17話 追っ手の凶行、ラウラの決断
今回は起承転結で言うと「転」に当たるお話になります。
これから夕食や呑みに出歩こうという住民が増えてくる時間――陽も完全に暮れた頃。
普段ならガヤガヤと賑わうはずの〈ヴァルトシュタット〉は現在、どこか妙な緊張を孕む喧騒に支配されていた。
原因は東方面――共和国の田舎街へと通ずる旧街道とは正反対の門。
アルクスら6名一党は、鉱人ダビドフ・ラークの鍛冶工房を出て直ぐ、それに気付き――事態を察することとなった。
整備された石畳には黒々とした染みが伸びており、掠れたような跡が門の外まで続いている。
6人の眼が、その中――両脇から門兵に支えられた若い男に向く。彼は、多少暗かろうとひと目で分かるほどに、全身血塗れだった。
ウ゛ゥ゛ー……!
途端、マルクガルムが鼻筋に皺を寄せ、喉を低く鳴らす。
「マルク?」
どうした? と、アルクスが隣へ訊ねると、
「……魔獣の仕業じゃねえぞ、あれ。獣臭さがねえし、金臭さが強すぎる」
人狼青年は吐き捨てるように応えた。
「っ!? まさか……!」
それでピンと来たらしい、ラウラが信じたくなさそうな面持ちで呟くも、
「聖国の連中だ」
おそらく。と、言う割に断定口調のアルクスが応えた。
「昨日の今日で襲ったっての!?」
凛華が憤然と鬼歯を剥き出し、
「サイッテーだね」
シルフィエーラの声から感情が一気に抜け落ちる。
「そんな……」
ラウラは口元を押さえて立ち尽くし、
「騎士の風上にも置けんクズ共め!」
ソーニャは萌黄色の瞳に怒りの火を灯した。
「ギード! おいギードっ!?」
そこで聞き覚えのある声が上がり、ばたばたと慌てた足音が怪我人へ駆けていく。
3等級一党『黒鉄の旋風』、頭目のレーゲンだった。
「何があったってんだ!?」
駆けつけた彼が門兵へどやすように問うも、
「分からん。こちらも発見したばかりだ。外の草むらから声が聞こえてきて、警戒しながら近づいたら彼が倒れていた。周りには血が点々と落ちているし、急ぎ癒者へ連れて行くところだ」
首を横に振って応える。
「こんな時間からどこに行って――」
レーゲンのに追いついた女性剣士であり、副頭目のハンナが心配とも、非難とも取れるような、どちらともつかぬ声を発したが、門兵は「違う」とひと言。
「私が対応したから覚えている。彼は昼前、この門を出た。この辺りに魔導薬の材料があるから採りに行く、と。なかなか帰ってこないから別の門から戻ったのだと思っていたが……」
再度首を横に振る。
そこまで聞き耳を立てていたアルクスは冷えていく内心を自覚しつつ、
「支部長を呼んできてくれ」
振り向いて伝言を託す。
「うん、ボクらと関係ありそうだもんね」と、シルフィエーラが即応。
「ラウラ、行くよ!」
隣の朱髪少女を引っ張って駆け出すも、肝心のラウラは茫然と立ち尽くしたまま。
「ラウラっ!」
「……あっ、は、はい! 行ってきます!」
蹴立てるような呼び掛けで、ようやくハッとして駆け出した。が、足元が覚束ない。
「すまんアル殿、私も行っていいか? 義姉が心配だ」
「うん、頼んだ」
一も二もなく頷く頭目へ「承知した」と、胸甲をがつんっと叩いたソーニャも後を追っていく。
「おい、薬師のとこの倅じゃねえか……? どうしたんだってんだ?」
「魔獣に襲われたのか?」
「癒者今呼んでっからな!」
と、ざわめく住民の波をアルクスが押しのけながら進んでいくと、傷だらけの男性が丁度横たえられたところだった。
門兵の持ってきた担架に移すようだ。
血に塗れすぎて、怪我の具合はよく見えない。
「畜生……っ! ここいらにそんな危険な魔獣は出ねえはずだろ!? 賊だってここいらを根城にするような馬鹿はいねえ!」
レーゲンが苛立った声を上げる。
ド田舎なくせに武芸都市の領地。安いシノギでデカいリスクを抱える愚かな盗賊などいやしない。
「知らないわ。渡りの魔獣もいるから絶対じゃないのは知ってるでしょ。たまたま来た賊かもしれないし、とにかく落ち着いて」
ハンナが彼の腕を擦って、諫めに掛かる。
「こいつがそんな危ねえとこに行くわけっ……――すまねえ」
怒りを向ける相手が違う。レーゲンは熱くなった頭を振って謝った。
「いいのよ、とりあえず彼を連れて行きましょ」
「……ああ」
「我々も手伝う」
門兵の代わりに街の巡回をしていた衛兵の1人が、担架の片側を持ち上げる。
もう1人は彼のボロボロの上着や拾い集められていた残骸を拾い上げ、他の兵が住民達に道を空けさせている。
「すまねえ、助かる」
レーゲンは素直に頭を下げつつ、担架の足側を持ち上げた。
「せーので上げるぞ」
「ああ」
そのまま数名の兵と共に怪我人を運ぶ。
「……本当にどうなってるの? ここらへんで賊か魔獣かもわかんない怪我するなんて……」
そんな彼らの背に、思わずぽつりと洩らしたハンナの独り言に、
「賊っつーか、あのくそったれ共だよ」
その背後からマルクガルムが応え、
「十中八九ね」
アルクスも援護を入れた。
「アンタ達どこから!? って待って、その連中ってもしかして」
「聖国のヤツらよ」
断定した凛華にハンナは愕然とした。
「……昨日の今日よ? 有り得るの?」
が、少し思い留まって反論を返す。そうやって決めつけるのは些か視野狭窄ではないか? と。
「獣の臭いがちっともしやがらなかった」
しかし、マルクガルムはキッパリと首を横に振った。
「でも……」
「ここいらで急に、偶然、賊が湧いたって可能性と、潜伏してた騎士連中が賊の真似事をし始めた可能性――どっちが高いと思いますか?」
次いで、やや詰問口調のアルクス。
ハンナは「うっ」と詰まり、
「そりゃあ……後者だろうけど」
渋々認めた。
「だったらそう考えておいて損はないはずです。兎に角、俺達も癒者のところへ連れてって下さい。あの人の話が聞きたいです」
これからの進退、そして生命に関わる情報。
5人分のそれを背負っているアルクスの眼光は鋭い。
「わ、わかったわ。こっちよ」
有無を言わせぬ語調に圧されたハンナの先導の下、途中で支部長を連れて来たシルフィエーラ、ラウラ、ソーニャと合流してアルクスら6名は癒院へと向かった。
〈ヴァルトシュタット〉は、帝国南部で言うと平均的な広さの街である。
周辺の自然も豊かで長閑な場所が多く、それゆえ、大きな癒院が1つ。ゆとりのある敷地に建っているのみだ。
「なんでお前らが?」
施術室へと辿り着いた6人とハンナ、支部長の姿を見てレーゲンは怪訝な顔をした。
「それがね――」
「神殿騎士の仕業だと思ったからです」
「神殿騎士だと?」
レーゲンの問いにハンナとアルクスは同時に答え始めたが、後者の発言の方が彼の注意を引いた。
「はい。その人からは獣の臭いが殆どしないそうです」
”臭い”と聞いてレーゲンがアルクスの隣にいたマルクガルムへ視線を向けると、人狼青年は確信を以て頷く。
「だからってよ」
聖国の連中とは限らねえだろ? と言いたげな視線を受け止めたアルクスは、ハンナがビクリと肩を揺らすほど、強い眼光を返した。
「だから訊きに来たんです、何があったのか。気に入らないなら殴ってもらっても構いません。でも後にして下さい」
その言い様と赤褐色の瞳にレーゲンは思わず瞠目した。
そして彼の背負うもの、また、なぜ半魔族の彼が頭目でも純魔族の仲間達が何ひとつ不満そうにせぬのかを察する。
特に、幾ら仲が良かろうと人狼族や鬼人族といった戦闘民族の系譜は、形だけもそうそう簡単に人の下にはつかない。
「……いや、そうだな。叩き起こして訊くべきだ」
ややあって、怪我人をすぐに起こすという彼の案に乗った。
どちらにしろ正体不明の危険が〈ヴァルトシュタット〉周辺に潜んでいる。
早急に情報を得るということ自体、間違いでもない。
「すいません」
「構わねえさ。先生、どうだい?」
「酷いもんだね。それに、そこの彼が言う通り魔獣に襲われたわけじゃないね、これは。刀傷と何か硬いものによる殴打痕がそこかしこ」
先生と呼ばれた中年の癒者が淀みなく、然りとて労るような手付きで傷を確認しながら応える。
『治癒術』は万能ではない。
術をかけようにも傷口を綺麗にしておかなければ、余計な雑菌を体内に混入させることになってしまう。
「……そうかい」
レーゲンはギードの顔を見つめながら辛うじて唸った。
支部長も苦り切った顔を浮かべている。
アルクスの言葉が真実味を帯び始めていた。
「これ使って」
「森人の癒薬帯か。助かるよ、『治癒術』だけじゃ足りなかったところだ」
シルフィエーラが癒薬帯を癒者へ手渡す。植物の専門家が作っているのだから人間が作るよりは断然効能が高い。
今のところなかなか使わないし、一応使用期限がある――新しい分は宿の背嚢に入れてあるし、古い分はここで使って貰おうと考えたのだろう。
「すまねえな」
「いいよ」
暗緑色の包帯を受け取る癒者を横目に、レーゲンが礼を述べると耳長娘は首をふるふると振った。
「すまんが、俺は先に軍の方に行ってくる。住民を外に出さん方が良いだろうからな」
封鎖しておかなければ、きっと新たな被害が出る。
支部長は急ぎ足で癒院を出て行った。
「……お願いします」
ラウラが消え入りそうな声で頭を下げる。
――私達がここに来たから……。
嫌でもそう考えさせられ、自責の念と傷だらけのギードが脳内で渦巻く。
「気にしちゃダメよ、ラウラ。やったのはヤツらでしょ。あんたが気に病む理由にはなんないわよ」
そんな彼女を凛華の青い瞳が真っ直ぐに射貫いた。
それはその通りなのだろう……理屈で言えば。
(でも、そうなったのは……)
頷いては見せたものの、ラウラの憂いは晴れなかった。
時刻は夜9時を回った頃。
治療を施された男性――ギードは病室の寝台に寝かされていた。
病室には武芸者協会〈ヴァルトシュタット〉支部長と『黒鉄の旋風』、そしてアルクス達6名もいる。
また、怪我人の治療中にレーゲンとハンナ以外の4人も話を聞いたらしく、癒院の方へと駆け込んできた。
彼らもギードとは親交があったようだ。
聞けばレーゲンとギードはこの街――〈ヴァルトシュタット〉出身で齢も近いこともあって幼い頃から仲のいい友人らしい。
レーゲンが武芸者登録をした頃、ギードも実家の薬屋で修業をし始めたらしく、今では仕事の愚痴なんかを溢し合って酒を酌み交わす大切な仲間だそうだ。
鼻先に蒸留酒を近づけられた怪我人は、
「う……?」
癒薬帯だらけの顔を歪ませ、ゆっくりと目を開いた。
「よう、起きたか?」
「レー……ゲン? はっ、そうっ!? っづぅ~~……っ!?」
ハッとしたギードが飛び起きようとして、激痛に悶える。
「動くなよ。大怪我してんだぜ」
レーゲンがその肩を軽く押さえて横たえてやれば、
「助かった、のか……?」
彼は視線を彷徨わせ、未だ半信半疑な顔で呟いた。
「ああ、門のとこに倒れてんのを門兵が見つけてな。連れて来てくれたんだよ」
「そうか……あ? 彼らは……? それに、その二人は――」
そこでギードは気付いた。
『黒鉄の旋風』はわかるが、この青年達は誰だろうか? 支部で見たことのある新顔だった気がする、と。
彼の問い掛けるような視線を受けたレーゲンは、怒りがふつふつと湧き上がってくるのを抑えつつ、
「……ああ、いろいろあってな。悪いギード、怪我人を長いこと起こしとくつもりもねえから単刀直入に訊く。何があった?」
と、問うた。
するとギードは詰まりながらも「昼、頃……」と一度区切り、
「荷台を引いて、薬の材料を取りに行ったら、急に殴り倒された。気付いたら、鎧を着た、連中の前に、引き摺りだされてた……どっか、天幕の中だ」
と、語る。
「……鎧」
ソーニャの低い呟きが耳に届いたらしい。
首を僅かに動かして呻き、
「ああ。銀のなかに赤い派手なのが、一人いた。そいつが、朱髪と、茶髪の……身分が、高そうな少女は、この街にいるか? って。支部に、魔導薬を……卸す、ときに見かけたことが、あったけど……その鎧連中が、厭な雰囲気、してたから……知らねえって、答えたら痛めつけられて――すまねえ。いるって、言っちまった」
話している途中で自分が情けなくなったのか、悔しそうに謝る。
「謝罪なんて……私達のせいなんです。ごめんなさい」
ラウラは泣きそうな顔で頭を下げた。
「いや……なんか、事情があるん、だろ? アイツら……お貴族様の、護衛って感じ、じゃなかったし」
家出でもした貴族令嬢を連れ戻そうとする護衛にしては物騒で、何より街に入れないというのが怪しさ満点だ。
ギードがぎこちなく首を動かす。
「……他に、何か聞かれましたか?」
そこに、それまで静かにしていたアルクスが声を掛けた。
――どこまで洩れてる……?
痛々しい姿の怪我人を前に、平坦な口調で問い質す。
「あ……他に誰か、いたか? って。けど俺は、あそ、こに薬卸してるだけ、で何も、知らねえ。そう、言ったのに、答えろって……また、殴られた。背中も、斬られた」
「じゃあ、何も答えてないんですね?」
ギードの証言に、奥歯をグッと噛み締めてアルクスは最終確認を取った。
「あ、ああ」
「それじゃどうやって帰って来たんだ?」
今度は支部長が訊ねる。
それだけボロボロに痛めつけられてどうやって戻って来たのか? 誰にも見つからなかったのか? と。
「れんちゅ、うが俺、を残して、どっか行っ、た……んだ。だから這っ、て……逃げて、きた」
痛みがぶり返してきたらしい、ギードの呂律が回らなくなってきた。
「……そうですか、ありがとうございます。怪我してるのにすいませんでした」
聞きたいことは聞けたし、これ以上は見ていられない。
――ここまでだ。
アルクスは質問を打ち切った。
「気に、すんな」
「ごめんなさい。治療代くらいしか払えませんけど、お金はお癒者様の方へ渡しておきますから」
ラウラが忸怩たる思いを抱えた表情でそう言えば、
「ありが、とうよ」
ギードは口を歪ませるように、笑いかけた。
事情があることがわかれば充分。
治療代まで貰うのは気が引けるだろうが、それで彼女らの心が少しでも軽くなるのであればと判断したのだろう。
「すまねえな、ギード。ありがとよ、もう寝てろ」
レーゲンが掛布を直してやってそう言うと、
「あ、あ。おやす、み」
と漏らして怪我人は直ぐに眠りについた。限界だったようだ。
「支部長、移動しましょう」
寝入った彼を確認するなり、アルクスが淡々と歩き出す。
その態度に眼を吊り上げたハンナと、眉根を寄せたエマは、
「ちょ、ちょっとアンタね!」
「少し淡泊過ぎじゃ……」
と、僅かな怒気を苦言に変えた――のだが。
「いっ!?」
「んなっ!?」
ぞくっ……!
直後、冷や水を浴びせられたように揃って背筋を泡立たせた。
ビリッ、とアルクスを中心に魔力と殺気が放射状に奔ったからだ。
瞬間的に放出――洩れたと言う他ないその魔力が、病室内を疾走。暴れ廻り、屋内にも関わらず風が荒れ狂う。
「っ!」
ヨハンはそのなかに冷たい白刃を直感的に幻視し、首筋をそわつかせた。
『黒鉄の旋風』が見つめる先で、アルクスの黎い髪が、ゆらりと浮き揺らめいている。
怒髪天を衝くとはこのことだろう。
「さ、行くわよ」
「うん!」
「ああ」
凛華とシルフィエーラが寄り添うように彼の背を押して病室を出て行く。
「相当キてんなありゃ」
マルクガルムは涼しい顔で呟いた。
以前、人虎族のカミルをブチのめした時のようにカッとしているなら咎めたが、あれは違う。
一番近いのは〈ネーベルドルフ〉で〈刃鱗土竜〉と殺り合ったときだろうか?
あの時と違って魔力に怒りも籠もっているし、殺気も数倍強烈だが、まだアルクスは冷静だ。
脳髄は冷徹なまでに冷え切っている。変な表現だが、冷たい赫怒なのだ。
――連中に遠慮はもう要らねえらしいな。
それが分かるからこそ、鬼娘と耳長娘も呼応するように昂った魔力を放っていた。
「ほらラウラとソーニャも行くぞ」
彼女ら同様、中てられたマルクガルムも唇の端を吊り上げて後を追う。
「……はっ、はい!」
「ああ!」
ラウラとソーニャも怒っている彼になぜかゾッとせず、安心してすらいる。
轟々と吹き荒れる嵐のような魔力の波動に刺激されて昂る己を自覚していた。
初めて出会ったとき、神殿騎士相手に大立ち回りをしていたときでさえ彼はあんな表情を見せていない。
その彼が――否、彼らがあそこまで怒り、本気で殺戮に走ったら?
頼もしさを覚えると同時に肚を括る。
(ここでウジウジしてても始まらない。今は私達に出来ること、やるべきことを)
どちらからともなく頷き合って駆けだした。
「ラウラ嬢とソーニャ嬢は幸運だな。あんな連中が味方してくれるんだから」
新人一党を見ていた支部長がポツリと溢す。
アルクスを中心にして暴風のような魔力が病室内を支配していた。
ギードはその中でも静かに眠っている。怪我が相当深刻だったのだろう。
感知できた――というよりモロに浴びることになった支部長と、2名を除く『黒鉄の旋風』はすっかり呑まれてしまった。
「ガキの殺気かよ、あれが」
まったく、とレーゲンが呟く。アルクスから漏れ出した濃密な殺気によってすっかり頭が冷えていた。
「も、もう……! びっくりしたわよ」
「こわかったよぅ……」
涙目のハンナと半泣きのエマがぶぅと膨れて文句を言う。
彼を咎めようとして物理的に近かったせいもあって、重力すら帯びていそうな魔力に顔が青褪めるほど気圧されていた。
「とんでもないな、アルクスの魔力は。龍人族の血を引いているというだけではああはならん」
「そうね。エーラちゃんもあっち側だったみたいだし、凄い新人が後輩になったものだわ」
唯一ちょっとビックリした程度の森人族のケリアとプリムラは素直に感心している。
「つーかあれが俺と同じ四等級かよ。冗談だろ?」
勘弁してくれ、とヨハンが嘆く。
「むしろ俺ァ聖国のクソ共が可哀そうに思えてきたぜ。なにせ連中、龍の逆鱗に触れちまったんだからな」
支部長はそう締め括って病室を出るのだった。
* * *
午後10時を回って宿に戻ったアルクス達6人は食事を忘れていたことを思い出した。
まだ酒を呑んでいる者はいるが、食事の提供はある程度でやめるのが一般的。
そこで一応と頼み込んでみたところ、女主人は快く温め直したものを出してくれた。
感謝しつつ、そうして短い夕食の時間を黙々と終え――……。
早々に卓につき直した。
明日の詳細を詰め直さなければならない。
アルクスから漏れていた殺気も今は収まっている。
「で、どうすんだ? 潰すか?」
「いや、方針そのものは変えない。けど目の前に出てくるなら容赦はしない」
マルクガルムの端的な問いにきっぱりと言い切るアルクスの覚悟は、今朝悩んでいた者とは思えないほどに固かった。
「んと、具体的な移動手段は? 幌馬車のまま?」
シルフィエーラが首を傾げる。
「うん、極力軽量化させて突っ走る。目標は武芸都市〈ウィルデリッタルト〉に入って、そこの領主館だか何だかにラウラとソーニャを辿り着かせること。神殿騎士が帝国の人間を攻撃した以上、こっちには大義名分もあるし、どっちにしたって連中は不法侵入者だ。ただの賊でも、聖国の騎士でも見過ごされる理由はない」
「なるほどね。でも追ってくるかしら?」
警戒して近寄らない可能性もあるんじゃない? と今度は凛華が訊ねた。
「来るよ、絶対」
しかし、アルクスが即座に否定する。
「どうしてわかるのでしょうか?」
ラウラはそう問わずにはいられない。アルクスの発言は先ほどからやたらと断定的だ。
「ギードさんが見過ごされてたから」
「どういうことだろうか?」
わからないという顔でソーニャが問う。
「連中の天幕から這って逃げたんなら血の跡がついてたはずだ、門のとこにあったみたいな跡が。いなくなったからって、歩くよりも遅い人間が馬を持ってる連中に見つからないわけないだろ?」
「あ、なるほど。つまり――」
「あえて見逃したんだ。それを見た二人が慌てて飛び出してくるって踏んで」
そうかという顔でソーニャの紡いだ言葉をアルクスが引き取った。
「卑劣な連中め」
「それは知ってたよ」
「けどよ、だったら待つって手もあるんじゃねえか?」
〈ウィルデリッタルト〉からの救援を待ってみるのはどうか? とマルクガルムが提案するも、
「確実じゃない。書状を届けるのに早馬で半日かかるみたいだし。それに、今は門からの外出が出来なくなってる。連絡が届くのに時間がかかればかかるほど連中が増える可能性もあるし、そもそも書状が届いてるとも限らない」
アルクスは首を横に振った。
今いる神殿騎士が全部とは言い切れないのだ。奴らに連絡手段があった場合、人員が補充される可能性がある。
それに対してこちらの頭数は変わらない。
そしてたった一日で何の関係もない人間を痛めつけた連中が街を襲わないという確証もなければ、手紙が〈ウィルデリッタルト〉の領主に辿り着く保証もない。
「はぁん、なるほどな。引き連れて行こうってか?」
マルクガルムは兄弟のように育ってきた幼馴染の意図を正しく理解した。
アルクスはわざと目立つように逃げ切ってやろう、という算段を立てているのだ。
「そういうこと。連中の狙いはあくまでラウラとソーニャの身柄だ。ならそれを利用して一網打尽にしてもらう。それくらいは〈ウィルデリッタルト〉の領主とやらに働いてもらおう」
――使えるものは何だって使う。疎まれようが知ったことか。
アルクスの顔にはそう書いてある。
完全に吹っ切れたらしいことを悟ったその様子にマルクガルムは豪快な笑みを見せた。
「了解だ、任せろよ」
彼以外も頷いている。結局取れる手は少ない。持ちうる手を全て使うしかないだろう。
そう決意していたところで、凛華がふとギードの発言を引っ張り出した。
「そう言えば、赤い派手なのがいたって言ってたわね」
シルフィエーラも頷いて憶測を立てる。
「指揮官か、聖騎士ってやつなのかな?」
「聖騎士の方に近いかもしれない。俺が斬り殺したヤツも指揮官っぽかったけど、羽飾りくらいしかしてなかったし、てんで弱かった」
「聖騎士か……わけわかんねえ力とか”遺物”? ってのを使うんだったっけか」
「ああ、そう言われている。彼らには序列があってそれぞれが”異能”を持っているそうだ」
マルクガルムがそう言うとソーニャが首肯した。
「”異能”?」
思わずアルクスが訊き返すと、
「ええ。その者にしか扱えない力のことで――女神に宿して貰っただとか精霊の力だとか、そんな風に言われてます。”聖遺物”を扱う者もいると耳にしたこともあります」
ラウラが答えた。
「厄介そうだな」
よくわからないなどと云う不特定要素は戦闘において好ましい要素ではない。下手を打てば致命級だ。
魔族組の顔が一気に険しくなる。
「とりあえず正面衝突はなしって方針は間違ってなさそうね」
凛華が結論を述べると、全員頷いた。
その時だ。宿の扉が開き、
「やっぱりいたな。邪魔させてもらうぜ」
と『黒鉄の旋風』の6名がやってきた。
「どうしたんです?」
「護衛依頼の臨時枠が空いてないか、ラウラ嬢に聞きに来たんだ」
アルクスが問えば、彼らの後ろにいた支部長が答える。
「臨時枠、ですか?」
聞き慣れぬ単語にラウラは疑問符を浮かべた。
「ああ。ラウラ嬢の護衛依頼は指名依頼だ。だがそこに臨時でこいつら分の枠を追加できないかと思ってな。場所は武芸都市〈ウィルデリッタルト〉まで」
「レーゲンさん、いいんですか?」
アルクスが意図を汲み取って訊ねる。
彼らは危険を承知で手を貸してくれようとしているのだ。
「連中がいたら依頼にも出られねぇし、今の俺らの拠点は武芸都市でな。帰るに帰れねぇからついでにと思ってよ」
するとレーゲンはなんてこたァねーよ、と肩を竦めた。
「報酬は武芸都市についたあとの食事一食分。どう?」
ハンナがパチッと片眼を瞑ってみせる。
――微々たる報酬で命を懸けるつもりか?
ソーニャは目を見開いた。食事代などたかが知れている。
「勿論、臨時だからな。指揮権もそっちの頭目にある」
支部長が追撃するように利点を述べる。
要ははした金で人員だけ増えるということだ。
ラウラは惑うように視線をさ迷わせ、最終的にアルクスを見た。
――どうしたら良いでしょうか?
琥珀色の瞳はそう言っている。
「ラウラが決めてくれ……いや、決めるべきなんだと思う」
アルクスはその視線の意味をきちんと理解した上で、言葉を返した。
依頼者は彼女で自分達は依頼を受ける側だから、などという表面上の理由ではない。
一時的にとは云え、全く無関係な帝国人を彼女らのゴタゴタに巻き込むことになる。
その覚悟を以て彼らと共に前へ進むか。巻き込まないで何とかするか。
ラウラはしばし考え込んだ後、
「……では、お願いします。ただし支部長さんの言う通り、指揮権はすべてアルさんに預けて下さい」
『黒鉄の旋風』へ頭を深く下げた。
彼女には、彼ら6人の気持ちが痛いほどにわかる。
親しい人を傷つけられた怒りや悲しみ。
鬱憤を、怨みを、憎しみを晴らせるものなら自分とて晴らしたい。
そして何よりアルクス達の為。
彼らは強い。だが、自分達お荷物を背負うにはあまりに人数が少ない。
きっと無茶をする。否、絶対にしてしまう。
特に仲間のことであれほど深く頭を悩ませていたアルクスは。
だから請けてもらうことにした。
接した時間は少なくともそれがわかってしまったが故の決断だった。
「おう勿論だ。お前らよろしくな」
「ええ、よろしくお願いします。じゃあ早速、翌朝の段取りについて指示があります」
とっとと本題に入ろうとするアルクスに、レーゲン内心で安堵しながら苦笑を返す。
老婆心ながら、癒院を出ていった際の雰囲気は、まだ年若い少年が纏うには些か殺伐とし過ぎていた。
「いきなりかよ」
「ええ、人手が足りないと思ってたんです。これなら、連中に一泡吹かせられる」
アルクスが好戦的な笑みを浮かべる。
そんな彼を見てラウラはホッとしながら窓の外に目をやった。
一昨日まで綺麗に見えていた月はすっかり鳴りを潜め、分厚い雲がかかっている。
これが自分達の行く末を暗示するものか、奴らの未来を示したものか、今の彼女にはわからなかった。
コメントや誤字報告、評価など頂くと大変励みになります!
是非とも応援よろしくお願いします!




