断章7 弾む女子会、少女らの本音
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
なにとぞよろしくお願い致します。
”鬼火”の一党の6名が〈ウィルデリッタルト〉で虹耀暦1287年を迎え、『黒鉄の旋風』とイリスの顔繋ぎをして一週間と少し。
今日はその『黒鉄の旋風』副頭目の女性剣士ハンナの誘いで、女子会が催されることと相成っている。当然の如く、その場にはイリスも招待された。
家格を気にすることなく、腹の探り合い染みた会話の真似事をする必要もない気楽な友人同士の集まり。
貴族の社交界しか知らず、おまけに参加回数も少ないイリスにとってこういった会は初めての経験で、お誘いを受けたときは文字通り舞い上がって喜んでいた。
また貴族令嬢がいるということで時間帯も昼にし、警備がきちんといるような店を選んだハンナの気遣いも、シルト家の領主夫妻が笑顔で送り出せた一因だ。
集まった7名――凛華、シルフィエーラ、ラウラ、ソーニャ、イリス、プリムラ、エマを見渡すと、ハンナは酒杯を掲げて音頭を取った。
「集まったわね! それじゃあ女子会開始よ! かんぱ~~いっ!」
「「「「「「「かんぱ~いっ!」」」」」」」
少々お高めの店ということで完全個室。場合によってはお忍び貴族の密談場所なんかにも選ばれたりもするのだが、店主の理想はあくまで『誰でも安心して酒を楽しめる場所』。
カッチリとした店構えの割に手頃な価格設定で、庶民の宴会場所なんかにも利用される、居酒屋とパブを足して二で割ったような飲食店である。
歴とした伯爵家の令嬢たるイリスには、あまり馴染みのない雰囲気だ。
「この度はお招き頂いてありがとうございますわ。楽しみにしておりましたの」
一通りキョロキョロと首を巡らし終えたイリスが丁寧に頭を下げると、ハンナが手をひょいひょいと横に振った。
「硬いわよイリスちゃん! 今日は野郎共抜きで女子同士の本音を語る貴重な会! 無礼を働く気はないけど、それ相応に合わせてくれるとありがたいわ!」
テンションの高い三等級のお姉さんにシルト家の一人娘は淡褐色の瞳をパチクリとさせ、忽ちの内に屈託のない笑みを浮かべる。
「はい! 私個人の事であればいくらでもお話し致しますわ!」
公的な気遣いを入れつつも、一個人としての自分を呼んでくれたのだとすぐさま理解したイリスは、限界まで立場を降りると宣言した。
「う~ん、やっぱり可愛いわねぇ。ホントにあの生意気なアルクスの従妹なのかしら?」
ハンナが納得いかないんだけど! という顔をすると、凛華がクスクスと笑い声を漏らす。
「『黒鉄の旋風』に懐いてるのよ。うちの兄貴や義姉にもあんな感じだもの」
――つまりそれだけ信頼してくれている、ということだろうか?
『黒鉄の旋風』に所属する女性3名の思考が一致する。
「凛華、紫苑お姉ちゃんを”義姉”って呼ぶの早くない?」
「いいのよ。アルみたいに枷があるわけでもないのに、いつまでもフラフラしてる兄貴が悪いの。外堀埋めてやらなきゃ義姉が不憫でしょ?」
「あはははっ、紅兄も災難だねぇ」
エーラがけらけらと笑った。凛華の兄である紅椿は、昔から紫苑という同じ鬼人族の少女と付かず離れずな仲だ。尤も、最近は尻に敷かれっぱなしだそうだが。
「凛華にはお兄さんがいたんですね。知りませんでした」
最近、男性陣以外への敬称をつけなくなったラウラが「意外」と言いたげに声を上げる。
「ボクにもお姉ちゃんいるよ。丁度、プリムラさんくらいかなぁ」
「あら、そうなの? 故郷では一番下だったし、とっととケリアと里出ちゃったからエーラちゃんに懐かれるのはなんか新鮮でいいのよね~」
エーラと同じ森人でありながら対照的な肌の色をしたプリムラは、嬉しそうにニコニコしている。髪の色すら系統の違う金髪だが、同胞として何かと可愛がっているのだ。
「てかそれ、アルクスのじゃない? どうしたの?」
グビッと煽っていた酒杯を卓に置いて、四等級の双子の妹エマが指差す。
”それ”とは、エーラが羽織っている紅い龍鱗布のことだ。今は襟元が立った外套のような形状を取っている。
「『今日寒いね』って言ったら貸してくれた」
「なんやかんや大事にされてるわよね、あんた達って。こないだは凛華ちゃんにも着せてたし」
「えっへへ~」
「過保護なのよ」
エーラと凛華が揃って照れ臭そうな顔をする。
既に恋人とお付き合いしているハンナとプリムラは微笑ましそうにしているが、半ば惚気を聞いたような気がしたエマは「いいなぁ」と羨望の視線を向けた。
そんな甘酸っぱい経験、幼い頃くらいにしかない。
「あ、聞きそびれてたんだけど、結局その龍鱗布って何なの? 魔導具の類?」
ハンナが思い出したように訊ねる。
「あ、それは私も気になってた。なんか伸び縮みするみたいだし、魔族の伝統衣装みたいなものだと思ってたよ」
とエマも追加で質問を投げ掛けた。
「魔族のじゃないわよ? うちの故郷にはそういうのないもの。凛華ちゃんとエーラちゃんの里特有のものなの?」
プリムラも似たような疑問を口にする。
アル達を見てわかる通り、彼らの里は複数種族が共存している場所だ。単一種族で構成されたプリムラの故郷とはまた違う文化で構成されている。
「確か、アル殿の母君の鱗と蜘蛛人族の……何だったかで編まれたものだと聞いたぞ」
いつぞやの会話を思い出しながらソーニャが答える。
「【撚糸】? でしたっけ? 蜘蛛人族を見たことがないので、どういったものかはいまいち想像がつきませんけど」
ラウラもそう言いながら初めて借りた夜のことを思い返していた。あの夜のことは今でも鮮明に覚えている。
「結局、魔導具なんですの?」
製法は以前に聞いたものの、魔導具との違いがよくわからぬイリスは凛華とエーラに興味津々な瞳を向けた。
「ただの防具っていうか護り衣よ。あたし達だって着てるでしょ?」
凛華はそう言って袖の膨らんだ己の短裾上衣を引っ張る。ちなみにだが、護り衣なのでこういう場でも外さない。外套はまた別で壁にかけてある。
「そーそー。アルのがトリシャおば様の鱗のおかげなのか、やけに自由が利くってだけだね」
エーラも龍鱗布の下に着ていた、頭巾付き短外套の裾をちょろっと伸ばして見せた。
「そうなの? あいつがそれで何かを防いでるのなんて、一回も見たことないんだけど」
「確かに。こないだも凛華ちゃんに貸してたし」
ハンナとエマの顔にはありありと『……防具?』と書かれている。
「蜘蛛人族かぁ。昔一回会ったことあるくらいねぇ」
プリムラは【撚糸】という単語に反応していた。記憶が確かなら、それは蜘蛛人族の”魔法”で作られた頑丈で知られる糸だったはずだ。
「アル殿の戦い方は防具や盾にちっとも頼らんからなぁ。稽古を見てると肝が冷えるぞ」
「知ってる。突っ込んでくもんね」
純粋魔族3名とアルの稽古を何度も見たことがあるソーニャと、こないだの戦闘を間近で見たエマは改まったように頷き合う。
盾術を学んでいる2人からすれば、敵の攻撃を紙一重でスレスレに躱しながら反撃を叩き込む彼の戦闘型は冷や冷やモノだ。
ちなみに彼がそんな戦い方をするようになったのは、育ってきた環境のせいである。”魔法”が当たり前の相手の一撃を防ぐ、というのがほぼ不可能だったから防御という意識を捨てているのだ。
刀の峰で逸らしたり、攻撃をもらう直前に身を捻ったりといった受け流しは、むしろかなり得意な方である。
「龍鱗布が要りそうな場面では大体、人に貸してますよね」
ラウラが顎にちょんちょんと指をやりながら言えば、
「そうねぇ。武器みたいに扱うか――」
「もう一本の手くらいな感覚で使ってるね」
凛華とエーラはクスクスと笑い合う。結局、防ぐより動こうとするのがアルだ。昔から変わらない。
護ってくれるように、と龍鱗布を贈ったトリシャや小町は何と言うだろう?と可笑しくなってしまった。
「トリシャ伯母様という方ですのね、兄様のお母様は」
イリスは初めて知った伯母の名を反芻する。
(いつか、会ってみたいですわ)
その願いは案外すぐに叶うことになるのだが、今の彼女はそんな未来が訪れるなどとは夢にも思っていない。
「そうだよ~。アルのホントの見た目と一緒で、銀髪に綺麗な紅い瞳の優しいおば様なんだ~」
エーラはそう言ってイリスの頭を撫でる。
「美人だしね」
そこに凛華が付け加えた。
「それはあの子見てたら想像つくわねぇ」
「けどあの見た目はホント印象変わるよね」
今度は彼が合同依頼の時に見せた本当の姿――青白い銀髪と真紅の瞳に話題が移ったらしい。
「ラウラちゃんなんか興奮してたもの」
ハンナが面白がるように言う。
「ぶっ! ちょっ、ち、違いますよ! そ……えぇと、あの時は凛華やエーラの言ってたことがわかったというか、白い湖面に紅い瞳が映えてて凄く印象に残ったというか……!」
途端にあたふたと余計なことまで口走るラウラに、
「それ以上言わずに潔く認めた方がいい。興奮してたぞ、義妹の私が言うのだから間違いない。熱っぽい目で見てた」
予想だにしない背面からの致命がグッサリと刺さった。
「ソーニャ!? そこまで言わなくってもいいでしょうっ?」
まさかの裏切りだ。頬を火照らせながら義妹に恨みがましい眼を向ける。しかし――――。
「『蒼火撃』。あれってアルの蒼炎でしょう? 再現までしちゃったんだから潔く認めなさいな」
「そうだよぉ~? っていうか今更バレてないと思ってたのかなぁ~?」
凛華が小ざっぱりとした口調で、エーラがニマニマしながらラウラを追い詰めていく。
「そっ、それは……ていうか凛華とエーラはいいんですかっ?」
自分が彼を想ってしまって。
言外に投げ掛けられた問いに鬼娘と耳長娘は視線を見合わせ、そう間を置くことなくフフッと笑い合う。
「今更よ。あたしは最期の最後まで、あいつの隣であたしの剣を振るう。そう決めてるんだから」
「だねぇ。どんなになったってボクもアルと同じ景色を一緒に見てくって決めてるもん」
極々自然体で述べられたそれは、覚悟と信念が籠められた彼女らの心の裡だ。里を出る際と何ら変わっていないどころか、より強くなっていく一方の揺るがぬ想い。
予想していた以上に深いそれを感じ取った女性陣は思わずザワついた。
ハンナやプリムラなどは大いに感じ入ったようで「なにそれ凛華ちゃんカッコイイ……!」「エーラちゃんの考え方、すっごい素敵かも」と呟く。
「だから一人増えるくらいどーってことないのよ」
「アルがモテるのは昔っからだもんねぇ」
そんな彼女らへ、2人は堂々と言ってのけた。そもそも自分達の好いている男が魅力的に映らぬわけがない、と清々しさすら感じる発言だ。
余談だが、この大陸では一夫多妻制も一妻多夫制も普通に存在する。
数が減少している魔族達は血の近い者同士で混じらぬよう一夫一妻が多かったりするというだけで、隠れ里にもそういう家がないわけでもない。
帝国もシルト家が一夫一妻制をとっているというだけで一夫多妻制を取る貴族家も多数あるし、逆に王国では一妻多夫制の方が多かったりする。これは王国が代々女王の治めてきた国家だからだ。
聖国はどちらもあるし、共和国は周辺国の影響を受けているので地方によってまちまち。
ラウラの父であるノーマン・シェーンベルグは、今でも亡き妻を愛しているため後妻も取らぬし、第二夫人も元々いないというだけだ。
アルがいつ、誰を、どう選ぶのかは彼自身の決める事ではあるが、少なくとも彼が現在思い描いている未来の彼の傍には凛華とエーラの姿がある。
それを鋭敏に感じ取っているからこそ、彼女らは胸を張って言えるのだ。
どう応えてくれるかはわからないが、想っても良いんじゃない? と。
ていうかもう好いてるでしょ? と。
「あ、その……」
ラウラは2人の言わんとすることを理解して――視線をさ迷わせた。他の面々は興味津々で見ている。
イリスも期待に鼻息を荒くしてジーッと視線を送っていた。
何と言ったって姉のように慕う同年代の恋バナだ。しかも、相手は兄のように慕っている従兄。興味を唆られぬわけがない。
「う……」
ややあって、頬を染めたラウラは意を決したように口を開いた。
「あぅ……そ、それは……その、魅かれてますよ? 魅かれるに決まってるじゃないですか、そんなの。窮地を何度も救ってもらいましたし、それからもずっと護ってもらってるし……優しいし、強いし、その……カッコいいですし? ”鬼火”なんて呼ばれてますけど、私達にはあたたかいんですよ? す、好きになって当たり前じゃないですかっ!」
途中からヤケクソだ。耳まで真っ赤になって言い切る。
「きゃあ!」
「熱烈ぅ!」
ハンナとプリムラが乙女モードになって騒ぐ。こういう成就前の甘酸っぱい話を聞くのは、惚気を聞くのとはまた別の楽しさがあるものだ。
「キュンキュン致しますわね!」
「いいなぁラウラちゃん。私もそんな相手が欲しいよ、ホント」
現実な恋バナなど聞いたことすらなかったイリスが興奮気味に、エマが羨ましそうに感想を漏らす。
「やーっと言ったわね」
「ホントホント~、バレバレだったのに」
「うっ、わ、わかってるならこんなに人がいるときに言わなくったっていいじゃないですか!」
「逃げると思ったからよ」
「ボクはノリで」
「ひどいっ!」
三人娘が姦しい。もうすっかり互いへの遠慮もなさそうだ。
「いいわねぇ~その感じ。で、こ~んな可愛い娘達から好かれてる色男は今日何してるの?」
そんな彼女らへ、微笑ましそうにプリムラは訊ねた。すると凜華とエーラが肩を竦める。
「マルクと翡翠と一緒に駅に行くって言ってたわよ。遠目に見た魔導列車が気になってしょうがないとか何とか」
「今頃、魔導列車に『魔眼』でも使って失明してるんじゃないかなぁ。ほっとくとす~ぐ突っ走るから」
尚、現在アルの右眼は失明状態である。
マルクの「やめとけ」という制止を振り切って、魔導列車にとって最重要な機関部を『魔眼』で視ようとして、その周囲の術式にやられた。
「なんだか一度銀髪になってからヤンチャになりましたよね?」
想っている相手の些細な変化に敏感なラウラが確認を取れば、
「本来があっちなのよ」
と凛華が返す。少し目を離した隙にガンガン前に突き進んでいくし、興味があることには寝食を忘れて没頭する困った男なのだ。
マルクは幼い頃からそれに振り回されているようでしっかり自分も楽しんでいたりするのだが、止めるところはちゃんと止める歯止め役としても上手くやっている。
「龍気と一緒に色々抑え込んじゃってたのかなぁ」
それなら定期的に『八針封刻紋』を解く方が良いのかも? とエーラは首を傾げた。
――そうだったんだ、無邪気な部分もいいなぁ。
と痘痕も靨な理論で納得していた義姉の肩をソーニャが叩く。
「良かったなラウラ。ついでに言うと、私は知ってたぞ」
良い笑顔だが腹立たしい。そして遅い。せっかく話題が逸れ掛けていたというのに。
「うるさいぃ~」
義妹の周回遅れ気味な感想に「早く忘れて」とラウラは突っ伏した。
そこへハンナがニマニマしながら別な質問を投げ掛けた。
「そう言うソーニャちゃんはどうなの? 人狼の彼とは」
「そういえば、よく絡んでるね」
「ほっほお~?」
『黒鉄の旋風』女衆は次にソーニャの方へ食指を伸ばしたようだ。見れば酒もだいぶ進んでいる。
「は、はあっ!? いや私はだな、別にあいつに対してそんな……!」
――まさか自分に矛先が向くとは。
汗をダラダラ流しながら何とか回避しようとする義妹へ、ラウラが突き刺し返すように鋭く訊ねる。
「それが本音で良いのね?」
琥珀色の半眼は据わっていた。
「へ、いや、えっとぉ、そのぅ……」
――いかん、揶揄い過ぎた。
途端にソーニャはしどろもどろになる。
「良・い・の・ね?」
義姉が逃がしてくれない。
「うっ……」
ソーニャが言葉に詰まっていると、予想外のところから声が上がった。
「じゃあマルク様には私が行ってもよろしいんですのねっ?」
ニッコニコのイリスがそう言うと、
「あら、そうだったの~?」
プリムラが微笑ましそうに訊ねる。
「はいですわ! 私が賊に捕らえられてしまったとき、颯爽と駆けつけて下さったんですの! 私の英雄ですわ!」
成熟していない子供の淡い恋心のようなもの、と思うのは男親の勘違いだ。精神的な成長は女性の方がずっと早い。
イリスの瞳には確かな思慕の念が滲んでいた。
慌てたのはソーニャだ。
イリスの相貌は、アルの親戚というだけあって整っており、性格を反映したかのようにコロコロとよく動く表情は可愛らしい、の一言に尽きる。
おまけに現段階で胸もソーニャより大きい。
つまり、女性らしさと少女の魅力を無自覚に振り撒く美少女であるということだ。同性にすら魅力的に映る少女が異性の目を引かぬワケがない。
ソーニャは大いに焦りながら叫ぶ――が、すぐに言葉尻が急速に窄んでいく。
「だめだ! ……とは言わんが、そのぉ、独り占めは良くない……と私は思うぞ」
「独り占め? ふふん。ソーニャ様、いえ、ソーニャさん。それはつまり自分もということでよろしいですわね?」
語るに落ちたな! とイリスが眼光を鋭くした。
「ええっと、いや、そういうわけじゃ……あー、その……」
だがこの期に及んでソーニャはまだ粘る。義姉のように茶化されたくなくて必死なのだ。
「見苦しいですわよ。私はマルク様を一人の女としてお慕いしておりますわ。貴女はどうですの?」
そうはさせじ、とイリスが問う。
「……これじゃどっちが年上かわかんないわね」
「一つしか違わないもの。ソーニャの方が奥手だし不利よ」
傍目に見ていたハンナが苦笑しながら呟くと、凛華が一応のフォローというか実況もとい解説を入れた。
「ソーニャ、ハッキリしなさい」
ラウラがこういう時だけ義姉らしい語調でトドメを刺した。お前も茶化されろ、と目が言っている。
「う、く……あぁもうわかった降参だっ! 私だってあの時助けてもらったんだぞ! 惚れたさ! 悪いか!?」
逃げ場がなくなったソーニャはとうとう白状した。定期的にイジられてきたラウラよりも顔が真っ赤で、まるで茹でダコのようだ。
「「「きゃあー!」」」
途端に見事な連携で騒ぎ出すタチの悪い大人の女衆。
「だから嫌だったんだぁ……! せっかくラウラを盾にしたのにぃ……」
「盾術を扱ってるのに、嘆かわしい」
羞恥に身悶える義妹へ、ラウラが鋭い蹴りのような皮肉までくれる。
「ラウラ悪かった! 謝るから! 手厳しすぎるぞ!」
つーんとした義姉の袖を情けなく引っ張る義妹の図が出来上がったところで、
「そういえば私には聞かないのね? レーゲンとその後どうなのー? とか」
ハンナがそう言った。去年の暮れにようやく関係更新ができ、出来立てほやほやの熱々カップルだ。
その明らかに聞いて欲しそうな態度に、凛華とエーラは苦笑を溢し、ラウラとプリムラが困ったような笑みを浮かべた。エマに至っては苦々しい顔を隠しもしない。
なんと言っても既にエマとプリムラは甘ったるぅ~い惚気話を幾度となく聞かされているのだ。
ケリアという森人の恋人がいるプリムラはともかくとして、そんな相手のいないエマからすれば堪ったものではない。
するとイリスが好奇心と少々の不満を綯い交ぜにした口調で訊ねた。
「聞かせて下さいまし。兄様は『レーゲンさんとハンナさんは今どろどろに爛れた生活を送ってるだろうからイリスにはまだ早い』なんて仰るんですのよ」
失礼しちゃう! とでも言いたげだ。これでも立派な淑女のつもりである。
「あんのマセガキ!」
ハンナは顔を真っ赤にして憤慨した。異性と付き合う、という経験が互いに初めてな所為で距離感が掴めず、いまだ口付け止まりだったのだ。
良い雰囲気とか、そういった雰囲気になりかけてもそこで止まってしまう。時間の問題ではあるのだが最初の一歩がわからない。そんな状態であった。
「今日くらいに行っちゃえば?」
プリムラがテキトーに背中を押す。当然ながらケリアとプリムラはそういうことも経験済みだ。尚、この世界の避妊は魔導薬が一般的である。
「おかしいとか思われたらどうしよう?」
「ハンナの裸が? そんなこと言ってきたら、レーゲンの蹴り上げちゃいなよ」
初々しいハンナに比べて、プリムラの発言は随分と年季が違う。恋人もいるし、故郷には長寿の割に見た目の若い女性陣が多いので自然とそういう話も入ってくる。要は耳年増でもあるということ。
そこから2人は生々しい会話を繰り広げだした。女子会の真骨頂である。男性陣がいれば引くような話でも今ならし放題だ。
”鬼火”の一党の女性陣も顔を赤らめたりしながらではあったものの、会話にグイグイと参加していく。
イリスはイリスで「やっぱり兄様の言う通り、ちょっと早かったかも」と思わないでもなかったが、好奇心の方が勝ってしまったのでしょうがない。
着々と耳年増な貴族令嬢への道を辿りつつ、楽しいお喋りに興じていくこととなった。
* * *
数時間後。この時期は日照時間が短く、夕方と夜の合間が非常に短い。
イリスもいるので帰りがてら、ふらっと迎えに来たアルとマルクは楽し気な女性陣を前にしていた。
「楽しかったっぽいね」
「らしいな」
「あっ、アルっ! 迎え来てくれたの?」
エーラが飛びつくように駆けてくる。
「あたし達がいるから別に良かったのに」
口ではそう言っているが、凛華の機嫌も上々だ。
「あれ? アルさん、右眼どうしたんですか?」
何だか色合いが暗いなと思ったラウラがそう問えば、
「ちょっとね」
アルは何のことはない、と肩を竦めた。が、そうは問屋が卸さぬとばかりにマルクがツッコミを入れる。
「ちょっとじゃなかったろ。何回挑戦してんだよ」
「数回」
「数時間って意味だろーが」
「居座ったわけじゃないからいいだろ。駅には迷惑かけてないし」
「一時間おきに外に引っ張り出されてた俺にはかけてたんだよ」
「毛皮あるじゃん」
「街中で【人狼化】使えってか? 騒ぎになるわ」
「【部分変化】したら良かったじゃん」
「そんなんで【部分変化】使うなんてしょうもなさすぎるだろ」
「まーまー、昼奢ったんだから許してよ。遠慮なく食ってたろ?」
「お前ってやつは……ったく、しゃーねえなぁ」
「ま、収穫はいっこもなかったんだけどね」
「こんにゃろ、マジ時間返せ」
小気味の良い男同士の掛け合いを聞いた女性陣は察した。エーラの読みが当たったのだと。ついでにラウラの言う”ヤンチャ”という部分もよくわかった気がする。
「マルク様! 兄様! お迎えありがとうですわ!」
「おう、おかえり」
「楽しかったかい?」
ピョンと飛び出してきたイリスの頭を撫でつつ、アルが訊ねた。弾けるような笑顔を見ればわかるのだが、それでも聞いてあげるのが年長者の務めである。
「はい! その、兄様達には聞かせられない話ばかりでしたが楽しい時間でしたわ!」
「ま、女同士の話なんて俺らの聞くこっちゃないわな。眠れなくなる」
鬼娘と耳長娘、ついでに言えば里のお姉さん方のシビアさをよく知っているマルクがブルリと身震いする。
「同感。ていうか変な話は聞いてないよね? トビアスさんに問い質されたくないよ、俺」
アルがそう言うと、女性陣は一斉にサッと目を逸らした。マルクが近くにいたソーニャへ懐疑的な視線を向ける。
「おいソーニャ」
「と、ととと当然だろう! 我々がそんな下世話な話をするものか! 偏見はやめてもらおう!」
「「…………」」
憤慨しているが、その頬は紅潮していた。寒さのせいにしては早過ぎるだろう。
「ハンナさん子供に何教えてんですか! ドロドロなのはダメってわかるでしょ!?」
即座にアルは下手人を非難した。
「ち、ちがっ! 私じゃないわっ! 私は逆にどろどろになるにはどうすればいいかを――」
あたふたしてハンナが余計なことを口走る。
「子供の前でホントに何言ってんです!? イリス、人前でこんなこと口走っちゃうような大人になったらダメだよ。マルクも俺達も哀しくなるから」
「残念な女扱いするのはやめてぇ!」
ハンナは悲鳴をあげた。失言もいいところである。
「とっととレーゲンさんとこに行って下さい。ドロドロになりたいって言えばしてくれますよ」
「ちょ、違っ! そういうドロドロじゃなくて! 欲求不満みたいな言い方しないでぇっ!」
冷めたアルの視線を受けたハンナは真っ赤になって否定しだした。女子会の全貌は語らないが、悩みを相談していたのだと。
そしてその悩みと言うのが愛しの彼と懇ろになりたいのだが、どうしたらいいのかわからないというもので、決してオトナな世界の話ではないのだと。
((……いや充分オトナな話になるやつだろそれ))
マルクやアルなんかはそう思わないでもないが一応、渋々納得してみせた。
「まぁいいですけど、あんまり過激な話しないで下さいよ? 紹介した俺が怒られるんですから」
「ふふっ、わかってるわよ」
プリムラが真っ赤な仲間の代わりにニコニコと微笑む。しかし――――。
「いや、たぶんプリムラさんが一番過激なこと言ってたんじゃねーの?」
ハンナがそんな可愛らしい悩みなら、ヤバい話題をする人物は必然的に一人しかいなくなる。マルクが当然の疑問を呈すとプリムラ以外の女子会参加者が、
「「「うん、言ってた」」」
「「はい」」
「度肝を抜かれた」
と口々に肯定した。
「ひどいわっ。みんな興味津々だったくせにっ」
よよよっと泣き崩れる仕草をするプリムラに全員からシラーッとした視線が刺さる。
「ま、いいや。そっちはケリアさんに報告しとくとして――」
「ちょっと待って!?」
「忘れもんはねーな? 帰るぞー」
「ねねっ待って! 調子に乗ったのは謝るからぁ!」
アルとマルクは息の合った連携でプリムラを無視した。この酔っ払いに関わっていると陽が暮れ切ってしまう。酔いどれの相手は里で大概慣れているのだ。
「ねーえーお願いだからぁ! 清楚なプリムラで通ってるのよ!」
「それ絶対バレてますよ」
「だな。さっ、行くぞー」
取り合わないアルとマルクはさっさと女性陣を連れて歩き出した。
「お願いよぉー、言わないでねぇー!」
背後からの声に凛華、エーラ、ラウラが苦笑しながら手を振り、可笑しそうに笑うソーニャが任せておいてくれとばかりに軽く胸を軽く叩く。
イリスは余程楽しかったのか、満面の笑みで手をブンブン振っている。そんな彼女らの様子に、アルとマルクは目を見合わせて肩を竦めるのだった。
* * *
後日、プリムラのあるんだかないんだかわからない印象を崩すことなく、アルとマルクは「こういう繊細な話題はさすがに同年代の仲間内からでないと気まずい」とケリアにハンナの悩みを伝えた。
更にその数日後――。
食堂の一角で、やたらと艶々しているハンナがプリムラとエマ相手に盛り上がっている光景が展開されることとなった。
プリムラは微笑まし気にそんな彼女を眺め、エマは死んだ魚のような目で話を聞いていたそうな。
これ以来、同じ都市や街にいる時の『黒鉄の旋風』と”鬼火”の一党女性陣はちょくちょく集まって女子会を開くようになり――――……男性陣は隠れ里や故郷のおばさん達の井戸端会議を幻視するのであった。
コメントや誤字報告、評価など頂くと大変励みになります!
是非とも応援よろしくお願いします!




