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【10.8万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
武芸者編ノ參  叛逆騎士と水竜編

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4話 ”叛逆騎士”ハインリヒ・エッカートの襲撃(虹耀暦1286年12月:アルクス14歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


なにとぞよろしくお願い致します。

 〈ドラッヘンクヴェーレ〉は未曾有の危機に晒されていた。


 不忍大沼(しのばずのおおぬま)のヌシであり、村の守り神――”蛟”様として親しまれている十叉大水蛇(とおまたのおおみずち)がのたうち、暴れ狂っているのだ。


 アルクス達”鬼火”の一党が駆け付けた時には既に湖面は大きく荒れて波打ち、八つ首の内、三ツ首の口腔からは超高圧水流が噴き出していた。


 ――広場の噴水を断ち割ったのはきっとあれだ。


 と、6人は直感的に悟る。


「何があったのですか!?」


 そこへ息を切らせた〈ドラッヘンクヴェーレ〉の纏め役がバタバタと走ってきた。アルはハッと我に返り、


「わかりません。餓狼の群れを退治して戻ったら蛟が暴れてて――って何だ、あれ……?」


 事情を説明する途中で目を凝らす。視線の先には大沼の東側の畔。そこに何かが幾つも蠢いているのが見えた。


(人影……?)


 墨を塗りつけたような、夜闇より更に照り返しのない黒い恰好。


(待った。それ以前に蛟は八頭八尾だったはず)


 水竜のもたげている鎌首が7つしか見えない。慌てて一つしかない胴体から鎌首を辿り、もう一つあるはずの頭を探す。

 

 程なくして見つけた鎌首の一つは横倒しになっていた。


「倒れてる……?」


 思わずアルが呟くと、鮮緑に瞳を輝かせたシルフィエーラが叫ぶ。


「違うよ! 蛟の首を誰かが引っ張ってる!」


「なんですって!?」


 凛華が驚愕し、


「そんなことどうやって――いえ、まず誰がそんなことを?」


 ラウラが唖然としながら疑問を呟いたところで、アルとマルクガルムが同時に「っ!」と鋭く反応した。


「あなた!」


 2人が顔をバッと向けた先では、纏め役の妻が息を切らせて夫に駆け寄ろうとしているところだった。が、2人が反応したのはそこではない。


 蛟に意識を取られていたエーラも遅ればせながらハッとする。


「マルク!」


「わかってる!」


 親友の呼び掛けにマルクが【人狼化】し、アルも刃尾刀を抜き放ちながら老婦人目掛けて駆け出す。


「ひぃっ!」


 恐ろしげなワインレッドの人狼と刃を閃かせた剣士の迫力に老婦人が怯えて短い悲鳴を上げた。


 だがアルもマルクも老婦人をそのまま素通りして、彼女の背に迫っていた黒塗りの鎧を着込んだ男達を斬り捨てる。


 この黒鎧が明確な殺気を帯びて、老婦人へと忍び寄っていたことに2人は逸早く気付いたのだ。


「な……彼らは一体!? いや、お前、無事かい?」


「え、ええ。助けて頂いたのですね。ありがとうございます」


 纏め役夫妻は、倒れた黒塗りの男達が墨を塗った直剣を持っているのを見て、背筋をゾッと泡立てる。武芸者の若者達が動いてくれなければ今頃斬り殺されていただろう。


「知り合いでは……なさそうだな」


 眉を顰めるソーニャへ、夫妻が当然と言いたげに頷く。


「襲撃者……彼らについて何か聞いてませんか?」


「いいえ、猟師から報告があったのは餓狼の群れだけです。これは一体……?」


 ラウラの疑問にも、夫妻は困惑顔で首を振った。


 するとエーラが鋭く警鐘を鳴らす。


「気を付けて! まだ来るよ!」


 6人が即座に夫妻を囲むように並んだ。


 次いで、黒塗りの騎士鎧を着込んだ者らがぬるりと闇夜から姿を現す。人数は総勢で15名ほど。


「おいおい、武芸者戻ってきてるじゃねぇか」


「チッ、アイツらしくじったのかよ」


「どちらにせよ、まだ早い。目撃者は消しておくに限る」


 そんなやり取りと共に、墨を塗ったくった直剣を引き抜くや否や、一挙に襲い掛かってきた。


「加減はしなくていい! 切り抜けるぞ!」


 指示を飛ばしたアルが迫る騎士の懐へと一気に飛び込む。


「な、あ――っ!?」


 間合いを潰す筈が、逆に潰された黒い騎士が焦りから直剣を振り上げた。が、既にそこはアルの間合いだ。


「『蒼炎気刃』!」


 踏み込む勢いを殺さず、脇を駆け抜けながら騎士の腰を鎧ごと熔断。


 然したる抵抗もなくジュ……ッと上半身と下半身を分かたれた黒い騎士が「ッ! ……ぁっ?」と声にならぬ掠れを漏らして(かばね)と化す。


「なんだコイツ!?」


「お、おい! ソイツを止めろ!」


 鎧ごと騎士を真っ二つにした刃尾刀に襲撃者らが焦った声を上げる。慌ててアルへ剣を向けようとするも、彼の仲間はそれを許さない。


「『雷光裂爪』!」


 青白いスパークを帯びた狼爪を構えたマルクが、黒い騎士数人の合間を一投足で駆け抜けた。次の瞬間、金属と肉を焦がす厭な臭気が立ち込める。


 ワインレッドの影に竦んだ襲撃者らがそちらを見れば、首を捩じ斬られ、心臓と思わしき部分を貫かれた同僚が立ち尽くしている――……と思ったらぐしゃりと倒れ伏した。


「コ、コイツら強いぞ!」


「はあッ!」


 慌てた黒塗りの騎士が叫ぶのと、【修羅桔梗の相】を発動させた凛華が尾重剣を振り抜いたのはほぼ同時。


 こちらもグシャア――――ッ! と、いう破砕音と共に上半身と下半身が泣き別れすることとなった。


 鬼娘は振り抜いた慣性を利用して、


「『流幻冰鬼刃』!」


 舞うように移動しながら魔術を起動。もう一歩踏み込むと、白銀の大剣を「ふッ!」と横一文字に薙ぐ。


「うおぁッ!?」


 冰を纏った尾重剣は、寸前で飛び退いた襲撃者の鎧を浅く斬り裂くに留まった。


 黒塗りの騎士が冷や汗を垂らし、思わずホッと息を吐いてしまう。そこはまだ、彼女の間合い(キルゾーン)だと云うのに。


 凛華の優雅な舞い染みた拍子(リズム)が一転、いつの間にか白銀の馬上槍へと転じていた尾重剣が剛速球のような勢いで豪快に突き込まれる。


「ゲ、ボ……ッ!?」


 面頬をつけているので表情こそわからないが、黒鎧の男はきっと呆然としていたことだろう。


 凛華が胸を貫いた騎士ごと尾重剣をバッと振り払って残骸を吹き飛ばす。


「コ、コイツら……ッ!」


 襲撃者らはまだ半数以上残っていたものの、たたらを踏んでしまった。


 魔族がいようと囲んでしまえばただの子供。その予想と大きく反して異常なまでに強い。


「『燐晄縫駆(ほうく)』!」


 そこへ容赦のない閃光が奔った。エーラだ。至近距離で放たれた『燐晄』は龍眼や戦闘民族の眼で以てさえ捉え切れない。


 都合3本射られた矢がわけのわからない軌道で襲撃者3名の首筋を灼き落とす。


 ゴロリと転がった仲間の首に彼らが怯えたところへ、ソーニャとラウラが一気呵成に魔術を叩き込んだ。


「『雷閃花』ッ!」


「『火炎槍』!!」


 樹状に走る稲妻が残った者達を感電させ、杖剣によって威力が増した灼炎の槍が黒塗りの騎士達を呑み込む。


「ぐあアァ――ッ!?」


「あぢッ、あぢいいイィ――ッ!?」


 一人は当たった場所が悪かったのか即死のようだが、もう一人は炎に巻かれながらも背を向けた。


 熔けた鎧に悲鳴を上げ、それでも生にしがみつこうと、みっともなく逃げ出す。だがその願いも空しく、振るわれた長刀の白刃によって彼の首は刈り取られた。


「レーゲンさん!」


 アルが安堵の声をあげる。あの騎士を倒したのはレーゲンの大刀(だいとう)だ。その後ろから他の5名も駆けてきた。少なくとも『黒鉄の旋風』は無事のようだ。


「お前ら無事だったか! すまねえ! 翡翠がいなかったら、もちっと時間かかってたぜ」


「ありがとう翡翠」


「カアッ!」


「何がどうなってやがる? 俺らのとこには餓狼が五十匹以上いやがった」


「こっちは三十匹以上です」


 再会早々アルとレーゲンは報告し合った。状況が逼迫している。先程から湖面の波音も超高圧水流の音も止んでいないし、地響きも続いていた。


「あの鳴き声? 悲鳴か? で戻ろうとは思ってたんだが連中がしぶとくてな。おまけにまるで怯まねえ。翡翠が注意を引かなかったらもう少し時間を食ってた」


 湖の方を見て森人のケリアが眼を細める。


「この振動はやはり――」


「ええ、蛟が暴れてるんです。それに誰かが首を引っ張ってる」


 アルは迅速に応えた。『黒鉄の旋風』の面々が「なんだと!?」「どういうこと!?」と目を剥く。


「とにかく止める手立てを考えましょう」


「そうだな、とりあえず蛟の方へ――」


 不忍大沼へ武芸者ら12名が足を向け、老夫妻も視線を向けた――瞬間。


 どこかの家から火の手が上がった。それも幾つもだ。


「ちょっと嘘でしょ!?」


 『黒鉄の旋風』副頭目のハンナが悲鳴染みた声を上げる。


「村ごとやる気かよ!」


 剣と盾を携えたヨハンも「クソッたれ!」と叫ぶと、隣にいたケリアが鋭い声を発した。


「多方面から襲撃だ! さっきの黒いのと――」


「餓狼までいる!」


 彼の恋人プリムラも同様に警告する。そこへ、昼間アル達へ声を掛けてきた猟師の男が走り込んできた。


村長(むらおさ)っ! どうなってんだっ!?」


 纏め役の代わりにレーゲンが手早く答える。


「誰かが蛟を襲ってんだ」


「はぁ!? んな馬鹿なっ!」


「本当らしいのだ……私達も黒い連中に襲われたのを助けてもらった」


 村長は沈んだように答えた。精神的な負荷が高い。彼らにとっては故郷だ。濛々と空へ昇り出した黒煙と俄かに赤く照らし出された村を見て途方に暮れてしまっている。


「まじかよ! どうすんだ!?」



 キュアアアアアアアアア――――ッッ!!



「水神様!」


「ヌシ様が!」


 他の住人達も慌てふためいて家から飛び出してくる。子供を抱えた親、老人、若い夫婦などさまざまだ。そこへ餓狼の群れが突撃してきた。


「っ! ふざけないで!」


「『燐晄縫駆』!!」


「「『風切刃』!」」


「『鎌鼬』!」


 すかさずプリムラとエーラの矢、そしてハンナ、ラウラ、アルの魔術が降り注ぎ、餓狼の群れをズタズタにする。


「早くこっちへ!」


 老婦人が叫び、住人達はようやくただ事ではないのだとの認識に及んだらしい。慌てて広場に駆けてきた。


 直後、マルクが別方向を見て、


「アイツら、まだいたのかよ!」


 吐き捨てるように叫ぶ。こちらもまた状況がわからぬ住人達へ、黒塗りの騎士共が迫っていた。


「『裂咬掌(れっこうしょう)』ッ!!」


 慌ててアルが魔術を起動してブゥゥゥンッと振り抜く。次の瞬間、岩で象られた拳が黒塗りの襲撃者をブッ飛ばした。


 正面からそこそこの質量の岩拳で打ち抜かれたせいで、骨の折れた者もいるようだが些末な問題だ。


 その間にソーニャと『黒鉄の旋風』の槍士エマが盾を構えて駆け、住民らを引きずるように広場まで誘導する。


 あまりにも酷い状況だった。


 十叉大水蛇は首を引っ張られて大暴れし、村は襲撃者共と餓狼によって荒らされ、家が燃えている。そして住人達には寝耳に水の状態だ。


 辛うじて対応できている武芸者ニ党ですら、何が何やらわかっていない。


 アルは歯噛みして、先輩頭目に視線を送った。レーゲンも後輩の意を汲んで頷く。


「俺らはお前らがやらねえ仕事をやる。先に決めろ」


「わかりました」


 ”鬼火”の一党の手が及ばぬところをフォローする、と『黒鉄の旋風』は言ってくれているのだ。彼らほど経験の多くないアル達では器用に立ち回れないので、この申し出はありがたいことこの上ない。


 アルはグルグルと思考を巡らし――――……決めた。


「皆、聞いてくれ。役割を割り振る」


 その決然とした声に視線が集まる。5人だけではなく、『黒鉄の旋風』も、近くに居た住民らまでアルを見た。


「エーラは屋根伝いに移動して餓狼と襲撃者を撃退。最悪仕留めなくても良い。足を狙って機動力を削ぐんだ。深追いはしないように。それと癒薬帯をラウラに預けといてくれ。怪我人の治療はここでやる。蛟にも近付き過ぎないよう、くれぐれも注意して」


「うんっ! わかった!」


 エーラが力強く頷く。『精霊感応』による軽快さと弓の腕を頼った指示だ。


「マルクは逃げ遅れたり、取り残された人の救助と襲われてる人達の保護。襲ってる連中はブッ飛ばして良いけど、拘らなくて良い。住民の救出優先で、怪我人がいたらすぐにここへ。鼻を活かして走ってくれ」


「おう、任せろ」


 マルクが人狼態のまま、ニッと唇の端を吊り上げてみせた。やる気は充分に漲っているらしい。


「凛華は初めに湖を半分くらい凍らせてくれ、上で暴れられるくらい。その後は翡翠と組んで敵の殲滅。翡翠、敵の多いところを重点的に教えてやってくれ」


「カアッ!!」


「それと、これ着てて」


 アルはそう言って凛華に龍鱗布を纏わせる。


 彼女の防衣の上から龍鱗布がシュルシュルと伸びていき、袖口の自由を利かせつつも首元や胸、腹をしっかりと覆うようにキュッと窄まって、襟のついたポンチョのように形を変えた。


「龍鱗布……わかったわ! 任せときなさい!」


 割り振った中で最も危険な役割だと判断したのだろう。凛華はアルの信頼も不安も感じ取って、不敵に笑ってみせる。


「ラウラとソーニャはここで住民の防衛。村の中で一番集まりやすいのはここのはずだ。『拡声の術』は使えるな? 声で誘導してくれ。それと逆にここから出ていくのを止めてくれ。人が散れば散るほど、マルクやエーラの負担が増える」


「わかりました!」


「任せてもらおう!」


 ラウラとソーニャは単独行動ではない。だが、魔族の3人のような特性を活かして動き回るような真似は、逆に彼らの負担になりかねない。


 その事実も、任せられた役割の重みも、彼女らはよくよく理解して気合を入れた。


 凜華が青い瞳に金の環を浮かべ直して、アルへ訊ねる。


「それで、あんたは?」


「蛟を止める」


「「「っ!?」」」


 端的に応えたアルの瞳が緋色へ、黎い髪が灰色へと変貌した。『八針封刻紋』を解いたのだ。


 その眼光の強さにラウラとソーニャは思わず息を呑み、魔族組が懐かしい気分になる。高位魔獣〈刃鱗土竜〉と初めて戦った夜も、彼の瞳はこんな輝きを見せていた。


「ハッ、任すぜアル」


「気をつけてね」


「無茶しないのよ」


「わかってる」


 魔族組はこうなった彼は絶対に何を言っても聞かない(諦めない)ことを重々承知しているので、無駄な問答はしない。


 一瞬とはいえ、呆けていたラウラとソーニャもすぐに口を開いた。


「信じてます」


「アル殿、頼んだ」


「うん」


 仲間との会話を交わしたアルがレーゲンの方へ視線を送る。


「ここ一番でそんな強ぇ目しやがって。嬢ちゃん達がお前を信じる理由がわかるってもんだぜ…………ふうっ、よぉし!! 俺とハンナは蛟を引っ張ってる不届き者をやりに行く! ケリアとプリムラはここら周辺を回れ! エーラ嬢ちゃんの手伝いと広場の守りだ! 余力がありゃ家の消火! ヨハンとエマはマルクと凛華嬢ちゃんが足を止めないでいいよう、住民の保護を優先して動け!」


「「おう!!」」


「「「了解!!」」」


 レーゲンは器用に後輩頭目の割り振りと被せた指示を出した。


「助かります」


 素直に頭を下げる後輩の頭をポンポンと叩き、


「良いってことよ。そんじゃ行くぜ!」


 『黒鉄の旋風』頭目がパッと駆け出す。


「はい!」


 アルとハンナ、更に凛華も後に続いた。


「我々も動くぞ!」


「「「「おおっ!」」」」「ええ!」「はい!」「ああ!」


 仲間を鼓舞したケリアも一番近い敵へと走り出し、残りの7名も追随するように動き出す。


 こうして闇夜の謀略へ、武芸者達の反攻が始まった。



 ☆ ★ ☆



 不忍大沼では未だ十叉大水蛇がグネグネと身を捩らせてのたうち回っている。



 キュアアアアアアアアア――――――ッ!



 轟き、ビリビリと腹を叩く啼き声を聞きながら、勢いよく駆け下りてきたレーゲン、アル、ハンナ、そしてすぐに追いついた凛華がよく通る声を発した。


「やるわよ!」


「頼む!」


 アルの即答に凛華は「すうううぅ~~……っ」と息を吸い込み、両手にも魔力を溜める。数瞬の後、両手を花のような形に広げて湖面へ向け――――。


「ふぅぅぅぅ~~~~っ!!」


 と吹雪の如き雪混じりの冰気を息吹く。


 ヒュオォォォ――ッ! と、吐き出された凍てつく息と両手の冰属性魔力が湖面を滑るように渡っていく。


 変化はすぐに起きた。


 初めに波に、次いで湖面に白霜が降りていき――……最終的に水面下5m(メトロン)ほどまでの湖水が真っ白に凍結した。


「す、すご……っ!」


 ハンナが思わず呟くなか、蛟がいる手前まで出来上がった冰の大地へ、アルが恐れることもなく踏み出す。


「ありがと凛華! 気を付けて!」


「あんたもね!」


 後ろ手に叫ぶ頭目へ凛華も踵を返し、


「翡翠! 頼んだわ!」


「カアカアッ!」


 上空の夜天翡翠へと呼び掛けながら駆けて出す。


「……っと、行くぞ!」


「そうね!」


 人間ではあまりに非効率な荒業に呆けたのも一瞬、即座に意識を切り替えたレーゲンとハンナも走り出した。


 十数秒もせぬ内にアルへ追いついたレーゲンは、ようやく判然とした光景に呻く。


「こりゃ……ひでえ」


 湖面に横倒しで浮かんだ蛟の頭へ、幾つもの銛や杭が撃ち込まれていた。石突には鎖が繋いである。


 そしてそんな非道な行為に手を染めていたのは、先程倒した黒塗りの鎧をつけた騎士共であった。


「あんた達! なんてことして――――ひゃあ!?」


 激怒の声を上げたハンナだったが、途中で悲鳴に変わる。


 隣を駆けるアルが両手に炎属性魔力と雷属性魔力を溜め、跳び上がりながら両掌を合わせて混合属性魔力――蒼炎雷を生成し、着地寸前で放ったのだ。


 球状に圧縮された蒼炎雷がバチィ――ッと放電(スパーク)を残しながら轟ォォッと冰の大地を滑るように(はし)る。


 直後、迸る異常な熱量は蛟を繋いでいた鎖を尽く熔かし、ついでと言わんばかりに黒塗りの騎士共をも呑み込んだ。


「ぐあああああ――ッ!?」


「熱い熱いィィッ!」


「誰かあ――ッ! 俺のォ! 俺の足が、誰かあぁぁッ!?」


 阿鼻叫喚だ。声を上げられるのはまだ被害範囲の端にいた者らで、それ以外は声すら出せずに灼け死んでいる。


 それらから視界を切ってアルは蛟を見上げた。


(これで蛟は解放されたはず)


「な……!?」


 しかし、蛟は変わらず暴れ続けている。湖面に浮いていた一本の鎌首までも弱々しく動き始めた。


「なんで……? まさか毒?」


 血で濁った鱗が痛々しい。杭や銛に毒が塗られていた可能性は大いにある。不安を覚えたアルが慌てて駆け寄って、


「他にもどこか怪我を――」


 思わず鎌首へ手を触れようとした――その時だった。


 蛟の瞼がカッと開かれ、金色(こんじき)の瞳と目が合う。


「っ!?」


 アルは直感的にヤバいと悟った。金の瞳に明確な敵意が滲んでいたからだ。


「よせ蛟! ――ぐッ……!? うぉあッ!?」


 起き上がりざまに振り回された水竜の鎌首がアルの胴に直撃する。


「ぅあぐ、ぐぅぅぅ~~~~~~ッ!?」


 遠心力が強すぎて磔状態のまま抜け出せもしない。


「「アルクス!?」」


 顔を青褪めさせて叫ぶレーゲンとハンナの後ろで、ドカッと何かを蹴る音がした。


「おほ~っ、危ねえ危ねえ。世の中にゃあ、とんでもないガキもいるもんだなぁ。氷の次は火と雷ときたもんだ」


 緊張感のない声音だ。レーゲンが大刀を、ハンナが幅広直剣(バックソード)を構える。


 起き上がった黒塗りの騎士は兜が凹んでいたのか脱ぎ去ると、冰の大地へポイッと投げ捨てた。白冰の照り返しで男の顔が露わになる。


「お前は……!」


「お? 何だあんちゃん。俺のこと知ってるのかい?」


 40代後半の贅肉のない痩身中背、黒髪を適当に束ね、細い顎に無精髭を生やした中年。その男は楽しそうにレーゲンへ訊ねた。


「協会の手配書に載ってる。”叛逆騎士”ハインリヒ・エッカートだろ」


「協会? ああ、あんちゃん達武芸者か。しかし手配書に載ってるたぁ、急ぎ働きでもしたかねぇ」


 髭をザリザリと撫でる男――ハインリヒ・エッカートが考え込むような仕草を執る。


「”叛逆騎士”? じゃあコイツが」


「ああ。二十年前、伯爵家に仕える騎士になった一週間後に同僚、使用人、子供も関係なく主の一家を皆殺しにしたっていう外道野郎だ」


 ハンナが目を向けると、レーゲンが呼び名の由来となった事件を語った。


「だから”叛逆騎士”ねぇ…………けどなァ、”叛逆”ってのもおかしな感性してると思わないか? だって……く、くくッ、かははははははッ! 俺は”叛逆”なんてしてないんだぜ? ひいぃひッひッ! 『なんか面白いことねえか?』って訊かれたから殺してみただけ! はははははははッ! いやァお笑いだった! あん時は傑作だったよ! アイツ、最後まで『なんで……なんで……?』ってさァ!」


 ハインリヒが心底から楽しそうに思い出し嗤いをする。ハンナは己の背筋が泡立つのを感じた。


 ――コイツは違う。そこいらの悪党と()()()()()()()()()()()()()()()


「今回のは全部てめぇの仕業だったってワケか。ま、年貢の納め時ってやつだ。諦めな」


 レーゲンが両手持ちした大刀の切っ先を”叛逆騎士”に向ける。


「おいおい、あんちゃん。俺が三等程度の武芸者に取っ捕まると思ってんのかい?」


 ハインリヒは適当に死体を蹴り転がして、その腰から黒塗りの直剣を引き抜いた。


「いいや、てめぇの腕自体は大したことねえって聞いてるぜ。それに”捕らえる”とは一言も言ってねえ。生死問わずのお尋ね者だ」


 ハンナも幅広直剣(バックソード)を向ける。


(そうよ、生死問わずなら容赦は要らない)


「かッ……はははははッ! 生き急いでる奴ァ嫌いじゃあないぜぇ? あ、生き急いでるっていやァさっきの坊主――動かなくなっちまったけど? ひゃはははははッ! まぁ人生そんなもんだわなぁ!」


 ハインリヒが額に(ひさし)を作るように2人の背後を覗き込むような仕草を執った。


「な……ッ!?」


 その視線、その言葉にレーゲンは思わず首を後ろ向かせてしまう。


「レーゲン!!」


 その瞬間、ハンナの叫びと背筋を貫く殺気にハッとしたレーゲンは咄嗟に大刀を構えた。


「くっ……チイッ!」


 そこに容赦なく突きこまれた直剣の刃が右頬を斬り裂き、血飛沫が上がる。


「いかんよぉ? あんちゃん。敵の目前で目ぇ逸らすなんてさぁ」


「や、かましい!」


 怒りを滲ませたレーゲンは裂帛の気合を込めて”叛逆騎士”を蹴り飛ばした。


 直剣の鍔でそれを受け止めたハインリヒが楽しそうに嗤う。


「姉ちゃんは随分そっちの男に気があるんだねぇ? くくッ、ソイツの首にゆ~っくり刃を入れていったら姉ちゃんは一体どんな顔するのかねぇ? なぁ、気になるだろぉ~? レーゲン?」


「てめえに名前呼ばれる筋合いはねえんだよッ!」


「そんな未来、訪れさせないわよッ!」


 いっそ嬉しそうなまでに嗤う”叛逆騎士”ハインリヒと、怒りに燃えるレーゲンとハンナの2人組が激突した。



 ☆ ★ ☆



 吹き飛ばされたアルは冰の大地にガガガ……ッと叩きつけられ、身体を削られるような痛みが全身を苛む。


「ぐぅぅぅ~……はっ!?」


 が、即座に勢いを利用して立ち上がった。


「蛟よせ!! 落ち着け!!」


 冰上を滑っていくアルに別の首が噛みついてきたからだ。ギリギリ横っ飛びに避けると、今度は別の鎌首が超高圧水流(ブレス)を噴射してくる。


 噴水を綺麗に断ち割ったとんでもない圧力の水流だ。とてもではないがマトモには受けられない。


「く、う……ッ!」


 アルは蒼炎を一瞬だけ轟ォォッと放って水流と相殺させ、その隙にスレスレで飛び退いて躱した。


「レーゲンさん達が……!」


 視界の端では先輩一党の頭目と副頭目が怪しげな雰囲気の男と戦っている。


(早く蛟を止めないと!)


 その瞬間、金色の瞳が殺意を滲ませた。ハッとしたアルが転がりながら両手から蒼炎を噴射する。


「うぐッ!」


 ボウッと噴き出してバーニアの役割を果たした蒼炎は、アルをそこそこの距離移動させること自体には成功した。しかし、直後に落ちてきた蛟の牙との距離はあと数歩もない。


(あんなの綺麗(モロ)直撃は貰え(喰らえ)ない……!)


「けど――なんで暴れてる!? 原因は一体なんだ?」


 蛟は完全に怒り任せな攻撃を仕掛けてきているわけではない。直感的にだがそう感じたアルは、その原因を探りながら凍結した湖面をジグザグに駆け回る。



 ☆ ★ ☆



 〈ドラッヘンクヴェーレ〉の村内を疾走るマルクは人の匂いを辿り、既に4人ほど救出していた。


 餓狼に襲われかけていた若い夫婦を護り、怯える少年に剣を向けていた黒塗りの騎士の首を引き裂き、燃える家屋に取り残されていた少女を救け出した。


 それでも、そこかしこから聞こえる悲鳴は止まない。 


「あれは……!?」


 跳び上がった先の塀から見下ろすと、若い女性が黒塗りの騎士に馬乗りになられていた。顔も殴られている。


「チッ、下種が!!」


 怒りの湧いたマルクは降りざまにソイツの顎先を蹴り飛ばし、そのまま首を落とす。


「ひっ! こ、殺さないで……!」


 呆気なく騎士を殺した人狼に若い女性は怯えたが、マルクも慣れたものだ。


「武芸者だ。認識票、見えるだろ?」


 首から提げている認識票を引っ張って見せた。


「あ……あの、ご、ごめんなさい。ありがとうございました」


 よくよく見れば若いといってもまだ20歳にもなっていなさそうな女性だ。


「気にしてねえよ。あんた、中央広場はわかるか?」


「は、はい」


「今、村の住人は皆そこに集まってる。俺らの仲間がこの連中から護ってくれるから、あんたも急いで行きな」


「あっ、あの! お、弟を見ませんでしたか?」


 気丈にも女性はマルクへ訊ねた。乱暴されかけたというのに強い女性だ。


「弟? 背丈とか、どれくらいのだ?」


「えぇっと、背はこのくらいでまだ八歳なんです」


 女性の腰より少し高いくらいの背丈らしい。先程マルクが助けた少年はもう少し大きかった。


「……悪い、見てない。けど動いてるのは俺だけじゃねえから、もしかすると助け出されてるかもしれねえし、まだかもしれねえ。とりあえず広場に行ってくれ。探そうにもあんたがここにいたら俺も動けねえからな」


「は、はい。わかりました」


 緊急事態だと理解できているらしい女性が肩を落としながら、トボトボと広場の方へ足を向ける。


「あんた……あー、何とか探してみるから安心しろ」


 マルクはなんとなく不憫になって声を掛けておいた。


「っ! ありがとうございます!」


「おう、仕事だからな」


 そう応えてマルクはタンッと塀に跳び上がる。そこから少し離れた屋根の上ではシルフィエーラが矢を乱れ射っていた。



 ☆ ★ ☆



 エーラは家から家へと身軽に跳び移りながら、複合弓を半弓――速射型に切り替える。


「『燐晄縫駆』! ってもう! キリないよ!」


 放たれた5射が黒塗りの騎士の首を灼き射貫き、餓狼の足を消し飛ばした。


「あそこだ! 撃て!」


 襲撃者らが魔術や属性魔力を放とうとするが、既にエーラはそこにいない。


 同じ位置から射掛け続ける射手など素人も良いとこだ。『燐晄』を放つと同時に別の家の屋根に移っている。


 エーラは敵の死角に隠れたまま、瞳を鮮緑に輝かせた。途端、複合弓がギュルギュルと和弓――精密・長距離型へと変形した。


 すぐさま真上へと矢を放つ。


「『燐晄驟墜(しゅうつい)』!!」


 彼女専用独自魔術『燐晄』は3つあるのだ。複合弓が変化させられる3つの形状にそれぞれ一つ。


 『燐晄驟墜』はその中でも長距離型を扱う際、より長距離に矢を飛ばす為に創られたものだ。


 ヒュウゥゥゥ――――ッ! と、天へと放たれた光を纏う計10本の矢が上空で風に乗って急速反転。耳長娘の思い描く軌道を描きながらストトトトト……ッと真上から降り注ぐ。


 狙われた襲撃者らは警戒する間もなく、糸の切れた人形の如くガクリと頽れた。


 落下の重力加速度も乗って加速するこの矢は、目標の頭蓋から体内を通って地面にまで貫通する。『燐晄縫駆』より貫通力ならこちらの方が上なのだ。


 精霊が新たな敵の位置を伝える。


「よし次!!」


 エーラは湖の方から伝わってくる振動をあえて無視して屋根を疾駆した。



 ☆ ★ ☆



 上空で黒濡れ羽をはためかせた夜天翡翠が啼く。


「こっちね!」


 凛華は疾走しながら『流幻冰鬼鑓(ひょうきそう)』を発動した。


 ――見えた、あの()()ね。


「武芸者だ!」


「潰せ!」


「潰れるのは……! あんた達よッ!」


 黒塗りの騎士達が直剣を振り上げるのに合わせて、ダンッと一気に踏み切った凛華が中心にいた騎士を2人串刺しにして絶命させる。


 尾重剣は心臓を綺麗に貫き、白く凍てつき始めた(かばね)2体はブウンッと豪快に振られたことで傍の襲撃者らへ叩きつけられた。


「コ、コイツ――ぎゃあっ!」


「押さえ――ゲはッ!?」


 胸部を中心に砕けた仲間の死体をぶつけられた黒塗りの騎士共が怯む。


「どきなさい! でぇああああッ!」


 右半身ごと大きく引き絞った『冰鬼鑓』が『冰鬼刃』に転じると同時、凛華は大きく左に一回転しながら薙ぎ払いを繰り出した。


 アルの『蒼炎嵐舞』を見様見真似でやってみたのだ。間合い(リーチ)に違いがある為、さすがに空中で突撃しながらは難しいが術理自体は理解している。


「ヒィ――ゴぶッ!?」


「ゲゃああ……ッ!?」


 白銀を纏った尾重剣は襲撃者らの胴体を斬り裂き、引き千切るように吹き飛ばして村の一角を冰漬けにした。


「ま、悪くない剣技ね」


「こ、この化け物がぁっ!」


 ふふん、と笑う鬼に騎士は直剣を突き込んだが、凛華は重量級の武器を力任せに振り回しているわけではない。


 ブォンブォン! と、尾重剣を手元でヘリのローターのように回転させ、突きを紙一重に躱しざま、刃を軽く押し当てた。


 次の瞬間、自棄になって襲い掛かった騎士は回転していた尾重剣に膝裏から足を断ち斬られ、回転を止めてヒュ……ッと振り抜かれた刃に首をスパンと刎ね飛ばされる。


「ふうっ、翡翠! 次よ!」


「カアー!」


 凛華は休む間もなく戦場と化した〈ドラッヘンクヴェーレ〉をひた走る。



 ☆ ★ ☆



 中央広場には続々と住民達が集まってきている。正直、ラウラとソーニャだけでは手一杯だ。


 集まりやすい三叉路のようになっている広場は、逆を返せば敵も来やすい。


 それでもアルは集まりやすさを選んだ。避難してきた村民らが、新たに避難してきた村民らを救けられるように。


 防衛対象すら働かせようとするそこそこ無茶な策だが、この状況に於いて最も人命を優先した策でもある。


 だからこそ村長は協力的で――ゆえにこそ、ラウラもソーニャも踏ん張るのだ。


「『火炎槍』ッ!」


「『雷閃花』!!」


 同時に放たれた魔術がそれぞれの敵へと目掛けて飛翔する。ラウラの『火炎槍』が餓狼のひと塊を吹き飛ばして炎上させ、ソーニャの雷撃が騎士一人の目を灼いた。


「ぐぉぉぁああああ!?」


 目を押さえて悲鳴を上げる襲撃者へ、


「たあああッ!」


 ザッと踏み込んだ”姫騎士”が喉仏を斬り捨てるように長剣を振るう。


「カヒュ……ッ!?」


 杖剣を持っていないので義姉のような威力は期待できないが、度重なる稽古のお陰で1対1――おまけに目をやられた襲撃者相手なら勝利は拾える。


(マルクに較べれば、遅いな!)


「だが数が多い!」


「嬢ちゃん達、頑張れよ! 俺らも出来るだけ援護するからな!」


 猟師らも各々の弓を番え、襲撃者共や餓狼の群れへと矢を射掛けていた。


 鬱陶しそうに防ぎ、刃を盾にして弾く黒塗りの騎士らであったが、急に吹いた風が彼らの首元を刺し貫く。


「げ、えッ!?」


「なんっ――いぎゃあ!?」


 突如首を押さえて倒れ込む仲間に目を剥いた騎士の喉と膝裏へ、変則的な軌道を描いた矢が突き刺さった。


「ケリアさん!」


「プリムラ殿!」


 逸早く気付いたラウラとソーニャがパッと希望に目を輝かせる。


「よく持ち堪えてたな二人とも! 後はヨハンとエマに任せて我々もここを守る!」


「エーラちゃん達も凄い勢いで敵を減らしてるから大丈夫よ!」


「良かった!」


「助かる!」


 ――これで少しは巻き返せる。


 ラウラとソーニャは頷き合うと魔力を温存しつつも、襲撃者共へ攻勢に出る。


 住民達も「怪我は自分達で手当てするから防衛に専念してくれていい」と言ってくれている。ありがたいことだ。


(このままいけばあとは……!)


 ラウラが琥珀色の瞳にグッと力を入れた瞬間。



「広場の皆!! 避けろ――ッ!!!」



 アルの叫び声が聞こえた。慌てて振り向いた住民達とラウラ達は凍り付く。


 蛟がこちらへ向けて超高圧水流(ブレス)を放っていた。


「なっ、く、避けろ! 避けるんだ!!」


 ケリアが彼らの頭を(はた)くように大音声を発する。


 ハッとした全員が慌ただしく動き出した。中には転ける者もいたが、人員のそう多くない村であったのが幸いしたのか、互いに庇い合ってなんとか広場の両端へと散った。


 コンマ数秒の差で超高圧水流(ブレス)がビシュウゥゥ――――ッッ! と広場の中央に達し、石畳を割る――が途中で変な軌道で上向いた。


 見ればアルが蛟の顎を風で吹き飛ばしている。


「あなた達無事!?」


 プリムラが叫ぶように問えば、住民達は真っ青な顔でコクコクと頷く。間一髪で全員生還していたようだ。


 広場の噴水はもうただの瓦礫となってしまった。思わず蛟に視線が行く。


 だが自分達への意識が逸れたと判断したのか、襲撃者共が何言か叫ぶ。


「おい! もうあれを投げろ!」


 その声にハッとしたケリアが見たのは、恋人に金属製の何かが投げつけられているところだった。


「プリムラ!!」


「プリムラ殿! ハッ……ラウラ!」


 ソーニャも叫び、次いで目を見開いた。ラウラにも何か金属製の輪っかのようなものが投げつけられていたのだ。


「えっ?」


「危ない!」


 咄嗟にケリアがラウラの盾となり、


「きゃあ!? な、なにこれ!?」


 プリムラが悲鳴染みた声を上げる。


 金属製の輪っか――片方しかない太い手錠のようなものがプリムラの首にカチンと嵌まっており、ケリアの腕にも同様のものが嵌まっていた。


「なんだ、これは――!?」


「今だァ! やれえぇいッ!!」


 黒塗りの騎士共が気焔を吐いて直剣を手に突撃してくる。


「チッ……!」


 ケリアはもはや当たり前になっている『精霊感応』で加速しようとして、


「なにっ!? くっ、プリムラ下がれ! 何かがおかしい!」


 風を纏うことができないことに気付いた。


「こっちも矢が……ていうか精霊が言うこと聞かない!」


「『雷閃花』ッ!!」


「だあああッ!!」


 動揺を隠し切れぬケリアとプリムラの代わりに、ラウラが大慌てで術を放ち、ソーニャが無理な体勢から長剣を振るって襲撃者共を追い払う。


 なんとか『雷閃花』は通せたが、剣は躱されてしまった。黒塗りの騎士共が醜悪に嗤う。この距離ならよく見える。


「ハッ、ざまあないぜ魔族が! てめえら磨り潰してや――るぅああッ!?」


 しかし調子に乗れたのは、そのほんの刹那だけであった。


 背後から駆けてきた槍術士のエマが男の首を貫き、尋常ならざる捷さで飛ぶように駆けてきたアルが一瞬で3人の首を掻き切るように刈り落とす。


「クッソぉ! しぶてぇ!」


「なんなんだよコイツはぁ!」


 他の黒塗りの騎士共も喚くが、アルは流れるように抜き手も見せぬ蒼炎杭を投げつけ、突進した勢いのまま刃尾刀で喉を貫く。


「ふッ! はあッ!」


 そして刃を引き抜くと同時に隣の騎士へと間合いを詰め、膝蹴りを喉元へ叩き込んだ。


「お、お……げッ!?」


 そこへ駆けつけた剣士ヨハンがすかさず剣を振り抜く。ザックリと頸動脈をやられた騎士は程なくして崩れ落ちた。


「助かります!」


「いいってことよ!」


「ケリアさんとプリムラさんはどうしたんですか!?」


「精霊と対話できないの。これのせいだと思う」


 振り向いたアルは住民達の生存を確認して胸を撫で下ろしつつ、急いでケリアとプリムラへ駆け寄る。


「【精霊感応(まほう)】が使えないってことですか……!?」


「アルさん……傷だらけじゃないですか」


 ラウラは彼の袖や肩口が真っ赤に染まっているのを見て息を呑んだ。が、アルに己を構っている暇はない。


「この手錠みたいなものを投げつけられて、そしたら急に調子がおかしくなったようなのだ」


「手錠……? まさか……」


 ソーニャが一息に説明するとアルは一瞬考え込み、即座に『釈葉の魔眼』を発動した。緋瞳が肥大化し、虹彩に流星群が墜ちていく。だが――……。


「う、ぎ……っ!?」


 右眼と頭にガンガンとした鋭痛が走った。やはりこの手錠は魔導具の類らしい。


「魔眼……! アルクス、無理しないでも戦えなくは――」


「いえ、たぶん蛟の暴走も関係あるんです」


 プリムラの言葉を遮ったアルは明滅する右眼へ無理矢理魔力を流し込む。すぐにドクドクと血の涙が零れてきた。


「アルクス! 血が!」


「大丈夫です……!」


 ケリアの言葉も無視し、刺すような痛みを堪えて手錠に刻まれている鍵語を読み解いていく。


(急げ……!)


 エマとヨハンが頑張ってくれているおかげで今のところ邪魔は入っていない。が、蛟を放置したままだ。時間を掛けすぎるわけにはいかない。


「…………わかった。たぶん蛟も……!」


 やがて白目まで充血させたアルはポツリと呟いた。


「これが何かわかったのか!?」


「はい。でもケリアさん、すいません。少しの間耐えて下さい。ラウラ、前ソーニャが使ったっていう『蒼炎刃』使える?」


「は、はい、使えます!」


 ラウラが慌てて首肯する。


「ならプリムラさんの首輪の、こことここの鍵語をそれで削ってくれ。それで刻印術式の構成が崩れるはず」


 構成が崩れるとは、つまりこの手錠が意味をなさなくなるということ。


「こことここ、ですね」


 ラウラは真剣な顔で、プリムラの首に嵌まっている手錠に彫り込まれた鍵語を覚えた。


「うん。その間、ソーニャはヨハンさんとエマさんの援護をしててくれ。ケリアさん、行けそうならその状態で時間稼ぎお願いします。プリムラさんが終わればすぐそっちも解きますから」


「それで、これは一体どういう効果の魔導具なんだ?」


「読めたのは全部じゃないですけど……たぶんそれ、体外への魔力放出を妨げてるんです。でも効果はそれだけ。だから『妖精の()』は使えてるんです」


「魔力が放出できない? なるほど……そういうことか」


 あまりに当たり前に魔力を放出している魔族のケリアとプリムラにとってワケの分からない感覚だった。押し込められたような窮屈な感覚。


 魔力を放出できなくする手錠だとすれば、精霊が見えるのに対話できないことにも説明がつく。


「ラウラ、頼んだ。俺は蛟のとこに戻る。たぶん、蛟も同じものを嵌められてるはずだ」


 アルは血の涙を拭いもせず、そのまま駆けていった。


「アルさん……!」


「大丈夫だ。あいつは強い」


 ケリアは彼女の肩に優しく手叩いた後、柳の葉っぱのような形状の剣を抜く。体外への魔力放出ができないのなら、体内で使えばいい。


「戻ったか!」


 ヨハンが快哉を上げると、ケリアは否定した。


「いいや、まだだが謎はアルクスが解いてくれた。今は時間稼ぎに集中する!」


「なんだかわかんないけど了解だよ!」


 エマは少々蓮葉な口調になりながら襲撃者らへ槍を向けた。


「私もやるぞ!」


 右半身を前に出したソーニャが左の盾を後ろ気味に構え、防御を重視した戦闘型(バトルスタイル)から攻撃を重視した戦闘型へと切り替える。


「ハアッ!」


 一直線に駆けたケリアは気合一閃、()()を体内で生成し、勢いよく葉状剣を叩きつけた。


「チッ…………は? う、ぎゃああああッ!?」


「な、なんて馬鹿力してやがんだ!」


 防ごうと上げた騎士の腕が力づくで斬り落とされる。


 更にエマが槍衾のように槍を素早く連続で突き出して面で牽制し、そこへソーニャが大きく動きながら長剣を振るった。


「ク、クソぉ! 武芸者共が!」


「うおらぁッ!」


 そこへヨハンが剣を突き入れ、


「ふッ!」


 霊気を体内に巡らせたケリアが剣を振るう。鎧の隙間に突き入れられた葉状剣が襲撃者の首を断ち斬った。


「なっ、なんで殺りきれねえんだよ!? 相手は寡兵だぞ!? 押せ! 押せえっ!」


 黒鎧の騎士らが悲鳴染みた怒号を上げる。


 その光景を横目にラウラはプリムラへと向き合っていた。彫り込まれた刻印を削るのに、威力を高めてしまう杖剣は使用できない。


「『蒼炎刃』っ! プリムラさん、いきます」


「ええ、多少の火傷なら構わないからね」


 ラウラが指先に作ったバーナーのような蒼炎を、プリムラが大人びた笑みをニッと浮かべて受け入れる。その顔に怯えはなく、信頼してくれているのがありありと伝わってきた。


(大丈夫っ! 少しずつ……少しずつ……っ!)


 奥歯をグッと噛み締めたラウラがゆっくりと彫り込まれた鍵語を熱していく。


 剣戟の音は、まだ止みそうになかった。

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