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【12.6万PV 達成❗️】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
第2部 青年期 武芸者編ノ壱 新たな仲間と聖国の追手編

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15話 蠢く暗影、義憤に燃ゆる貴人、苦慮する半端者

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


なにとぞよろしくお願い致します。

 〈ヴァルトシュタット〉に滞在しているアルクス達6人の元に、聖国の者が入国しようとしたと連絡が入る前日の午後にまで時は遡る。


 草原の涼やかな風にじくじくとした忌々しい気持ちを想起させられた豪奢な胸甲の男――ディーノ・グレコは苛立たし気にやや白っぽい紫煙を吐き、落とした葉巻を踏みつけた。


 場所はこの寂れた田舎街から旧街道へ出てすぐだ。


 一向に帰ってこない予備隊を探すため急遽捜索隊を編成して向かわせたが、手掛かりの一つも見つけてこなかった。


 その報告に副官が顔を蒼褪めさせる。


 ディーノ・グレコという男を激怒させることはまず間違いない。


 恐縮した様子の副官は自分達の装備している胸甲より、派手で首元が赤い鎧を着込んだ男へそろそろと近寄った。


「予備隊の連中は!? 何やってやがる!?」


 ディーノがイライラした様子を隠しもしないで怒鳴りつける。


「も、申し訳ありません。捜索隊からの報告なのですが――」


「あぁ? 報告だ? 連中を連れ戻せっつったろうが。誰が手掛かり探せっつったんだ?」


「そ、それらしき手掛かりは何一つ見当たらないと――グゥッ!?」


 突然、副官は首元を押さえて苦しみだした。


 その首が()()()()()()()()()


 不可視の腕で首を絞められているような奇妙な光景に、周囲の騎士達は更に静まり返った。


「舐めてんのか? 小娘二人を三十人くんだりで追いかけた挙句、痕跡がカケラもねえだと? じゃあ何か? ヤツらはそこいらの森でサカってやがるとでも言いてえのか?」


 ディーノが左腕を掲げたまま睨めつける。


「い、え゙……ぞん、なことはっ!」


「ならなんで連中は見つからねえ? なんで小娘二人がここにいねえ? こんな木っ端任務に二百人も雁首揃えて何やってんだ?」


「もうじ、訳っあ、りませっん!」


 ディーノが左腕を突き放すような動作を取った。


 副官は弾かれるように後ろへたたらを踏み、次いでゲホゲホと涙目で咳き込む。


「クソが。てめえらじゃアテにならん。小娘共が旧街道の方へ行ったのは間違いねえんだな?」


「……ゲホッ、はいっ! それは間違いないかと」


「新街道との分岐路があった。それまで旧街道沿いに北上する、さっさと馬を用意しろ」


 旧街道を道なりに行けば新街道と途中で合流するように交わる。


 アル達は『陸舟』に乗っていたし、新街道を伝ってもラウラ達が逃げて来た田舎街の隣街に辿り着くだけであったので無視していた。


 そもそも新街道も旧街道も一つも宿場がなく、交通量自体かなり少ない。


「しかし、あそこはもう帝国領のすぐそばで――」


「だからだろうが、スカが。あの小娘共が帝国の街に逃げ込んだ可能性があるっつってんだよ」


「あれだけの距離を馬に乗っているとはいえ――」


「お前が指示した捜索隊が時間を無駄にしてくれたおかげで逃げる時間を与えちまった。そのせいで帝国入りした可能性まで出てきちまったって言ってんのがわからねえのか?」


「……それは、しかし――」


「さっきから誰が口答えして良いって言ったァ!? さっさと出立の準備をしやがれ!!」


「は、ハッ! た、直ちにっ!」


 いい加減ムカついていたディーノが声を荒げながら左腕を構えると、副官が転がるように走り出す。


 捜索隊の連中は戻ってそう間もないだろうが関係ない。


 ――無能は人一倍働くべきだ。


 ディーノは面白くなさそうにフンと鼻を鳴らすのであった。



 * * *



 だいぶ日が落ちてきた。


 夕暮れの赤い陽が街道を血で染めたように彩っている。


 結局周囲を確認しながら進んでいた為、思っているよりも距離は稼げなかった。


 新街道との分岐路まであと30kmは優にある。


「そろそろ馬が限界のようです」


 副官の報告にディーノは舌打ちのみを返した。


 気になる場所があれば馬をやって確認し、自身も馬を下りて周囲を探っていたのでディーノ自身も疲れはある。


 だがそれを悟らせることに酷く嫌悪感を感じ、


「しょうがねえ、ここで一旦休む。見張りの連中と交代で貴様らも休め」


 とだけ命じた。


(ふざけやがって……! 元聖騎士の俺が酒も女もない場所で野宿だと!?)


 歯をギリギリと食い縛って屈辱に耐える。


 現在のディーノは聖騎士ではなく、準聖騎士。


 聖騎士には序列がある。


 頂点(トップ)に教皇が存在し、その下に聖騎士団長。


 そしてその団長を含めて30名の聖騎士が存在する。


 序列が上の方が基本的にその場を仕切ることができ、その30人の下に準聖騎士、神殿騎士長、神殿騎士が存在する。準聖騎士と神殿騎士長はほぼ変わらない。


 帝国や王国の騎士とは成り立ちから何もかも違うのだ。


 聖国には国軍もあるが神殿騎士の下積みであったり、使えないクズや家格の見合わない者たちが駒として扱われるどうしようもない場所という見方が強い。


 準聖騎士以上の者は国軍だろうが問答無用で指揮を執れるというのもそれを助長させていた。


 威勢だけはいい副官と、その部下の騎士共を見ながらディーノは葉巻に火を点ける。


 ――今日は終いだ。コイツらは見張りをやる必要があるが自分にはない。とっとと眠らせてもらおう。


 そう考えたところで、ふと動きを止めた。


 副官やその他の連中は馬を動かしたり、慌ただしく動いている所為で気付いていないが、ここの土だけ妙に柔らかい。


 先程から舞い上がる砂塵の量が多すぎる。


(まるで掘って埋め直した跡みたいな……)


 それでハッとしたディーノがすぐさま指示を飛ばす。


「おい! 街道にいる連中をどかせ! 邪魔だ!」


「ハッ! は?」


「聞こえねえのか?」


「た、直ちに! おい、道を空けろ!」


 道を空けさせたディーノはすぐさま馬上から右腕をショベルのように動かした。


 するとドボッ! と、いう音と共に()()()()()()()()


 大量の土を被った騎士共から短い悲鳴が上がるが、ディーノはそんなことお構いなしに何度も地面を抉るように掻く動作をし続ける。


 これもまた不可思議な光景だった。


 準聖騎士が右腕を振るたびに触れてもいない土砂が掘り返されては舞っていく。


 それを何度も繰り返したところでガチャンと何かに当たった。


 ディーノが目の色を変えて右腕を大きく動かして掘り出すと、土と一緒に出てきたそれが金属特有の音を出しながら地面を転がっていく。


「これは……う゛っ!?」


 近くに寄った神殿騎士が口元を押さえて後退る。


 それは黒焦げになってひしゃげている鎧小手と、異臭を放つ真っ黒い塊だった。


 ディーノはやはりと残っている右眼を細め、再度今度は掬い上げるような動作で大地を掘り返す。


 ガシャ、ガシャというくぐもった音と焦げ臭い異臭が辺りを漂ってきた。


「こ、この死体、首がない……!」


 ある騎士は叫ぶように言ってへたり込み、


「ば、バラバラにされて……うえ゙ぇっ!」


 ある騎士は口元を押さえて草むらに吐瀉物を撒き散らす。


 貴様らそれでも神殿騎士か! と、叫びたくなる気持ちを堪え、ディーノは深く掘り進めては埋められていたものを引っ掻き出した。



 ~・~・~・~



 結局5mほどの深さにそれらは埋めてあった。胸甲に剣、槍……そして人骨。


 そこは、アルが殺した神殿騎士共を魔術で埋めた場所だったのだ。


 深めに埋めたはずだったが、準聖騎士の奇妙な力で掘り起こされてしまった戦闘の証拠(残骸)が今やそこらじゅうに散らばっている。


「予備隊のものか確認して報告しろ。終わったら埋めておけ。俺は休む」


 ひと通り掘り出した黒い残骸を冷めた表情で見下ろすディーノが副官へ指示を飛ばす。


 ――どうしようもないショボい任務だと思ったが少しはマシなことになりそうだ。これも天の配剤ってやつだろう。


 誰に見られることもなくディーノは喜びに暗い笑みを浮かべるのだった。



 * * *



 その翌日。


 結論から言えば地中に埋まっていた馬の屍骸や騎士の燃えた遺体は全て予備隊のものだった。


 剣を交えたと思わしき者の姿もなければ、彼らが追っていたはずの少女二名のものらしき痕跡も何一つ見当たらない。


 神殿騎士達は同僚の遺骸を確認して、すっかり気持ちが折れていた。


 30名ほどいた騎士がその馬ごと皆殺しにされて葬られたのだ。


 狩る側が一方的に蹂躙されている様は彼らの心胆を寒からしめるのに充分な効力を発揮していた。


 ディーノがそんな連中に喝を入れるべく叫ぶ。


「貴様らそれでも栄えある神殿騎士か!? コイツらは予備隊、つまり貴様らほどの練度がない連中だった! おそらく魔術か何かで一気に葬られたのだ! 貴様らはそんな愚を犯す凡の集まりだったのか!? 同胞を葬られて悔しくないのか!? 目標は依然逃亡中だ! 彼らの死に関しても取り調べなくてはならんことが多々ある! 見事捕らえてみせた者にはその捜査権、渡してやろうではないか!」


 その言葉に神殿騎士共の目に憤怒や奮起、薄暗い感情が迸った。


 ディーノは満足げに嗤う。これでも元聖騎士だ。人心掌握術なら心得ている。


 消沈した意気を取り戻させる程度ならお手の物。


 それがどんな才能であれ、並ではなかったから聖騎士になれたのだ。


「では行軍を続ける!!」


「「「「「オオ――――ッ!」」」」」


 薄暗い欲望を誘われ、暗い感情に身を浸した神殿騎士達が歩を進める。




 その後新街道との分岐点でディーノは騎士を50名、新街道の方へと向かわせた。


 ラウラの父ノーマン・シェーンベルグが帝国へ行くよう伝達してきた手紙はラウラが読んですぐに燃やした為、どこを目指していたのかわからなかったのだ。


 ディーノの読みでは帝国だ。使えない副官は新街道へ送った。


 こんな任務に日を費やし過ぎている。もう数日でカタをつけなければ評価が下がってしまうだろう。


 その後、捜索を続けながらディーノ率いる神殿騎士達は夜も遅くなってきた頃に帝国の街〈ヴァルトシュタット〉へ到達した。


 徒歩の者こそいないが馬は連日動き続けている。


 加えて同類の屍骸を見て言うことを聞かなくなった馬が10頭ほどいたせいで時間が掛かってしまった。


 斥候として騎士を街へ送り込んだが全員が入国拒否を受けて憤りも露わにしている。


 ディーノから言わせれば憤る方がどうかしている。


 ――武装した他国の兵をあの国が簡単に受け入れるものか。


 その日はまた天幕を張り、あちらから見えない位置で街を見張り続けた。


 ディーノは神殿騎士達の様子を眺めながらニンマリと嗤う。


 ――いい具合に理性が薄れ始めたな。


 心中では手を叩いてはしゃいでいた。


 ――元々大した任務も熟していない連中だ。


 強行軍をやらされ、味方の無残な遺骸を見せられ、その下手人と思わしき連中と関わりのありそうな見目麗しい少女二人が目標だ。


「くっ、くっ、く、くくく…………けっ、けけっ」


 己の喉から零れる嗤いが抑え切れず、天幕内で一頻り嗤った。



 準聖騎士1名、神殿騎士117名は虎視眈々と獲物を狙う。


 仄暗く、どろりとした欲望と共に。



 ☆ ★ ☆



 武芸都市〈ウィルデリッタルト〉。


 その領主館でいまだ若々しさを保つ黒髪の中年男性が、壮年の男性を呼び止めた。


「父上」


「どうした?」


 中年の男も壮年の方も、どちらも背筋の伸びたしっかりとした立ち姿だ。


 武芸都市を始めとした周辺街を治める領主なだけはある。


「これを」


 中年男性は白髪の混じる壮年男性へ書状を手渡した。


「む、なんだ?」


「〈ヴァルトシュタット〉の方から早馬で届きました」


 壮年男性が素直に受け取ってそれに目を通す。


 読んでいく内に眉間に皺が寄り、視線が猛禽類を思わせる鋭さへと変わっていく。


 その鋭い視線がおもむろに中年男性を射抜いた。


「それでトビアス、どう動くつもりだ?」


 壮年男性――ランドルフが訊ねる。


「明日、武芸者を集めようと思っています。どうやら彼らも明日までは〈ヴァルトシュタット〉にいるそうですし、迎えが必要でしょう」


 トビアスと呼ばれた中年男性が淀みなく応える。


「では明後日に出立か?」


「早朝に。さすがに共和国の令嬢です。しかも反聖国をいまだ掲げている豪傑の娘。心情的にも帝国貴族としても見過ごせません。連れて行く武芸者(人員)の選定は必要でしょうから一日だけ我慢してもらうことにはなりますが」


 どうやら書状を読んだ時点で即決していたらしい。


 ランドルフはうむと一つ頷き、


「ならば数日の間、政務は代わろう。あそこの藩主とは知り合いだ。頼むぞ」


 と息子へ告げた。


 トビアスに家督を譲ったのはもう5年ほど前だが、執務程度なら元武芸都市領主たるランドルフでも事足りる。


「承知しました」


 トビアスも厳かな目付きで頷いた。


 そんな父子2人が難しい顔をしているところへ、チョコレートのような深みのある茶髪を揺らして少女がタタタッと駆けてくる。


 当年とって13歳の少女はまだ思春期になっていないのか、元気よく2人に突撃した。


「お父様! お爺様も! また難しい顔をしてらっしゃいますの? 何があったのか教えて下さいまし!」


 この家でそんなことが出来るのは彼女くらいなものである。


「お仕事の話だよ、イリス。もう遅いだろう? 寝なきゃ駄目だよ」


 淡褐色(ヘーゼル)の瞳をキラキラさせる娘にトビアスが宥めるように微笑むと、


「ええ~っ!? わたくしまだ元気ですわ!」


 途端にイリスはぷうっとむくれた。コロコロと表情が変わって愛らしいものだ。


「そこまで元気ならわしが明日稽古をつけてやろう。トビアスは明日から少々忙しくてな」


 ランドルフも好々爺の顔をして宥めにかかる。


 武芸都市領主の娘らしくイリスは武芸に興味津々だ。


「本当ですの!? お稽古なら寝ないといけませんわね! お爺様、約束ですわよ!」


 そう言ってパタタタッと走っていく。天真爛漫な娘は家中の者達からも人気だ。


「あっ、こらおやすみなさいくらい――」


「おやすみなさーーーい!」


 父の注意を聞くには聞いたのか甲高い挨拶が返ってきた。


「ふっ、お前もあのくらい素直であればな」


 ランドルフの言葉に、


「今の僕があんな風に振る舞った日も跨がずに癒者を呼ぶでしょうに」


 トビアスが肩を竦める。


「都市一番の名癒を呼ぶであろうよ。では先程の件、すべてお前に任せるぞ?」


「ええ。きちんと保護してみせますよ、胡散臭い連中の手を叩いてね」


「何ならば斬り落としても構わん」


「不躾に伸ばしてくるのであれば、そう致しましょう」


 娘とよく似た色の瞳に武人としての色を滲ませた息子に、父としても元領主としても頼もしいものを感じるランドルフであった。



 彼らもアル達に遅ればせながら動き出すことになる。


 その出会いが何を生むのか、今のところ女神のみぞ知るところである。



 ◇ ◆ ◇



 アルクスはいつもの――魂の内面世界にいた。


「ここ数日来っぱなしだぞ。脳が休んでねえ可能性があるからちゃんと寝ろって言ったろ?」


 白っぽい部屋のソファに座った前世の自分――長月が嗜めてくる。


「……わかってるけどさ。そうも言ってられないだろ」


 アルは少々疲れを滲ませて応えた。


 物珍しくて毎夜ここに訪れていた頃、どうにも日中ぼーっとする日が数日続いた。


 そこで長月が「寝ている間もここで会話することで脳を使用している――つまり本来、睡眠中に行われるべき脳の役割が果たされていないんじゃないか?」という疑問を呈したのだ。


 睡眠中、人の脳は経験や知識を整理する。


 それが上手くいかないので知識にも影響が出てくるぞと半ば脅しのような忠告をこんこんと説かれた。


 それ以降、どんなに長くともこの部屋の時計で2時間を上限(リミット)として現世(アル)前世(長月)は交流を深めている。


「……俺の予想より早い」


「知ってるさ」


 アルが切り出した本題に長月は寝っ転がりながら返事を寄越した。


「掘り起こした連中がいるんじゃねえか? ちゃんと戻したとは言え()()()ようなもんだろ」


「あの長い街道でそんなとこ見つけるヤツがいるのか。だとしたら――」


「当然、注意は必要だわな。最初の神殿騎士(ヤツら)とは知能のレベルが違うと思っといた方が良いだろうよ」


「だよなぁ。はぁぁ~……しんどい」


 アルは思わず肩を落とし、長月の向かいの椅子へ身体を預けた。


「んじゃ、投げ出すか?」


 嫌な――いや、魅力的な提案をしてくる前世の己にハンと笑う。


「やなこった。それなら最初(はな)っから断ってる」


「なら頑張るこったな。その為にみんなで色々検討してんだろうが」


 長月は嫌味なほど直截的だ。無遠慮と云っても良い。


 魔族組(おさななじみ)3名とてハッキリ物申す方だが、言葉そのものには思いやりがある。


 ここまで突き放した言い方はしない。


「わかってるさ。愚痴くらい言ったっていいだろ」


 唇を尖らせるアルに長月がチッチッチと指を振る。


「愚痴ってのは友達に聞いてもらうもんだ。魂レベルの兄弟で愚痴ったって意味なんぞねえし、たぶん気も晴れねえぞ」


 ――そういうものだろうか?


 アルがそんな顔をするなか、長月は本題に戻った。


「どっちにしても対策は検討しとくべきだな。まさか野盗に身を窶すなんて有り得るのかねぇと思って出した案だったが、マジにありそうだ」


「そこだよ。想定が甘かった」


「どうにも実感がねーからな。貴族令嬢だのなんだのってなァ、そんなに重要なのかねぇ」


 アルは魔族として育った環境ゆえ、長月は前世の感覚や記憶ゆえ、そこらへんの感覚が薄い。と云うより全く以てない。


「どちらにせよ積極的に絡まれる可能性があるとして…………殺すべき、だと思う?」


 結局アルが訊ねたかったところはそれだ。


 自分が戦う以上、他の仲間も戦う。命を奪う。奪われる可能性だってある。


 それがどうしても良いことだとは思えなかった。


「”殺られる前に殺れ”ってのが正しい感覚だろうな、この場合。誰か死んでからじゃ遅え」


「……そう、だよな」


 アルはぎこちなく頷きつつ、考えておかなければならないことをどんどん挙げていく。


 仲間達との会話も当然重要であり、アルの行動指針の大半になっているがここで前世の知識を引っ張り出しておくのも別の意味で重要なのだ。


 何が起こるかわからないから。仲間の命を預かっているから。


 形にするのは仲間と相談してからだったが『陸舟』の原案なんかもここから出ている。


 しばらく話をしていた2人だったが、チラリと壁掛時計に目をやった長月が一方的に話を切った。


「時間だぜ、兄弟」


「あ……ほんとだ。じゃあ今日は帰るよ」


「おう」


 アルはいつものように部屋から意識を飛ばそうとして――――……。


「なぁ、人殺しにさ……()()た方がいいのかな?」


 耐え切れずに前世の己に向き直った。その声は静かだが、悩んでいる。


 長月は数瞬迷い、真面目な表情で口を開いた。


「……前世()の倫理観はさっさと捨てた方が良いだろうな。この世界と俺のいた世界はアホらしいくらい何もかも違う。そもそも日本くらいだ、あんな平和ボケしてたのは」


「……うん」


「だがな兄弟、あえて言わせてもらうぜ。敵は倒せ、生き残りなんざ絶対に残すな。だけど……慣れたりもすんな、一生。人が人を殺していい道理なんてのは否定し続けろ」


「殺すけど、慣れるな?」


 首を傾げるアルに長月が頷く。


「お前らは何も奪わせねえ――”護る”って決めたんだろ? だったら”護る”為に”奪う”って事実から眼ぇ逸らしちゃダメだ。お前が感じたイヤだって気持ちを失くしちゃダメだ。殺人を肯定する道理(いいわけ)なんぞ蹴っ飛ばしてやれ。その芯がブレちまったら、”護る”って意義も濁っちまう。そうなりゃお前はただの人斬りだ。違うか?」


 長月の言葉がアルの心臓にドクンと叩きつけられた。


「違わ……ない。そう…………そうだよな。慣れる必要なんてなかった。奪わせない為に戦うんだから、奪う側と同じになってたまるか。心底イヤだって顔しながら戦い続けてやる」


 アルの瞳が燦然と輝く。迷いは抜けたらしい。


「ハッ、その意気だ。まあ頑張んな」


「ああ頑張るよ。またな」


「おう」


 手を振ったアルの意識が内面世界からスウ――……ッと抜け出していく。


「……そういうのは俺じゃなくてあの鬼っ娘やらエルフっ娘に愚痴ってやりゃいいのさ。んなこと考えられるような状況じゃねーのもわかるけどよ」


 長月はそれを見ながらぼそりと愚痴るように呟いた。


 兄弟(アル)が鈍感な理由が、彼の存在意義に根差す問題のせいであることがわかっているからこそ余計なことは言わないが、もどかしさはある。


「ま、なるようになるか。頑張れよ、兄弟」


 長月はゴロンとソファに身を投げ出しながらエールを送った。



 その翌日、アル達はとうとう件の連中と大きく衝突することになる。

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