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【10.9万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
第2部 青年期 武芸者編ノ壱 新たな仲間と聖国の追手編

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72/223

20話 龍の逆鱗、絡み合う運命(虹耀暦1286年9月:アルクス14歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


なにとぞよろしくお願い致します。

 先行して街を出立し、30名もの神殿騎士を引き連れた森人剣士ケリアと弓術士プリムラは、ラービュラント大森林に連なる森のなかにいた。


 尤も、森と云いつつもここいらはほんの()()


 彼ら森人族であれば大多数が”林”だと表現するだろう。


 しかし、人間からすれば違う。


 その証明のように神殿騎士は鬱蒼とした木々に囲まれて屍を晒していた。


「これで全員かしら?」


 ひい、ふう、みい……と死体を数えるプリムラにケリアは頷く。


「そのようだ。精霊も残りはもういないと言ってる」


 誘い込んですぐのこと。


 手始めに最後尾を走っていた神殿騎士2名が垂れ下がっていたツタに首を絡めとられ、ジタバタと藻掻く間もほとんど与えられず、最終的に窒息死した。


 声一つ上がらない所業であった。


 森が牙を剥いたのである。


 ケリアとプリムラが【精霊感応】を用いて少しずつ誘き出しては足を絡めとり、時には根で出来た落し穴に嵌め、首を吊らせ、とことん苛烈に命を奪っていく。


 路面の悪さに悪戦苦闘していた他の騎士は気付くのが遅れ、嵌められたと悟った時には抜け出せないところにまで入り込んでいた。


 静かに、そして素早く行われていく森の執行に恐れ慄いて炎術などを放つも、人の手が入っていない瑞々しい木々がちっぽけな炎で燃えるはずもない。


 プリムラが繊細な魔法で水気の多い植物を動かし、炎を受け止め、それを放った騎士へと一斉に枝やツタを襲い掛からせ、絞め殺しながら地面に引きずり込む。


 一人、また一人と仲間を失い半狂乱になった最後の騎士にケリアが刃を突き込み、呆気ない幕切れとなった。


 多少の時間は掛かれども、ケリアとプリムラには掠り傷一つない。


 こうして聖国所属の総勢30名にも及ぶ精鋭部隊は深く暗い森に呑まれることとなったのである。


「急いで合流しないとね」


「ああ、戦況を確かめなければ」


 2人の森人が乗って来た馬にひらりと跨る。


 同胞であるシルフィエーラのいる一党と『黒鉄の旋風』が武芸都市ウィルデリッタルトへと移動しながら戦闘中のはずだ。


 急がなければならない。街道を走って余計な連中と出くわしても面倒だ。


 木々に道を空けてもらいながら2人が馬の腹を蹴る。


 森を祖とする代行者達は、一陣の風となって飛ぶように疾り抜けて行った。


 丁度、アルクスが準聖騎士ディーノの”不可視の右手”――【巨神の(かいな)】に殴り飛ばされ、河に叩き込まれた頃のことである。



 ◇ ◆ ◇



 とてつもない衝撃と痛みが左半身を襲ったことは覚えている。


 ほわほわとした変な感覚で寝惚け眼を開いたアルクスは周囲を見渡した。


(ここは……ああ、そうか)


 魂の内面世界だ。


 普段はアルクス(こちら)側から出向くのだが、ここ最近は頻繁に訪れているせいかそういった境目が曖昧になっているらしい。


(けどなんか、おかしい……?)


 妙に視線が高い。


 そう思ったところで、この部屋の主である前世の自分がいないことに気付いた。


(あれ? 長月はどこいるんだろう? いつもならすぐ声掛けてくるのに)


 薄らぼんやりとした思考を続けていたところで、ようやく目の焦点が合う。


 何のことはない。いないわけじゃなかった。


 長月はアルクスの胸倉を掴み上げていたのだ。


「兄弟! てめぇ何寝こけてやがる!?」


「え…………?」


(急に、何を?)


 意識がぼやけているアルへ、長月は怒り心頭に発したようで更に高く持ち上げた。


「お前どうしてここにいるのか憶えてねぇのか!? 寝惚けてないでさっさと思い出せ! そんでとっとと戻れ! グズグズしてるとあの野郎が追いついちまうぞ!?」


 どこにそんな力があるのか長月が片手でアルを持ち上げたまま、もう片方の手でバチンバチンと容赦なくその頬を張る。


 頬にモミジの痕が残りそうなほどだ。


 アルは痛みに呻きながら急速に意識がハッキリしてくるのを感じ――………。


「いたっ、痛い痛いっ!? ま、待った――――思い出した! ヤバい!!」


 そしてサッと青褪めた。ようやく今の状況を正しく認識したのだ。


 ――あの騎士(アイツ)の左手に不意討ちされて、すぐ後に右腕で殴られて吹き飛ばされた。


 連中は間違いなく仲間の下へ向かったはずだ。


「こんなトコいる場合じゃなかった!」


「やっと起きたか! ほれ、さっさと行ってこい!」


 長月は胸を撫で下ろしながらアルを天井へ叩きつけるようにゴスゴスっと持ち上げる。


 いつもそこから意識が昇って行っているからやっているのだろうが、アルの頭にたん瘤が出来そうな勢いだ。


 尤も、精神体のような状態でたん瘤ができるかは不明だが。


「ああ行ってくる! ってちょ、いだっ、えーと、痛いっ……よし、戻れる! じゃあまた!」


「おう! さっさと追いついてブッ倒してこい!」


「うん、ありがとう!」


 長月の応援(エール)を受け取りながらアルはスルリと天井を抜けて行った。


 意識が急速に浮上していく。


(あんなのに負けてたまるか!)


 アルは決意も新たに現実へと戻って行った。



 ☆ ★ ☆



 一方、街道をひた走る9名は戦闘の真っ只中にいた。

 

 その顔にはひと欠片の余裕もない。


 幌のなくなった六頭立ての馬車に、神殿騎士の増援部隊がとうとう追いついてしまったのだ。


「そこっ!」


 洋弓型の複合弓でエーラが矢を2本速射する。


 街道の両端に刺さった矢同士はツタと根を伸ばして絡み合うと、ビン……ッと一気に張りつめた。


 ワイヤートラップのようなものだ。


 馬の脚に棘付きのツタが絡み、騎士が体勢を崩す。


「吹っ飛びなさい!」


「『雷閃花(らいせんか)』!」


 そこへ凛華の冰槍がゴオッ!と放たれて数人を纏めて薙ぎ倒し、ラウラの杖剣を通した樹状の稲妻が青白いスパークを放ちながら騎士の胸甲を焼き尽くした。


「キリがねえ!」


 向こうも余裕がないのか必死だ。


 【人狼化】しているマルクガルムは飛んできた属性魔力弾に雷撃を放ち、迫る矢を己の身体で受け止めていた。


 人狼の毛皮は魔力を通せば鋼鉄すら防ぐ。


 盾役として踏ん張っているが、先の見えない防戦に精神の方が先に参りそうだ。


 馬車の横合いに追いついた騎士へ大刀を叩き込んだ『黒鉄の旋風』の頭目レーゲンは毒づく。


「ちっ、この野郎ッ!」


(このままじゃ……長くは保たねぇ)


「邪魔よ!」


 同じく『黒鉄の旋風』の女性剣士ハンナが『風切刃(ふうせつじん)』を反対側の横合いへと放った。


 馬車の隣にまで迫っていた騎士がそれに応じるべく刃のような風を放ったが、そちらの方はハンナの代わりに一歩前へ踏み込んだソーニャが盾でガイン……ッと防ぎ、


「『火炎槍』ッ!」


 ラウラが容赦なく真っ赤に燃える槍を飛ばす。


 顔面に炎の槍が直撃した騎士は、押さえた甲冑兜(ヘルム)から火の粉を溢しながら落馬していった。


「助かったわ!」


「いえ!」


「防ぐのなら任せてくれ!」


 結局、己を狙って飛んでくる攻撃だけは大して強力じゃないと割り切ったラウラは、他の仲間の盾役をソーニャに頼み、彼女自身はこうして補助役として立ち回っている。


 レーゲンは内心でいい連携だと褒めたが、それ以上に彼らの抱えている焦燥感にも気付いていた。


 抜けた穴があまりにも大き(デカ)過ぎるのだ。


 アルクス(支柱)がいなくなってから、攻撃の拍子(リズム)()()()()


 無意識に矢継ぎ早な攻撃を仕掛けるせいで、彼らにしては精度が低い。


 現に追っ手の数はそこまで減っていなかった。


 これでは長く保たないどころか、一気に瓦解する可能性すらある。


「カアッ!」


 そのとき上空の夜天翡翠が鋭い警告を発した。


「翡翠っ!? どうしたの!?」


 エーラが弾かれたように上を向けば、三ツ足鴉は何かを警告するように再度啼き声を上げる。


「カァカアッ!」


 使い魔の示している方角は、衝突している連中(てき)の更に後方。


「アイツは……っ!」


 誰よりも早くその事態に気付いたのは凛華だった。


 追っ手の増援だ。


 人数は――……10名もない。


 だが、その連中を率いている先頭の騎士が9人の眼を否応なく引きつける。


 なぜならその男は、最後に見た小さくなっていくアルと対峙していた首元の赤い胸甲を着た派手な騎士――準聖騎士ディーノ・グレコだったからだ。


「アルクスは!?」


 レーゲンが思わず投げた問いに、


「っ……いねえ!」


 マルクが風を放ちながら返す。


 ――あの騎士(アイツ)が前に出て来たら戦況はもっと悪化する。


 こちらに臨時頭目のアルは戻ってきておらず、あちらには見るからに指揮官然とした聖騎士らしき男が戻った。


 趨勢が決してしまったような気分に思わずレーゲンとハンナが歯噛みし、御者とその護衛をしている双子もまた表情を強張らせる。


「まだだ!」


 直後、マルクが雷撃を放ちながら咆哮した。



「てめえら、情けねえ顔してんじゃねえぞ!」



 先輩武芸者らへ殴り掛からんばかりに迫力のある魔狼の大音声。


 ハッとした『黒鉄の旋風』が彼の仲間――否、彼ら後輩一党を見れば、凛華は冰槍を街道へ放って路面を凍結させていた。


 これをやると魔力が一気に目減りしていくが、今はそんなことを言ってられる状況じゃない。


 エーラも矢筒に残っていた全てを放つつもりで速射していた。


 敵からの攻撃が集中しているせいで本領が発揮できず、『燐晄』を使う暇すらないがそれでも数は打てる。


 普段は朗らかな表情をキリッとさせてとにかく矢を射掛け続けていた。


 自身の折れそうになる心を繋ぎ留めるが如く、魔族の少女らは迎撃の手を緩めるどころか攻勢に出る勢いだ。


 そしてそれは人間の少女達も同様だった。


(ここが正念場……ッ!)


 ラウラが破壊力の高そうな『火炎槍』、『雷閃花』、『風切刃』をドカ撃ちし始める。引き結んだ唇には決意が見て取れた。


 ソーニャの方も『障岩壁(しょうがんへき)』を街道に生やしまくっている。魔力を全て使い果たしそうなほど乱発しているが気にした様子など皆無だった。


「……くそったれ! やるぞ!」


 レーゲンが慌てて同じように魔術を撃ち始めると、


「ええ! 情けない先輩でごめんなさいね!」


 ハンナも続く。一番得意な『風切刃』の連発だ。


 幾ら三等級武芸者でも、この勢いで撃ち続ければ10分と保たない。


 それが言い訳にならないことは重々承知しているが、等級はつい最近上がったばかりだと言いたい気分だった。


 一方、先に追わせた部下の隊へ追いついたディーノは、怒涛の勢いで繰り出される魔術や属性魔力の応酬に、白けた表情を向ける。


 ――……面倒だ。


 そう感じ、前方へ駆けながら命令を出した。


「”連結霊装術式”、用意ッ!!」


「お、お待ち下さい! あの中には目標が――」


 泡を食った副官が馬を調整してこちらへとやってくる。


 ――相変わらず喧しいヤツだ。


 ディーノは使えない副官を殴り飛ばしたい衝動を堪えてイライラと言い返す。


「だからだろうが。そうなれば間違いなくあのお邪魔虫共が盾になってくれる」


「しかし!」


「やかましいぞ! 治療の準備くらいしてるだろうが! 多少の損傷くらいで喚くな!」


 怪我を負っていようと捕まえてしまえばこちらのもの。


 護衛(周り)は要らん、と怒鳴るディーノへ副官は肩を縮み上がらせて頷く。


「し、承知しました」


「俺の合図で放て、いいな? 属性は炎だ」


「はっ! ”連結霊装術式”用意ッ!! 属性、炎!!」


 副官がディーノの命令を復唱した。


 神殿騎士共が戸惑うことなく”霊装”――機構剣や機構弓を掲げる。


 すると”霊装”に散りばめるように配置されていた精霊の雫――炎晶石が輝き、刻まれていた術式じみたナニカが輝き出した。


 この構築速度と魔晶石の融合こそが神殿騎士の強みだ。


 彼らの持つ”霊装”とは、アルの前世で言えば小銃のような役割であり、この”連結霊装術式”というのは戦車砲による迫撃のようなものである。


 また撃ち出すのは砲弾ではなく、”霊装”に刻み込まれた術式が結びつくことで束ねられる各属性魔力だ。


 貫通力こそ戦車砲に劣るものの、被害規模はこちらの方が上。


 なにせ魔晶石を利用した属性魔力である。そもそもが魔力効率に優れるシロモノ。


 そして何より、刻まれた術式は個々の”霊装”が放つ()()()()()()()()()()()()()()、という効果を発揮するのだ。


 同規模、同属性の属性魔力をぶつけ合わせるとその効果は累乗される。


 つまり人数がいればいるだけ威力が跳ね上がる。


 ゆえに”連結霊装術式”。集団戦闘における神殿騎士達の切り札。


「用意、完了致しました!」


「合図を待て!」


「はっ!」


 副官の言葉に頷いたディーノは先頭へと馬をやった。


「なんだあの術!?」


 突如として出現した騎士共の術式に、ゾワッと怖気を感じた馬車の面々が焦りから声を上げる。


 何せ一瞬距離を離したとは云え、躱せるほどの距離はない。


「わからねえ! 帝国の軍事術式とは見た目が違え!」


 マルクにレーゲンが叫び返す。


 そのとき、豪奢な鎧をつけた騎士が先頭に躍り出てきた。


「聖騎士っ!」


 ハンナの反応に、愉悦に満ちたの表情のディーノが右腕を見せつけ、彼らに衝撃を与えるセリフを叫ぶ。


「準聖騎士だ! 貴様らの大将は俺の”右腕”で殴り飛ばしてやったァ! 今頃河底だろうよ!」


「「「な……っ!?」」」


「「うそ……!」」


「「「てめえッ!」」」


「貴っ様あ!」


 一瞬の空白。激怒や困惑に誰しもが迎撃を忘れた。


 ディーノはその隙を見逃さない。


「馬鹿がァ!!」


 一気に馬車の左側面へと駆け寄りながら、【巨神の腕】を豪快に振るう。


「しまっ――!?」


 ギャリィィィッ! と甲高い音をさせ、馬車の左()()()が火花を上げながら千切れ飛んだ。


 金属製の車軸と車輪だろうと、”聖霊装”である【巨神の腕】には些末な障害。


「くっ、うおおお――っ!?」


「うわああ――っ!?」


「「「きゃあああっ!」」」


「ちっくしょおっ!」


 一つくらいなら車輪がなくとも走り続けたかもしれない。が、左側の全てがないとなるとどうしようもない。


 均衡(バランス)を失った馬車の荷台が街道を削り、ガガガガガッと凄まじい音を立てて滑っていく。


「ぐ……う、くそっ!」


 横転しないだけマシだったが車内――荷台を襲った衝撃は当然ながら並ではなかった。


 初めに強い落下の衝撃で態勢を崩され、あとはガクガク、ガンガンと上下左右至る所から揺さぶられ、マルクですらすぐに立ち上がれない。



「構えええいッ!!」



 朦朧とする彼らの耳にディーノの声が響く。


 ハッとしたマルクがフラつきながら目を上げれば、神殿騎士共の構えた”霊装”がひと際輝き、一つの巨大な術式へと変貌していく。


(マズ、い……!)


 なんとか立ち上がり、周囲を見れば車内から飛び出てしまった者はいなかったらしい。街道傍の河に落ちた者もいない。


 だが、安心している場合じゃない。


 エマは兄ヨハンを守った際にどこかを打ち付けたのか気絶していた。


「う……っ」


 ラウラは頭を押さえながら立ち上がり、巨大な術式とそれを掲げる騎士共を目にして絶望する。


 あれが虚仮脅しなわけがない。


「ちっくしょう……」


 ヨハンが妹を守るように盾を構えた。


 レーゲンとハンナもエマを守るつもりなのか共に並ぶ。


「ぐ、う……っ」


 平衡感覚を失いかけていたラウラの前にソーニャが歯を食い縛って立った。


 腰を落とし、盾を構えている。


 ラウラは杖剣を握り締め、ありったけの魔力を滾らせた。


「最期まで、皆さんと一緒です」


「ああ、勿論だ」


 義妹が真っ先に力強く頷く。


「……ボクも、情けない真似したくないしね」


 頭から血を流すエーラが風をゴウ――ッ! と巻き起こし、


「ええ……そうね」


 血をペッと吐き捨てた凛華が尾重剣に冰を纏わせて、砕けた荷台の床に突き立てた。


 全員がラウラを守るように立っている。


「踏ん張れよ」


 そう言って一番前に踏み出したマルクは身体をグッと丸め、人狼族の闘気――魔気を発動した。


 ディーノが愉悦の表情を深め、ニイッと嗤う。


 ――ようやくだ。ようやくこの害虫共を踏み潰し、ゴミのような任務から解放される。


「放てえぇぇぇぇぇぇッ!!」


「「「「「「「「「「――『精霊の浄火』!!」」」」」」」」」」


 ディーノの号令下、神殿騎士共が”連結霊装術式”を解き放つ。


 全てを焼き尽くさんとする巨大な火箭(かせん)が駕籠の9名へと迸った。



 ☆ ★ ☆



 武芸都市ウィルデリッタルトを出発したトビアス率いる領軍と武芸者5名は、響いてくる戦闘音に気付き、行軍速度を上げていた。


 これが共和国令嬢の騒動にまつわるものである可能性は非常に高い。


「トビアス様!!」


 その時、馬に乗っていた指揮官が叫ぶ。


 そちらを見たトビアスは目を見開いた。


 壊れた馬車とそこに向かって展開されている大きな術式。


「あの大規模術式は、聖国の……!」


 遠目に見えるほど巨大で独特な輝きを持った術式。


 帝国の軍事術式とは大きく異なっている。


 ――そしてあの胸甲(よろい)、間違いない……!


「マズい! 急げ!!」


 トビアスは目を覆いたくなる現実から目を逸らさず馬を駆けさせた。


 領軍もそれに続く。しかし――……。


(ダメだ、遠過ぎる!)


 間に合ったとて40名を超える聖国の騎士が放つ術式など、防ぐにも相応の準備がいる。


「よせえっ! やめろおおおっ!!」


 トビアス達の数百m(メトロン)先で火箭が放たれた。



 ☆ ★ ☆



 森の中から仲間達に合流しようとしていたケリアとプリムラも、その光景を目の当たりにしていた。


「あれは!?」


 ケリアが早々に剣を抜き放ち、精霊の力を借りて河を跳び越す。


 が、まだ遠い。


「矢を!」


 プリムラが矢を構えるも、一人二人倒したところであの巨大な魔術は止まりそうにない。


「レーゲン!! 頼む、間に合ってくれ!!」


「お願い当たって!」


 次の瞬間、馬を飛ばすケリアと矢を射掛けたプリムラの願い空しく、火箭が放たれてしまった。


 2人の目には炎が迫っていく様子がやけにゆっくりと見える。


 ――やめろ、止めてくれ!


 森人の声にならない悲鳴へ応えてくれる騎士は、当然ながら一人もいなかった。



 ☆ ★ ☆



 放たれた巨大な火箭が9名に迫る。



 ゴゴォォォォォォ――――ッ!



 耳朶を揺さぶる轟音と炎の奥でディーノがニタニタと嗤っているのが見えた。


 魔気で全身を覆ってグッと構えたマルクや、同じく【戦化粧】を用いて尾重剣を構えた凛華は衝撃に備え、エーラも風を前面に展開し、ソーニャは己の不甲斐なさを恥じ入りながらも盾を構えて踏ん張っている。


 ラウラは自分達を呑み込む豪炎を半ば呆然と眺めていた。


 ――ここで終わりたくない。でも、打つ手がない。ごめんなさい、あなた方を巻き込んでしまって。


 心中で謝罪の言葉を呟くことしかできない。



 しかし――……幾ら待っても火箭が9人に到達することはなかった。



 あまりに一瞬で焼き尽くされて知覚出来なかっただけで、既に自分達は死んでしまったんじゃないだろうか?


 頭が変になったような気分で目を凝らした彼らの視界に飛び込んできたのは――――。


 黎い髪のよく知る青年の背中だった。


 巨大な火箭が全身を蒼炎で纏った青年に突き立っている。否、そうではない。


 青年が受け止めているのだ。


 火箭の勢いをそっくり打ち消してしまったのか、凶悪な豪炎はちっとも動かない。


「だあッ!」


 呼気と共に青年が腕を振るう。


 途端、バウッ! という衝撃音と共に巨大な火箭は上空へと()()()()しまった。


 さしもの騎士共も度肝を抜かれ、荷台の面々も瞠目するなか、青年――アルクスは振り返った。


「遅くなってごめん。皆、無事か?」


 ハンナを庇って荷台から飛び出していった時と何ら変わらない彼の姿。


「アル……っ! 遅いのよ、もう……!」


「良かったよぉ……」


 涙目の凛華とふにゃりと表情の崩れたエーラがアルに縋りつき、


「生きてたんなら生きてるって、ちゃんと言えってんだバカ野郎!」


 マルクが怒声を浴びせる。


「連絡手段なんてなかったんだからしょうがないだろ。これでも急いだんだぞ」


「アル、さん……本当に、良かった」


「アル殿……信じてたぞ」


「ただいま。だいぶ酷い状況らしいね」


「って呑気してる場合かよ?」


「ええ」


 声を掛けたレーゲンにアルは問題ないと頷いた。


 普段通りの彼の表情。


 だが幼馴染である魔族組にはわかる。彼の醸し出す空気が違う。


 途端、彼らの雰囲気も急激に変わった。


 焦燥感を帯びていたのが嘘のように、好戦的なソレへと。


「貴様は……!」


 哄笑を上げ損ねたディーノが、憎々し気な視線をアルに送る。


「殺し損なったな、馬鹿騎士」

 

 が、彼の表情は涼しいものでフッと挑発までしてみせた。


「ハッ、今度こそ殺してやるよ!」


 激情に駆られたディーノがいきり立つ。


 しかし、やはりアルの眼は静かで淡々としていた。


 それが一気に殺意を孕む。


 吹き荒れた魔力と、首筋に刃を当てられたかのような殺気に神殿騎士らは気圧された。


 背筋に氷を捩じ込まれたように怖気が立ち、膝が震え、身体が勝手にその場から逃れようとする。


 彼らはそこでようやく自分達が何に手を出したのかという疑問に思い至り、立ち竦むと同時に息を呑んだ。



「……殺してやる? 履き違えるなよ。それは()()()台詞だ」



 そう言うとアルは左手を己の胸に当てた。


 凛華はその動作にウキウキとした表情で尾重剣を担ぎ、エーラが嬉しそうに笑みを零し、マルクは人狼態のままニッと笑みを深める。


 ――状況は、大して変わってない。


 仲間が無事に戻ってきただけだ。


(なのに……どうして笑えるの?)


 ラウラとソーニャは本気でわからない。


 しかもなぜか立場が逆転したかのように追っ手側が切羽詰まっているようにも見える。


 すると唐突にアルが背後へ振り返って淀みなく指示を出した。


「三人とも、本気で暴れるぞ。あの馬鹿騎士だけは俺が()る。ラウラはレーゲンさん達の援護、ソーニャはラウラの護衛だ」


「「「応ッ!!」」」


「はっ、はい!」


「し、承知した!」


「俺らはそっちに参加しなくていいのか?」


 そう訊ねるレーゲンにアルが頷いてみせる。


「大丈夫です。エマさんの方、見ててあげてください」


「おう、了解だ」


 この護衛依頼を正式に請けたのは魔族組4人。指揮を執るのはアルクスだ。


 きっと何かあるのだろう。


 絶望的な状況なのにも関わらずレーゲンはそんな予感にワクワクしていた。



 カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチッ――――。


 

 唐突に時計の針を回したような音が響く。


 ――何の音だろうか?


 正体はすぐにわかった。


 アルだ。アルの姿が変わっていた。


 『八針封刻紋』を6段階目――2時まで解除する(戻す)ことで黎い髪が白っぽい灰色に、瞳が緋色になっていた。


「髪と……()が――」


「変わった……?」


 ラウラとソーニャがポカンとする。


「これでも元の色じゃないけどね」


 アルは苦笑しながら龍眼を発動した。


 細くなった瞳孔に、またも彼女らは驚く。


 それくらい印象が大きく違った。


「さて……」


 彼女らの驚愕を置き去りにしたアルは音もなく()()()を引き抜き、ディーノへと切っ先を向ける。


 凛華とマルクがその両隣につき、エーラが一歩下がった。


「連中との因縁、ここで断ち斬るぞ! 状況……開始ッ!!」


 号令をかけると同時、アルが爆発的な勢いでドンッ! と飛び出す。


 マルクですら咄嗟に追いつけないほどの初速で突喊。


 それを見た凛華が嬉しそうに【修羅桔梗(おにききょう)の相】を発動させ、尾重剣を担いで駆け出した。


 フッと笑ってマルクも疾走する。


「げ、迎撃を!」


 泡を食ったディーノの号令に、神殿騎士らはなんとか”霊装”を構えた。


 だが迫る魔族3名の魔力に気圧されて動きが鈍い。



「ぐぅぅぅぅ~っ……ガ ア ア ア ア ア ア ア ア ア ッ ッ ! !」



 そこへアルが咆哮を叩きつけた。


「なん……っ!?」


「ぅぎいゃあ!?」


「ぐあぁぁぁっ!?」


 迎え討とうとしていた騎士の耳や目、鼻から血が噴き出す。


 アルの鍛えられた魔力が籠もった遠吼え――龍の咆哮が至近距離にいた者の鼓膜を悉く(つんざ)き、眼や鼻の皮膚の弱い部分を引き裂くように傷つけたのだ。


 後方にいた者ですら身体の芯を食われたようにフラつき、たたらを踏む。


 そこに凛華とマルクが勢いを殺すことなく突撃した。


「やるわねアル!! 『流幻(りゅうげん)冰鬼刃(ひょうきじん)』ッ!!」


 喜色満面の凛華が、鬼気から転じた冰を纏う尾重剣で容赦なく馬ごと凍てつかせ、斬り砕いていく。


 鬼歯を剥き出しにしてもなお可憐な鬼が華麗に敵を屠っていく姿は戦女神を連想させた。


「俺もやれそうだなさっきの――おっと、『雷光裂爪』ッ!」


 戦闘狂い(バカ)2人の後を追いながらマルクも駆ける。


 狼脚の機動力は並ではない。


 人狼を視界にすら捉えきれなかった騎士の胸甲が、魔気から転じた雷鎚を宿す凶爪によって呆気なく貫かれ、首が灼き落とされ、”霊装”ごと熔かし裂かれた。


「な、なんなんだあいつらはァ!?」


「くそっ、目標だけでも!」


 そんなことを言った騎士を光の矢が射貫く。どころか頭部ごと消し飛ばした。


「やらせるわけないじゃん」


 エーラだ。


 大暴れしているアル達の後方から『燐晄一矢(りんこういっし)』を放ちまくっている。


 強弓型で放たれた矢はマグナム弾の如く、騎士の身体を抉るように消し飛ばしていた。


「あ、アイツを止めろ!」


 アルたちに敵わないと見たのか、騎士3名がエーラへ向かう。


 しかし大地に降り立ち、自然に囲まれた森人がそんな自棄(ヤケ)な攻勢に押されるわけもない。


 寄ってきた騎士を【錬想顕幻(れんそうけんげん)】で象らせた拳で殴り飛ばし、ポォンッ! と上空へ弾いてもらいながら華麗な宙返り(バックフリップ)を決め――――、


「『燐晄一矢・三連』」


 アクロバティックな態勢で矢を放つ。


 霊気が光へと転じ、キィン! という音がしたかと思えば、騎士共は甲冑兜(ヘルム)ごと真上から灼き貫かれていた。


 頭部から背筋にかけて消し飛ばされた騎士3名の手足だけがバラバラと落ちて跳ねる。


 50名はいたはずの神殿騎士が、急激な勢いで減っていく。


 その光景にレーゲンとハンナは思わず見入ってしまっていた。


 ――なんだ、これは?


「凄いですね」


 ラウラは半ば呆けている。


 さっきから敵が全然こちらへ来ない。


 援護しようにも彼らが捷過ぎて余計なことをしてしまいそうだった。


「うむ。以前助けてくれた時は実力を隠していたのだな」


 ソーニャも義姉とまったく同じ気持ちで頷く。


 知らない技ばかりだ。数日前は自分達のことも警戒していたのだろう。


 ヨハンなど口をぽっかりと開けている。


 そこで近くからガサリと音がして剣を向ければ、森人のケリアとプリムラが出てきた。


 どうやらあの場から回り込んできたらしい。


「邪魔になりそうで」


 苦笑いを浮かべるプリムラはどこか悔しそうだ。


「シルフィエーラのあれは何なんだ? 魔術か?」


 ケリアの質問にラウラとソーニャは肩を竦めるしかない。知らないのだ。


「【錬想顕幻】まで。私があの頃にはまだ使えてなかったわよ」


「私もだ。それにしても――」


「強過ぎよ」


 プリムラが恋人のセリフを引き取る。


 戦場全体をとんでもない速度で駆け巡って牙と爪を振るう人狼(マルク)


 舞うたびに血飛沫を量産する美鬼(凛華)


 あらゆる角度から対象を灼き貫く光の矢を放っている同胞(エーラ)


 3人とも単騎で充分なほどに強い。


 しかし、極めつけはアルだった。


 猛烈な勢いで敵へ肉薄し、鬼火を纏った刃を振るって首を刎ね飛ばし、鎧を引き裂くように暴れて回る。


 あとに残るのは蒼炎に吞まれた哀れな死体だけ。


 何より、アルが暴れれば暴れるほど他の3人の士気が高まっていく。



『龍の逆鱗に触れちまったんだからな』



 支部長の言葉がレーゲン達の脳裏を掠める。


 それが間違いじゃなかったことを確信できる魔族組の本領だった。


 そんな彼らの下へ、ディーノはこっそりと近付いていた。


 あの虐殺から何とか抜け出してここまで辿り着いたのだ。


 ――あの小娘さえ捕らえてしまえば連中は何も出来やしない。部下には悪いが囮になってもらおう。


 暗い嗤いを浮かべ射程に入るや否や”聖霊装”を発動させる。


 しかし――――。


「見逃すわけないだろ」


 【巨神の腕】で生み出された”不可視の右手”が、『蒼炎気刃』を発動させたアルの龍牙刀に斬り落とされた。


「く、この害虫があッ!」


 再度生み出した”右腕”をブゥゥゥンッと振り回す。


 だが、アルはあっさりとそれを斬り裂いた。


「な……チイッ!」


 見切られていると悟ったディーノが、【月朧の手】で生み出された揺らぎすら見えぬ”左手”を慌てて突き出す。


「無駄だよ」


 だが、やはりアルは一閃。”左手”すら容易く斬り捨てた。


 龍眼は魔力を可視化する。


 自然界の魔素やただの魔力ならともかく、これだけしっかり象られていれば只の伸びる腕でしかない。


「ぐ、クソ餓鬼イィィィィィッ!!」


 逆上したディーノが次々と属性魔力――炎、風、雷を撃ち放つ。


 こんなところで躓いてたまるか。


 こんなところで自分の経歴(キャリア)が終わるなど有り得ない。


 こんな害虫に邪魔されるなど、許されていいわけがない!


 そんな思いを乗せ、然れど”霊装”を通さぬ魔力弾は、アルからすれば「(ぬる)い」の一言に尽きた。


 炎を、風を、雷撃を、すべてを斬って捨てる。


「諦めろ」


 そして無情な一言と共に、正面から魔力弾の中を駆け抜けた。


 ――これで終わらせる。


 ギョッとしたディーノが脂汗を浮かせながら【巨神の腕】を起動して左に大きく薙ぎ払う。


 が、アルは読んでいたらしく体勢も低く上段に龍牙刀を構えたまま突っ込んだ。


 彼の上半身があった空間を薙ぐ”右手”が龍牙刀によって滑るようにいなされ、ギャリィィィッと火花を散らす。


「だあああッ!」


 アルは勢いを全く落とさずに間合いを詰め、気焔を吐きながら龍牙刀を振り下ろした。


 ――――六道穿光流・火の型『焔燐裂破(えんりんれっぱ)』。


 一太刀にすべてを込めて叩き斬る唐竹割。


 ディーノは野性的本能で躱そうとするも間に合わず、【巨神の腕】を嵌めた右肘から先を寸断された。


「ギャアアアアッ!? このッ! クソッ! クソがッ! 死ねッ! 死ねええッ!」


 痛みと屈辱で半狂乱になり、左の小手の内側にもう一つ仕込まれていた薄刃の短剣(ナイフ)を射出させて振り回す。


 この短剣も”聖霊装”だ。効果は斬った周囲を麻痺させるだけと大したことはない。


 だが『焔燐裂破』は次の一撃をまるで考えない剣技だ。


 隙を晒していたアルの頬をシュッと短剣が掠った。


 途端に視界の右半分が暗く落ちる。視神経が麻痺して機能不全を起こしたのだ。


「カカカッ! 馬鹿がァ!」


 ディーノは口の端から涎を垂らしながら哄笑を上げた。


 この短剣は地味だが、最後の切り札として活躍したことは多い。今だってそうだ。


 ――至近距離、こっちの方が早い!


 ディーノは狂喜のままに、イカれた叫び声と共に短剣を振り上げる。


「死ねェ! 害虫ゥゥッ!」


 しかし残心の構えを執っていたアルは龍牙刀から右手をサッと離し、後ろ腰に差していた大振りの短剣を逆手で引き抜くと、迷いなくディーノの懐へ飛び込みながら喉元へ突き入れた。


「コッ、カハ……ッ!?」


「こっちの失明には慣れてる」


 ディーノは信じられないような面持ちでアルを見る。


 覚悟を煮固めたような強い眼光を帯びた瞳。そしてその剣の柄頭。


 ――この、光景は…………ッ!?


 溺れるようにディーノは過去の記憶を刺激された。


 ――その剣は……ッ!


(俺から左眼を奪った、あの時の剣)


「ぞッ、ぞのげッ――ンぱ……ッ!?」


 ディーノが何か言葉を発しようとしたが、アルは無情にも短剣を更に奥までガッと突き込み、一気に引き抜いた。


 準聖騎士の首からブシュッと血が一瞬噴き出て、ドクドクと流れ出す。


「…………なんとかだな。つーかホントに四人でやっちまいやがった」


 その光景を見ていたレーゲンが呟いた。


 ディーノの接近に気付いてすぐ、ラウラとソーニャを護るようにしっかり距離を取ってくれていたようだ。


 アルが残りの敵を探すべく視線を主戦場の方へやれば、ほとんど片がついており、残りの一人を片付けるところだった。


 ――やっと終わった。


 トドメを刺されようとしているのは、アル達の知る由もないがディーノに疎まれていた副官である。


「ヒイイッ!」


 凛華がそいつに尾重剣を振り下ろそうとした――その時だ。



「待ってくれ!!」



 聞き覚えのない声が響いた。


(……誰だ?)


 アルは龍牙刀を右手に、大型短剣(ダガー)を左の逆手に構えさせる。


 凛華もピクリと止まり、マルクは代わりに副官の”霊装”を蹴り飛ばして首元を掴むと引き摺っていく。


 ラウラとソーニャもアルの後ろへと移動した。


 待てと言った男の後ろにも兵士らしい連中がいる。その数は騎士共より多い。


「増援か」


 鋭く目を細めるアルに若々しい中年の男性――トビアスは首を横に振った。


「いいや、僕は武芸都市〈ウィルデリッタルト〉の領主だよ。共和国のご令嬢二名の救出任務で来た。その神殿騎士は帝国への不法侵入と許可のない軍事行動――その二点で拘束させてもらいたい」


 ラウラが不安そうにアルの裾を掴む。


 緋色の瞳が『黒鉄の旋風』頭目へと向けられた。


 ――コイツは本物か?


「ああ、トビアス様だ。本物だよ」


 レーゲンは後輩武芸者へ頷いてみせる。


「どうして出てくる? 彼女らは他国の人間だろう?」


 しかし本人だとわかっても尚、アルの視線は厳しい。


「共和国の交易都市、ノーマン殿といえば我ら帝国と志を共にする方だ。その娘である二人を助けようとするのが不自然かな?」


 あくまでにこやかにトビアスが応じる。


 ――食えないヤツだ。


「神輿にでもしようって(ハラ)じゃないのか?」


 アルは疑問をぶつけることにした。


「それは絶対にないよ。彼女らを担ぎ上げる理由がない。帝国で魔族を拒否する者はいないからね」


 落ち着いて欲しいという仕草をするトビアスに、


「国内とは言ってない」


 アルは引かない。


「共和国で何かさせようって気もないよ。保護するだけだ」


 トビアスは彼の頭の回転にやや舌を巻きながらも、やはり否定する。


「それでアンタらの利益はどこにある?」


 まどろっこしくなったアルは問う。結局はそこだ。


 俄に魔力がぶわりと広がる。


 先程の戦闘ではそこまで使っていない。


 ――コイツを灼いて、後ろの馬車でも奪って逃げるか?


 トビアスは尋常ならざる魔力と殺気を感じて瞠目する。


 実はだいぶ前からいたのだが、戦闘に入る余地がないため待機していた。


 彼らも気が立っているだろうと思って落ち着かせようとしたのだが、これでは完全に裏目だ。


「ノーマン殿とは父が知り合いなんだ。娘を保護したと報告できれば安心させられるだろう?」


 そう言ってみるが、アルの殺気は緩まないどころかだんだんと強まってきている。


(彼、僕を殺すところまで想定に入れてるね)


 失敗した、とトビアスは心中で溢した。


 魔族基準で測れば彼はそこまで強くない。それはトビアス自身も理解できている。


 戦えば負けるのは必至だ。


「理由として弱い。知り合い云々もどうとでも言える。護った仲間が下らないことに巻き込まれるようなら、俺はここで暴れても構わない」


 その宣言でアルの隣に来たマルクや凛華が再度魔法を発動させた。


 魔力の嵐が吹き付けてくる。


 トビアスはさすがに冷や汗を垂らし、


「本当なんだ。君達がラウラ嬢とソーニャ嬢から離れるような措置は取らないから、信じてほしい」


 と述べてみた。


 領軍兵らは失礼な魔族の青年達に憤りすら感じていたが、魔力の暴風を叩きつけられて行動を起こせずにいる。格が違い過ぎるのだ。


「………………信用はしない。が、剣は納める」


 不承不承といった様子でアルは血を拭い、龍牙刀を納める。


 他の仲間達もそれに倣って戦闘状態を解除した。


 アルが大振りの短剣も血を振るって納めていると、トビアスが声を掛けてきて、


「ふう~……助かるよ。それにしても君らは――……」


 途中で止まった。


 なんだ? と思って視線を上げれば彼はアルの大型短剣を凝視している。


「何か?」


「君、その剣はどうした?」


 半分敵意すら混じっているアルの声に、今度はトビアスが鋭い声を投げ返した。


「質問の意味が分からない」


 アルの手がまた龍牙刀の柄へ掛かる。


(なんなんだコイツは? もう斬るか?)


 龍人の血を封印していないせいなのか、やや物騒な思考になっているアルに尚もトビアスは詰問した。


「その剣だ! どこで手に入れた?」


「父の形見を磨り上げてもらった。父がどこで手に入れたかは知らん。寄るな、斬るぞ」


 アルは答えつつ、神経が過敏になっているのを自覚する。


 最後の一言に至っては凛華とエーラをギョッとさせた。


 普段のアルならまず言わないことだ。


 これは良くない。


「父……だって? 君の父の名は?」


「ユリウス・シルト」


 トビアスは愕然とした。


 ――それは……()()()だ。


「……そんな、じゃあ君は――って待ってくれ! 形見と言ったか? 君の父上は――」


「俺が生まれる前に死んだ。聖騎士と神殿騎士を道連れに。もういいか?」


 なんでコイツにそんなこと言う必要があるんだ? とでも言いたげにアルが答える。


「アル、戻した方がいいわよ」


「うん、ちょっと口調が荒っぽいよ」


 何となく事情を察し、見かねた凛華とエーラが押さえにかかった。


 アルもその自覚はあったが、不安要素が強いせいで閉じられないのだ。


 しばし、眼の前の武芸都市の領主とやらを観察する。


 ――コイツは狼狽しているだけで害意の類は感じられない。大丈夫……なはずだ。


 己にそう言い聞かせて『八針封刻紋』を閉じた。


 ラウラとソーニャからすれば見慣れた黎い髪と赤褐色の瞳。龍眼も人間と同じものに戻る。


 トビアスはそのアルの顔立ち――というよりその眼に驚愕を禁じ得なかった。


 顔の作りそのものはそうでもないが、その目があまりに兄とそっくりだったから。


 やがて、衝撃から抜け出したトビアスが何度か深呼吸を繰り返す。


 アルは彼を奇妙なものでも見るかのような視線を向けていた。


「……ラウラ嬢とソーニャ嬢共々、武芸都市は君らを歓迎しよう。それと君達六名は領主館へ滞在すると良い」


「領主館? 監視でも――」


 やはり怪しい奴だったかと警戒心を露わにするアルを遮ってトビアスは核心を告げた。


「君は、僕の甥だ。話を聞きたいんだ。兄上のことで」


「は………………?」


 ――甥? 兄上?


 あまりに突拍子もない言葉に、さしものアルでも頭が真っ白になる。

 

 呆ける彼の隣で魔族組が「妙なことになったなぁ」と思い、ラウラとソーニャが「とりあえず大丈夫ってことでいいのかな?」という表情を浮かべる。


 しかし、最も衝撃を受けたのはレーゲンら『黒鉄の旋風』であった。

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