24話 アルクスとシルト家
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
なにとぞよろしくお願い致します。
アルクスとマルクガルムの稽古は、怒れる凛華とシルフィエーラによって中断されー―……その後、領主館本館で共に食卓を囲む運びとなった。
ランドルフが早い内に妻メリッサやトビアスの妻リディアへ彼らを紹介しようと思ったからだ。
誘われたアルは当初どうすべきなのか困惑を隠せず、珍しくおろおろしていた。
敵意や警戒心を浮かべなかったのは、心身が恢復しきっていて余裕があったからだろう。
一番心配していた凛華とエーラはその様子にようやっと胸を撫で下ろし、ラウラも彼女らと似たような表情を浮かべることとなった。
「アル殿、行くべきなのでは? 貴殿の父上は、ランドルフ様の息子なのだろう?」
「あぁ……うん。そうだよ、たぶん」
ソーニャの進言にアルが歯切れも悪く返す。
「お祖母様もお母様も酷いことを言ったりするような人ではありませんから、行きましょう? お話聞きたいですわ。マルク様もアルクス兄様に何か言ってくださいまし」
イリスが淡褐色の瞳をクリクリとさせた。
先程の稽古はアルとマルクをいたく尊敬する切っ掛けになったらしい。なんとなく流していたが呼び方が変わっている。
「どうせ挨拶しなきゃだろ? らしくねーぞ」
イリスに請われるがまま、マルクも言う。
「うん。じゃあ、その……行きます」
そうしてアルが渋々承諾するという一連の会話があったおかげで、朝食からシルト家の面々との顔合わせが叶ったのだ。イリスのお手柄である。
ちなみに領軍兵の中には朝から練兵場へ鍛錬に出向いた者らもいたのだが、アルとマルクの実戦稽古を瞬きもせず見学していた。
2人の出した魔力の波動や高威力の属性魔力も一因だが、そもそもラウラ達の救出任務へ出向いた際に彼らの強さを目の当たりにしていたのだ。
ボロボロになった練兵場の一角を見て「一体何があったんだ?」と問う同僚へ、興奮冷めやらぬ様子で熱く語る兵士らであった。
~・~・~・~
領主館のシルト家の長い食卓についていたトビアスは現れた祖父と娘、そしてその後ろに続くアル達6人を見て目を丸くし――同時に練兵場の方で響いていた轟音は『彼らのものか』と直感的に理解した。
「やあ、おはよう。目が覚めたみたいで何よりだよ」
アルへ声を掛けてみれば、
「ありがとうございます。ご迷惑をお掛けしました」
と、至って普通の回答が返ってくる。
(おやっ? 僕を警戒してたんじゃ……?)
トビアスがそう思ってアルの顔を見てみても、緊張こそ浮かんでいるものの、警戒心や敵意は微塵も感じられなかった。
――何があったんです?
そんな視線をランドルフに向けると、父は娘へと目を遣る。イリスは楽しそうにアルとマルクへ尊敬の視線を送っていた。
それでなんとなく察する。どうやら娘のおかげで彼も警戒を解いてくれたらしい、と。
アルの側からしても、イリスからは一切の邪気を感じなかったので、警戒するだけ杞憂に終わるだろうと判断していた。神経を擦り減らすのは外敵相手だけで充分だ。
そこへ落ち着いた女性の声が掛かる。
「あなた、そちらのお客様方はどなたかしら? 客棟の方にいらした方々でしょう?」
トビアスの妻リディアだ。
イリスより明るい茶髪と、似た色の淡褐色の瞳。優し気な顔つきからは、活発そうな娘とは対照的な印象を受ける。
「ああ、彼らは――」
「ユリウス……!?」
トビアスが妻へアル達6名を紹介しようとした時だ。
リディアの後ろから来た初老の女性が彼ら――と云うより『封刻紋』を閉じ直した黎い髪のアルを見て愕然とした様子で呟いた。
「メリッサ」
メリッサならアルクスの顔を見てすぐに反応するだろう、と思っていたランドルフが優しく彼女の肩に手を置き、
「母上、落ち着いてください。彼らをここへ招いたのはその話もあったからなんです」
トビアスも母へ席に着いてもらうよう促す。
「え、ええ……そうね、落ち着きましょう。そこのあなた、急にごめんなさいね」
「あ、いえ……」
ランドルフと違い、白髪の混じっていない黒髪を揺らしてメリッサが謝罪すると、アルが心苦しそうな表情で辿々しい返事を返す。
そうして全員が席に着いたところで、トビアスはシルト家当主として口を開いた。
「まず、母上やリディアの疑問を解決したいと思う。彼らは聖国の騎士に追われていた共和国の令嬢ニ名とその護衛をしている武芸者の魔族達だ。すまない六人とも、自己紹介をいいかな?」
その言葉に一人ずつ立ち上がって自己紹介をしていく。トビアスとランドルフの視線を受けたアルは、あえて最後に回った。
「人狼族、マルクガルム・イェーガー」
「鬼人族のイスルギ・凛華」
「シルフィエーラ・ローリエ、森人族」
「共和国、交易都市〈ヴァリスフォルム〉が藩主ノーマン・シェーンベルグの娘、ラウラです」
「同じくノーマン様の養女、ソーニャ・アインホルンです」
そして最後に立ち上がったアルが深く息を吸い、
「この一党の頭目アルクス…………アルクス・シルト・ルミナス。半龍人です」
そう言って後ろ腰に差していた大振りの短剣をゴトリ、と食卓に置いた。柄頭に刻んである紋章はシルト家のものだ。
メリッサとリディアが頭を殴りつけられたような衝撃を受ける。
眦が裂けそうなほどに眼を見開いたメリッサは、ランドルフの方へ視線を向けた。夫は重々しく頷く。その考えで合っていると。
「そ、その子は――」
「……あなた、ユリウスの子なのね?」
狼狽するリディアを遮ってメリッサが問うた。アルがこくりと頷く。
「えっ? え? ユリウスって、お義兄様のことよね?」
誰の子? と、訊ねようとしていたリディアは咄嗟に質問を変え、トビアスに確認した。
会ったことはないが仲の良い兄弟で知られていたし、結婚後少ししてから夫が捜索願を出していたのも知っている。
「そうだよ、彼は兄上の……忘れ形見だ」
その言葉の意味を正確に理解したメリッサは、思わず項垂れてしまった。
「お義母様っ!」
リディアが駆け寄ると、悲し気な目をアルへ向けている。予想はしていたが、認めてなるものかと思っていた事実を突きつけられて脱力してしまったのだ。
「忘れ、形見…………あの子は――ユリウスはもう……この世にはいないのね?」
「……はい。俺の生まれる少し前に」
アルが応えるとメリッサが肩を震わせ、トビアスとランドルフが神妙な表情を浮かべる。
――彼は、顔すら知らなかったのか。
「アルクス君、君の歳は?」
「十四です」
その回答にユリウスの没したのが15年ほど前だ、とシルト家の面々は察した。
「どうして……亡くなったの?」
メリッサの震えた声が、トビアスとランドルフの最も聞きたかった質問を紡ぐ。
「魔族狩りを行っていた聖騎士と、神殿騎士を相手に討ち死にしたと聞いています」
アルの声はあくまでも淡々としていた。トビアスとランドルフが聖国への怒りが増大させる。
――連中はどこまで……!
そこに涼やかな声が届いた。
「アル、それじゃお父さんが負けたみたいじゃない。兄貴はあんたのお父さんがいなきゃ死んでたのよ?」
二本角の生えた鬼人族、凛華だ。父の友人で、兄の恩人をそのような簡潔な言葉で言い表すのは不本意だった。
――確かに、言い足りなかった。
アルとてユリウスを誇りに思うことはあっても、恥に思った事など一度としてない。
「聖騎士一名を斃して、もう一名にも重傷を負わせ、神殿騎士から魔族の村人達を守り通して亡くなったそうです。里に戻れば父さんに助けられたって人、結構います。だから半龍人の俺でも除け者にされずに、可愛がってもらえたんです」
アルの説明に魔族組が反応する。
――そんな風に思ってたのか。
旅に出た理由をアルの口から聞いたことはなかったが、なんとなく理解できてしまった。
シルト家の面々はユリウスの死に様を誇ればいいのか、悲しめばいいのかわからない。だがやはり胸を突き刺されたような、痛いほどの悲しみの方が強い。
「父さん達が駆けつけたときにはもう瀕死の状態だったらしいけど、それでも折れた剣と砕けた盾を騎士共に向けて、喰い殺すように睨んでたって聞いたわ。敵もその気魄に怯えてたって。父さん、お墓参りに行く前の日はいつもそんな話してたわよ。もっと早く辿り着いてればって」
凛華が透き通るような青い瞳を向けると、アルは目を丸くする。
八重蔵がたびたびユリウスの墓参りに向かうのは知っていたが、そんなに湿っぽいことを言う姿はあまり想像できない。
「そう、だったの? 昔一回聞いただけだったし、母さんが哀しそうにするからその時の話は聞けなくてさ。母さんも直接見てたってわけじゃないし」
トビアスとランドルフはアルが長剣ではなく、短剣を持っている理由を察した。
折れたものをずっと大事に持っていて、旅に出る息子へ磨り上げて渡したのだ。護剣として。
メリッサは堪え切れずに嗚咽を漏らす。誇らしくなくても、みっともなくていい。ただ、生きていてほしかった。
その気持ちがわかるのか、リディアがその背を優しく撫でた。
「うちの親父も言ってたぜ? あのとき自分が組んでれば、今頃一緒に酒を呑んでたろうってよ」
「マモンおじさんまで? それも知らなかったよ」
「親父達はお前の親父さんと仲良かったらしいからな。なんかあったら集まって墓で酒呑んでたぞ。そんでよく母ちゃんに怒られてた」
「想像つかないなぁ。父さんの思い出って、母さんが月一でコレと盾磨きながら話してくれた昔話とか、あとは墓参りのことくらいだったし」
アルと仲間達の会話で、とうとうランドルフも涙を堪え切れなくなり、トビアスも涙を零す。
ラウラとソーニャは初めて聞いたアルの背景に新鮮な驚愕と、聖国に対するこの上ない怒りを感じていた。
「兄、上は……帝国人としても、武芸者としても、立派だったのだな」
鼻水を啜りながらトビアスがそう言えば、
「里では英雄扱いされてるもの、当然よ。まあ知らないお馬鹿さんが煽ってアルにボコボコにされたけどね」
と凛華が笑う。
「カミルとニナのことでしょ? アルが許したんだからもう許してあげようよ」
エーラが苦笑した。
「別に今更怒ってないわよ? そんなこともあったわねってだけよ」
凛華は魅力的な笑みを浮かべてクスクスと笑う。本当に思い出話をしただけのようだ。
そこへシルト家の中で、現在最も冷静な者がアルへ問う。
「ではアルクス兄様は、伯父上のようになりたくて武芸者になったのですか?」
イリスだ。アル同様ユリウスとの面識がなく、またリディアほど感情移入できる立場でもないため、神妙な表情はしているが好奇心を押さえ込むほどではなかった。
その質問にシルト家の大人達もハッとする。
片親で半魔族ながら故郷にしっかりと馴染んでいたはずの青年。
それがどうして里を出て、おまけに聖国と争っていたのか? 里で何かあったのだろうか?
すると今度はアルが苦笑いを浮かべた。
「父さんみたいにはなりたいよ。でも里を出たのはちょっとまた事情が違うんだ」
「どういうことですの?」
「龍人族って魔族の中でも戦闘民族なんだよ。龍人の強すぎる闘争本能を父さんの――人間の血じゃ抑えきれなくてさ。昔、森を吹っ飛ばしちゃったんだ」
その言葉に魔族組が己の不甲斐なさを思い返して苦い顔になり、ラウラ達とシルト家人間組が純粋に驚く。
「吹っ飛ばした、ですの?」
「うん、高位魔獣と戦ってるときに大怪我しちゃってさ。その時に意識がなくなったんだけど、記憶がない間に誰彼構わず大暴れしたみたいなんだよ」
「ではその罰で?」
イリスが聞いちゃいけないことだったかな? と恐る恐る問えば、アルは首を緩く横に振った。
「ううん。里の皆は優しかったよ。『大丈夫か?ちゃんと安静にして、早く怪我治すんだぞ』ってさ」
「じゃあ、どうして出たんですの? わかりませんわ」
キョトンとするイリスにアルはその時を振り返りながら、当時最も頭を占めていた感情を言葉にする。
「誰からも怒られない、みんな優しいのが辛かったんだよ」
「「「!」」」
魔族組が驚愕した。あれは隠れ里の住民側からすればアルを労わるのが当然だったが、当の本人は嫌だったのだ。
アルの口から直接聞くのはこれが初めてだが、思いのほか衝撃が大きい。
「叱られたかったんですの?」
「当たり前の文句を言って欲しかったんだよ。『なんてことしたんだ未熟者!』ってさ。それでどうして怒られないんだろ? って考えたら、父さんと母さんのおかげだって気付いてさ」
「それで、どうしたんですの?」
「父さんみたいに何もないところから魔族の皆に信用されて、受け入れてもらえるような人に外で成長したい、って里長に願い出たんだよ。龍人の血をどうにか抑えてみせるからってさ」
この経緯は大人組は勿論知っている。しかし、マルク達は知らなかった。
アルが里を出たがっている。そしてそれに向けて準備をしている。聞いたのはそれだけだった。
真相を知った3人は自分達でもわからないほどショックを受けて声も出ない。
「血を抑える?」
イリスは説明の後半部に興味を惹かれた。
「うん、俺は半龍人だけど龍血を封印して今はほとんど人間と変わらないんだ」
「そうなんですの?」
「そ、解除していくと元に戻っていくんだよ。さっき見たろ?」
「あの髪色が変わるやつですか? てっきり魔法だと思ってましたわ」
灰髪に変わった先程の姿を思い出してイリスが言えば、
「軽く封印を解いただけだよ。解除したって魔法も使えないね。龍眼くらいしか使えるものはないかな」
と、アルが返す。
「もう一度見たいですわ」
「……あの、私も見たいです」
イリスにラウラが乗っかった。一昨日の、かなり天気が悪いなかで戦闘しているところしか見ていない。
落ち着いた場所で見てみたいな、と思っていたのだ。
「うーん。まぁ、ラウラも言ってるしいいよ」
そう言ってアルは心臓の上に浮かぶ『八針封刻紋』を解く。あの時と同じ6針だ。少しの間ならここまで解いてもそう影響はない。
「おお~っ! 綺麗な色の眼をしてますのね!」
白っぽい灰髪、緋色の瞳へ変わったアルへイリスが歓声をあげた。なんかかっこいいくらいの感覚だ。
「け、結構印象変わりますね……!」
ラウラは新鮮なアルの姿に少々ドギマギしてしまう。ここまで明るい色の瞳になると、元の眼力の強さがよりハッキリしてしまって視線を合わせづらい。
シルト家の面々はその事情と変化した姿に目を瞠った。聞いたことのない話ばかりだ。
半魔族に血の暴走。それを封印しているらしき魔術。そして意志の強さを体現したような瞳。
その眼光にユリウスの面影を見る。瞳の色こそ違うがやはり似ていた。
「アルの眼はもっと真紅に近いわよ。髪だって本当は銀色だし、そっちのが似合ってるのに」
凛華が不満を垂れる。めっきり見なくなってしまって、なんとなく口惜しい。
「しょうがないじゃん。だから待っててって言ったろ?」
アルは穏やかに凛華を宥めた。
「そうね、待っててあげるわ」
鬼娘が彼にしか見せぬとっておきの笑みを返す。
「ボクは龍眼が見たいなぁ~」
「はいはい、わかったよ」
甘えるエーラにアルは苦笑した。確かにここ最近は龍眼を使っていない。一昨日とさっき使ったくらいだ。
「龍眼ってなんですの?」
「あの瞳孔が細くなる状態でしょうか?」
ラウラとイリスがほぼ同時に訊ねる。
「うん、これだよ」
緋色の瞳に浮いていた瞳孔が、縦に細長くスリット状にきゅっと変化した。
「ほっほう! そうされると魔族っぽいですわね!」
イリスが好奇心を最大限に発揮して瞳をキラキラさせる。
「って言ってもこれくらいしかできないんだけどね」
魔法の使えぬアルがそう言うと、ラウラは龍眼を覗き込みながら訊ねた。
「なんか新鮮ですね。この状態は何ができるんでしょうか?」
「魔力が視えるようになるんだよ」
「魔力? じゃあ、もしかして――」
ラウラが思い出したのは、薄らぼんやり輪郭の見える何かをアルが斬り飛ばした瞬間だった。
「うん、あいつの”右腕”も”左手”も魔力で出来てたからバッチリ視えたよ」
「じゃあ斬ったのも?」
今のラウラは強くなろうと努力しているところだ。自分があの追っ手達とも互角に戦えれば、と思うこと頻りなので貪欲に質問を重ねる。
「そっちは魔術と闘気だよ。ラウラ達は今やっても魔力がすぐに底をつくだろうから、おいおい教えるつもり。その時は専用の術でも考えようか」
アルは『封刻紋』を閉め直しながら応えた。凛華とエーラは「戻すのがはやーい」と不満そうだ。
ラウラは彼が自分と義妹を仲間として扱ってくれていることをちゃんと知っている。
「――はいっ!」
ゆえに嬉しくなって満面の笑みで返事をするのだった。
そこで、立ち直ったトビアスが問う。
「ラウラ嬢から聞いてるけど、帝都を目指してるのはどうしてなんだい?」
里を出た経緯は理解したが、帝都にまで行く理由は知らない。
「〈ターフェル魔導学院〉への入学が里を出る条件だからです。武芸者になって戦闘に明け暮れたり、危ない目に遭うくらいなら、大人になるまでは魔族にとって一番安全な帝国にいる方がいいだろうっていう師匠――里長からの愛情です。まぁ一等ヤバい国とぶつかる羽目になりましたけど」
「な、るほど。じゃあ帝都に向けてすぐ発つのかい?」
帝国伯爵家領主はアルの返答に、帝国人としての誇りを刺激されながら今後の方針を訊ねた。するとアルが首を横に振る。
「とりあえず、この都市で路銀を稼ぐ予定です。当分は追われたりしないでしょうし、二人にも強くなってもらう予定ですから。それに……いい加減ラウラの財布からほとんど払ってもらってる状況をどうにかしたいですし」
アルはおどけたように言った。なんだかヒモみたいだと思っていたので、多少自由な金を作っておこうと思っているのだ。
「別に私は構いませんよ?」
ニッコリと揶揄うように笑うラウラに、アルは苦笑しながら首を横に振っている。
リディアとメリッサは彼女の表情に、本人ですら気付かぬ淡い感情を感じ取った。
「トビアス」
ランドルフが声を掛ける。些か鋭いその声音に呼び掛けられた本人は落ち着いて頷いた。
「承知しています。アルクス君、そういうことなら六人共この都市にいる間はうちの客室棟を使うと良い。宿代はいらないし、食事も出るよ」
トビアスというより、シルト家の総意のようだ。メリッサも頷いているし、イリスも嬉しそうにはしゃいでいる。
「えっ、でもさすがに悪いですし……」
アルは思い切り遠慮した。トビアスの言う通り、宿泊費や食費が馬鹿にならないのは理解できているが、そこまでされるのは貰い過ぎというものだ。
「僕らは君の親戚に当たるんだよ? それに母上や父上は君と話したいこともあるだろうし、君達だけが得をするわけじゃあないんだ」
「……え、ええと」
トビアスの言葉にアルは迷う。己と話をするのが得という感覚がわからない。
仲間に視線をやれば、構わないからそちらで決めろとの視線が返ってきた。
「ふむ、随分遠慮しているな。ではどうだ? ラウラ嬢とソーニャ嬢の鍛錬ついでに、うちのイリスを鍛えてもらう、というのは。魔導学院へ行くのなら魔術に造詣があるだろう? 秘奥や独自を教えろとは言わんから、基礎的な技術なども教練して貰えれば食事代とも釣り合うのではないか?」
ランドルフの言葉がアルの心をぐらりと揺らす。魔術の知識や考え方は個性が出やすい。
師匠ヴィオレッタによる教育を、アルはこれ以上ないほどに最高のものだと信じて疑わない。
――その基礎を教えるんなら釣り合いも取れる、んじゃないか?
「えっ!? アルクス兄様や他の方々にいろいろ教えていただけるんですの!?」
元気良く反応したイリスがすでにワクワクした表情をしている。あのド派手な実戦稽古は彼女にとって相当に鮮烈だったのだろう。
アルは従妹の顔を見てしばし考え、もう一度仲間に視線をやり――……そしてようやく答えを出した。
「わかりました、この都市に滞在している間はその条件でお世話になります」
そう言って頭を下げる。一党の5人もそれに倣って一礼した。
「「「「「(お)世話になります」」」」」
「ようこそ。これからよろしくね」
トビアスがニッコリ笑って歓迎の意を返す。ランドルフとメリッサも頷いているし、リディアも賑やかになりそうだと6人へ笑みを向ける。
最も喜んでいるのは当然イリスだ。一気に親戚の兄や姉が増えたのだ。それはもう生き生きしている。
「困ったことがあったら言うと良い」
ランドルフが穏やかに云うと、再度アルは頭を下げ、
「ありがとうございます。助かり、ま……」
礼を述べる途中で言葉を止めた。
「ん?」
ランドルフが訝しんでいると、
「いきなりいいですか?」
と顔を上げたアルが訊ねる。
――始まったな。
マルクは苦笑いを浮かべた。
――今度は何を言い出すのやら。
「おお、何だね?」
もう一人いた孫の初の願いだ。ランドルフが好々爺のように微笑む。
「ソーニャに盾の扱い方を教えてやって欲しいんです。父さんは盾の扱いが上手かったって聞いたんですけど、魔族は盾を使える人ほとんどいないし、俺も使わないから誰も教えられないんです」
仲間の為だったようだ。少々残念に思いながらもシルト家の大人達は、彼の性格をまた一つ好ましく思う。
「アル殿、さすがに畏れ多い気がするのだが」
「いいんじゃねーの?」
他国の貴族にそんなことを頼むなんて、とソーニャが遠慮すれば訓練相手のマルクが口を挟む。
「しかしだな」
「受けるにしても、逸らすにしても、手本があった方が良いのは当たり前だろ? 俺の攻撃を捌くのだって今のままじゃもうちょい先で詰まる。そのくらいとっくにわかってるだろ」
マルクの指摘にソーニャは「むうっ」と顎に手をやった。
――それはその通りだが……。
そんな風に遠慮したところで、
「俺も一緒に頭下げてやっから、頼んどこうぜ」
とマルクが励ますように言う。ソーニャはチラリと彼を一瞥して、頭を下げた。
「そ、それならよろしくお願いしたい――いや、お願いします」
「お願いします」
ソーニャに続くようにマルクが堂に入った態度で腰をすっと折る。武人としての礼儀礼節を弁えている人狼にランドルフは深く頷いて応えた。
「うむ、頼まれた。任せてもらっていいぞ」
「良かったな」
「ありがたい」
ポンポンと優しく肩を叩くマルクにソーニャが安堵したように笑みを浮かべる。
その時、アルの腹が鳴った。
「あ、そういえば丸一日食べてないんだっけ?」
特に恥ずかしがる様子もなく呟くアルへ、メリッサは柔らかい笑顔を向けた。
「お話が長くなってしまったものね」
「そうだね。さ、遅いけれど朝食にしよう」
母の言葉を受けてトビアスが使用人達を呼び、料理を食卓に運ぶように頼む。
シルト家の面々とアル達6人は程なくして、運ばれてきた朝食を摂るのであった。
普段の倍は賑やかで、ゆったりとした時間。ランドルフとメリッサの瞳にはうっすらと光るものが滲んでいた。
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