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【10.9万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
第2部 青年期 武芸者編ノ壱 新たな仲間と聖国の追手編

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21話 トビアス・シルトとアルクス(虹耀暦1286年9月:アルクス14歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


なにとぞよろしくお願い致します。

 アルクス達6人は結局、領軍の率いてきた護送車に乗せてもらう運びとなった。


 護送車と言っても囚人護送車ではない。


 武芸都市〈ウィルデリッタルト〉の現領主トビアス・シルトが、ラウラ・シェーンベルグとソーニャ・アインホルンの保護と護衛の為に用意していたものだ。


 鋼鉄製の飾り気のない駕籠で、無駄な意匠を凝らしていない堅実な造りをしている。


 堅牢性と防錆性を主に高めているそうだ。


 現在、領軍は非常にゆったりとしたペースで街道を北上している。と、いうのも外の天気は雨。


 アルがトビアスの申し出をとりあえず受け入れてすぐに、ザーザーと降り出した。


 神殿騎士共の”連結霊装術式”で撃ち出された火箭を上空へ弾いてしまったせいで、只でさえ分厚い雲に覆われていた空が堪えきれなくなったように雨を溢し始めたのだ。


 それゆえ濡れた街道を急いても良いことはない、と低速で都市へとんぼ返りしている最中である。


 護送車の中には現在6名がいた。アルを除いた5名とトビアス・シルトその人だ。


 彼はおもむろに口を開いた。


「嫌われちゃってる、のかな?」


「『信用はしない』、あいつはそう言った。俺らもそこは履き違えてねえ」


 斜め前にいるマルクガルム・イェーガーと名乗った青年の返答に、トビアスが肩を落とす。


 最後の最後まで、アルはこの護送車に乗り込むことを渋った。


 この護送車内はコの字を描くように座席がついているが、奥に護衛を伴わない非武装のトビアスが座り、そこから最も離れた席にラウラとソーニャを配置させなければ乗らない、とまで言い切ってようやく話が纏まったのである。


 トビアスは手負いの獣染みたアルの態度に面食らったものだ。


 ――()()だと名乗ってもここまで信用されないとは。


「アルさん、大丈夫でしょうか?その――」


 不安げなラウラのにマルクも難しい表情を浮かべる。


「……しょうがねえんじゃねえか? 『黒鉄の旋風』には森人がいた。〈ヴァルトシュタット〉にも鉱人がいた。ここには人間しかいねえ。ピリつくのもわかる」


 マルクの言葉は半分ほど的を射ていた。


 尚、その『黒鉄の旋風』の6名は現在領軍と共に来ていた武芸者に知り合いがいたらしく、彼らの馬車に乗っている。


 1名だけ生き残った――というか生き残らされた神殿騎士は簀巻きにされて厳重な監視の下、貨物車で移送中だ。


「彼――君らがアルと呼んでる青年はいつもこうなのかい?」


 いまだにアルは名乗ってすらいない。


「いえ、ここまで攻撃的な態度は知りません。まだ数日の付き合いですが、アル殿はもっと落ち着きがあるし、飄々としてます」


 ソーニャの回答に一党の面々も頷いた。


 ――ということは、やはり警戒されているのか。


 トビアスはそこそこの精神的損傷(ダメージ)を隠せない。


「あいつの決定が俺らの行動方針を決める。だから慎重にならざるを得ない。あんたじゃなくても同じ態度だった……はずだ」


 そんな彼にマルクは慰めるように言った。


 信用はしないが邪険にするつもりはない、少なくとも自分は。


 そんな彼の真意に感謝しつつ、トビアスも少しだけ持ち直す。


「そう言って貰えると助かるよ」


「でも今のアル、ちょっとおかしいよ」


 話題を引き戻すようにシルフィエーラが難しい顔で言う。


 凛華もそう思っていたのか、深く頷いた。


「そうね、アルにしてはピリピリし過ぎてるわ。殺気が消せてないもの」


「やっぱり六針解除しちゃったからかな?」


 感じていた違和感の正体に気付いたエーラがそう言うと


「それかもしんないわ、いつも五針だったもの」


 凛華も「あっ」という顔をした。


「あのぅ、その『針』って何でしょうか? アルさんの髪と瞳の色が変わったことと関係あるのはわかるんですけど」


 ラウラはアルを昔から知る2人の会話に「ここ!」と混ざる。


 視覚的にも、状況的にも、かなりの衝撃(インパクト)だったのでずっと気になっていたのだ。


「うん? あ、そういえばあんた達の前では一回も解いたことなかったわね」


 凛華がそう言うとラウラがこくこくと朱髪を揺らす。


「元々アルは銀髪で、目はきれーな紅なんだよ」


 とエーラが教えるが、それが説明になっていないことは当人らも理解している。


 すぐに凛華が続きを話し出した。


「龍血を封じてるのよ、おばさま――あいつのお母さんの種族の血を段階的にね。さっきはそれを解いてたから元の色に戻りかけてたの」


「えっ? 龍人族の血を封じてるって、なんでそんな――」


 ――お母様と仲が悪いのだろうか?


 ラウラはソーニャと目を見合わせる。そんな2人の考えをエーラは首を横に振って否定した。


「昔、暴走しちゃったからだよ。二年前くらいかな? 〈刃鱗土竜〉とやり合った時に本能のまま大暴れしちゃったからって自分で封じたの」


「じっ――」


 トビアスは驚愕の声を上げかけ、無理矢理抑え込む。


 〈刃鱗土竜〉とは高位魔獣と呼ばれる強力な魔獣だ。


 ――そんなのと2年前に?


「アル殿自身でか?」


 ソーニャは「うん?」と考え込むように腕を組む。


 ――普通なら誰かに封印を施してもらうとかじゃなかろうか?


「アルが創ったのよ」


「あぁ、なるほど。流石だな」


 凛華の端的な答えで納得した。


 彼には『魔眼』がある。その難易度を知らない為か、ソーニャはすんなりと納得した。


 逆にラウラはその難易度が如何に高いか察することが出来たので、目をまん丸にして驚く。


 トビアスも同様だった。


 ――あの戦闘で実力の高さは察したけど、まさか魔術まで並以上に熟すとは。


「お母様と仲が悪いわけではないんですよね?」


「うん、むしろ仲は良いよ。ただ一度暴走したら、しやすくなっちゃって。それで稽古もできなくなっちゃったんだ。それでアルが怒って封印したの」


 エーラがあっけらかんと応える。


人狼(おれ)鬼人(りんか)と同じで、龍人族ってのは魔族の中でも戦闘民族に分類されるんだよ。その強すぎる闘争本能に人間の血じゃ耐えられなかった、らしい。だから今のアルは人間と変わらねーんだ」


 マルクの補足説明は、人間組の3名を瞠目させるに充分な効果を持っていた。


 トビアスはその彼が、戦闘民族である純魔族達を率いていることに。


 ラウラとソーニャは黎い髪のアルが、自身らとほぼ変わらない存在であることに。


「……ほぼ人間でもあれだけ戦えるんですね。そう言えばあの大規模な術式も黎いまま弾いちゃってましたし」


 だからこそラウラは希望を持った。


 龍人の血があるから半魔族でも強いのかと思っていたが、どうも違うらしい。


「アルに生半可な炎は効かないわよ、闘気も出てたし。一時期は龍焔まで使ってたんだから。あーあ、せっかく紅っぽい目に戻ってたのに」


 凛華はつまんないとでも言いたげだ。


「ね~。やっぱりアルは紅いのが似合うよねぇ」


 エーラも不満顔である。ラウラは見てみたいなぁと夢想する。


 少ししか見れなかったが、灰髪緋瞳でも似合っていた。


「でも結局、六針解除したのはなんでだろ?」


 エーラの疑問には凛華も首を傾げる。


「そうよねぇ。あの準聖騎士とかいう奴、龍眼が使えるアルには大して脅威でもないのに」


 5針解除すれば――つまり3時まで戻せば、充分に倒せたはずなのだ。


 そんな2人にマルクが呆れたような視線を向ける。


「はぁ? お前ら、わからないのかよ?」


「え? 知ってるの?」


「あんたなんで知ってるのよ?」


「いや、そりゃ――」


 マルクがそう言い掛けた時、アルが護送車の後方にのみ設置されている扉を開いて戻って来た。


 雨でびしょ濡れだが、赤褐色の瞳には妙に強過ぎる光が宿っている。


「アルどこ行ってたの? びしょ濡れじゃない」


「ん、『黒鉄の旋風』から食糧の余りを貰いに」


 そう言ったアルの懐には食糧らしきものが葉に包まれていた。


 森人のケリアやプリムラに貰って来たらしい。


「僕の渡したものは――」


「頂いておきます」


 素っ気ないアルの返答にトビアスはやはりショックを受ける。


 渡した物資さえ使う気にならないらしい、処分したと言わないだけまだマシだが。


 背嚢にはその物資分の膨らみが見えるので、本当に貰うだけに留めたようだ。


「清潔な布も貰ってきた。エーラ」


「なあに? ふぇへっ!?」


 アルはサッとエーラの前に片膝をついて、側頭部から出ていた彼女の血を拭いながら『治癒術』を発動させた。


 魔力の波長を同調させて活性化させる難易度の高い術だが、アルや繊細なエーラにはそこまで難しくもない。


「ちょ、ちょっとアル。自分で掛けられるよ」


「頭は難しいだろ? じっとしてて」


 恥ずかしがる耳長娘に有無を言わせず、アルは彼女の頭に手を当てて『治癒術』を施す。


「後で少しでもおかしかったら言うんだよ。頭は繊細だから」


「う、うん……っ」


 エーラは珍しく言葉も少なく、顔も赤い。


 次いでアルは隣の凛華へと顔を向けた。


「あたしはそんなに怪我してないわ」


 と、胸を張ってみせる彼女を無視して、アルはその頬をむぎゅっと優しく挟む。


 そのまま『治癒術』を掛け始めた。


「顔、少し怪我してただろ。口も切ってたはず。動かない」


 こうでもしなければ嫌がって治療を受けない可能性がある。凛華はみるみる内に顔を真っ赤にさせた。


「他は? どっか打ったりしたとこは?」


 アルは至って真剣な顔で問う。


「~~っ!? 大丈夫っ! もう大丈夫だからっ!」


 頬を挟まれたままブンブン首を振る鬼娘だが、アルはジトッとした視線を向けた。


「手は? あ、やっぱり。ていうかエーラもだよ。手は?」


 気付かなかったと凛華の手を清潔な布で拭いながら治癒し、エーラの手も弽を外してやりながら治す。


 耳長娘はもう耳まで真っ赤にして俯いてしまっていた。


「て、てかあんたの頬っぺた! そっちもでしょ!?」


 頬を赤い凛華に指摘され、アルが己の頬を軽く触る。


 掠ってすぐに視界を潰されたが、あれからすぐに視力が回復したので気にも留めていなかった。


 そんなのあったな、と適当な返答を返す。


「あぁ、唾つけときゃ治るよ。それよか貰ってきた食糧、食べとこう」


 相変わらず自分には雑だ。『治癒術』を使う様子もなく、一党の面々に貰ってきた食糧を配っていく。


 マルクはまだまだ照れの残っている2人に「わかったか?」という目を向けた。


 凜華とエーラが「何? なんか文句あるの?」と視線で返す。


 変なとこで鈍いんだよな、とマルクはため息をついて端的に応えてやった。


「怒ってたんだよ」


「「あ……!」」


 それでようやく疑問の答えに辿り着いた鬼娘と耳長娘が黙り込む。


 だが、フニャフニャとにやけた口元は隠せていない。


「怒るって、何が?」


 脈絡のない一言にアルがキョトンとした顔を向ける。


「何でもねーよ」


 マルクは大したことはないというように手を振った。


「そう? ラウラとソーニャは? 怪我とか」


 じゃあいいか、とアルは後方の2人へ声を掛ける。


「な、ないです! ……護って、くれましたから」


 ラウラは凛華とエーラの治療を見ていた為か赤面していたが、最後の方ははにかんで答えた。


 これでも良いとこの令嬢である。アルの行動に乙女心が疼いていた。


「こちらもない。アル殿も食べた方が良いぞ」


 一方でソーニャはアルの表情が張り詰められていることに意識が向いているのか、食事を摂るべきだと進言する。


「そっか。うん、そうしようかな」


 アルはそう言ってマルクの隣へ座り、片手でパクつき出した。


 黒蒸麦餅(パン)で薫製肉を挟んだ携帯食糧(サンドイッチ)だ。


 しかし、言葉の柔らかさとは裏腹にもう片方の手は常に武器に掛けられるようにしている。


 龍鱗布も濡れている筈なのに妙に揺らめいていた。


 トビアスはアルの対応に徹底的な警戒を見て取る。ついでに彼と周囲の関係性もある程度把握した。


 ――少なくともあの鬼人と森人の少女達は鬼門だ。彼女らに何かあれば、彼は迷うことなく()()()()()だろう。


 そう判断して慎重に口を開く。


 何せ初動を間違えている、甥に余計な神経を使わせたくもなかった。


「挨拶がまだだったね。僕はトビアス。トビアス・シルトだ。君の叔父に当たる、と思う…………十中八九」


「アルクス・シルト・ルミナスです」


 アルの挨拶は端的。それ以上言う気もない。そんな心の声すら聞こえてきそうだ。


「そうか。ルミナスというのは――」


「母の姓です」


「そうなんだね。君の母上というのは――すまない、聞こえてしまった。龍人族なんだね?」


「そうです」


 やはりアルは警戒している。急に叔父だと名乗ればそうもなろうが、もう少し会話をして欲しいところだ。


「つまり君は半魔族、なんだね?」


「はい。半龍人です」


「そうか。兄上も凄いものだ。いまだ魔族と結婚した者は帝国にもいない」


 しみじみとした様子のトビアスに、アルは疑問をぶつけることにした。


「……どうして父が貴方の兄だとわかったんです? 短剣を見てましたが」


「ああ、それは、あー…………見せてもらってもいいかい?」


 トビアスは思い切って訊ねた。


 ――現物を見せて説明するしかないが、触らせてくれるかどうか。


「…………どうぞ」


 しばし逡巡したのち、アルは大振りの短剣(ダガー)となった元長剣を見せる。


 が、鞘と鍔をまとめてがっしりと掴んだままだ。抜かせる気はサラサラないらしい。


 おまけに左手で刃尾刀の鯉口まで切っていた。凛華がぎょっとして立ち上がり、アルの方に寄る。


「アル、流石に失礼よ。あたし達がいるから大丈夫。ていうか髪濡れっぱなしじゃないの。拭きなさい」


「髪は後でいい」


 にべもなく返す彼の視線は短剣に注がれている。


 そんな風に応えつつも、一応凛華の言を受け入れたのか刃尾刀を完全にスッと鞘へ納めた。


 トビアスは抜刀寸前状態だったと知り、冷や汗を流しつつも、あえて無視して説明する。


「ここだよ。武芸者になると家を出る兄に、父が贈ったんだ。うちの紋章が彫られてる。盾の上の方にも同じのがあった筈だよ。家を背負うわけじゃないから大きく彫り込めなかったんだけど、剣には出来るからね」


 そう言って太めに作られている柄頭を指した。


 そこには多少黒ずみの残る紋章と、言われればそう見えないこともない紋章が彫りこまれていた。


 よくよく見てみると、トビアスが身に着けている軍服の袖元についているものに似ている。


「盾は割れてるからわかりません…………って贈られた? 帝国は次男が跡継ぎなんですか?」


 アルは紋章を確認すると、すぐに短剣を引っ込めながら問うた。


 父が武芸者だったことしか知らなかったが、貴族だったとしたらそうなった経緯がわからない。


「ああ、いや、違うんだ。うちだけだね。〈ウィルデリッタルト〉が武芸者発祥の地って言うのは知ってるかな? ――――そうか。うちは武芸者って呼ばれた亡国の騎士が家格を貰った形で貴族入りしたんだ。そのせいなのか、困ったことにうちの家では数代に一人、必ず武芸者に成りたがって家を飛び出す者が現れるんだよ。


 僕の祖父も領主だったけど次男でね。聞けば長男と長女は揃って武芸者になったらしいし、兄も昔からそんな感じでね。こりゃあ跡を継がんだろうってことで、父も母も反対するより快く送り出すことにしたらしいよ」


 その説明にアルは「……なるほど」と呟いた。


 一応、その説明で筋は通る。


「では反対されることもなかったから、アルさんのお父様はその剣を贈られたのですか?」


 話を聞いていたラウラがそう問えば、


「そうだね。そもそも武芸者として成り立った家だし、帝国の武芸者は上に行けば行くほど誇りある職業として見て貰える。駄目だっていう理由もほとんどなかったんだよ。僕も応援してた。ウィルデリッタルト周辺で活動しててね。たまに土産話を持って帰って来てたりしたんだ」


 トビアスは頷いて楽しそうに答えた。兄弟仲は良かったようだ。


「でも途中で帰ってこなくなった、と?」


 今度はマルクが訊ねる。


「ああ、僕が結婚するちょっと前くらいからかな。よくある武者修行だろうか? とは家族とも話してたんだけど、五年も音沙汰がなくなってからは流石に心配してね。方々に捜索を頼んだんだけど音沙汰なし。結局十五年――いや十七年くらい音信不通さ。どこかで死んでしまったんだとしたら、葬儀くらい上げたいし、生きてるんなら顔を出して欲しい。そう思っていたところへ、君が現れた――兄の剣を持ち、兄の目と瓜二つな君がね」


「…………」


 アルは沈黙した。


 その話が真実だとすればトリシャ()へ報告すべきだろう。


 なにせユリウス()は〈隠れ里〉の墓地で眠っている。


 それを知らぬのは、両者共にとって不憫過ぎた。


 トビアスの視線を感じつつも、アルはしばし黙考し――――……。


「その話が真実なら、何とか故郷に便りを出してみます。父はあそこに眠ってますから」


 と慎重に応えた。


 ――”眠っている”……か。本当に死んでしまったのだな、兄上よ。


 トビアスはしみじみとした気分で頷く。


「ありがとう。その時は頼むよ。兄に何があったのかも領主館についてからでいいよ。二度手間だろうしね」


 警戒しながらもそう言ってくれたこと、何より仲間への態度からし、てきっと本来は優しい性格なのだろう。


 その裏返しだとすればアル()の態度も頷ける。


「わかりました」


 神妙そうにアルは答えた。


 複雑な心境だ。その葛藤が伝わってきたのか、凛華とエーラが心配そうに彼を見つめていた。



 ひとまず重要なやり取りは終わったと判断したマルクは、合流してからずっと聞きたかったことを訊ねる。


「アル、あの準聖騎士から河に落とされたとか聞いて俺達ゃ焦ってたんだぞ。どうやって追いついたんだ?」


 その質問にアルはあっけらかんと答えた。


「どうもこうも。あの”右腕”でぶん殴られて落とされたから、意識が戻ってすぐ河を伝って来たんだよ」


 衝撃が一同に走る。


 あの金属製の馬車の車輪すら引き千切った”右腕”で殴られたということが真実だったこと。


 それで意識を失ってしまっていたこと。河を伝ってきたこと。


 そのどれもが衝撃的事実として護送車内を駆け抜けた。


 すぐさま凛華が飛びついてアルを心配する。


「アレに殴られたのってホントだったの!? 大丈夫なの!? あんた人に治癒かけてる場合じゃないじゃない!」


「空中にいたとこを吹っ飛ばされただけだよ。気絶したのだってそれでなのか、河に叩きつけられたからなのかわかんないし」


 平然としているアルの隣にいつの間にかエーラがやってきて、ペタペタと触って異常がないか調べ出した。


 マルクは席を奪われたものの、事態が事態だけに大人しく反対に座っている。


「大丈夫だって。気絶してたのもそんなに長い時間じゃないと思うし」


「河ってヴァルトシュタット方面に流れていましたよね? どうやって昇ったのですか?」


 ラウラがエーラの隣に来て訊ねた。


「自分に『念動術』の第一術式を切り出して掛けたんだよ。水中だったから重力方向と加速度を思いっきり弄ってね。地上じゃ障害物に当たっただけで大怪我するから使えない手だよ。まぁ河もまっすぐじゃなかったから、やっぱりオススメしないけどさ」


 アルが一応生徒的な立ち位置にいる彼女へ術理を説く。


「なるほど――ってじゃあ打ち身だらけじゃないですか!」


 ラウラは彼の説明を噛み砕いて理解したのち、慌てた。


「え? あぁ、そうだった。忘れてたよ。治しとこう」


 戦えないのは困る、とアルが『治癒術』を使おうとしてたところで、


「貸して!」


 とエーラが腕を取って袖を捲くる。


 現れた彼の両腕は青痣や切り傷だらけだった。


「うっ……ひどい」


 ラウラが思わず呻く。マルクも渋い顔に変わり、


「馬鹿アル、痛いはずでしょこんなの!」


 凛華はアルを叱りつけた。


「戦ってたから忘れてたんだと思う」


 ――きっとアドレナリンのせいだろう。


 先程まで本当に何も感じなかったが、今更痛んできた気がする。


 だが術を描こうとしたところで、鬼娘に腕をグイッと掴まれて止められた。


「ひとまず動くのをやめなさい。あたしも治癒かけるから」


 勢いは強いが、労るような優しい手つきだ。


「え? あ、うん。ありがとう」


 どこかとぼけたような反応のアルに、


「まったく!」


 凜華がプリプリしつつも身体全体へと術を掛け始める。


「ホントだよ! ボクらの治してる場合じゃないじゃん」


「ごめん、それどころじゃなかったんだよ」


 追いつくことに必死で頭から抜け落ちていたようだ。


「アル殿が一番重傷ではないか」


 術を掛けてもらうがままの頭目にソーニャが咎めるような口調で言った。


「そうらしいね」


 軽く笑って返事をしたアルを凛華とエーラ、そしてラウラまでもが厳しく叱りつける。


 そんな光景を前に、マルクはなんとなく違和感を感じていた。


 アルは確かに自分に対しては雑だ。


 だが、今のような怪我は戦闘が続くことを考えてすぐに治すのだ。


 稽古中でもそれは変わらないし、何よりそれくらいの魔力を渋るほどしょぼい魔力量じゃない。


 ――だとすれば、痛みを感じてない…………いや、痛みが遠かった?


 注意しておかなければ、と心中に書き留めておくマルクだった。



 * * *



 そうこうする内に護送車と領軍の一団は、武骨で巨大な門を通り抜けた。


 目的地に辿り着いたらしい。トビアスは小窓から御者台へ何事か告げ、一度止めてもらった。


「父に伝言を頼む。共和国の令嬢二名は無事に保護した、と。それと領主館に客人六名分の客室と、彼らと食事が出来るよう手配も頼む」


 駆け寄って来た雨具を着用している騎手へそう告げると、再度御者へ走り出すよう指示を出す。


 先に領主代行へ伝令を遣ったのだ。


 そして座り直すと芝居がかった仕草で両腕を広げた。


「ようこそ武芸者発祥の地〈ウィルデリッタルト〉へ。六人共歓迎するよ。このまま領主館に向かってるし、聖国の連中なんかに手は出させやしない。しっかり休んでくれ」


 アル達は小窓から見える景色に、ようやくひと心地着いたような気分になったのだった。

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