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【10.9万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
第2部 青年期 武芸者編ノ壱 新たな仲間と聖国の追手編

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74/223

22話 領主館へ(虹耀暦1286年9月:アルクス14歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


なにとぞよろしくお願い致します。

 武芸都市〈ウィルデリッタルト〉。


 帝都ほどの盛況さはないが――未だ工業化の目途が立っていない職人拘りの武具や防具、そしてそれを求めてやってくる武芸者、また彼ら相手にひと旗揚げてやろうと息巻く商人らが出入りを繰り返す活気のある都市だ。


 大きく取られた大通りの露店スペースには平日・休日問わず、初めて聞く商会が知恵を絞って看板商品を出していたり、名うての商会が新商品を出していたりと――〈ウィルデリッタルト〉だからこそ見られる文化も多い。


 また、ここを治める領主は初心を忘れることなく武芸に身を置いていることでも知られ、市民との距離が近く、それによって必然的に領軍の兵士と住民の距離も近いことで知られている。


 都市全体がどこか小ざっぱりとした気風をしているのも、この都市が興ってからずっと変わらないものだ。



 ここの領主トビアス・シルトとアルクス達6名を乗せた護送車は、都市の門を通って馬車で2時間ほど揺られ、ようやく目的地に辿り着いた。


 この都市の中心部に位置している領主館だ。これでも領主を乗せた馬車として、かなり道を譲ってもらった方である。


 道を開けてもらうたびに御者台の者とトビアスは、律儀に礼を言って護送車を走らせていた。


 領主館は練兵場のような広場が隣接された、質実剛健とでも言うべき武骨な造りをしている3階建ての屋敷だ。樹皮を思わせる落ち着いた色合いの煉瓦造り、内装は木材で統一されている。


 先陣を切って降り立ったアルは周囲に眼を走らせ、ラウラ・シェーンベルグとソーニャ・アインホルンを含めた全員へ頷いた。


 マルクガルムは降りながら親友を見る。


 やはりどこかおかしい。凛華やシルフィエーラに視線を送れば、彼女らも気付いているようで視線を返してきた。


 急に会うことになった顔も知らぬ親族へ神経質(ナーバス)になっているのかと思っていたが、どうも違う。


 神経が尖り過ぎている。普段の飄然としているアルとは別物だ。全く余裕がない。


「家の者を呼んできてくれ。それと彼らは客人だ。何か温かいものと拭くものも頼む」


 最後に降り立ったトビアスは降り続いている雨を見上げながら、近づいて来た家臣へそう告げた。


 急いで取って返す家臣の後を追いながら、


「こっちだよ」


 と客人らを案内すべく、トビアスが歩き出す。


 アル達が大人しくついていくと一階の客間らしき部屋に通された。ふかふかの長椅子(ソファ)と来客用の木目も美しい重そうな長卓(テーブル)が置いてある。


 調度品の類はほとんど置いておらず、壁には盾と剣が交差するように掛けてあった。


「ここで寛いでてくれ。すぐに何か飲み物と拭くものを持ってこさせよう。着替えが要りそうだったら女中達に言って貰えればいいよ」


 そう言ってトビアスが客間を後にする。


 護送車内で今は父が領主代行をしていると言っていた。きっとラウラとソーニャに纏わる事の顛末を報告しに行くのだろう。おそらくはアル()のことも。


 アルは客間を見渡しながら左眼を閉じた。思考するときの癖だ。これからのことを考えていた。


 ――少なくとも聖国の連中のことは一旦置いておいても問題ない、はずだ。 


 本来なら保護を求めてここに来る予定だったが、トビアスが救出に来たことで一気にきな臭さを感じていた。


 ――どちらにせよ安全圏を確保しなければ。


 そんな思考に没頭していた――その時だ。アルの神経が過敏に反応した。


 ノックの音と共に、誰かが()()してくる。


「失礼いたします。お飲み物を――」


 左手で鯉口を切り、右手で刃尾刀を――。


「落ち着きなさい」


 引き抜けなかった。アルの様子が変だと思っていた凛華がずっと隣にいて諌めたのだ。右腕を押さえて抜刀を阻止している。


「あ……ごめん」


 完全に無意識だったアルからはピリピリとした殺気と魔力が漂っていた。


「もっ、申し訳ございません! お取込み中だとは――」


 まだ若い女中が青褪めた顔で謝罪してくる。一瞬だけ膨れ上がった殺気と魔力に中てられてしまったようだ。


「あ…………いえ、申し訳ありません。飲み物と拭くもの……ですよね? そこにお願いします」


 アルは女中に向けて深く頭を下げた。何を仕掛けたか自覚したらしい。


 女中はアルの急に畏まった態度に目を白黒しつつ、


「で、ではこちらに置いておきますので、お寛ぎください」


 と職務をまっとうして部屋を出て行った。


 やはり普段のアルではない。ラウラが不安そうに気遣う。


「アルさん、大丈夫ですか?」


「うん」


 考え込むような彼の表情はちっとも晴れない。隈のようなものも見えるし、眼つきがキツい。


「頭拭きなよ。アルだけびしょ濡れだよ」


「…………」


 エーラの言葉を聞いてもアルは動かず、数瞬後――――扉に手をかけていた。


「っておい、どこ行くんだ?」


 慌てたマルクの問いかけにアルがボソッと答える。


「ちょっと頭を冷やしてくる……」


「これ以上身体冷やしたら風邪ひいちゃうよ!」


 そんなエーラの声も聞こえていないのか、アルはフラフラと扉を開いた。


「……ここは気配が多すぎる」


 去り際に誰へ言ったものかもわからないぼやき声を呟くと、そのまま扉の外へ出て行ってしまった。


「ちょ、ちょっと!」


 凛華の呼びかけにも反応しない。夢遊病者のような足取りだ。


「こっちは俺が見とくからアルを頼む」


 マルクが凛華とエーラに言えば、


「言われなくてもわかってるわよ」


「頼まれなくても行くに決まってるじゃん」


 と2人も憎まれ口を叩いて出て行った。


「アル殿、様子がおかしかったが大丈夫だろうか?」


「わからねえ。あんなあいつは初めてだ」


 アルは確かに気配や悪意、害意に敏感ではあるが、過敏というわけではない。機敏に反応するというだけだ。


「アルさん……」


 残った3人に彼が倒れたという報せが入ったのは、その30分後のことであった。



 ☆ ★ ☆



 領主館の執務室。必要なもの以外には出費を渋るシルト家らしく、こちらも過度な装飾のない落ち着いた内装だ。


 そこに現領主トビアス・シルトと、その父であり、今の今まで領主代行の任に就いていたランドルフは向かい合って座っていた。


「今日の今日で戻ってくるとは思わなかったぞ。まさかラウラ嬢達がこちらへ向けて出立していたとは。それで、彼女らに怪我は?」


「護衛の武芸者らの活躍によって、彼女らに怪我は一切ありません。また理由があって今朝方〈ヴァルトシュタット〉を出立していたそうです」


 ランドルフもとりあえずその一言で肩の荷が下りたような気分になる。


 ――しかし、理由とは?


「それは吉報だが、出立せねばならん理由とは何だ? 聖国の追っ手が街に来たのか?」


「いえ、神殿騎士が街の外に出ていた〈ヴァルトシュタット〉の住民を一人捕らえ、拷問したそうです」


「なんだと!? 巫山戯た真似をしおって! その者は!?」


 厳しい表情のトビアスが報告した内容に、ランドルフも怒りを露わにする。


 ――帝国領に土足で踏み込んできただけでは飽き足らず、その臣民まで甚振るとは!


「今は街の方で治療中だそうです。どうやら()()()逃がしたようで、命に別状はないとのこと。いずれ怪我も恢復するでしょう。ラウラ嬢達はそれがあって街を出たそうです」


 ランドルフは”あえて”という部分にしっかり反応した。


「まさか、彼奴らの揺さぶりに乗ったのか?」


 ラウラ達に「お前らのせいだ」と知らしめる野蛮な示威行為にまんまと乗ってしまったのか? という意味だが、トビアスは静かに肯定しつつもキッパリと否定する。


「ええ、と言うよりは利用したようです」


「利用だと?」


 ランドルフは「わからない」という顔をした。


「街の住民を脅威に曝さず、追っ手を仕留める為に」


「なんと。ラウラ嬢はそこまでの傑物であったか」


 囮と逃亡をどちらもやってのけるとは、豪胆だという他ない。


 ――流石はかの豪傑の娘。


 そう感じたらしい父の思考を読んで、トビアスは再度否定した。


「いえ、彼女の護衛依頼を受けていた一党の頭目が考えた策だそうです」


「確か護衛についていたのは『黒鉄の旋風』という四等級の一党と、新人の六等級の一党であったな」


 その訂正を聞いたランドルフが先んじて届いていた報告を思い返す。


 見送って執務をしていた数時間後に「終わった」という報告と共に無傷の兵士達を連れて息子が返ってきた。狐に化かされたような気分だ。


「『黒鉄の旋風』の六名は臨時だそうです。考えたのは後者の頭目。ラウラ嬢とソーニャ嬢が仮所属している一党の頭目でもありますね」


 息子の報告にランドルフが目を見開く。


「新人が考えた案に乗ったのか? なんと無茶な――」


「結果として神殿騎士百五十名以上――内準聖騎士一名が死亡、現在生き残り一名を捕縛中です。また捕縛以外、我々は護送しかしておりません。尚、ラウラ嬢・ソーニャ嬢を含めたその新人一党並びに『黒鉄の旋風』の総員、計十二名はかすり傷程度で生存しております」


 ランドルフはその報告に目を点にした。


 ――百五十名、おまけに準聖騎士一名だと? うちの軍は一人捕縛しただけ?


 であるならば聖国の連中を倒したのは、その一党達と『黒鉄の旋風』ということになる。


「……は!? そんなに入り込んで、いや準聖騎士を仕留め……一体どうなっている?」


 受け入れがたい事実に珍しくハッキリしない物言いになってしまう。意味がわからなかったのだ。


「それが事実です。詳細な人数は後日報せが来るかと」


 トビアスは受け入れろとでも言うかのような眼を父に向ける。


「…………むぅ、まぁ良い。それで、客人というのは『黒鉄の旋風』とその新人一党か? 人数が合わんようだが」


 一旦呑み込もう。ランドルフは事実を事実と受け入れるだけの度量を発揮して息子に問う。


「『黒鉄の旋風』には、うちにある高級宿の宿泊券と褒賞を用意する予定です。今は滞在費を渡してあります。彼らはラウラ嬢達の境遇を聞いて、臨時で依頼を()()()行き、報酬はこの都市についた後の食事代のみだと提示したそうですし」


「ほう、また粋な者らよ。それでこそ義に溢れる帝国武芸者だ。素晴らしい。」


 ランドルフは一気に『黒鉄の旋風』への好感度を一気に天井まで上げた。骨のある一党から、誇り高い戦士の一党くらいにまで。


 そういう話が大好きなあたり、この都市の領主としては正しく適性があるのだろう。


「ええ、彼らの協力があったからこそ追っ手の殲滅まで計画できたそうです。褒賞を出すのが妥当かと」


「うむ、私も同意見だ。して、その新人一党は? 頭目は頭が切れるようだし、余程腕の立つ者達のようだが」


 話を聞くだけでも新人と思えない。


 仮令(たとえ)相手が新兵だったとしても、10数名で100名以上を屠るなど実力差と実行力、そして成し遂げるだけの胆力がなければ不可能だ。


「ラウラ嬢とソーニャ嬢の二名。そして残りは魔族の若者達…………四、名です」


 アルクスを魔族に纏めて良いものか、判断に迷ったトビアスの言葉が詰まる。


「令嬢二人はさて置いて、魔族四名だと? ”若い”とは、どの程度若いのだ? 魔力の質が深い者はある程度成長すれば老化が緩やかになるものだろう」


 若いと言っても見た目20代で50代の魔族と云うのもいるし、人間とて魔力が深みを増せばそれだけ長く生きる者も普通に存在する。


 つまるところ、若いの幅が広いだろうとランドルフは指摘したのだ。


「うちのイリスより二つ、三つ上といったところでしょうか」


「子供ではないか!」


 息子の回答にランドルフが思い切りツッコミを入れる。


 孫のイリスと近いなど何の冗談だ。


「そうです。その子供達が神殿騎士らを屠り、頭目に至っては聖国の大規模術式を()()()()()ました」


 だがトビアスの表情は至って真剣だ。


「…………戦術級と言われているものだろう、あれは確か」


 ランドルフがぎょっとして確認する。聖国の大規模術式――――”連結霊装術式”は伊達や虚仮脅しの類ではない。


 ――それを弾き飛ばすとはどういうことだ?


「ええ、ですが生半可な炎は彼には効かないとのことです。私以外にも領兵や、二等級や三等級の武芸者らも目撃しています。少なく見積もっても四十名ほどを相手にたった四人で蹴散らしていました」


「……末恐ろしいな。種族は何なのだ? うちにおる武芸者にも見る種族か?」


 戦闘民族の魔族が強いことはランドルフとて良く知っている。しかし聖国の騎士を相手取るほど強いとは知らなかった。


「あー……はい、いいえ」


「む? どっちだ?」


 途端に歯切れが悪くなった息子を訝しむ。


「言い辛いと言いますか、あー……彼らは人狼族、鬼人族、森人族それぞれ一名。そして頭目は…………半龍人です」


「半龍人? 半魔族だとでも言うのか?」


 純粋な魔族ではなく、半獣人らのように血が混じっているということだろうか? とランドルフが問えば、


「はい。龍人族と人間の子供です」


 トビアスは首肯した。


「それは……何とも新時代的な若者がおったものだ。では私が気になるだろうから呼んだのだな?」


 ランドルフがなるほどと頷く。強い若者でありながら半魔族。そんな存在、寡聞にして聞いたことがなかった。


 しかし、興味が一層出て来た父の質問をトビアスがアッサリ否定する。


「いえ、違います」


「む、違うのか?」


 じゃあなぜだ? そんな視線を投げかける父へ、トビアスはこの話の核心をやっと告げることになった。


「その半龍人が……私の甥だからです」


「………………今なんと、言った?」


 今度こそ訳が分からない。ランドルフが唖然とする。咄嗟に息子の正気を心配すらした。


「その半龍人が私の甥――つまり父上の孫に当たる存在だからです」


「何を、馬鹿な――」


 幸いなことにランドルフに愛人や浮気の覚えは一切ない。隠し子の子供という可能性はゼロだ。そもそもそんなことすれば妻に絞め殺されていただろう。


「かの者の名はアルクス。アルクス・シルト・ルミナス。父はユリウス――兄上の忘れ形見のようです」


「ユリウスだとっ!? 待て――今、”忘れ形見”と言ったか?」


 思ってもみなかったもう一人の息子の名に驚き、次いで忘れ形見という言葉に反応した。そんな言葉を使うのは…………。


「はい。兄上は既に他界しているとアルクス君は言っておりました」


「なぜわかったのだ? 名乗ったのか?」


 息子の死を認めたくないランドルフがトビアスの勘違いか、アルクスの()()を疑う。


「いえ、父上が兄上に贈った剣を持っておりました。うちの紋章もしっかりと。訊けば父の形見だと言い、顔立ちはそうでもありませんでしたが目は兄上に瓜二つでした。というか、かなり警戒されたので名乗ってもらうのも骨が折れましたよ……」


 思い出してトビアスが肩を落とす。非常に居心地の悪い空間だった。


「……あの剣を――む、警戒? トビアス、お前一体何をした?」


 ユリウスに贈った剣は1本だけ、そして貴族の紋章を勝手に使えば仮令(たとえ)魔族だとしても帝国では罪に問われる。


 そもそもユリウスと仲の良かったトビアスが見紛うはずもない。この上ない物証だ。


「戦闘後で気が立っているかと思い穏やかに接したら、わざわざ他国の令嬢を救出に来たことを怪しまれまして。護った仲間をむざむざ利用されてたまるか、と物凄い殺気と魔力をブチ当てられましたよ。あれは対応を間違えてたら準聖騎士のように斬り殺されてたでしょうね」


 息子の返しでアルクスとやらの騙りの可能性も消える。


 どうやら息子に言い寄るどころか、牙を剥きかけたようだ。というか――――。


「準聖騎士を倒したのはそのアルクスだったのか」


 さっきから『黒鉄の旋風』が出てこない。


 ――準聖騎士を孫と然して変わらぬ半魔族の子供が倒してしまったというのか。


「はい。喚いて暴れる準聖騎士と、静かに圧倒する彼では明らかに格が違いました」


 しかも相当に実力差があったらしい。


「そうか…………ユリウスはそのアルクスを残して、先に逝ってしまったのだな」


 とりあえずわかったのはそれだ。最も重要な事実。


 愛すべきシルトの長男(ユリウス)はもうこの世にいない。


「…………はい。今は魔族の――彼らの故郷の墓地で静かに眠っているそうです」


 トビアスが沈痛な表情でそう告げる。兄弟仲は良かった。


 武芸者になると息巻いて活発なユリウスは、トビアスに様々な話を聞かせていたのだ。


 子供の頃は武芸者の活躍譚や英雄譚を話し、活動し始めてからは土産と酒を持ってフラッと寄っては楽し気に弟や父に自分の片付けた依頼の話なんかを語って聞かせてくれていた。


「なぜ、死んだ?」


 核心だ。ユリウスが死んだ理由。聞かずには死ねぬ。


「それは私が訊くのを一時的に止めました。ここに呼ぶと決めていましたので」


 トビアスはその為に彼らをここに招致した。


「そうか……すまん、メリッサを呼んできてくれ。お前もイリスとリディアを呼んできた方が良かろう」


 メリッサ―――ランドルフの妻。つまりユリウスとトビアスの母だ。


 イリスはそのアルクスの従妹にあたるし、トビアスの妻リディアにも共有しておくべき事柄であるのは間違いない。


「ええ、そのつもりです」


 先ほどより少々老け込んで見える父に、トビアスも沈んだ顔で頷く。



 そんな彼らにアルクスが倒れたという報せが届いたのは、メリッサが執務室に呼ばれた頃の事であった。



 * * *



 アルが倒れたのは凛華とエーラが追いかけて少ししてからの事だ。


 声を掛けづらい雰囲気の彼はエーラの渡した葉を傘にしてぼーっと灰色の空を眺めていた。


 何を考えているのかわからない顔で左眼を閉じていたが、その吐息が荒いことに凛華が気付き、エーラが椅子でも作ろうかと地面に目を移した瞬間。


 ドシャ……という音と共に地面に倒れていた。


 2人が慌ててアルを背負って客間に戻り、そこからは屋敷内で忙しく人員がバタバタ動き回ることとなった。




 すぐさま癒者が呼ばれ、アルの容態を診てもらうと、


「あちこち打撲痕が残っているし、筋肉も断裂寸前の箇所がいくつかある。特に左半身は酷い、よく骨が折れなかったものだよ。それと、過労だね」


 との診断結果を教えてくれた。


 客用の寝室に寝かされたアルは死体のように身動ぎ一つしない。ランドルフとトビアスだけは彼の仲間たち同様、この寝室にいる。


 さすがに孫がいて、その孫がぶっ倒れたなんてメリッサには言えなかった。


「変だとは思ってたけど、限界だったんだね」


 エーラがアルの手を握って優しく撫でる。


「いつも何とかなるって顔してたから騙されたわ。ちゃんと言いなさいよ」


 凛華もアルの腕をぎゅうと抱き寄せた。そこでマルクがハッとして苦々しげな表情を浮かべる。


「マルク? どうしたのだ?」


 ソーニャはその表情に何かあると思い訊ねた。


「いや、いくらアルでもあんなにポンポン策や術を思いつくわけがねえって気付いたんだよ」


「それって――」


 凛華もハッとする。


「大して脳を休ませてなかったんだよ、こいつ。俺らが寝てる間もずっと考えてやがったんだ」


 マルクは頷いて言った。その言葉でラウラとソーニャも察する。アルが教えてくれた前世の自分との対話。


「そして、あの”見えぬ右腕”を使う騎士率いる神殿騎士共との戦闘で限界が来た、と?」


「たぶんな。大体、あの魔力を乗せた咆哮も、全身を纏ってた蒼炎も――俺らは一度だって見た事ねえ」


 これにはエーラも頷く。


「あの魔力は流石にヤバい! と思ったのに、簡単に弾いてたもんね」


「えっ? あれはあの状態のアルさんが使える魔法とかではなかったんですか?」


 ラウラは問うた。


 迫る絶望を呆気なく吹き飛ばしたあの蒼炎はアルが灰髪になれば使える”魔法”だと思っていたが、そう考えると今まで聞いたことと矛盾する。


「アルはどんな状態になっても魔法は使えないわよ。銀髪に戻ってもね」


 凛華が応えると、ソーニャが不思議そうに訊ねる。


「あの眼は違うのか?」


「それは魔法じゃないわ。龍人族の魔法は【龍体化】。アルは龍眼と龍爪くらいしか使えないわよ」


「ボクの『妖精の()』みたいなもんだね」


「じゃあ、あの炎は……ただの魔術?」


 思わず敬語すら忘れてラウラは問うた。”魔法”なら凄いで済んだが違うとしたら――――。


「じゃないかな? そもそもアルは持って産まれた魔力と龍眼以外、後から身に着けたのしかないよ。龍爪だって、爪より先に皮膚が耐えらんないから使えないって言ってたし」


「うぅむ。だとすれば私達もあんな風なことができるようになるのだろうか?」


 ソーニャは希望を持った。


 魔法と言われたら手の出しようもないが、魔術と技術なら努力次第でなんとでもなる。ラウラも義妹と同じ気持ちになった。


「お前ら既に訓練やらされてたじゃねーか。あれ昔からアルがやってる鍛練をひと纏めにしたようなもんだぞ。魔術に関しちゃちょっと違うけどよ」


 何言ってんだ? という顔をするマルクに、ラウラとソーニャは顔を見合わせる。


 ある程度戦えるようになる為の――付け焼刃的な訓練だと思っていたが違った。


 彼は最初からずっと仲間として見てくれていたのだ。その事実に心があたたかくなる。


「まぁどっちにしても起きたら説教よ。まったく」


「ホントだよねぇ」


 凛華はそう言いながらもアルの腕を抱きしめたまま、エーラは優し気な顔で黎い髪を撫でていた。


 ラウラはなぜか、その光景にちくりと胸の痛みを覚える。



 そこで傍観に回っていたトビアスとランドルフが声を掛けた。既にアルの短剣となっているユリウスの剣は確認済みだ。


 自分の贈った物だとすぐに認識できたランドルフは複雑な心境を隠せなかった。


 孫がいたことは嬉しい。仲間にも恵まれている。しかし、ユリウス(息子)が死んでいるということを俄かには信じたくない。


「彼が起きてから僕らは話を訊かせてもらうよ。アルクス君の祖母や彼の従妹――僕の娘もここにはいるし」


 ランドルフの妻メリッサと、トビアスの娘イリスとはまだ顔合わせもしていない。


「うむ。ラウラ嬢とソーニャ嬢の希望も聞いた。ひとまず彼が起きるまでは六人共この領主館に滞在すると良い。イリスも喜ぶだろう」


 ランドルフも続く。アルクス()と話をしてみたかったが、今の状態では無理だ。


「「「ありがとうございます」」」


 寝室を立ち去っていくを2人へ、面々はラウラを筆頭にして頭を下げた。ラウラとソーニャの希望と云うのは、彼らと共に当初の予定通り帝都を目指すことだ。


 〈ウィルデリッタルト〉での保護は求めず、共和国の交易都市〈ヴァリスフォルム〉への連絡だけを頼んだら快諾してもらえた。


 トビアスとランドルフはこの顛末をしっかりと帝国の中央へ伝えるつもりでいる。


 帝国への無断侵入も聖国を問い詰める良い材料になってくれるだろう。


 その時、3階にある部屋の窓がこんこんと軽い音を立てた。見れば黒い羽毛に紫の羽毛が艶やかな三ツ足鴉がいる。


「翡翠、おかえり」


 先程まで雨の中にも関わらず都市外縁を飛び回っていたが帰ってきたようだ。


「カア~」


「楽しかった?」


 ただいまーというように啼いた夜天翡翠の羽を拭いながら凛華が訊ねた。


「カァカア~」


「そう、良かったわね――あら、雨止んだみたいよ」


 ふと光を感じて窓の方を見れば、都市を濡らす水溜まりが夕暮れ色の光に染まっている。雨雲には引っ掻いたような切れ目が広がっていた。

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