↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『教授を殴って停学になった農大ヤンキー、異世界で畑を耕したら三カ国の兵隊が飯目当てで戦争をやめた』  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/4

EP 2

 獲るもんがねぇ男と、外れスキルの箱

 畳の匂いがした。

 みかんの乗ったコタツ。テレビ。脱ぎ捨てられた健康サンダル。壁際には空き缶が四本。

 どこからどう見ても、日本のどこにでもある、だらしのない六畳間だった。

 ただ一点。障子の向こうに、星が流れていた。

「え、えっと……! よくぞ参りました、迷える魂よ!」

 ピンクの芋ジャージのオバサンが、慌てて缶ビールをコタツの下に隠しながら立ち上がった。

「あなたは先ほど、トラックに轢かれそうになった猫を助けて、亡くなりました。その尊い善行に感動し――」

「オバサン」

「オ・バ・サ・ンじゃないわよ! 永遠の十七歳、女神ルチアナよ!」

 龍魔呂は眉間に深く皺を寄せた。

「猫? トラック? ……俺、さっきまで大学の門んとこにいたし、かすり傷ひとつねぇぞ」

「きぃぃぃっ! 仕方ないでしょ! こういうのはテンプレなの! いいから死んだことにしておきなさい!」

 逆ギレしながら机を叩くジャージ姿の自称女神。

 その隣では、同じくピンクのジャージを着た小柄な少女が、コタツに潜り込んだままみかんを剥いていた。

「ルチアナ先輩、うるさいですぅ。私、寝てるんですぅ」

「リリス! あんたも起きなさい! ……もう、なんで私の部下は全員こうなの」

 龍魔呂は、この時点で理解を諦めた。

 ポケットから角砂糖をひとつ取り出し、ボリッと無作法に噛み砕く。

 甘さが脳に回って、なんとなく現状を受け入れさせた。

         ◆

「ま、こうなったのも何かの縁だから。あなたには、剣と魔法の世界『アナステシア』に転生してもらいます」

 ルチアナはコタツの上の書類を雑に払いのけ、ニヤリと口角を上げた。

「そこで――特別に、ユニークスキルをあげる。何がいい?」

 指を一本立てて、彼女は数えはじめた。

「どんな攻撃も弾く『絶対防御』? 相手の装甲を紙みたいに引き裂く『防御力貫通』? ああ、レベルが際限なく上がるやつも人気ね」

 それは、普通の転生者なら泣いて喜ぶ提案だったはずだ。

 だが龍魔呂は、鼻で笑った。

「……馬鹿がよぉ」

「は?」

「神にもらった力で勝って、何が『俺の喧嘩』だ。ふざけんな」

 部屋の空気が、わずかに軋んだ。

 ルチアナは目を丸くして彼を見上げ――そして、耐えきれないように肩を揺らして笑い出した。

「あっはははは! いいじゃない、あんたみたいな規格外、久しぶりに見た!」

 ひとしきり笑ってから、彼女はふと真顔になって、缶ビールに口をつけた。

「……じゃあ、あんた。何がしたいの?」

「あ?」

「向こうで何がしたいのって聞いてんの。金? 女? 名声? 復讐?」

 龍魔呂は答えなかった。

 窓の外の、流れていく星を見ていた。

 半グレは、去年のうちに全部潰した。

 目的は、二年前に済んでいる。

 なのに看板だけが残った。降ろせば、行き場のない元下っ端が五十人、そのまま他所に食われる。だから週末に呼び出されて、後始末をして、月曜に大学へ戻る。

 その大学も、今朝で終わった。

 畑も、種も、二年も。

「…………」

「ちょっと。聞いてる?」

「……もう、獲るもんが何もねぇんだよ」

 低く、静かな声だった。

 ルチアナが缶を口元で止めた。

 みかんを剥いていたリリスの手も、いつの間にか止まっていた。

         ◆

「……ふぅん」

 ルチアナは缶を置くと、コタツの下から埃をかぶった木箱を引っ張り出した。

「なら、これでいいわ」

「なんだそりゃ」

「在庫処分。誰も選ばないから十年ここに転がってるやつ」

 差し出されたのは、掌に乗るくらいの、なんの装飾もない木の箱だった。

「ユニークスキル『農具箱』。できることは三つだけよ」

 ルチアナが指を折る。

「一、クワ、スコップ、ジョウロ、種籾、ハサミが出る。絶対に折れない。それだけ。攻撃力の補正はゼロよ」

「……ほう」

「二、種籾。手に取った作物の種を、一日にひとつだけ複製できる」

「ふむ」

「三、ジョウロ。撒いた水が、その土地の土に一番合う成分に変わる。以上」

 コタツから顔を出したリリスが、心の底から呆れた声を出した。

「うわぁ……めちゃくちゃハズレですぅ。それ、モンスター一匹も倒せないやつですぅ」

「うるさいわね。文句あるならあんたが持って行きなさい」

「嫌ですぅ」

 だが。

 龍魔呂は木箱を受け取ると、なぜか、少し笑った。

「……折れねぇのか」

「え? ええ、まあ、そこだけは保証するけど」

「そうか」

 彼はそれ以上、何も言わなかった。

         ◆

「あ、そうだ。リリス、あんたこの子の担当女神ね。一緒に下界に降りなさい」

「えええええっ!? 急ですぅ! ブラックですぅ! 私まだ見習いで――」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐリリスが、ふと言葉を止めた。

 彼女の視線が、龍魔呂の左手に吸い寄せられている。

 中指に、黒い指輪がひとつ。

 装飾もなく、傷だらけで、どう見ても千円もしない安物だった。

 なのに。

「……あれ?」

 リリスの背中で、女神の羽が勝手にざわりと逆立った。

「その指輪、なんですか。すごく――」

「触るな」

 短い一言だった。

 声を荒らげたわけでも、睨んだわけでもない。ただ、それだけで部屋の温度が三度下がった。

 リリスは口を半分開けたまま固まり、それきり、何も聞けなくなった。

         ◆

「じゃあね! ちゃんと一日三食食べるのよ! 喧嘩は買ってもいいけど怪我はしないこと!」

「……てめぇは俺のお袋か」

 光の扉を抜けた瞬間、足の裏の感触が変わった。

 畳ではない。土だ。

 鬱蒼と生い茂る巨大な木々。ビルもアスファルトもない。

 濃い腐葉土の匂いが、肺の底まで入ってきた。

「ふー……」

 龍魔呂は咥え煙草の煙を吐き出し――そして、真っ先にヤンキー座りになった。

 足元の土を、無造作に掬い上げる。

 指先で揉む。鼻を近づける。舌の先に、ほんの少しだけ乗せる。

「…………おい」

「ふぇ? な、なんですかぁ?」

 健康サンダルを鳴らしながら草むらから転がり出てきたリリスが、恐る恐る覗き込む。

 龍魔呂は、土を握ったまま言った。

「この土、生きてやがる」

「……は?」

「水はけがいい。腐葉土もたっぷりだ。粘土質だが、締まりすぎてねぇ。……日本じゃ、これ作るのに二十年かかる」

 彼は立ち上がり、ぐるりと森を見渡した。

 そして、眉をひそめる。

「……なのに、どこにも畝がねぇ」

 これだけの土がある。

 なのに、誰も耕していない。誰も蒔いていない。

 龍魔呂はスタジャンのポケットに手を入れ、そこに残っていたものを取り出した。

 ジッパー付きの、小さな袋。

 去年の秋に自分で採って、自分で乾かして、教授が処分し損ねた、在来種の最後の一袋。

「……二千年、誰かが繋いできた種だ」

 彼は袋の口を開け、掌に一粒だけ転がした。

 朝日に似た、この世界の光がその一粒に当たる。

「大学に返す当てはもうねぇ。畑も潰された。……だがな」

 ――カチッ。

 真鍮のフタが弾ける音が、森に響いた。

 今度は、ちゃんと火がついた。

 深く煙を吸い込み、龍魔呂はゆっくりと吐き出す。

「繋ぐぞ。ここで」

「……え?」

「畑を作る。まずはそこからだ」

 その背中を、リリスは呆然と見上げていた。

 獲るものが何もないと言った男が、来て五分で、次に獲るものを決めていた。

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。