3話 水竜の村〈ドラッヘンクヴェーレ〉と餓狼の襲撃
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
なにとぞよろしくお願い致します。
合同依頼を請けた三等級武芸者一党『黒鉄の旋風』と”鬼火”の一党ことアルクス達は現在、湖からほど近くに居並ぶ立派な鹿角を飾った宿へと荷物を置いて、不忍大沼の畔にやってきていた。
誰が言いだしたわけでもないが、仕事の前に有名だと言われる件の湖を見物しておきたくなったのである。
宿の案内に掲示されていた通り、不忍大沼は中央噴水広場から降りてすぐのところにあった。
もしかしたらヌシとやらも拝めるかもしれないし、餓狼は夜行性なのでそう急くこともない。見に行かぬ手もないだろう。
「かなり広いんだねぇ~。でもこんだけ寒いのに湖面? 水面は凍ってないね」
視界を圧迫しないほどの雪が舞い降るなか、シルフィエーラは「うひゃあ~」と声を上げた。尖り耳が寒かったのか短外套の頭巾をすっぽり被っている。
彼女の言う通り、大沼と言いながら完全に湖の様相を呈している不忍大沼の全長はおよそ16km、深さは最長18kmもあるらしい。それも宿の案内に載っていた。
「ほんの少し流れがあるみたいですよ。凍ってないのはそれが理由じゃないでしょうか?」
ラウラが湖面の端の方を指す。僅かな水流が見えた。
「ホントだ。だからだったんだねぇ」
なるほど~、と納得する耳長娘の隣で、凛華は頻りに視線を巡らせていた。
「ヌシってのはいないのかしら? 見てみたいわ」
「どうだろ、寝てるんじゃない? ――って翡翠?」
呑気に応えたアルの左肩から三ツ足鴉が急に飛び立ち、湖面の上空を旋回しだす。
「カアー、カァー!」
「翡翠のヤツ、魔力発してねぇか?」
呼び掛けるように啼く夜天翡翠を見ていたマルクガルムが気付き、
「む、そうなのか? 薄っすらとしかわからん」
ソーニャはむむっと注視してみるも、感知できたのは僅かな反応。微弱と云うより淡い。そんな具合な魔力だ。
「いや、薄っすらで合ってる」
アルがそう応えた時だった。静かだった水面が唐突に、猛烈な勢いでザバァァ――ッと持ち上がった。
「うわっ!?」
顔を出したのは長い鎌首を何本も持つ大きな水竜。
――この水竜がヌシ?
「おぉ……っ!」
思わずアルは見惚れてしまう。
凛々しい蛇のような面立ちに、白く長い髭と鬣。一つの胴に何本もある長首と尻尾。鱗は淡い水色で透き通った湖面よりも更に透明だ。
まるで豪奢な装丁の創生絵巻から抜け出してきたようなその威容に言葉も出ない。
「わぁっ! あれがヌシ!? 凄いわよアル! 大っきいしカッコいいわね!」
瞳をキラキラさせて真っ先に感嘆の声を上げたのはエーラではなく凛華だった。
彼女はこういうちょっと危ないんじゃ? と、思われるくらいの魔物やギリギリ触れ合える魔獣が大好きなのだ。勿論、害がないというのは大前提だが。
4人が夜天翡翠を迎えた時もやたらと可愛がっていた。ちなみにエーラは触れ合える生物なら基本大好きである。
「うん…………凄い。多頭の水竜だったんだね」
意識を引き戻されたアルはグイグイ引っ張られながら水竜を見上げた。
「わはぁ……っ! 八つもある! 頭が八つに尻尾も八本だよ!」
エーラも楽しそうにはしゃいでいる。
――八岐大蛇が実在していたらあんな感じだったのだろうか?
と多頭の水竜に圧倒されながら頭の片隅でそんな考えが湧く。
「何回見てもヤバい迫力だよなぁ」
「レーゲンったら初めて見た時なんか驚いて尻餅ついてたもんね」
「何年前のこと持ちだしてきてんだよ」
「ヨハンが私を盾にしようとしたこと、まだ忘れてないよ」
「いい加減忘れろ」
「凄絶な光景だ。魔力も並じゃない」
「ホントね! 翡翠ちゃんも楽しそう」
首の間を抜けて遊ぶ夜天翡翠と、それを嫌がるでもなく戯れる水竜を前に『黒鉄の旋風』の面々がそんなやり取りを交わす。
「す、凄い迫力ですね。なんと言う魔物なんでしょうか……?」
ラウラも幻想的ですらある水竜の姿に吞まれながら呟く。
「十叉大水蛇さ。もっとも俺達は蛟様だとか水神様だとかヌシ様って呼んでるけどな」
その呟きを拾って応えたのは”鬼火”の面々でも『黒鉄の旋風』の6人でもなかった。
背後にいた黒い髭をぼうぼうと生やしている男だ。熊の毛皮らしきものを着込んでいる。
「猟師の方ですか?」
アルがすかさず問うと、男は小ざっぱりとした笑みを浮かべた。
「おや、わかるのかい?」
「気配が薄かったので」
「足音もほんの少ししかしてないもんね」
アルとエーラの返しに猟師の男は気を良くしたらしい。
「へへへっ、いやあ森人のお嬢さんにそう言われるなんて光栄の極みってやつだね」
「蛟って?」
凛華は魔物の愛称の方が気に掛かったようだ。
「ん? おうそうさ。”蛟”ってなァ、どっかの古い国の言葉でな。水を司る竜神のことだって聞いた昔の村人達がそう呼び始めたのさ。だから俺らも物心付く前から蛟様とか水神様って呼んで親しむようになるんだよ」
猟師の男は〈ドラッヘンクヴェーレ〉の誇りとして十叉大水蛇を紹介した。相当慣れ親しまれているらしい。
「丁度良かった。我々は依頼で来た武芸者なんですが」
「ははっ、見りゃあわかるさ。全員俺より強そうだからな」
身分を明かすレーゲンに猟師が快活な笑みを寄越し、返答を待たず更に続ける。
「餓狼の群れについて詳しい話を訊きに来たんだろ? こっちも頼んだ以上はちゃんと言っとかなきゃいかんと思って探してたんだよ」
「あ、そうでしたか。とんだご足労を。仕事の前に十叉大水蛇を見ておきたかったもので」
「構わねえさ、ここの自慢だからな。見たいって言われて気を悪くする連中なんていねえよ」
丁寧に対応するレーゲンへ男は誇らしげに笑った。
「それで餓狼の群れというのは大体どの方面から、どれほどの規模で来るんでしょうか? 農地を荒らされたり他に被害が出たり、と言うのは――?」
猟師はその質問に『これが等級の高い武芸者か』と内心で感心する。
情報というのは重要だ。敵を極力知ろうとするその姿勢は猟師の己と通ずるものを感じた。
「大体、東門と宿付近の裏手の森だな。今のところはどうにか抑えてられたが、数がどんどん増えて来てる。最初は四匹くらいの群れだったのが、今はもう八匹ずつくらい纏まって現れやがるのよ」
「東門というと、街道に面してるあそこですか?」
「ああ、たぶん君らが通ってきた門だよ」
「なるほど」
頷いてみせたレーゲンが思案顔でアルの方へ視線を飛ばす。他に聞きたいことがあるのなら聞いておけ、と彼の眼は言っているがアルは軽く首を横に振った。
気になることはあったし、やっぱりキナ臭いということだけは確信したが、如何せん情報が足りない。
「どうもありがとうございます。今夜から我々もここの周辺を回りますから、他の猟師の方にもそのようにお伝えください」
「おお、ありがとよ。ここんとこ毎夜だったから本当に助かるぜ――ってうおおっ!?」
猟師の男は嬉しそうな笑顔を浮かべ、直後その表情を一転させて仰天した。
「ん?」
猟師の視線と背中の軽い衝撃でアルが振り向くと、そこには鎌首をもたげた十叉大水蛇の顔があった。どうやらその凛々しい顔で背中を小突いていたらしい。
「おわっ!? びっくりしたぁもう」
害意が毛ほども感じられない。巨大な金色の瞳を見つめながらアルは十叉大水蛇――”蛟”の鼻先を撫でてみた。
「おぉ……」
鱗はスベスベで触り心地が良く、ひんやりしている。
「にしても大人しいんだなぁ。翡翠が連れてきたのかい?」
戯れて満足したのか、定位置である左肩へ留まった使い魔に訊ねた。
「カア? カァ~」
「ビックリしたぜ。大人しいっちゃ大人しいがそんな簡単に触らせてくれないはずなんだがな」
猟師の男がそう言うと、
「アルが龍人族の血を引いてるからじゃない?」
凛華がありそうな説をあげる。手をわきわきさせていた。自分も触ってみたいらしい。
「龍鱗布を纏ってるからかも」
エーラの説も大いにありそうだ。アルの母トリシャは強い龍人として〈隠れ里〉でも有名である。
「どっちもなんじゃね? つーかソーニャ。お前ビビり過ぎだろ」
「う、うるさいっ。ここまで大きいとは思わなかったんだ!」
マルクの陰に隠れているソーニャは蛟の大きさに怯えていた。外套を掴んで離してくれない。
「君は龍人族だったのか。珍しい種族が武芸者になったもんだなぁ」
猟師の男も初めて見る状況に感心したような声を上げる。
「ソーニャちゃんの反応、昔の誰かさんに似てるわね?」
『黒鉄の旋風』の副頭目ハンナがニヤニヤしてみせると、レーゲンはバツの悪そうに頬を掻いた。
「う、うっせえやい。大体お前もあんときは『ヒイッ!?』とか言ってたろ」
「い、言ってないわよ!」
「言った」
「空耳よ!」
「んなわけあるか!」
犬も食わない夫婦喧嘩のようなやり取りを聞き流した凛華が、青い瞳をキラッキラさせて龍鱗布の裾を掴む。
「ね、ねぇアル! 触ってもいいかしら!?」
「俺に言われてもわかんないよ。悪い気がないんなら良いんじゃない?」
「そ、そう? じゃ、ちょっと触るわよ? いい? ……お、おぉ~! あなたスベスベで気持ちいいわね!」
「あ、いいな! ボクもいーい? わはぁっ! ホントだ! 気持ちいいねぇ~」
「私もいいですか? ……ほぁ~、近くで見ると案外可愛らしい顔してるんですね」
「君ら初めてだったのか? 勇気あるなぁ」
アルの腹に鼻先を擦りつける蛟を凛華とエーラ、さらにラウラが触って戯れている様子を、猟師の男は嬉しそうに眺める。なんだか心が洗われるような光景だ。
「あの二人は魔物と戯れたりすんの好きだもんなぁ。ラウラは意外だったが」
「うむ。小動物なら昔の家で可愛がっていたんだが、ラウラがここまで大きい生き物と戯れているのは私も見たことがない」
「そうかい。んで、お前はいつまで俺の後ろに隠れてんだよ?」
「も、もうちょっと慣れる時間があっても良いじゃないか!?」
「いいけど、そういちいち怒鳴るなよ」
「うっ…………善処する」
「素直にうんって言え」
憮然とした顔をするマルクと”姫”部分が強く出過ぎた”騎士”少女は、どこかの頭目と副頭目のようなやり取りを交わすのであった。
* * *
蛟と戯れ、〈ドラッヘンクヴェーレ〉の中を見物している間に陽は暮れ始めていた。時刻は午後5時過ぎといったところだが、冬場なのでもうかなり暗い。
あれから幾人かの猟師に話を訊いたり、門を確かめに行ったりと、仕事がしやすいよう極力情報を集めて回った。
今夜はそれぞれ別れて東門で火の番と宿の裏手を回りながらの見回りだ。そこで餓狼の群れに備える。そんなわけで早めに入浴を済ませることにした。
”鬼火”の一党と『黒鉄の旋風』は不忍大沼から汲み上げ、濾過して沸かしているという風呂屋でそれぞれ男湯5名、女湯7名に別れて入浴中だ。
「里の風呂思い出すな」
「ホントだ。懐かしいなぁ」
どこか前世の銭湯を思い出す隠れ里と違い、こちらはもう少し観光客向けとなっていた。岩風呂に張られた湯からは湯気がもくもくと上がり、暗い空へ吸い込まれるように溶け出している。
男湯は露天風呂、不忍大沼を眺めつつ湯につかる旅館形式だ。帝都や規模のもっと大きな都市とは趣が異なっているのだがアル達にはこちらの方が馴染み深い。
女湯は周囲をみっちりと木の柵で囲い、そこへ被せるように植物が生えているらしい。
外観を損ねないようにしつつ、しっかりとした防犯対策も取られているようだ。露天との名称に嘘偽りもない。
「お前らの里って風呂屋もあったのか?」
「風呂屋って言ってもお金は掛かりませんけどね。家に小さな風呂しかない代わりに皆が入りに行くとこって感じです」
アルが説明してやるとレーゲンは「ほぉ~」と興味を示した。所変われば文化も違うものである。
「なるほどなぁ。それってケリアの故郷とはまた違う感じなのか?」
「我々はもっと北部の森にある集落で育ったからな。季節によって水浴びと暖かい家の風呂が半々だったな。個人の家で楽しむというか、好きに造ってた印象がある。魔法があるからな」
ケリアの説明に、ヨハンは非常に健全というか少々老成し過ぎた想像を働かせた。即ち緑の海を見ながら木の浴槽に浸かる自分の姿だ。
「木の浴槽か……それもオツかもなぁ」
「ああ、かなりいいぞ。多少手入れに手間は掛かるが」
「里も木でできた浴槽あったなぁ。親父が『匂いが良いから』ってよく浸かってた」
そんなことを思い出すマルクにアルもそうだったと頷く。
「ああ、マモンおじさんは木製の好きだったねぇ。桶とかもわざわざラファルおじさんのとこに頼みに行ったりしてさ」
「そうそう、家に親父専用の風呂道具があってさ。今気付いたけど拘ってたんだなぁ。風呂道楽ってヤツかね」
「ははっ、どこの親父も似たようなもんか。うちの親父もやたらと温泉だ入浴施設だって旅行行きたがってたからな。母ちゃんは『準備が面倒だ』ってボヤいてたけどよ」
「うちは逆だったなぁ」
レーゲンとヨハンは後輩の会話で幼少期の記憶を想起させられたらしい。何とも和やかな雰囲気の男風呂である。
そんなアル、マルク、レーゲン、ヨハン、ケリアが英気を養いながらのんびりと湯に浸かって談笑していると、
「おーい! レーゲーン!? アンタあんまり早く上がんのやめてよねー!? こっちまだ浸かったばっかりだからー!」
ハンナの無遠慮な大声が届いた。どうやら男風呂と女風呂は太めの壁一枚を隔てているだけらしい。
途端、レーゲンが突っ伏すように顔をバシャンと湯に叩きつける。
「……風情ってもんがねぇのか、あいつぁ」
顔を起こしたレーゲンの呟きを無視して、またもハンナの声が響く。
「ちょっと聞いてるー? ねーえー!」
「聞いてるよ! んな大声出さんでも聞こえとるわ! わかったから叫ぶのやめい! 恥ずいだろ!?」
「こっち私達だけみたいだから問題ないわよー?」
「そういう問題じゃねーんだよ!」
「なんなの? ったく、細かいわねぇ」
ブツクサ言う女性剣士の声が遠ざかっていった。
「あいつはどうしてこう、母ちゃ――」
レーゲンが羞恥に顔を赤くさせて愚痴り掛けたところ、
「奥さんみたいですね」
アルがブッコむ。言われた当人は噴き出した。途端にケリアとマルクがククッと笑い出し、ヨハンが少々怨みがましい視線を向ける。
「お、おいアルクス! てめぇ!」
「もうくっついちまえばいいじゃん。夫婦みてえな会話ばっかしてんだから」
気恥ずかしさから荒げた声を無視してマルクも追い打ちを掛ける。むしろどう見てもお似合いなのに恋人ですらないというのが不思議でならなかった。
「それがどうにも煮え切らんのだ、この男は」
「ケッ、とっととくっつきゃいいものを微妙な距離感で楽しみやがって」
ケリアが可笑しいとばかりに笑い、ヨハンが荒む。自分はそんな相手すらいないというのに、との怨嗟が顔に書いてあった。
「おっ、お前らまで! つーかヨハン、お前そんなこと思ってたのかよ!」
慌てるレーゲンに”持たざる者ヨハン”は唾でも吐き掛けそうな顔で叫ぶ。
「誰だって思うわァ!! いつまでも『いやでも、断られたら俺立ち直れねえし……や、やっぱこのままで……!』とか寝言ほざいてないで早く告白なり、結婚の申し込みでもしろよ! 見せつけやがってこのもじもじレーゲンがぁ!」
「おい一応俺、頭目だからな!? しかも年上だかんな!? あと的確に抉ってくんじゃねえよ! やめろよ! 刺さってっから!」
ヨハンの急所突きにレーゲンは酔っ払いの如く顔を真っ赤にさせた。
「そうやってツッコミに回ることで場を収めようとしても無駄ですよ」
必死の活路すらアルが一瞬でブッ潰す。
「お前はお前でなんてヤなこと言うんだ、やりづらいわ!」
しかし、この流れは変えられない。
――洗い浚いブチ撒けてみろよ。聞いててやるから。
『黒鉄の頭目』頭目にそんな視線が集中した。
「う……く、くそったれ……!」
とうとう観念したレーゲンが辿々しく語り出す。
「……いや、その、そりゃまあハンナは異性として好きだよ。マジ惚れしてるさ、そりゃ。けどヨハンに言われたみてえにさ、そのぉ……告白して? 断られでもしたら――今の距離感が崩れちまったらって思ったら恐えし、もしそうなったらこの一党どうなっちまうんだろうって思ったらさ。今の関係だって悪くはねえよなって……その、言い出せねえんだよ」
「ヘタレ」
「意気地なし」
「ずるずるレーゲン」
「ぐだぐだレーゲン」
即座にマルク、アル、ヨハン、ケリアの順で罵倒を飛ばした。
「わかってるよぉ畜生ォ! なんで十歳近く年下のガキ共に言い返せねえんだ俺ってやつァ!」
「まぁそう嘆くな。お前の悩みはよくわかったから。この依頼が終わったらひとまず告白してこい。な? それから先の事はまた皆で考えようじゃないか」
嘆く友の肩をポンポンと優しく叩きながらケリアが悪魔の如く囁く。悩みを聞いてもらえたと感じた根っこが正直者のレーゲンは思わず素直な返事をしてしまう。
「おう……そうだな。それが――って待て待て待て!」
「こりゃあ見物だぜ、アル」
「こっそり覗きに行こう」
「くっ、なんで俺は敵に塩を送っちまったんだ!」
完全に野次馬モードで悪戯小僧のようにマルクとアルがニヤリと笑み、ヨハンが「しまった畜生!」と怨嗟の声を漏らす。ケリアの笑顔は黒々としていた。
「こ、この腹黒が……っ!!」
「なぁに、これも友の為。憎まれ役なら買ってやろう」
「嘘こけこんにゃろう! 面白がってるだけじゃねーか!」
「しかしだ、レーゲン。一度言ったことはやるべきじゃないか? 武芸者に二言なしと言うだろう」
「いや待てって。い、今のはなしだろ? さすがに――」
「そうやってズルズルしてる内に誰かに貰われっちまうぞ。黙ってりゃ器量は良いんだから、黙ってりゃ」
「う……それは、そうだけどよ」
「レーゲンさん……! 俺ら、見守ってますから!」
「ああ、任しとけ」
「いやそれ俺の無様を見てえってだけだよな!? 守ってはねえだろ!?」
当事者を差し置いてやいのやいのと囃し立てる悪魔達。結局、レーゲンはせっかくの景色と温かい風呂をあまり楽しめないまま入浴の時間を終えるのだった。
ちなみに比較的長く入っていたという自覚のある男性陣よりも、女性陣は更に長風呂でその理由はあちらの耳長娘2人が、男湯の会話を逐一拾っては小声で再現するという小器用な真似をしたせいである。
ハンナは顔を真っ赤にして「え、えっ!? ちょ、え、どどどどうしよう……!?」とアワアワしたり、他の女性陣に散々揶揄われたりして逆上せるところだった。
後日、そのことを聞いたアルとマルクの2人。今後エーラのいるところで変な話はしない、と固く誓い合うのであった。
* * *
すっかり夜も更けてきて辺りが真っ暗になった頃。
今日は猟師も少人数しか見回りには出ないそうだ。ここひと月ほど餓狼の群れの攻勢に対応し続けていたせいで、体力と神経を著しく削っていたのだろう。
”鬼火”の一党と『黒鉄の旋風』は中央広場で二手に分かれることとなった。
アル達6名と1羽は〈ドラッヘンクヴェーレ〉の東門――つまり街道沿いの門へ。
『黒鉄の旋風』6名は森人が2名もいるということで、村人しか滅多に出て行かぬ宿の裏手の森方面へ。
「んじゃ頑張れよ。くれぐれも気ィつけてな」
後ろ手に手を振るレーゲンへ、
「ええ、そちらもお気をつけて」
アルもそう返す。
森の方はこの暗さじゃ視界が取り難い。三等級の先輩として気を遣ってくれたのは明らかだ。
アル達は纏め役に許可を貰っていたので、門の前で火を焚いて見張ることにした。今は【精霊感応】で編まれた椅子に座して、エーラの淹れた茶を啜るように呑んでいるところだ。
夜天翡翠には東門と森を大きく旋回するように翔んでもらっている。
「今夜も出るのだろうか?」
「どうかな。でも可能性は高いと思う」
ソーニャが問うと、アルは茶をチビリと呑みながら応えた。その声にはある種の確信めいたものがあるような含みがある。
「どうしてです?」
彼の様子に疑問を抱いたラウラが訊ねれば、
「猟師の数が減ってて、俺ら武芸者が今日ここに着いたばっかだからな。餓狼の群れをけしかけてるヤツがいるとすりゃあ今しかねえ」
マルクが親友の感じている確信の中身を言い当てた。
「そういうこと。少なくとも俺なら万全の準備なんて絶対にさせない。猟師はともかくとして、俺達は餓狼討伐を目当てに来てるんだから」
「ふむ。アル殿達はどうしてけしかけてる者がいると思うんだ?」
「多過ぎるからでしょ。餓狼は群れても多くて五、六匹くらいなのよ」
と凛華が言う。
「だね。喧嘩っ早いからあんまり多いと仲間割れ起こすんだよ。けど聞いた限りじゃ八匹くらいで群れてて、おまけにその群れがいろんな方向からひっきりなしに連日来るんでしょ?」
エーラが引き継ぎ、
「つまり、ソイツらを束ねてる群れの頭がいるってことさ。逆らう気が起きねえくらいの上位者がな」
マルクがそう締め括った。4人とも餓狼は害獣として散々駆除したことのある魔獣だ。生態にも詳しい。
ラウラとソーニャはなるほどと納得した。つまりアル達は明確な証拠こそないが、最初から襲撃だと考えているのだ。
「じゃあアルさんが難しい顔をしているのは――」
「敵の狙いがわからないから、か?」
彼女ら2人も頭の回転は速い。魔族4人の思考――つまり何者かの襲撃が一体何を目的としているのか?に考えが及ぶ。
「うん。餓狼は油断しなきゃどう戦ったって雑魚でしかないんだ。多少経験のある大人なら牙猪より簡単に追い払える」
2人に頷きつつアルは思考を反芻した。
餓狼を使って村を襲うというのはあまりに迂遠な手だ。その間に武芸者を呼ばれれば余計やりにくくなるし、何より成功率も低い方だろう。
だというのに連日のように村を襲わせる理由は何なのか?
そこがまったく以て解らないし、ヒントもなかった。
あるとすればあの鎖帷子を着込んだ商人だが、それだって解に辿り着く鍵にしては弱過ぎる。
「襲撃犯も目的もわかんないからずっとモヤついてるのよね」
凛華がザックリ纏めたがその通りだ。
「うん、せめてどっちか判ればなぁ」
アルも素直に肯定する。その時だった。
「カアカァッ!!」
「出たか」
「みたいだね」
「やりましょう!」
「うむ!」
「アル、指示は?」
「とりあえず門の外で処理する。村の入り口で血とか臓物が撒き散らされるのは、ここの人達からしたら迷惑だろうし、余計な魔獣を呼ぶかもしれないからね。あとは油断しないこと」
アルは指示を出してすぐに立ち上がった。門の外の暗がりから餓狼の群れが猛烈な勢いで走ってきている。
(数はひい、ふう、みい…………十一匹か)
その程度なら問題はない。
頭目が「やるぞ!」と声を掛ければ「おう!」「ええ!」「うん!」「はい!」「承知した!」と威勢の良い返答が返って来た。
「総員、状況開始!」
勇ましい号令と共に”鬼火”の一党が餓狼の群れを強襲し返すべく駆け出す。
~・~・~・~
一瞬だった。
アルが刃尾刀で2匹を斬り捨て、マルクが1匹の首根っこを折って、もう1匹を蹴り殺す。
凛華が尾重剣で一振りすれば更に2匹が千切れ飛び、エーラの一射で1匹が目を貫通して脳をやられ、もう一射でもう1匹の心臓と、更にもう1匹の足が貫かれた。
そこへラウラの『火炎槍』が飛んできて消し飛ばし、もう1匹が『雷閃花』で黒焦げになってのた打ち回る。
ソーニャは飛んできた餓狼に正確に盾を突き出して逆に頸骨を折り、返す長剣でのた打ち回っていた1匹の心臓を一突きした。
――息をつくほどもない。
アルがそう思ったところで、エーラの声と夜天翡翠の啼き声が重なる。
「あそこ!」「カアッ!!」
指差された方角を向いて汚れた毛皮を補足し次第、
「しッ!」
アルは蒼炎杭をビッと投げた。正確に魔力を感知して擲たれた蒼炎杭に頭を灼かれた1匹が吹き飛びながらそのまま絶命する。
ところが――……。
「周りの餓狼共、ちっとも怯んでねえぞ」
「やっぱり変ね」
「とりあえず先制で数を――ってやたらと多いよ!?」
エーラが複合弓を構えて叫ぶ。パッと見ても20匹以上が同じ方角から疾走してきていた。
「村に入られても面倒だ。こっちから仕掛けるぞ!」
再度号令をかけると同時にアルが餓狼の群れへと突っ込む。
「そうだな!」
マルクも狼爪を伸ばし、脚力を活かしてドンッと大地を蹴った。
「エーラ、頼んだわ!」
凛華も『無垢の相』を発動させながら2人へ続けと駆けていく。
「アルの予想が当たったみたいだね!」
ひょうっ! と音をさせ、矢が数本翔んでいった。暗闇でも植物がいる限り森人の『妖精の瞳』は敵の位置を映し出す。
「光、飛ばします!」
ラウラは杖剣を指揮棒のように振るい、アル達の戦っている場所の上空へ光球をいくつか飛ばした。
攻撃するだけの威力はない、ただの明かりだ。それでもほんの少しでも浮いていれば視界確保の助けになる。
「私も前へ出るぞ!」
ソーニャは義姉が魔力を放ったと同時に前線を上げ始めた。幸い彼女らが進む道に餓狼がいないことは光球が奔ったときに確認できている。
――順調だ、一言で言えば。
”鬼火”の一党は正しく依頼を遂行しているが、アルを含めてザワザワとした胸騒ぎが治まらない。
それでも今は眼の前の戦いを、と6人は脅威である餓狼を倒すことに専念するのだった。
~・~・~・~
10数分もしない内に戦闘は終了した。〈ゼーレンフィールン〉の時に較べれば児戯にも等しい戦闘だ。
6人の周りには数十頭の餓狼の屍骸がある。アルが刃の血を振って懐紙で拭い、刃尾刀を納めると同時にマルクも【人狼化】をゆらりと解いた。
「だいぶ来ちまったな」
「一旦戻る? それとも群れの本隊を探す?」
凛華がブンブン振って血を払って、尾重剣を背中の革帯へ納める。門の篝火を視認できない程ではないがそこそこ移動したせいで小さく見えた。
次から次へと餓狼が襲い掛かってきたので行き先を潰すように戦うしかなかったのだ。
「ボクの魔法なら一応追えなくもないけど……」
エーラは提案してみたものの躊躇いがちだ。ラウラも頷く。
(何だか、妙な不安が拭いきれない)
「……一旦、戻ろう」
ややあってアルは決断した。依頼内容は群れの撃滅だが、一度村に戻ったとて出来ないわけではない。
「うむ。承知した」
ソーニャが長剣を革鞘へ納め、6人が村の方へ向き直った――その瞬間。
キュアアアアァァァァ――――ッ!!
大きな啼き声が響き渡る。
「今の何ですか!?」
ラウラがビクッと身体を跳ねさせた。
「翡翠! レーゲンさん達はまだ森か確認して来てくれ! いるようなら村へ戻るよう頼む!」
「カアーッ!」
鋭い顔付きになったアルは使い魔へ指示を出すと同時に、
「急ぐぞ!」
と仲間にも呼びかける。ハッとした5人も駆け出す頭目の後を追った。
村まで大した距離もない。すぐに辿り着いた6人は音の源を探し――……絶句した。
中央広場の湖水を引いている噴水が真ん中から綺麗に断ち割られている。
そこから見える不忍大沼では、午後に戯れた十叉大水蛇が湖面に大きな波を起こして大暴れしていた。
長い時を生きる水竜が鎌首をもたげて咆哮するその光景に唖然としてしまう。
仲間達よりやや早めに意識を戻したアルから、
「一体、何が起こってるんだ……!」
不安を苛立ちに転じた声が発せられた。
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