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【10.9万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
武芸者編ノ弐 伯爵令嬢誘拐事件編

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6話 穏やかな帰路(虹耀暦1286年12月:アルクス14歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


なにとぞよろしくお願い致します。

 ミトライト子爵夫人――イーファ・ミトライトによるイリス・シルト及びソーニャ・アインホルン誘拐事件は実行に移されたものの、マルクガルム・イェーガーの活躍もあって彼女らが癒えぬ傷を抱える前に解決した。


 元気そうな娘を連れたトビアスを確認するや、子爵邸前に集まっていたシルトの領兵らが歓声を上げる。


「お嬢様だ!」


「イリス様!」


「ご無事ですか!?」


 イリスは多少の疲れを滲ませていたものの、歓声染みた声を上げる野郎共や少ない女性兵士らへ、いつも通りの笑顔で答えた。


「ええ! (わたくし)はこの通り無事ですわ! 酷い目に合う前にソーニャ様とマルク様が颯爽と助けて下さいましたから! 兵の皆さんには魔獣との戦闘後だというのにお手間を取らせたようで心苦しい限りですわ!」


 伯爵家令嬢として堂々たる振舞い。大勢に直接謝るというのは貴族家に属する者として作法上難しいので、これでも精一杯の礼を尽くしているのだ。


 兵士らはその様子に安堵の声や再度の歓声を上げた。


 市民と距離の近いシルト家は領軍の兵士とも距離が近い。身分差はしっかりあるが、互いに親しみを持っている関係だ。


 そしてイリスは基本的に誰相手でも態度を変えたりしないし、人を見下すような真似はシルト家の教えにはない。


 ゆえに当然の如く兵士達からは高い人気を誇っている。ある者は娘と同い年くらいの愛らしい娘として、ある者は田舎にいる弟妹のような少女として。


 そのように歓声の上がっているところへ、今回の立役者マルクと実行犯らに単独で追い縋ってみせたソーニャが出てきた。騎士少女の額に残る血はまだ落ちきっていない。


 途端、兵士らが2人に向けてビシッと敬礼する。自分達が敬愛しているイリスを助け出したことへの感謝だ。


 真面目に訓練しているシルト領の兵士達は、練兵場で幾度となく見た彼らのことをよく知っていた。


「うおっ、びっくりした」


「むぅ、私は何もできなかったのだが……」


 急に数十人から敬礼されたマルクは驚き、ソーニャが不満げな顔をする。


「君がいなかったら手遅れになってたかも――いや、なってただろう。当然の称賛だよ」


 トビアスは穏やかに微笑んだ。


 その更に後ろから、グルグル巻きにされたイーファ・ミトライトと自称傭兵団の団長、腹部を押さえたヴァーゲ・ミトライトも出てくる。


 兵士の眼が一斉にそちらを向いた。イーファと団長の真後ろにはアルクスが抜き身の刀を、凛華が直剣を持って立っている。


 ――コイツらか……ッ!


 ウチのお嬢を攫った太えヤロウは、とそれだけで黒幕を察した兵士らが(にわか)に殺気立ち、今にも魔術をブッ放さんとばかりに怒りの形相で睨めつけた。


「そちらのヴァーゲ君は首謀者イーファ・ミトライトの子息だが、この件には一切関わっていない。それどころか捕らえられていたイリスの縛めを解いてくれたらしい。そのせいで負傷した、とイリスから聞いる。誰か手当てをしてやってくれないだろうか?」


 ヴァーゲにまで襲いかかっていた殺気がふつりと消え去る。


 てっきり一緒になって罵倒や野次が飛んでくると思って、身を竦ませていたヴァーゲが「おや?」と顔を上げれば、あたたかな目をした兵士の一人がやってきて、


「こちらへ」


 と案内する。イリスに意識があり、その彼女が証言したと言われた以上、それは真実と同義だ。何の疑いもなく兵士らも信じたのである。


 寧ろ「なよっちい見た目の割にやるじゃねえか!」と熱い視線すら送られていた。


「あ、えぇと、はい……」


「ヴァーゲ君、また後日事情を聞きに来る。お父上に伝えておいてくれるかい?」


「は、はいっ」


 トビアスにブンブン頷いたヴァーゲは蹴られた腹部と吹き飛んだときに打撲した背中を手当されに行くのだった。


 兵士達は彼を優しく見送った後、視線を戻す。


 その顔には「うちのお嬢を酷い目に遭わせようとしたのはてめぇらか。覚悟できてんだろうな?」と書いてあった。


 右手首から先を炭化させたイーファが痛みも忘れて後ずさり、凛華の直剣に首筋を撫でられる。


「ひいっ!」


 前門の虎、後門の狼とはよく言ったものだ。自称傭兵団の団長などもっと酷い。


 イリスを誘拐した実行犯であり、愛されるべき少女らの貞操を狙ったド屑野郎として今にも斬り掛かられんばかりに殺気を浴びせられている。


 こちらも後ずさったものの、即座にアルの()()()が首筋を()()()()


「ひいッ、ア゛ッヅうぅぁぁッ!?」


「とっとと歩け」


 投げつけられた声は刀身とは対照的に、底冷えするほど冷たい。


 仲間や可愛がっている従妹を傷つけられたアルの怒りは大きい。おまけにマルクが全部やったおかげで発散もできていない。


 進むも地獄、戻るも地獄だ。灰髪を揺らすアルに自称団長は足を踏み出すしかなかった。


「クズ野郎が」


「てめぇ楽には死なせねえぞ」


「死んだほうがマシって目に合わせてやる」


「覚悟しな」


「ア〇コ切り取って縊り殺してやるから」


 石を投げるような真似はしないものの言いたい放題な兵士達。物騒な発言も飛び交う。


 その本気(マジ)な怒りと殺気をモロに浴びた男の心はすっかり折れてしまい、大人しく歩くしかなかった。


 ちなみにだが、兵士達の名誉の為に言及しておくが普段の彼らは決してそんなことは言わない。犯罪者相手でもここまでガラの悪い真似もしない。だが今回だけは別である。


 散々魔獣の群れと戦ったと思ったら主君の娘が連れ去られ、おまけに命と貞操の危機だったと聞けば「何してやがんだテメェ!」と気が立って当然であった。


 トビアスもここまで荒れていれば、普段なら多少諫める――が、やはり今回はしない。今すぐにでもこの男の首を掻き切ってやりたいと思っている筆頭だからだ。


 ――領内の法に照らしても、帝国法に則っても死罪は確定。情報を聞き出すのが優先だ。


 と、念仏の如く自分に言い聞かせるので精一杯なのである。


 イーファへの対応も似たようなものだった。


 さすがに子息がいる手前、暴言を吐かれたりしないものの凛華に引き渡された縄を引く力がやたらと強い。右手を失っているのも無視されてグイグイ引っ張られる。


「痛っ! こ、こんな屈辱……!」


「何か言ったか? あ゛あ?」


 ガラの悪い口調の兵士に凄まれて、口を噤むしかない。この兵士、実は今日が子供の誕生日である。


 何も起きなければ今頃家で誕生日を祝ってやり、贈り物を渡し、家族との団欒に心を和ませているはずだったのだ。荒れもしよう。


 ――ようやく終わった。


 下手人らの引き渡しも済んだ、とアルが『八針封刻紋』をガキッ、ガキッと締めていく。


 灰髪は墨をブチ撒けられたように黎くなり、瞳も緋色から赤褐色へと変わった。


「あ~あ~、戻っちゃったぁ」


 シルフィエーラの残念そうな声に苦笑を返して、仲間とイリスに視線をやる。何はともあれ全員無事だ。


「帰ろうか。今日は疲れたよ」


「はいですわっ!」


「ええ、私もです」


「そうね。もう夜も遅いもの」


「おう、暴れた後に走ったせいでヘトヘトだ」


「マルクは半分自業自得だよ~?」


「ああ、まさか単身乗り込んでくるとは思わなかったからな」


「うるせえってのー」


 談笑するアル達を見てトビアスも穏やかな笑みを浮かべた。ずっと身体が緊張しっぱなしで、自分も疲れている。しかし、きちんと報告はしておくべきだろう。


「じゃあ戻ろうか。護送車に後から来るよう伝令を出しておいたし、もう到着してるはずだよ。僕はミトライト子爵に簡単な話をして、ヴァーゲ君の保護をさせてくるから先に乗ってて。どうも癒院に運ばれているみたいだし、使用人もわざと帰してたみたいだしね」


「トビアスさん助かります」


 もう眠気が限界のマルクがぺこりと頭を下げ、


「使用人も帰してたって……その子爵、毒でも盛られてたんじゃ?」


 アルが考え込むように呟く。余計な仕事が増える予感がしたトビアスは、


「じゃ、じゃあ僕は先に行くからね。ちゃんと乗って待ってるんだよ」


 そう言い置いて急いで去っていった。きちんと働く貴族は大変だ。


「考えるのはよそうよ、アル。明日にしよ~」


「そうですよ。イリスさんとソーニャが戻ってきただけで充分です」


「そんなこと明日考えなさい、明日。ほら行くわよ」


 エーラ、ラウラ、凛華がアルを引き摺って行く。だいぶ扱いも雑になってきた。


「ふうぅ~、我々も行くか」


 ソーニャが緩やかに呼気を吐くと、


「そうだなー。あ、お前肋骨折れてたろ。抱えてくぞ」


 マルクが手を広げる。その広げ方からして、お姫様抱っこをしようとしているようだ。背負うと余計に痛みが響くだろうという気遣いだったのだが、ソーニャは頬を染めながら慌てて首を横に振った。


「いっ、いい! 要らん!」


「けど鎧つけてるし、しんどいだろ?」


「いらんと言ったらいらん!」


 ソーニャが赤面して断っていると、代わりにイリスがマルクへ飛びつく。


「では私をお願い致しますわ!」


「おっとと、構わねーよ。今回イリスも頑張ったしな」


 溌剌とした少女にマルクは笑い声を漏らし、抱えたまま歩き出した。


 微妙に複雑な気分になりながらも、どこかホッとした様子でソーニャも後に続く。


 ほんのり頬を紅潮させたイリスと、その熱っぽい視線を受けるマルクを見た兵士達の間に激震が走った。


 ――まさか、あのお嬢様が!?


 ――とうとう男に興味を!?


 そんな声が聞こえてくるようだったが満足気な彼女の様子に、兵士達も微笑ましそうに「まぁいいか」と思う。何せ窮地から救い出してくれた相手だ。無理もないだろう。


 こうしてアル達7人は護送車に乗り込むのだった。


 ちなみにこの後、盾と剣が奪われたままだったのを思い出したソーニャの代わりにアルが探しに行くことになった。


 面倒だったので奪ったと思われる自称傭兵団の団長に問うも、自棄になって男がヘラヘラと薄ら嗤いを浮かべる。


 ぴきっと来たアルは一拍も待たず、容赦なく殴り飛ばして回収した。


 人狼の蹴りによって下顎が砕けていた男は、更に歯のほとんどを失う羽目になったのだが助けてくれる者など居るわけもない。


 近くにいた兵士はアルの苛烈な一撃に驚きつつも、然もあらんという顔でそれを眺めるのだった。



 * * *



 その後、アル達6名とシルト家の2名を乗せた護送車は一度〈ゼーレンフィールン〉へと戻り、会の責任者として残っていた辺境伯家当主に報告が行われた。


 初老の軍人顔を憤怒に歪める辺境伯。すぐさまイーファの尋問を行おうとしたが、流石に体力も限界なので、とトビアスが断った。


 イーファと傭兵団の男は一時的にシルト領で預かり、ある程度事態をハッキリさせてから帝国の端にある監獄へと送られることになる。極悪人や死刑囚だけを集めた”大監獄”だ。


 要人の娘を攫った時点で、重罪確定なのでそこに行くことは確定している。


 また囚人護送と尋問はシルト領と辺境伯領の兵士合同で行う運びになり、その予定も含めて後日話し合いの場を設けられることになった。


 トビアスは事後処理に追われることになるだろう。


 また辺境伯がここまでこの誘拐事件に関わろうとするのは、ミトライト子爵家が辺境伯家の遠い縁戚に当たること、そしてミトライト領が代々辺境伯家に任されてきた街だからだ。


 要はミトライト子爵は代官なのである。


 そういった経緯もあり、すべてを詳らかにし、責任の所在を質す意味も含めた尋問や捜査がシルト家の主導の下行われることとなった。


 およそ1時間半の取り決めの後、ようやく両家がそれぞれの領地へと戻っていく。


 アル達6人の褒賞もそのとき決めるそうだ。信賞必罰は貴族の義務。伯爵以上の階級に属する貴族領軍の兵士が彼ら5人の活躍をしっかり目撃している。


 これで褒美の一つもなかったとなれば、せっかく鍛え上げた兵士達の勤労意欲が失われてしまう。


 労働の動機(インセンティブ)はどこの世界でも必要なものなのだ。



 ~・~・~・~



 トビアスは護送車に戻るなり「そんな話し合いの結果になったから」と教えてくれたのだが、聞いていたのは眠気に抗って瞼を痙攣させるアルだけであった。


 凛華とエーラはアルの膝でスヤスヤと心地良さそうに眠り、ラウラはそのエーラに倒れ掛かって熟睡している。


 今回の功労者であるマルクも体力の限界だったらしく、護送車に乗るなりイリスとソーニャ寄り掛かって爆睡し始めた。


 両脇の彼女らもそんな彼に初めは意味ありげな視線を向けたりしていたのだが、今は逆にマルクへ寄り掛かって眠っている。2人とて疲れているのだ。


「とりあえず、話はわかりました。でも『黒鉄の旋風』のときみたいな褒賞式は嫌です」


 眠気を抑え込んでアルはどうにか返答を返した。


「恥ずかしいかい?」


「それもありますけど、ラウラとソーニャ(ふたり)をあんまり目立たせたくないです」


 甥の返事にトビアスも「尤もだ」と頷く。イリスが攫われてよくよく理解した。気が気じゃなくなる。


「確かにそうだね。変な噂でまた余計な連中が来ても困るし」


 目立って聖国の追っ手を差し向けられるのは避けるべき事態だ。いまだ彼女らは共和国の交易都市〈ヴァリスフォルム〉藩主への人質として有効なのだから。


「はい。お願いします」


 アルは素直に頭を下げた。


「うん、任せてもらおう。でもマルク君には本当に、なんと礼を言っていいのやら」


「そこはマルクに聞いてください。将来の義息子になるかもしれませんし」


 アルがするには珍しい話だ。トビアスがフフッと笑う。


「おいおい。さすがに――」


 早過ぎやしないか? と、言い掛けて…………娘がマルクの腕にぎゅう~っとしがみついて寝ているのを見て押し黙った。


 気付けば冷や汗がタラリと流れている。


 ――そんな、あの無邪気なイリスに限って。


「大丈夫ですよ。『八針封刻紋』ならいつでも描けます」


 ――それは孫の話じゃないだろうな!?


 トビアスは冷静な領主の顔をかなぐり捨てて慌てた。


「ちょちょちょちょちょっと、飛躍し過ぎじゃないかな!? まだイリスはその~、幼いし! うん、マルク君に対して何かあるわけじゃないんだよ? 娘を助けてもらったし、良い子だし、たぶん凄いかっこよく見えたんだろうけどさ。まだそういう話は早いんじゃないかなぁ? と僕なんかは思うんだよね」


 一気に捲し立てた叔父に、アルが「ぷっ」と噴き出し、年相応の表情で笑い声を上げる。


「案外、過保護なんですね」


 ――悪戯が過ぎる。


 からから笑う甥にジットリとした視線を向けたトビアスは息を整えて口を開いた。叔父として、訊ねてみようと思ったのだ。


「……まったく。君は、どうなんだい?」


 その質問が半魔族である甥にとって、そこそこ重たい質問であることは理解している。それでも今なら訊ける気がした。


 アルは虚を衝かれたような顔をしたあと――自身の朱髪で寝苦しそうにしているラウラの髪を掬って耳に掛けてやり、凛華の艶のある黒髪を梳き、エーラの白っぽい金髪を優しく撫でる。


 やがて目線を上げながら答えた。


「秘密です」


 今の行動に意味があるのか、ないのか。それはトビアスにも、ひょっとしたらアルにもわからないのかもしれない。


 しかし彼が大事にしているものをトビアスは改めて理解した。


「ズルいなぁ。昔兄上も秘密を作るとそんな風に言ってたよ。絶対教えてくれないんだ」


 穏やかな笑みを讃えて叔父が笑うと、


「じゃあ俺も言いません。父さんの子ですから」


 甥もやはり年相応な笑みを溢すのであった。




 こうして、予想外に予想外が続いた騒動の夜は凪いだような静けさを以て深まっていく。

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