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【10.8万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
武芸者編ノ弐 伯爵令嬢誘拐事件編

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2話 休日の一党(虹耀暦1286年9月:アルクス14歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


なにとぞよろしくお願い致します。

 アルクス達6人一党の初仕事は無事成功に終わった。しかし失敗と称すほどのものでもないが、新たな学びも得た。


 と、いうのも昨日から今朝方に掛けてのように寝る時間もままならぬ――要は朝帰りになることもある、ということを失念していたのである。


 当然のことながら、成長期の彼らにはかなりの負担だ。特にアルとマルクガルムは何もしなくても眠くなる年頃。


 依頼中に寝落ちしたなど笑い話にもならない。


 そういった理由から、依頼を請けた翌日や翌々日の途中で帰ってきた場合、その日までを依頼日とカウントして翌日は休養や訓練に当てる――と活動計画を早々に変更したのであった。


 幸い〈ウィルデリッタルト〉に居る間なら、食と住には困らない為そうあくせく働く必要もない。


 支部の建物でアルに頭を預けて気持ち良く眠ってしまったラウラや、そもそも彼女とソーニャの地力を鍛える時間も必要だと思っていた凛華やシルフィエーラ達も賛成したのだった。



  ~・~・~・~



 そんな結論に達しながら欠伸混じりに領主館へと戻れば、真っ先にアルの従妹――イリス・シルトがタタタッと駆け寄ってきた。


「おかえりなさいませ! で! でっ!? 依頼はどうでしたの!?」


 元気いっぱいの従妹へ、アルがふわふわ浮かせていた牙猪とヒトノミカガチの肉を見せる。


「バッチリうまくいったよ。話聞かせる前にこれ渡してくるから厨房に案内して」


「聞かせてくれるんですの!? こっちですわ! さ、アルクス兄様早く!」


 聞くが早いかイリスは貴族令嬢とは思えぬほどの敏捷性を見せてダッと駆けだし、急かすように手招きをする。アルは苦笑を溢しながら厨房へとついていった。


「凛華姉様もほら!」


 傷みやすい食材を扱うときは凛華に凍らせてもらうことが多いし、氷鬼人は繊細に冰を扱える。その話をしてもらったのか、鬼娘も急かした。


「はいはい、ちょっと行ってくるわ」


 微笑ましそうに笑った凛華とアルはイリスに連れられるがまま、厨房の方へと向かうのだった。



 * * *



 その日の夕刻。


 夕食に出されたヒトノミカガチと牙猪の肉がアル達の狩ってきたものだと知った〈ウィルデリッタルト〉の領主トビアス・シルトは噴き出さんばかりに驚いた。


 ――最初は簡単な依頼から、と言っていなかっただろうか?


「森の奥にヒトノミカガチがいたので、牙猪が農場にまで出没してきたそうですわ!」


「もう聞いたのかい?」


 軽くむせながら訊ねるトビアスに娘がふんすと胸を張る。


「当っ然ですわ! 昨日から気になってましたもの!」


 武芸都市領主家の娘らしく、イリスは彼らの活動に興味津々――否、ご執心のようだ。


「凛華姉様、ラウラ様、ソーニャ様が牙猪を、アルクス兄様達がヒトノミカガチを倒したそうですわよ。マルク様の爪で一瞬だったそうですわ!」


 楽し気な娘に若干羨ましい気分になりながら、トビアスは甥達へ視線を向けた。


「俺とエーラで押さえ込んでマルクが狼爪で。支部の解体場に持ち込んで尻尾の肉を土産として貰って来たんです」


 孫の説明を聞いた彼とイリスの祖父――ランドルフがヒトノミカガチの炙り肉(ステーキ)に口を付ける。


 引き締まった肉は野趣あふれる風味を漂わせつつ、アッサリとした淡泊な味わいとやや濃い目の調味料(ソース)が非常に良く合っていた。


 領主館の調理人達が「新鮮な肉ならやっぱりこれだろう」と出してきたのがこの料理だ。


「あの大蛇の尻尾肉だったか。うぅむ、旨い。六人共感謝するぞ」


「残りはどうしたのかしら? 売ったの?」


 現領主夫人リディアも問う。ヒトノミカガチの皮革はそこそこ高級な鞄や上着などに使われる。何より魔獣に分類される素材で作られたものは、大抵が丈夫で長持ちなので使い道も多いのだ。


「はい。あ、要りましたか?」


「いいえ、捨ててたら勿体ないなと思ったのよ」


「それならちゃんと支部の解体場に渡してきましたよ。売却代金はまた後日貰えるそうです」


「あんま傷つけてないし、丸一匹分だから良い値になるんじゃないかって職員は言ってたっけな」


 マルクがその際の会話を思い出して付け加えるように言った。


「丸々一匹持って帰ってきたの? それにしては早かったのねぇ。馬車が空いていたの?」


 イリスとアルの祖母に当たるメリッサも問うてくる。


 大蛇の炙り肉(ステーキ)はお気に召したようで、皿の上にはほとんど何も残っていない。


「農場主の方がご厚意で送ってくれたんです」


「人の良い方だったな」


 ラウラとソーニャが説明すると、


「なるほど。それはよっぽど君達の印象が良かったんだろう」


 トビアスはそう返した。


「解体した牙猪の肉を渡したからかしら?」


 印象の良かった事と云えば――……と凛華が首を傾げる。


 獲物を多く狩った場合、近所にお裾分けするのは森で生活している魔族特有の文化だ。


 思い当たることと言えばそれくらいしかない。


「あとはぁ~……皮革(かわ)も凍らせてあげたからとか?」


 エーラも追加で言ってみた。


 彼らからすれば肉をやるのはこれ以上必要ないからで、皮革を凍らせたのは寄生虫を殺すのと、渡した相手が残った面倒な処理をどうするか決めやすいからである。


 アルが細かく説明したのも「後はどうするか好きにしてくれ」と言う意味だった。


「ははっ、きっとそれだよ。牙猪の皮革は結構丈夫だし、暖かいからね。これから寒くなってくるし、外での作業は辛いだろうから」


 疑問符を浮かべる魔族組がトビアスは笑って言う。農場主からすれば彼らのお裾分けはきっと思ってもみないものだったのだろう。


 魔族組の4人とも「そんなもん?」と不思議そうな顔をしている。悪意に多少過敏とはいえ、純朴な青年達だ。親切になるだろうことは容易に想像がつく。


「明日も依頼ですの?」


 イリスが訊ねるとアルは首を横に振った。


「明日は行かないよ、さっき少し眠っただけだからちゃんと眠りたいし。明日はゆっくり起きて、皆で稽古かな。イリスの予定が空いてれば魔術の授業もやるつもりだけど、空いてる?」


 問い返されたイリスがパアっと表情を明るくして、


「空いてますわ!」


 と勢い込んだ返事を返す。気分はすでにウキウキだ。


「イリスって顔は全然似てないけど、やっぱりアルの親戚なのねぇ。今ので確信したわ」


 そんな彼女を見て、凛華がしみじみと言う。


「どういう意味ですの?」


 きょとんとするイリスに、エーラはクスクス笑った。


「昔のアルにそっくりだったよ、今の反応とか表情とか。新しい魔術思いついた時とかよくそんな顔してた。もっと悪戯小僧っぽい顔だったけどね」


「ねぇ本人の前で言うのやめない? 軽く悪口だし、恥ずかしいんだけど?」


 憮然とした視線を幼馴染の少女達へと向けるアルに、マルクまでニヤリと笑って揶揄ってくる。


「思いついて急にどっか突っ走ってったり、俺らや年上の兄ちゃん達を平然と巻き込んだり、そのうえ話しかけても上の空で数時間も座り込んだりしないだけ可愛いもんだよな」


「ほぉほぉ、アルクス兄様も昔はヤンチャでしたのね」


 イリスは目を丸くした。今の落ち着いた雰囲気のアルからは想像しにくい。


 しかし凛華とエーラが、


「「今も(だ)よ」」


 とすかさず返す。大人びて見えているだけだということをこの2人は誰よりもよく知っていた。


「失礼な。そんなことないさ」


 今度こそ口を尖らせたアルと幼馴染達の会話に、ソーニャが可笑しくなったのか零すように笑い声を上げ、ラウラが無意識に羨ましそうな表情を向ける。


 シルト家の大人達はそんな彼らを微笑ましそうに眺めるのだった。



 * * *



 翌日、午前10時過ぎ。場所は領主館に併設されている練兵場。


 魔族組4名の前には気合充分なラウラとソーニャ、そしてイリスの3名がいた。


「ラウラとソーニャの二人はいつも通り術を打ち消し合う訓練、午前中はずっとこれで。できれば術式のどこをどう弄ったら、何が変わるのかを試して、きちんと結果を把握しながらやるように。それと『吸魔陣』で魔力を減らしておくことも忘れないでね」


「わかりました」


「承知した」


 力強く頷いた2人が『吸魔陣』を慣れたようにそれぞれ描きながら離れて行く。


 魔力の枯渇寸前状態から撃ち合って、切れたら休憩、最低限戻ったらまた撃ち合い。


 ぶっちゃけ地味だが、アルが魔術戦に於いて最も重要だと考えているのは――状況判断能力と即座に魔術を行使できるだけの練度。


 その2点を鍛えるにはこの訓練が最適なのだ。


 ついでに魔力の()()()も察知できるようになれば御の字。更に感覚を磨ける。


「さて、じゃあイリスだな」


「はいっ!」


 動きやすそうな軽鎧を身にまとった彼女は鼻息も荒く期待に目を輝かせている。


「そうだなぁ。魔術はどれくらい使える?」


「簡単なものなら扱えますわ、『念動術』とか。軍用術式とかはまだですけど」


 軍用術式――正確には定型術式。威力、効果範囲、投射速度を事細かに決められた魔術のことである。


「じゃあ代表的なものを……そうだな、二つくらい覚えようか。何がいい?」


「『火炎槍』と『雷閃花』がいいですわ!」


 淀みのない従妹の返答にアルは苦笑を返した。


「思いっきり攻性魔術だね」


「いけませんでしたか?」


「いや、いいよ。後は……あ、魔力感知は出来る?」


 何事も興味のある方が覚えも良い。イリスがまず覚えたいと言っている2つの術式から、魔術全体に興味を持ってもらおうとアルは考えていた。


「一応は。生体魔力感知も朧げにはできますわ」


 ――意外とちゃんとしてる。


 思わずそんな感想を抱く。トビアスやランドルフは「槍の修練ばかりしている」と言っていたが、素地はできていると見てもいいのではないだろうか?


 ややあって、尊敬する師のように顎を擦っていたアルは、とある問いを投げかけることにした。大事な質問だ。


「ふぅむ。イリスは強くなりたい? それとも魔術が上手くなりたい?」


「そんなの、どっちもに決まってますわ!」


 イリスは堂々と言い切った。術師と呼べるくらいに上手くもなりたいし、従兄達のように強くもなりたい、と。


「あはははっ。よーし、じゃあ目標は魔術も扱える槍術士にしようか。ちょっと覚えること多いけど大丈夫?」


 アルは愉快そうに笑う。欲張りな従妹が面白かったからではない。己もそのつもりで鍛錬してきたからだ。


「問題ありませんわ!」


「そんじゃ操魔核を鍛えるとこからだね」


「操魔核の鍛錬? ですの? 魔術を使うのではないのですか?」


 てっきり魔術を使いまくるのが基本だと思っていたイリスは『あれぇ?』と首を傾げる。


「そっちもやるけど、まずは魔力の量と質を高めないと大して効果はないんだ」


「ほむ? 高めると、どうなるんですの?」


 ――術をたくさん撃てるようになる? くらいだろうか?


 従兄がそこまで魔力そのものを鍛えようとする理由が彼女にはわからない。


 そんな顔をする従妹へ、アルが端的に応える。


「闘気が扱えるようになる」


 その一言はイリスにガツンと衝撃を与えた。


「っ!! あの優れた武芸者にしか真っ当に扱えないという闘気ですの!?」


 一拍遅れて勢い込む。


 闘気とは体内の魔力を燃焼させて生み出す力のことだ。正しく扱えば魔法並の効力を発揮するスグレモノ。高等武芸者の切り札的技術。


 その生成過程から一定以上の腕がなければ、ただの自滅技術と化すことも有名である。


 調子に乗った新人が魔獣相手に闘気を使ってすぐに魔力切れを起こしただとか、その所為で一党の仲間達まで大怪我をしてそのまま引退を余儀なくされただとか、定番の失敗談としても枚挙にいとまがない。


「うん、その闘気だよ。魔力の扱いが未熟な者には使わせられないからね。それに、あの二人を見てごらん。ちょっと前まで定型――じゃなくて軍用術式を一つも使えなかったんだよ」


 従兄の言うままにイリスが後ろを振り返れば、ラウラとソーニャが激しく動きながら魔術をドンドンと撃ち合っていた。


 『火炎槍』や『雷閃花』、『水衝弾』。中には『落宑の術』などまで使っている。


 一般的な魔術師や魔族組3名から見れば”まだまだ甘いやり取り”であり、魔導師やアルからすれば”術を発動している()()”だ。


 しかしイリスの目には壮絶な撃ち合いに見えた。あんなにたくさん撃っていても勢いが衰えない。自分ならもう魔力が尽きているかもしれない。


「……本当ですの?」


「うん、一週間くらい前まではイリスとあんまり変わらないくらいだったかな」


 思わず懐疑的な視線を向けた従妹にアルが頷く。イリスはラウラ達をじっと見つめ――……やがて向き直った。


「やりますわ。アルクス兄様達みたいになりたいですもの」


 アルが嬉しそうにニッと笑う。


「上等。まずは『吸魔陣』からね。あとで紙に書いて渡すけど、極力毎日やるように」


「毎日ですの?」


「日課にしとくといいよ」


 興味津々のイリスと楽し気に講義するアルを見ていた魔族組は、さすがに今日は彼もこちらには混ざれないだろう、とそれぞれの鍛錬を始めた。



 ☆ ★ ☆



 そんな彼らを遠めに見ていたトビアスは隣のランドルフ()へ話し掛けた。


「気になって来てみましたが、派手な戦いぶりに比べて案外地味ですね」


「うむ。日々の積み重ね、ということなのだろうな」


 魔族組は日課となっている操魔核の鍛錬を終わらせ、練兵場の端から端まで行ったり来たり走っている。


 技の前に基本的な体力と魔力。隠れ里でその認識を叩き込まれているし、経験もそう言っている。戦士は体が資本とはよく言ったものだ。


 またラウラとソーニャのやっている鍛錬も多少奇異に映っていた。


 帝国の学院や家庭教師に教わる魔術の訓練と云えば――――ひたすら的に向かって魔術を撃ち、精度を高め、無駄な動作を削っていく、というものである。


 そうやってひたすら身体に馴染ませた研鑽が実戦でスルリと出る。その為にひたむきに練習するのだ。


 この考え方は、実を言うと何一つとして間違っていない。ヴィオレッタもアルも一つとして否とは言わないだろう。


 ではなぜラウラとソーニャへの訓練が撃ち消し合いなのかと言えば、とことん実戦を主眼に置いているからだ。


 相手の魔術を見定め、己の体力と魔力を鑑みながら切り返して撃つ。


 また極力打ち消すように、との指導方針により炎や雷、水、土、風と云った現象が衝突し合うことで視界も塞がれる。そのうえで「撃ち合え」と言っているのだ。


 これが指し示すのはつまり――――この訓練の主目的が状況判断能力と感知能力の向上であるということ。


 個別の魔術の練度は扱う者の癖や個性が出やすいため、そう云った部分は二の次。


 そもそもアルは彼女らにいつまでも定型術式を()()()()()()()()。魔術に慣れてくれれば、それでいいのだ。


 そのアルは現在、魔力切れから立ち直ってゼェハァと肩で息をしているイリスに『火炎槍』と『雷閃花』を自身へ向けてブッ放させている。


 平然で受け止めているのは、魔族組3名の属性魔力に比べれば微笑ましさすら感じる威力だからだ。あの3人の放つ属性魔力ならば、回避以外の選択肢はみなハズレである。



 些か地味な立ち上がりで、アル達6人と1人の訓練は進んでいくのだった。



 * * *



 時刻も正午を過ぎ、アル達7人は女中達が持ってきてくれた昼食を食べていた。


 トビアスとランドルフは領主館の方に戻っている。鍛錬内容が気になっていただけらしい。


「アルクス兄様のあの蒼い炎は『火炎槍』を改造したものではなかったんですの?」


 てっきり|『火炎槍』を弄った術式《魔術》だと思っていたイリスが驚きを露わにする。


「違うよ、刀に纏わせてたのは魔術でもちょっと特殊なヤツだよ。元々炎系統の術はあんまり俺に向かないし」


 アルはつまんだ牙猪の肉を夜天翡翠に食べさせながらそう返した。


「向かない? どういうことですの?」


「魔族はそもそも魔術なんてそうそう使わねーんだ。種族ごとに適性の高い属性魔力をブッ放す方が手っ取り早いからな。アルも母ちゃんが炎龍人だから『火炎槍』使うくらいなら蒼炎投げた方が早えーし、威力も高いのさ」


 疑問符を浮かべるイリスにマルクが説く。


 ほっほう! と、言わんばかりの表情を浮かべた彼女は更に質問を重ねた。


「アルクス兄様はわかりましたけど、凛華姉様たちは? 魔術は使わないんですの?」


「使っても一つくらいよ。後はマルクが言ったように属性魔力くらいね」


「ボクはいくつかあるけど、結局一つの魔術の派生だからねぇ。魔法があるから魔術はそんなに使わないかも」


「なるほどですわ」


 凛華とシルフィエーラの返答に、ようやっと得心がいったらしくイリスが手を打ち合わせる。


「特殊な魔術って『蒼炎気刃』のことですよね? 刀身に蒼炎を纏わせる術じゃなかったんですか?」


 そこまで話を聞いていたラウラは、アルに茶を手渡しながら訊ねた。


 ふと疑問に思ったのだ。炎系統は向かないと言うのならあれは何なのだろう? と。


「間違ってないけど、あの蒼炎はただの属性魔力じゃないんだよ。刀身に蒼炎を纏わせるくらいじゃ大して威力も上がらないしね。それこそ斬った相手の服が燃えるとか、ほんのちょっと焦げるくらいじゃない?」


 まだ先になるだろうと闘気関連の説明は一切行っていなかったアルが、茶を受け取りながらそんな説明をする。


「あれは特殊な炎だったのか。人間(わたしたち)にはやはり難しいものなのだろうか?」


 今度はソーニャが訊ねてみた。


 彼女らにとって神殿騎士共の胸甲を牛酪(バター)のように斬り裂いていたアルの蒼炎は、その状況も相まって非常に印象的だ。


 ソーニャにとっては、押し寄せる危難を灼き捨てる憧憬として。


 ラウラにとっては、どうしようもない絶望を斬り祓う()()()()()()()として。


 扱えるようになるのならなりたかった。今度は自分達が彼らの背中を守る為に。


「二人にはまだ難しいかもしれない」


 そのように深い想いがあることなど露も知らぬアルがアッサリとした返答を返す。


「まだ? ですか? じゃあ――」


 出来るようになる可能性があるということだろうか?


 思わずズズイッと身を乗り出すラウラに、アルはちょっぴりきょとんとしながら術理を説いた。


「あれは闘気を蒼炎に変換してるんだよ、魔力を属性魔力にするみたいにね。そういや、あれって属性魔力って分類でいいのかなぁ」


 あの状態の蒼炎に名称がない。ただの属性魔力でないのだけは確かだ。


「属性魔力とは言いにくいかもねぇ~。ていうかマルクの『雷光裂爪(らいこうれっそう)』も、凛華の『流幻(りゅうげん)冰鬼刃(ひょうきじん)』も、ボクの『燐晄(りんこう)』もアルと同じ術だよ?」


 身を乗り出していたラウラは、思わずエーラの方へ首を回した。


「えっ、皆さんのも同系統の魔術だったんですか?」


 彼女の朱髪が当たったアルが「わぷっ」と声をあげたが、ラウラの意識は仲間の森人へと向いている。


「そうよ。元々『気刃の術』っていうアルの独自魔術があって、それを私達用に改造してもらったのがあれなの」


 ラウラは凛華の声音にほんの少しだけ喜色が滲んでいるのを感じ取った。


 自分専用の独自魔術など嬉しいに決まっている。特に創った相手が相手だ。


術核(根っこ)以外ほとんど変わっちゃってるけどね~」


 エーラもそんなことを言う。つまりそこまでして貰っているということだ。


「いいなぁ」


 とラウラの口を衝いてそんな言葉が出た。


「ふぅむ。ということは、やろうと思えば――」


「誰でも扱えるね」


 最終的にソーニャが最後の言葉を紡ぎ、アルが引き取った。ラウラの呟きを耳にして『これは早々に二人が使いやすい術を考えねば』などと魔術馬鹿を発動させて考え込み始めている。


「では(わたくし)も使えるようになるんですのね!」


「おう。少なくとも操魔核の鍛錬は闘気に必要だからな」


 喜びを動きで表現するイリスのチョコレート色の髪を撫でてやりながらマルクは親友に視線を送る。


 ――そういうことじゃねーんだけどなぁ。


 そんな彼の思念は届いていないようであった。



 ~・~・~・~



 午後のラウラとソーニャへの訓練は最初と同じように、アルとマルクがそれぞれ指導する形となった。


 命懸けの実戦を経験したことと、日々のマメな訓練のおかげで彼女らもメキメキと成長している。


 咄嗟にラウラが返す魔術は致命打扱いとなる魔力球を正確に叩き落し、ソーニャの反撃は体重の乗った鋭い一撃になる回数が増えてきた。


 エーラの『治癒術』を毎度かけてもらっているおかげか、体つきも急速に戦う為のソレへと変化してきている。


 またイリスへの訓練は凛華とエーラが担当した。内容はラウラのものと似ているが、若干違う。


 視野の広さや感知を重視したものではなく、1対1を想定して――――凛華とエーラが交代でそこそこの大きさの属性魔力を放ち、イリスが『火炎槍』や『雷閃花』で迎撃するという訓練だ。


 息を荒げながらも現役武芸者との訓練と言うことで、イリスのテンションは最後まで高いまま結局、『火炎槍』と『雷閃花』を習得しきってしまった。


 これにはトビアスやランドルフを始めとするシルト家の面々もさすがに驚愕した。


 夕方頃になって迎えに行ったところ、シルト家の長女がゼェゼェ肩で息をしながらも何を見るでもなく『火炎槍』や『雷閃花』を放っているのである。


 しかも最初からアルが真言術式で教えているので、よくある術式の描き損じもほぼない。驚くなと言う方が難しいだろう。


 こうしてアル達6人一党の休養日はイリスも数に含めた鍛錬日として、充実した一日になったのであった。

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