取り立てを続けています」
「なら止めよう。蔵を封印する」
「村の食料を確保した残りは?」
「行政が決まるまで動かさない」
数項目を確認したところで、軍政命令がまとまった。
「今年の取り立ては止めます。蔵を封印し、米の量を数えます。村の食料を確保した残りについては、行政が決まるまで勝手に動かさないでください」
「そんな権限がどこにあるのです」
「いまこの地域を占領している軍にあります」
日本人民軍の将校が間へ入った。
「土地を今日から小作人のものにする、という話ではありません。餓死者が出るような取り立てを止め、食料を確保するという命令です。地主本人が不在ですから、代理人だけで従来どおり徴収を続けることも認めません。帳簿は残します」
代理人が蔵の鍵を渡さず抵抗すると、タチアナは憲兵を呼んだ。
男はその場で拘束された。
蔵は村長、日本人民軍、ソ連軍の3者立会いで開けられた。
中には米俵が積まれていた。
古い藁と米糠の匂いが暗い蔵の中にこもり、入口から入った光の中で埃が舞った。
役場の台帳を使い、家族人数と手持ち食料を確認して配給するよう命じた。
「土地のことはあとで決めます。今は、まず冬まで生きてもらわなくては困りますわ」
村の空気が変わった。
◇ ◇ ◇
同じような話は、南へ進むほど何度も出てくる。
ある夜、政治将校が宿舎代わりの役場で帳簿を閉じた。
「土地の話ばかり増えるな。何を先にやる」
タチアナは報告書をそろえながら答える。
「所有権の最終判断は後回しです。いま必要なのは、食べる米を残すことです。土地制度まで軍が一度に作り替えたら、収穫そのものが止まります」
「では、こちらから線を引こう。徴収を止める場合と、止めない場合を決める」
日本人民軍の将校が話へ入った。
「集団農場を、今つくる話ではないのですね」
日本人民軍の将校が尋ねると、タチアナは首を振った。
「今ではありませんわ。収穫を止めてしまって、どうするのです」
「では地主だけを処分する」
「それも違いますわ。自分で田へ入って耕している農民まで敵にする必要はありません。先に見るのは、大きな土地を持ったまま東京へ逃げた人と、農民が食べられなくなるほど取り立てる人です」
タチアナは机の上の報告書を指で叩いた。
「東京へ逃げた不在地主のために、ここからお米を運び出す必要はありませんわ」
政治将校はタチアナの報告書へ目を落とした。
「所有権の最終判断は後回しにする。大規模地主ほど先に東京へ逃げているなら、本人がいない村では帳簿と蔵を先に調べよう」
「小作農が食べていけないほど取っている場合は?」
「その年の徴収を止める。すでに集めた米は封印し、村の食料へ回す。不在地主の代理人には徴収を続けさせない」
日本人民軍の将校が確認した。
「土地そのものは分けないのですね」
「まだだ。農地台帳も所有権の整理も、地方行政もできていない。暴力で取り立てを続ける者、米を隠して持ち出そうとする者は拘束する。しかし土地制度そのものは政府ができてからだ」
タチアナはうなずいた。
「それで十分です。『東京へ逃げた地主のために、現地で耕している農民を餓えさせない』。まずは、その線をはっきりさせましょう」
「布告に書く?」
「ええ。難しい言葉は要りません。取り立てを止める条件と、自作農まで土地を取らないことを分けて書きましょう」
「村ごとに説明できる日本人も必要だな」
「日本人民軍の将校にお願いしましょう。私一人で全部の村を回るわけにはいきませんもの」
政治将校の一人は、集まった小作農へロシア語で言った。
「Земля — крестьянам(ゼムリャー・クリスチャーナム、土地は農民へ)」
タチアナは日本語で補った。
「土地をどうするかは、これから政府が決めます。ただ、耕している人が食べられない仕組みを、そのまま残すつもりはありませんわ」
北海道では、鉄道や港を動かし、捕虜をシベリアへ送らないことが住民の態度を変えた。東北へ入ると、そこへ土地と小作料の問題が加わる。
「地主の親族は、次は土地そのものを取られると思っています」
日本人民軍の将校が報告すると、タチアナは少し考えた。
「まあ、そう思うでしょうね。でも、自分で耕している人まで同じ扱いにしたら、来年の収穫が減りますわ」
「自作農には、そのまま作らせる?」
「もちろん。実際に田へ入っている人を見れば分かります」
別の村では、タチアナが田を見て、村長へ日本語で収量を尋ねた。
「この田は、どなたが耕していらっしゃるの」
「この家です。自作農です」
タチアナは本人の手と服を見た。指には土が入り、脚絆にも泥が付いている。
「まあ、ご自分で耕していらっしゃるのね」
農民はうなずいた。
「はい」
「収量は」
数字を聞くと、タチアナはにっこりした。
「Очень хорошо(オーチン・ハラショー、とても良い)」
農民はロシア語を理解できず、きょとんとした。
タチアナは日本語に戻した。
「とても良い、という意味ですわ。ご家族が食べる分を残して、決められた供出分を出してくださいな。来年もたくさん作ってください」
何を怒られるのかと思っていた農民は、しばらく返事ができなかった。
不在地主と、実際に田へ入って耕す自作農は、同じ「土地を持つ者」でも扱いが違った。
ノルマを課す社会だからこそ、安定して多く収穫する農民はむしろ歓迎された。
食べる米まで取られていた小作農には、ソ連軍と日本人民軍の到来がまったく別の意味を持った。
道を教える者が増えた。
橋の状態を知らせる者が増えた。
帝国陸軍・帝国海軍の隠した倉庫や燃料の場所まで、村人の方から話す例が出た。
鉄道復旧、道路案内、倉庫や燃料の情報まで住民から得られるようになり、ソ連軍の南下は住民協力によっても加速した。
◇ ◇ ◇
軍隊が南へ進むより先に、話の方が進んだ。
鉄道員、行商人、避難してきた家族、復員を許された兵、役場へ出入りする者。誰かが隣村へ行けば、そこで聞いた話を持っていく。
「地主の蔵を開けたらしい」
「小作料を止めたそうだ」
「自分で耕している家の田は取られなかった」
「むしろ、たくさんの収穫があると褒められたらしい」
「捕虜になってもシベリアへ送られず、鉄道の仕事へ戻った者がいる」
その話は、師団命令より速く広がった。
帝国陸軍の将校も、その噂を聞いた。
「赤化工作だ」
「そうでしょう。しかし、小作料が本当に止まった村があります」
「宣伝に決まっている」
「蔵を開けたところを村人が見ています。復員した兵も実際に戻っています」
将校は黙った。宣伝文句だけなら否定できる。だが村人自身が見た出来事まで、命令で消すことはできない。
電話線が切れていても、軍用無線がなくても、人は歩く。貨物列車が1本動けば、駅員が話を持っていく。村から兵営へ米を運ぶ荷車にも話が乗った。
弘前周辺の兵営でも、兵はその噂を聞いた。
東北の部隊には農家出身者が多い。
赤紙で召集された者もいれば、若いうちに志願して軍へ入った者もいる。志願兵の中では、農家の次男以下が大きな割合を占めた。継ぐ田畑がなく、軍隊の給料と食事を生活の道として選んだ者たちだ。
そういう兵にとって、「不在地主の小作料を止めた」「自分で耕す農民には田をそのまま耕させている」という話は、政治宣伝としてではなく、自分の家の話として聞こえた。
「うちも小作だ」
兵舎で誰かが言った。
「親父と兄貴だけで田をやっている。地主は盛岡に住んでる」
「うちは弟まで軍に取られた。母親だけ残ってる」
「本当に家に米が残るなら、ソ連軍と戦って死ぬ必要なんてあるのかよ」
下士官が注意しても、話は止まらなかった。
しかも、熟練した下士官そのものが少ない。
下士官が兵舎を見回した。
「静かにしろ。噂で軍務を決めるな」
それでも話は止まらない。古参兵や技能を持つ者は南方や九州へ抜かれ、残っているのは短い訓練しか受けていない召集兵が多い。分隊や小隊を指揮できる下士官、通信兵、工兵、整備兵も不足している。
「下士官殿だって、自分の家が小作なら気になるでしょう」
そう言われると、下士官自身も答えに詰まった。家族の暮らしへ直接触れる噂は、政治宣伝より兵に近かった。
命令が届けば整列はする。
小銃も持つ。
しかし、ソ連軍と日本人民軍が近づいたというだけで、死ぬまで戦おうとする空気は薄くなった。
兵の中には、敵が来る前から自分の村のことを考え始める者が出た。
「武器を置けば帰れるらしいぞ」
「鉄道や工兵の経験があれば人民軍へ回されるらしい」
「何もできなければ復員だそうだ」
噂には間違いも混じった。
それでも、「戦えば死ぬ。武器を置けば家へ戻れるかもしれない」という部分だけは、何度も繰り返された。
「誰が最初に言い出したんだ」
「分かりません。駅から聞いたという者もいれば、復員した兵から聞いたという者もいます」
「止められると思うか」
「無理でしょう。自分の家の話になっています」
将校自身、その答えを否定できなかった。
ソ連軍が実際に来るころには、戦意を崩す仕事の一部を、すでに噂が終えていた。
第二十三章 仙台
1945年9月25日 仙台周辺
仙台周辺では、帝国陸軍のまとまった抵抗が起きた。
仙台郊外では秋の乾いた空気の中に砲煙が漂い、落葉した林の向こうから重砲の音が響いた。砲弾が着弾すると土の匂いが強く立ち、しばらくしてから細かな土砂が屋根や道路へぱらぱらと落ちた。市街から外れればまだ家々の炊煙が見え、それが戦場の煙と同じ空へ混じった。
本土決戦用に集められた部隊の一部が、ソ連軍の南下を止めようとした。
日本軍は仙台市街を避け、郊外の高地と河川沿いへ防御陣地を置いた。
「市街へ入れれば、住民まで巻き込みます」
「郊外で止めるしかないな」
一方のソ連軍では観測結果が砲兵へ回る。
「陣地位置、確認」
「砲兵を集中。撃ったあと戦車と歩兵を前へ」
陣地を一つずつ潰しながら前進する形になった。
帝国陸軍側の師団長は、参謀から戦力表を受け取った。
「九州へ回した兵力が多すぎますね」
「決号作戦で九州へ集中したうえ、この世界では台湾戦の分まで南へ取られています。こちらは部隊番号ほど中身がありません」
師団長は地図の南側へ目を移した。
「なら、ここで全員が倒れるまで戦っても、仙台を守ったことにはならないでしょう。撤退路を残しながら抵抗する方がよいと思います」
「では、南へ下がる方向ですね」
「まだ使える鉄道と道路を確認してください。負傷者を先に動かしましょう。戦闘部隊は、そのあと順次下げます」
「砲兵はどこまで残します」
「撤退路を守れる分だけ。全部を置いていけば、次の戦線で何も残りません」
「ソ連軍は追ってきます」
「承知しています。だから包囲される前に下がるのです」
「仙台市街には入れない?」
「市街戦へ持ち込めば、守るはずの町を壊します。郊外で時間を稼ぎ、南へ下がります」
このような判断をする部隊が増えた。
米英を「鬼畜」とまで呼び、捕虜になることも避けるよう求めてきた戦時宣伝は強く残っていた。しかし、その敵像はソ連に同じ形では当てはまらなかった。しかも、ソ連軍へ降伏した部隊が日本国内に残され、負傷者も治療されているという情報が広がるにつれ、北から来る軍への抵抗を続ける理由は地域ごとに急速に弱くなった。
仙台の戦闘は数日続いたが、帝国陸軍は包囲される前に南へ退いた。
その一部が、そのまま日本人民軍へ組み込まれていく。




