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【10.9万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
武芸者編ノ弐 伯爵令嬢誘拐事件編

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84/223

4話 魔獣の侵攻と謎の下手人(虹耀暦1286年12月:アルクス14歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


なにとぞよろしくお願い致します。

 〈ゼーレンフィールン〉にある貴賓館2階。


 臨時対策本部と化した会場では現在、辺境伯を中心とした貴族家当主達が集まり、護衛として連れてきていた領軍と私兵への指示に追われていた。


「住民達を宿泊施設に誘導しろ! 絶対外には出させるな!」


「魔獣の群れは他の門からも来てるのか!? 逐一報告を入れろ!」


「近くに一般の住民がいるだと!? ここに避難させておけ!」


「規模がわからんぞ!」


「貴賓館の護りは!?」


 国境に位置する領地を持つ辺境伯はこれでも人格者だ。〈ゼーレンフィールン〉の住民達にも危険が及ばぬようにと指示を出すことも忘れない。


 その下の階級に位地する伯爵以下の者達の中には、そんなことよりこちらの安全を優先してほしいと考えている自分本位な貴族もいるが、大半のまともな貴族らによって黙殺されている。


 現状はハッキリ言って良くない。とある問題のせいだ。


 その問題とは、子爵以下の家は帝国法で領軍を持てないことになっており、連れてきているのはあくまでただの私兵達だということである。


 伯爵家以上の貴族家が領地で管理・統轄している領軍と較べれば、練度も装備も大幅に劣り、また忠誠心もそこまで高くない。


 火事場泥棒を働く者が出るほどには街も荒れていないが、既に逃げ出した者もいると報告があった。


 また防衛対象が多いせいか、魔獣達へ積極的に攻め入る人員も足りていない。


 そういった複合的な要因によって、避難誘導や情報伝達がひどく遅々としたものとなっていた。初老の辺境伯とトビアス達伯爵家の数名は、この状況に思わず歯噛みする。


 長くなればいずれ圧されて貴賓館だけではなく、街の住民達にも多大な被害が出てしまう。そして魔獣は基本的に肉食か雑食だ。


 地獄絵図の完成もそう遠くはないだろう。何より貴族街門とこの貴賓館はそこそこに近い。


 つまり門が破られれば真っ先に襲われるのはここ。そうなれば指揮どころではなくなる。


 ―後手に回るしかないのは口惜しいが、兵には何とか耐えてもらうしかない。


 辺境伯が額に汗を浮かべて奥歯を噛み締めたところへ、トビアスが近付いて来た。


「閣下」


「む、シルト卿か。どうした?」


 辺境伯はトビアスに何事かと訊ねる。


 これでもご近所付き合いでは、かなり古い間柄なのでそれなりに親しい。しかし、正直これ以上の報告を聞き入れるだけの容量(キャパ)はなかった。


「私が防衛線に行って指揮を執ります。総指揮を閣下から伝達して頂くことは可能ですか?」


「な、(けい)が直接出るというのか?」


 今のは軍隊を自分に預けてくれ、という意味だ。確かにそうすれば本部の負担は軽くなる。しかし――――。


「良いのか? 先程挨拶をしてもらったが、娘もここにはおるのだろう?」


 防衛線は街門前の最前線だ。もしトビアスに何かあれば、イリスは父を失ってしまう。シルト家としてもそんな事態は避けたいだろう。


 辺境伯は親しい私人として問うたが、トビアスの目は落ち着き払っていた。


「ご配慮はありがたく。ですが、問題ありません。頼りになる彼らがいますから」


 そう言って後ろに視線をやる。そこには爛々と眼を光らせるアルクス達魔族組がいた。


 辺境伯が思わず眼を瞠る。


「魔族の彼らが協力してくれるというのか?」


「ええ。というより先程から視線が送られてきておりまして」


 トビアスは苦笑した。


 状況が悪いと悟ったアルがトビアスに気当てをするように視線を何度もぶつけてきている。貴賓館で籠城戦になる前に自分達を出してくれ、と。


 下手に配慮しながら戦うより、街の外にいる内に叩いたほうが良い。


 この魔獣達の侵攻が人為的なものだと考えているからこそ、アルは早期の事態収束が急務だと判断していた。


 下手人捜しも重要だが、死んでしまっては意味がない。トビアスはその視線に圧されて前線に出ることにしたのだ。


「魔族が協力してくれるのは有難い。が、まだ歳も若いではないか? 大丈夫なのか?」


 辺境伯は当然の疑問を呈する。


「閣下。件の聖国の越境軍事行動、それらを討ったのが彼らです」


 やはり落ち着いているトビアスの発言は、辺境伯に多大な衝撃を与えた。


「何ッ!? 彼らがだと!?」


 この会合の前に主要な都市へ報告されていた聖国の侵略行為。それは魔族の武芸者が止めたとあったが、あんな若者達だとは思ってもみない。


「うちの次男とそう変わらんではないか」


「実力は本物です。シルトの名に懸けて誓いましょう」


 唖然とする辺境伯へ、トビアスは家名まで出して保証した。二言はない、という貴族流の言い方だ。


 辺境伯は頭脳を高速回転させ――……やがて決を出す。


「……そうか。では、了承しよう。これより防衛線の指揮は卿に任せる。その魔族達も卿の指揮下でうまく協力してもらってくれ」


「はっ……恐れながら閣下、一点だけ訂正を。私に魔族の彼らは御せません。彼らを御せるのは、あそこの彼――私の甥だけです」


 トビアスは略式で礼を執りつつ、そう述べた。辺境伯は一瞬言葉の意味を取りかね、一拍後に愕然とする。


「甥、だと……? まさか、あそこの青年は――」


「兄上の子です。では行って参ります」


 トビアスがサッと背を向ける。そのまま黎い髪の青年に声を掛けると、彼らはトビアスを置いて5()()()出て行った。


 本当に〈ウィルデリッタルト〉領主の指揮下では動かないらしい。そんな雰囲気が伝わってくる。


「確か……かの家の長男はユリウス殿、だったな。まさか息子がいたとは。しかし、魔族とはどういう…………」


 辺境伯は黎い髪の青年――アルの眼にかつて見たシルト家の長男の瞳を幻視する。


「……今は気にしている場合ではない、か」


 何が何やらわからぬ辺境伯は、首を振って意識を現状に戻したのだった。



 ~・~・~・~



 冬場は陽が陰るのが早い。既に暗くなり始めているなか、魔族組4名とラウラは、イリスの護衛にソーニャを置いて防衛線まで一気に駆けた。人選はアルだ。


 今回は護りの兵士達がいる。最優先事項は侵攻してくる魔獣の数自体を減らすこと。


 それにはソーニャより杖剣を持ったラウラが、イリスの護衛にはラウラより盾を持って軽鎧を着込んだソーニャの方が向いていたのだ。


 任されたソーニャは歯痒くもあり、誇らしくもある、そんな表情で彼らを見送った。


 到着するや否や、アルが見知ったシルト領の兵士へ声を掛ける。


「俺達が出ます! 少しだけ道を空けて下さい!」


 現地で指揮を執っていた兵士はアル達の姿を認め、投げかけられた言葉に思わず耳を疑った。


 彼らの実力は良く知っている。練兵場で何度となく訓練しているのは見たことがあるし、合同訓練染みたこともしたことがある。しかしだ。


「君ら、あの中に入るつもりか!?」


 押し寄せる魔獣の群れを指しながら問うた。自殺行為だ。そんな真似をみすみす見逃すわけにはいかない。


「手早く終わらせるべきです」


 しかしアルが斬って捨てるように淡々と述べる。何者かの思惑を感じ取ったが故の言葉だ。それでも兵士は、人として出来た人間だった。


「だめだ、許可できん!」


 自分の子供とそう変わらぬ歳の若者を魔獣の群れに飛び込ませるなんて、まともな精神の人間がやることではない。


 ところが、彼ら若者の更に後方から声が掛けられた。


「許可してやってくれ」


「トビアス様!?」


 肩で息をしているトビアスがアル達に苦笑いを零しつつ、躊躇(ためら)っていた現場指揮官へ通告する。


「まったく。君達、迅過ぎるよ。今からこの場の指揮は僕が執る。君は僕の補佐に回ってくれ」


「はっ! いやしかし、彼らをあの中に送るなど――」


「僕も君と同感ではあるんだけどね。これが仕組まれたものである可能性を考えると、早期に事態を収束させるのが先決だ、っていう彼の意見には頷かざるを得ないんだ。出てもらうしかない」


「っ! では、やはり何者かが糸を引いていると?」


「十中八九ね」


 経験豊富な現場指揮官もまた、これが仕組まれたものだと予想していたようだ。


 魔物は時折、共生関係を築いているような部分(フシ)も見られるが、魔獣は単一種族でしか群れることはない。


 それは魔獣の討伐経験や専門書を読むことでしか得られぬ知識だ。


 身贔屓ながら打てば響くような返答に、トビアスは思わず誇らしくなる。


「……承知致しました。防衛部隊に告げてきます。どのようなご指示を?」


 ここにはシルト領の領軍以外の兵士もいる。現場の指揮をシルト卿が執ることに否やはないだろうが、伝令の仕方が難しい。副官に納まった元現場指揮官はそれを訊ねた。


「指揮権の話は僕がするからいいよ。具体的な指示は、彼らが門前で準備を済ませたら一時攻撃を中止。それ以降は追って伝達する。で、いいかな?」


 トビアスは副官に告げつつ、最終的に甥へと視線を向ける。


「ええ、お願いします」


 アルは頷きながら、短く返答を寄越した。既に臨戦態勢だ。意識は魔獣へ向いている。残りの4人も似たようなものだった。


 ラウラすらそんな様子なのだから慣れとは恐ろしい。尤も、流石に彼女は緊張しているようだが。


 視線を受けた副官が駆けていく。道を空けてもらうつもりだろう。アル達もその後ろへ続いた。


 それを見送るか見送らないかの内に、トビアスがすうっと大きく息を吸い込んでよく通る声を発する。


「この場にいる総員へ告ぐ! 私はトビアス・シルト! シルト家の当主である! 辺境伯閣下の命により、現場指揮を仰せつかった! これよりこの場の指揮は私が執る! 指揮を執っていた者達はここへ集まれ!」


 貴族家当主が前線に来たと言うことで私兵達は動揺するが、辺境伯家に鍛われた領軍兵らは違った。


 シルト卿へ駆け寄り、


「トビアス様、ここに」


 と膝をつく。


 前線に当主が出ることは辺境伯領では割とあることなので対応も早い。加えてトビアスの名も効いた。善政を敷く領主であり、本人も武芸を嗜む武官寄りの伯爵であることはよく知っている。


 他の伯爵家の領軍指揮官らも続々と集まってきた。トビアスは主要な面々が集まったと見るや、すぐに指示を出す。


「ご苦労。まずは魔族である協力者達が先陣を切って門の外へ出る。我々は彼らによって勢いが弱まった魔獣の掃討だ」


「魔族の協力者? 実力は信頼できるので?」


 訝しむ兵士へ、トビアスは力強く頷いて見せた。


「当然だ」


「何名です?」


「おそらく前に出るのは、三名のはずだ」


「たったの三名……? お言葉ですが――」


 ――寡兵に何ができるというのだ?


 優秀な兵士だ。爵位に臆することなく至極、真っ当な疑問を発するところをトビアスは押し留めた。


「言いたいことは理解している。だが、信じてもらえないか? 私もこの防衛線が畳まれるまで、ここから一歩も引かない。シルトの名に誓おう」


 失敗したときは自分の命で清算してやる。遠回しな覚悟を秘めた発言に、辺境伯家に仕える兵士は閉口せざるを得なかった。


 ――そこまで自信があるというのか?


「……承知、致しました。それで、彼らにはどのような伝達を?」


 あの中に突っ込むのならこちらに伝達方法はないのではないか? という質問だったが、トビアスが意外な回答を返す。


「彼らはこちらの指示では動かない。だが協力はしてくれる。そうだな? アルクス!」


 領軍の主として声を投げ掛けられた鋭い声に、


「はい!」


 アルも大声で返した。


「な……っ!? まだ子供ではないですか!」


 何を考えているんだ!? と良心を持つ兵士が訊ねたがトビアスは無視する。


 自領の副官となった兵士はたった今、シルト領軍へと伝令を届け終えたようだ。


「助かるぜ!!」


「ふう~っ! ようやく一息つける!」


「感謝する!」


「護りはこっちに任せな!」


 口々にシルト領兵らは喜びを露わにしていた。なにせこの場に於いて、アル達の強さを最も知る者達だ。


「何を言って…………」


 彼らを知らぬ辺境伯軍の兵士は戸惑うが、トビアスは好戦的な笑みを浮かべてこう言う。


「そう心配しなくても彼らは強い。頼むから背中に術を当てたりしないでくれよ、後が怖い」


 その声はどこか誇らしそうだった。




 シルト領の兵士らの前にいるアル達5名は、ちょうど最終準備を整え終えたところだ。


「随分期待されちまってんなぁ。んで頭目殿、ご指示は?」


 後ろの歓声染みた声援を聞きながらマルクがおどけた。


 牙猪に餓狼、ヒトノミカガチ、大鎚狒狒(おおつちひひ)といった魔獣の群れは現在、兵士達の一斉射によってどうにか押し留められている。


 アルはそちらを見て、トビアス同様よく通る声を発した。


「初撃はエーラに任せる。俺達が突っ込む大穴を開けてくれ」


「まっかせて!」


 シルフィエーラは複合弓を強弓へと変形させながら元気よく笑った。すでに眼は鮮緑に輝いている。アルは続いて指示を飛ばした。


「始まったらエーラは門の上から狙撃。門から遠いヤツは目を狙って同士討ち、近いヤツは脚を潰して、機動力を落としてやれ。ラウラもエーラと一緒に上へ連れていってもらって、魔術を撃ちまくれ。突出してきたやつ、足の速いヤツら優先だ。大丈夫。今のラウラならアイツらくらい、止められる」


「うん、わかった!」


 頼られたエーラが満面の笑みで応え、


「はいっ!」


 ラウラも力強く頷いてみせる。自分だってようやく少しは役に立てるようになってきたのだ。


 ウジャウジャいる魔獣に当初は臆したが、アルに大丈夫と言われると勇気が湧いてきた。


 ――何とかしてみせる……!


 決意の炎を胸に灯し、力いっぱい杖剣を握りしめる。


「残りの俺達は散開して派手に暴れる。いつも通り」


「ハハッ、そりゃ単純でやりやすい」


 マルクは笑いながら魔法を発動した。ワインレッドの毛並みを靡かせる人狼がゆらりと現れ、後ろの兵士達がざわつく。


「あんた龍鱗布ないんだから無茶するんじゃないわよ」


 凛華も【修羅桔梗(おにききょう)の相】を発動した。青い瞳に金の環が浮かび、独特の紋様が額と角に浮き出てくる。


「わかってるよ、ありがと。あ、最初に出るとき尾重剣で吹っ飛ばしてくれる?」


 アルも応えながら『八針封刻紋』をカチカチッと3時まで戻した。ざわつきが大きくなる。


 今、羽織形態をとっている龍鱗布は護衛対象のイリスに着せてある。


「無茶すんなって言ったでしょ? ま、いいわ。その眼の色に免じて聞いてあげる」


 灰髪に変貌し、緋瞳を凛華に向ければツイっと視線を逸らされた。何やら照れているらしい。


「助かる。皆、準備は良いな?」


 アルが龍牙刀を引き抜いて問えば、


「「「「応!!」」」」


 と4人が威勢良く返した。直後、好戦的な笑みをニッと浮かべたアルが大きく息を吸い込んで叫ぶ。


「状況開始だ。トビアスさん!!」


「総員、攻撃止めッ!!」


 甥の呼び声に鋭く反応したトビアスが指示を下した。どの兵士も攻撃をピタリと止める。


 その機を逃さず、アルは仲間の名を呼んだ。


「エーラ!」


「いくよ! 『燐晄――!」


 エーラが強弓を極限まで引き、


「……一矢』ッッ!!」


 一拍置いて放った。キィン……ッ! という独特の弦音。エーラが現状で放てる最大威力の一撃。


 真っ白な閃光が兵士達の目を灼くように迸る。


 直後、僅かな間に門から街へ入り込もうとしていた魔獣達が、一瞬で()()()()()()()


 兵士達がその威力に唖然として静まり返る。


 光を纏った矢が魔獣の群れに大穴を穿った。


「凛華、よろしく! 『蒼炎気刃』!」


 続いて、アルが龍牙刀に蒼炎を纏わせてタンッと軽く跳び、


「行って――――来なさいっ!!」


 凛華が尾重剣をブゥンッとフルスイングする。息の合った連携で、尾重剣の腹に足を乗せたアルがカッ飛ばされた。


「俺らもさっさと出るぜ!」


 アルが吹き飛んで行った後を追うようにマルクがタッと門を出ていく。


「ええ!」


 凛華もそれに応じながらさっさと大穴を潜り抜けて行った。これで攻撃再開の指示は出せるだろう。


「ボクらも上がるよ!」


「はい! お願いします!」


 ツタで弾いてもらったエーラと、根に押し上げてもらったラウラは兵士に驚かれながら門の上にスタッと着地して、すぐさま視線を外へ向ける。


 丁度、蒼い流星が魔獣の方へ突っ込んでいく最中だった。




 魔獣の群れに突撃した鬼火(アル)は螺旋を描いて低空を飛ぶ。


 ――――六道穿光流『蒼炎嵐舞』。


 『蒼炎気刃』によって刀身が広く、長くなった龍牙刀とこの突撃回転技は相性が良い。


「すうぅぅぅぅ~~っ…………ガ ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ッ ! ! 」


 剣技を放ちつつ、猿叫(えんきょう)ならぬ龍吼(ドレイクハウリング)


 魔力の乗った咆哮が敵意と殺意を周囲にバラ撒き、近くにいた牙猪や餓狼の脳を(つんざ)いて、眼や耳から血を噴出させる。


 更に反応して寄ってきた他の魔獣の首を落とし、手足を斬り飛ばす。


 鬼火の弾丸が一瞬にして炎熱地獄を築いていく。


 アルは突撃の勢いが弱くなるとすぐに回転を止め、龍牙刀を口に咥えて走り出した。


 牙猪の背を蹴り上がり、振るわれた大槌狒狒の腕をタタタンッと駆け上がり、空中で両掌に作っていた属性魔力を圧縮する。


 二属性魔力の混合。直後、バチバチとスパークを上げる蒼炎雷が地面に落とされた。



 ドッ……ガァァ――――――ン!



 肌をビリビリと揺らす轟音と地響きを立てて、蒼炎雷が爆発する。


 その余波は門に濃い血と焦げた臭いの爆風を流し込み、防壁そのものをグラグラと揺らした。


 着地したアルは駆けるのを止めず、その度に魔獣の屍骸や残骸がそこかしこに散らばっていく。


 そこいらの魔獣などとは格の違う――龍の猛威を具現化したような光景であった。




 凛華は駆けながら嬉しそうに叫ぶ。


「派手にやってるわね!」


 あの状態のアルは非常に好戦的だ。普段の彼も好きだが、見た目も相まってこのギャップが凛華は大好きだったりする。そんなこと恥ずかしくて絶対に口には出さないが。


「邪魔よ!」


 立ち塞がった大槌狒狒に言い放って魔術を起動した。


流幻(りゅうげん)冰鬼鑓(ひょうきそう)!」


 直後、大槌と形容される狒狒の大腕に、白冰で覆われた馬上槍の如き尾重剣が真正面からぶつかる。


 結果はすぐに出た。


 一瞬の均衡もなく、右半身ごと凍らされた大槌狒狒の巨体が砕かれる。


 凛華は突きの勢いを殺さすことなく、『冰鬼刃』へと切り替えつつ半回転しながら尾重剣を振るった。


 突きと回転撃の余波に巻き込まれた餓狼やヒトノミカガチが斬り裂かれながら凍結していく。


 残心を執った彼女へ、すぐさま魔獣の荒い突進や剛撃が殺到する。


 しかし凛華はヒラリと舞うように躱し、返す刀で胴を薙ぎ払い、トォンッと飛び上がりながら空中で身体を捩り、周囲を斬り刻んでいく。


 そうやって彼女が舞うたびに周囲が凍てついた。無理矢理抜け出そうとした魔獣の皮膚が裂け、紅色の血花が咲き乱れる。


 吹雪を体現したような剣風が紅蓮地獄を生み出した。




 マルクは疾駆する。


「コイツら、どうなってんだ? こんだけ暴れてんのに目指してんのは街のまんまだ」


 風を靡かせて餓狼と牙猪を纏めて蹴り殺した。吹き飛んだ屍骸が当たって激昂した大槌狒狒が殴りつけてくる。


 マルクはぶつかり合うように、真正面から狼拳で迎え討った。膠着は刹那。魔気交じりの拳が容易く狒狒の剛腕を弾き飛ばす。


「ちょっかい出せば向きはするけどよっ!」


 怯んだその首筋へ跳び上がり、狼爪で斬り裂いた。噴き出した血を咄嗟に押さえた狒狒が倒れていく。残念ながら致命傷だ。


 一体一体はそこまで脅威じゃない。圧倒できる。しかし、マルクの表情は苦み走っていた。


「ちっ、思ったより注意引けてねえな。『雷光裂爪』!」


 状況は良くなってはいるのだろうが、依然として魔獣の群れは街を目指している。


 アルが最初に殺気を撒いたおかげでだいぶ()()()が、時間をかければ徐々に流れは元に戻るだろう。


(急がねえと……!)


 己を叱咤したマルクは凹む程に大地を強く蹴った。


 稲光を引き連れた一陣の風が魔獣の間をすり抜け、風が去った後には雷爪で蒸発した血煙と、その傷口を圧して噴き出した血で赤く染まる魔獣達の屍骸だけが量産されていく。


 雷鎚混じりの暴風が魔獣の群れを蹂躙していった。


 


 複合弓を速射型にしたエーラが門の上から連続で矢を放つ。


「『燐晄縫駆(ほうく)』ッ!!」


 都合10射、放たれた光の矢はそれぞれ独立した動きで空中を奔り抜け、牙猪と餓狼の頭を灼き貫き、ヒトノミカガチと大槌狒狒の脚を熔かし砕いた。


「ん!? あれはさすがにマズいね……『燐晄一矢』ッ!!」


 門の前に突き進んできたヒトノミカガチへ、強弓型んい切り替えると即座に射る。解き放たれた閃光は大蛇の頭部だけでは飽き足らず、後ろにいた餓狼の群れをも呑み込んだ。


 悲鳴のような怒号を上げて怯む他の魔獣へ、エーラが間髪入れずに矢を放つ。


 複雑な軌道を描く『燐晄』を纏った矢は恐るべき捷さで魔獣の脚を的確に灼き、奥から迫って来る魔獣の眼を射貫いた。


 天上から差し込まれる光が大地を灼いていく。いっそ幻想的ですらある光景に兵士達は瞠目した。




 エーラの近くにいるラウラも必死で門の上を駆け回る。


「『鋳棘(いばら)の術』!」


 杖剣を横に振りつつ魔術を発動させた。魔獣の足元に地中の鉱石が寄り集まってできた荊が、天を衝いて生成される。


 背の低い魔獣共がトゲに引っ掛かって速度を落とし、大型の狒狒やヒトノミカガチは足に刺さった荊に激怒の唸りを上げた。


「っ!?」


 ラウラはハッとする。狒狒が足元にいた餓狼を掴み、投げつけてきたのだ。咄嗟に杖剣に魔力を流し、魔術を発動させた。


「『火炎槍』ッ!」


 何度も何度も練習してきた魔術。ほぼ無意識で放たれた巨大な炎槍が餓狼を丸呑みにして燃やし尽くす。


 ラウラはそれと同時にもう一つの術式も描き始めた。


 まだ咄嗟に出せるほどの魔術ではないが、それでも出来うる限り急いで完成させ――――直後、発動させる。


「『天鼓招来』ッ!!」


 轟音と共に青白い稲光が荊へ目がけて盛大に落ちた。この魔術は瞬間威力の高い『雷閃花』が短射程である、という欠点に目をつけてアルが創った魔術だ。


 『鋳棘の術』とセットで使うことで、束ねづらい稲妻をある程度収束させて射程を伸ばし、また杖剣を使うことで広範囲に攻撃ができる。


 属性魔力をぶっ放すだけで強力な一手になる魔族(アル達)ほど魔力に余裕のないラウラでも、放出魔力の増幅効果を持つ杖剣と正しい手順を踏めば近しい威力の攻撃ができるのだ。


 ――私だって、彼らのように護ってみせる!


 ラウラは熱い決意と共に防衛線の直上を走り回った。その(たび)に稲妻が落ち、炎が大地を焼いていく。




 トビアスは『ここだ!』と叫んだ。


「防衛線を門の前ギリギリにまで上げろ! 魔獣は一体に二名――いや三名で以て確実にトドメを刺せ! 内側には絶対に入れるな! 前進せよッ!!」


「「「「「「オオオオ――――ッ!!」」」」」


 号令の下、兵士達が雄叫びを上げながら前線を上げていく。


 飛び掛かってくる餓狼を突き殺し、大槌狒狒に炎を浴びせかけ、ヒトノミカガチに暴風をぶつけ、門を潜り抜けて迅速に陣を形成していった。


 やはりどこよりも早く動いたのはトビアスを信頼しきっているシルト領の兵士達だ。


「す、凄い……!」


 辺境伯領の指揮を執っていた兵士は魔獣の駆ける振動ではなく、巨大なものが倒れ伏す振動や爆発の余波が増えていっていることに思わず声を漏らす。


 シルト卿の連れてきた年若い魔族達がこれほど圧倒的だとは思ってもみなかった。


「そうだろう?」


「ええ。あ、失礼致しました」


 ややフランクな返しをしてしまったことに謝罪を入れつつ、彼はトビアスへ恐縮する。


「恐れながら、魔族とはここまで強い者達であったかと己の不明を恥じ入るばかりです」


「いやあ、あれ相当上澄みだと思うよ? 門の上にいる子の一人なんて僕らと同じ人間だし」


 トビアスはあっけらかんと答えた。


「な、真でしょうか!?」


 ――()()だと?


 もう一人と言われれば、さっきから雷だの炎だの勢いよく放ちまくっているあの朱髪の少女だ。


「本当だよ。なんなら良いとこのお嬢さんさ」


「そうであるならば、我が身の不甲斐なさも恥じ入らねばなりません」


 ――近接戦ならまだしも遠距離戦になると勝てないのではないだろうか?


 魔獣相手である為どこまで対人戦をやれるかは不明だが、それでも強いと辺境伯領の指揮官は感じた。


「ははっ、恥じ入る必要はないさ。彼らがああやって大暴れできるのは、僕らがここで絶対に通さないって信じてくれてるからだ。彼らの頭目――ああ今蒼い炎を噴き出した子だね。あの子が頭目なんだけど、結構疑り深くてね」


「我らがいるからこそ、ですか?」


「うん。そうでなければもう一人、あの人狼の子をこっちにつけてたと思うよ」


 トビアスの予想は正しい。未熟な兵が多かったらアルは信用していなかった。


 あれだけの魔獣を抑え込み、かつ結局街に入れていない歴戦の(つわもの)であったからこそ、ラウラをあそこに配置したのだ。


「それは嬉しい限りですが……やはり筆舌に尽くしがたいですな、あの光景は」


「はははっ、それは僕も同感だよ」


 妙に仲良くなったトビアスと別領の兵士であった。



 ☆ ★ ☆



 無精髭を生やした男が毒づく。


「どうなってやがる!?」


 隣にいるスれた雰囲気の女は、その男に肉体をべったりとくっつけながら真っ赤な口紅をつけた唇を動かした。


「ねえ~、どうすんのぉ? 終わっちゃいそうだけどぉ~?」


 腰についていた武器がジャラリと音を立てる。男は苛立ちながら指示を出した。


「チッ、おい確認とってこい。計画を前倒しちまっていいかどうか」


 その指示にひょろりとした中年の男が頷いて席を立つ。


「クソ、楽な仕事のはずだったのによ」


「早く終わらせて遊びたぁ~い」


「わかってる。許可が出たらすぐに動くぞ」


「はぁ~い」


 男はけばけばしい女に乱暴な口づけをして、トントンと忌々しそうに机を叩くのだった。



 * * *



 魔獣の群れによる侵攻は、結局アル達が乗り込んでから徐々に勢いを落とし、次第に終息していった。


 アルと凛華で最後の大槌狒狒を斬り殺し、マルクが鼻を鳴らし、エーラが魔法で周辺に脅威はいないと報告を入れた時は兵士全員が彼らを讃えながら歓声を上げた。


 生きるか死ぬかの瀬戸際だったにも関わらず、結局死者は10名にも上らなかったのだ。嬉しくもなろうというものである。


 しかし、アルの表情は優れない。トビアスも難しい顔をしている。なぜなら結局、魔獣が街に押し寄せた原因がわからないからだ。


 とりあえず侵攻は止めた。だがそれ以外は何も進展していない。対応が後手に回っている気味の悪さをじわじわと感じていた。


 ひとまず貴賓館の方へ戻ろうと遠目に見える屋敷へ目を向けた――瞬間。


「え……!? うそ!? 煙上がってる!」


 エーラが慌てたように叫ぶ。アルとトビアスは目を剥いた。


「馬鹿な、なぜ……!?」


 魔獣は入れてない筈なのに。


「とりあえず急ぐぞ!」


 トビアスの言葉を待たず、灰髪のままアルが走りだす。ラウラも不安げな表情を浮かべて走り出した。あそこにはイリスとソーニャがいる。


「無事でいなさいよ……!」


 凛華も魔獣と戦っていた時には掻かなかった冷や汗を額に浮かべていた。


 そして、あと300m(メトロン)もないほどに来た時だ。



 ドォォォォ……ッン!



 貴賓館の1階と思わしき場所で爆発が起こった。


「なっ!?」


 一拍遅れて爆風の熱が届く。


「イリス!」


「ソーニャ!」


 咄嗟にトビアスが大事な娘の、ラウラが義妹の名を叫んだ。


「くっそ!」


 貴賓館には黒煙がもうもうと上がっている。アル達が慌てて動こうとしたところで、マルクがピタリと立ち止まった。


「あ!? な、この匂いは……? これは……まさか…………」


「マルク!」


 立ち止まった彼へ、アルが「どうした!?」と呼び掛ける。


 マルクは一瞬逡巡し、最終的に己の直感と本能を信じて叫んだ。


「悪いアル、そっちは任す! 俺はこっちに行く!」


 そう言うと【人狼化】して建物へと跳ぶ。


「マルク!?」


 エーラが素っ頓狂な声を上げるが、ワインレッドの人狼はもう建物の陰に消えていた。


「…………」


「アル、マルクどうしちゃったのよ!?」


 兵士達の波に押される。彼らも燃えている貴賓館に気付いて駆けつけてきたのだ。


 これではもうマルクを追えない。そもそも馬より捷い人狼に追いつくなど不可能だ。


「…………たぶん何かを感じて行ったんだ。俺達は貴賓館に行こう。何があったのか確かめないと」


「それなら言えば――ってああもうわかったわ!」


「うん! とりあえずあっちはマルクに任せよう!」


「はい!」


 黒煙を上げる貴賓館へトビアスを追ってアル達4名も向かう。いまだ判然とせぬ陰謀や策謀の臭いに、込み上げてくる不愉快さを感じながら。



 彼らの夜はまだ終わりそうになかった。

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