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【10.9万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
第2部 青年期 武芸者編ノ壱 新たな仲間と聖国の追手編

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65/223

13話 鬼教官アルクス(虹耀暦1286年9月:アルクス14歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


今回は少々長いですが、なにとぞよろしくお願い致します。

 アルクスが〈ネーベルドルフ〉への手紙を夜天翡翠に託した翌日の朝。


 武芸者登録を済ませたばかりのアル達一党は現在、協会支部の訓練場にいた。


 柘榴石(ガーネット)の縁に銅の認識票――個人四等級、一党で六等級を示す証を首元に提げた魔族組4人。


 同じく柘榴石(ガーネット)の縁に水宝石(アクアマリン)の認識票――個人七等級、一党で六等級の証を提げた人間組2人。


 翌々日までの宿代を女主人へ払ってすぐに〈ヴァルトシュタット〉支部へ直行した6人は、朝から訓練に努めている他の武芸者達から好奇の視線を向けられていた。


 アル達の預かり知らぬことだが、四等級と言うのは中堅以上の実力者と見做される等級だ。


 年若い者達が提げていれば、ぎょっとまではされずとも「えっ、マジかよ!?」くらいの反応はされる。


 帝国内の法では協会支部の等級審査を誤魔化したり、賄賂を使って実力不相応な等級に引き上げてもらったりしたことが発覚すれば、向こう20年は協会のブラックリストに名を刻まれ、認識票も発行不可。


 またその支部の上層部ごとそっくりクビだ。


 酷いときは支部そのものが取り潰されることもある。


 そしてこの〈ヴァルトシュタット〉支部の支部長は元武芸者だ。


 これらの要素からアル達6人の等級審査に不正は一切ないのだと察せられるし、そもそも見る者が見ればひと目でわかる。


 魔族組からは既に武人の雰囲気が漂っているのだから。


 そういった理由で注目されるのも致し方ないことなのである。


 アルはオホンと咳払いを一つして、朱髪に琥珀色の瞳をした少女ラウラ・シェーンベルグと、栗色髪に萌黄色の瞳の騎士少女ソーニャ・アインホルンへ口を開いた。


「今日と明日は訓練にする。依頼は請けずに二人の立ち回りの確認、それと少しでも地力を上げる時間に充てるつもりだ。圧倒的に時間が足りないからな」


 すると青いラインの入った胸甲をつけたソーニャが生真面目な態度で手を上げる。


 義祖父の私兵に稽古をつけてもらっていた時の癖だろうか?


「アル殿、私に兜は要らないのだろうか?」


(いくさ)なら、要るのかもしれない。けど襲撃に備えるなら邪魔だ。身軽な方が良い。髪は適当に纏めててくれ」


 これはアルが昨日、この街の鉱人鍛冶師ダビドフに兜を借りて出した結論だ。


 正面切ってやり合うのなら死角からの攻撃や流れ弾防止で間違いなくあった方が良いだろう。


 しかし、どこから来るかわからない襲撃者に備えるなら邪魔でしかない。


 視界が狭まり、耳が覆われ、髪の毛が押さえつけられる。


 全て気配の察知には必要な要素だ。


 広い視野で敵や違和感を捉え、流れてくる風や空気、大地の微細な振動を耳や頭皮、肌や毛で感じ取る。種族によってはそこに鋭い聴覚や嗅覚も加わってくる。


 結局のところ、気配とはそういった些細な外的刺激の集合が脳内で像を結んだものだ。


 オカルトめいた意味で使われる第六感と同義で扱われるようなシロモノでは決してない。


 兜を被ると、途端に膜ができたような感覚になってしまう。察知が遅れてしまうのだ。加えて首に負荷が掛かり続ける。


 だからアルは要らないと判断した。


「うん、了解した。実を言うと私もあまり被り慣れてないんだ」


「この歳で被り慣れてるのもどうかと思うよ。よし、それじゃ地力を上げる訓練を始めようか」


「地力を上げる、というのは具体的にどうするのでしょうか?」


 顎に人差指をやってラウラが小首を傾げる。


「操魔核を鍛えるんだよ。まず初めにこの術を使ってもらう。その後は定型術式の練習だ。属性魔力でもいいんだけど、そっちはきちんと教えるのに時間かかるからね」


 そう言ってアルは昨夜『黒鉄(くろがね)の旋風』の頭目レーゲンへ渡したものと同じ術式を見せた。


「これって昨日の――」


「うん。レーゲンさんに渡したのと同じ魔術だよ」


「魔力を吸うというやつか」


「そう。魔力は戦闘において重要な要素。俺自身もっとあったらって何度も思ったことがあるし、仮令(たとえ)追い詰められてても使える手札が増える。地道だけど効果的だよ。魔法をまともに使えない俺が言うんだから間違いない」


 アルの後ろで指導を聞いていた凛華、シルフィエーラ、マルクガルムがうんうんと頷いている。


 彼らにとってはむしろ魔法が強力だからこそ、足りなくて口惜しいと思った経験が多々あった。アルの龍血が暴走した遠因でもある。


 実感を伴った彼らの首肯にラウラとソーニャはそういうものなのか、という表情を見せて別の質問に移った。


「剣の方はどうするべきなんだろうか? 凛華に学ぶべきだろうか?」


「教えてもらったのがツェシュタール流なら凛華に聞くといい。中伝までは修めてるから。でもソーニャのは違うだろ? ついでに言うと俺が扱ってるのを教えても的外れな指導になると思う」


 六道穿光流はそもそも盾持ちの剣士には向いていないので、そちらの指導にアルは口出ししないと決めている。


「えーと……私が教わっていたのは確か帝国剣術で直剣の一刀流以外はないと聞いた」


 帝国を二分するツェシュタールともう一つの剣の流派。


 その流派は普通の直剣以外は扱わない。


 アルが確認のため軽く視線をやると凛華は首を横に振った。


 どうやらもう一つの方を学んでいたらしい。


「なら俺達に教えられることはない。その流派の基本を繰り返した方が確実だ」


「うむ、承知した。今更変えろと言われても難しくてな」


「それは有り得ないよ。下策も下策だからね」


 ソーニャが少々胸を撫で下ろすような仕草をする。


 そこまで不器用でもないが、一度身についた正しい動きを別なものへ修正するというのはかなりの時間と労力が掛かるものだ。


 達人級ならまだしも、そうでないソーニャからすれば軽く不安を覚えていたのでアルの指導方針は素直にありがたかった。


「私はどうしましょう?」


「ラウラはあんまり振ってなかったからなぁ。武器も特殊だし。ちょっともっかい借りていい?」


「どうぞ」


 アルはラウラの杖剣を軽く握ってみる。


 昨日の食後に視せてもらったが、『釈葉の魔眼』を発動させた瞬間に失明した(エラーを起こした)


 結局、放出魔力を増幅させるということしか聞いていない。


 薄く、細いが細剣(レイピア)とは系統の違う平たい身幅。


 『黒鉄の旋風』にいる女性剣士ハンナが扱う幅広直剣(バックソード)のように簡素(シンプル)護拳(ナックルガード)


 普通の直剣より刃尺も長く、護拳(ナックルガード)がなければ硬質な杖に見えなくもない。


 アルはヒュンヒュンと振ってみた。


「取り回しやすさ重視って感じかな? 凛華、合ってる?」


「んー……そうねぇ。たぶんその考えで間違ってないわ。あたしには軽すぎるけど、これで魔術を使うなら疲れにくくていいんじゃない?」


 ラウラに許可を取った凛華も軽く振って確かめると、アルの見立てを肯定する。


「とりあえずラウラは基本的な振り方だけ練習で後はまた次の時に考えよう。現状、俺と凛華の剣術は杖剣に合わないだろうから、それっぽいものが見つかるまで保留で。杖剣(じょうけん)を使った魔術訓練の方を優先する」


「わかりました。どんな訓練をするんでしょうか?」


 彼女が今までやってきたのは属性魔力を剣先から撃ち出すだけだった。


「最初は杖剣で術を起動する感覚を覚える訓練。慣れたらそれを当たり前にして行使速度を上げる訓練。とりあえずの目標は慣れることだね」


「なるほど……頑張ります」


 数舜考え込んだラウラはアルの言うことを正しく呑み込んだのか、ふんすと荒い鼻息を吐く。


 やる気は充分らしい。


 ソーニャもそんな血の繋がらない姉の気合に引っ張られるように気持ちを引き締めるのだった。



 * * *



 時刻は正午を回った頃。


 協会支部の建物内に併設されている食堂兼酒場。


 ここは武芸者や協会職員がよく利用する、安くて多くて旨いが売りの食事処だ。


 協会から原価で肉を買いつけ、酒代で利益を出す。そんな風な商売をする店である。


 たまに依頼者と武芸者が相談している様子も見られるこの場所に、アル達6人もいた。


 他の武芸者や職員は彼らを少々遠巻きに座っている。


「食っとかねーと午後保たねーぞ」


 猪肉と赤茄子(トマト)麺料理(ボロネーゼ風パスタ)を口にしていたマルクがそんなことを言う。


 隣に座る、と云うより突っ伏しているソーニャは「うっ」と体を起こして蒸麦餅(パン)をモソモソ齧りながら、


「わかっている」


 と疲れた様子で呟いた。


 向かいにいるラウラも身を起こしてちびちびと(スプーン)で豆を口へ運ぶ。優しい味だ。


「キツいものですね……」


「うむ……舐めていた」


 アルの訓練は、ハッキリ言ってスパルタだった。


 怒鳴ったり頭ごなしに何か言うようなことはまったくないが、とにかく時間の無駄を与えない。


 これが終わればあれ、あれが終わればそれ。


 休憩はあるがダラダラ座り込んでいられる時間などない。


 永遠に輪廻(ループ)し続ける訓練メニューに体力も精神力もやられた2人は、食欲も湧かずゲッソリとしている。


 それだけ本気であるということだけは伝わっているので音を上げられないところが更に辛い。


 初めにアルの渡してきた魔術『吸魔陣』から魔力をカラッカラに吸われた。


 そしてギリギリまで魔力を回復すると、今度は講義のような形でどんどん魔術を使わされる。


 帝国や王国で主流の『火炎槍(かえんそう)』、『風切刃(ふうせつじん)』、『障岩壁(しょうがんへき)』、『雷閃花(らいせんか)』、『水衝弾(すいしょうだん)』を互いに撃ち合っては消し合い続けるという訓練だ。


 魔力が尽きた時点で手を上げ、またギリギリ回復するまで待って術を撃ち合う。


 手本はアルが紙に描いたものを渡してくれたので、それを見ながらひたすら魔術を使い続けた。


 止まっていいのは魔力が尽きたときと1時間半ごとにある休憩のときだけ。


 危なかったら自分が止めるから呼吸(タイミング)は合わせなくていいと指導され、出来上がった術式をどんどん撃っていく。


 杖剣も盾もなし。回避はありだが極力消すようにと言われたので素直にやり続けた。


 おかげで消し損ねた互いの術が当たる瞬間もあったが、その都度アルが土くれを両者の前に生み出すので致命傷や大怪我だけは避けられる。


 しかし、あえて完璧には守ってくれない。


 そのため失敗すれば軽い怪我をするのだ。指先を切るだとか、衝撃に肩を殴られるだとか。


 おかげで最初の1時間半で2人とも5つの定型術式を覚えてしまった。


 紙なんぞ見てる暇があるか! と、いう精神状態に追い込まれたのである。


 年頃の娘らしくない様子で息を荒げて魔術を撃つことに専念していた。


 訓練の効果は上々だ。


 少なくともラウラとソーニャは魔力がなくなる寸前の疲労感を嫌と言うほど経験したことで、アルの言う地力を上げる為に魔力の根源たる操魔核を鍛えなければならないという意義を体で理解できたし、魔術を使う感覚も身についたのだから。


 なお、ラウラとソーニャの訓練を傍から見ていた他の武芸者らはそのスパルタっぷりにドン引きしていた。


 魔族組だけはこんなもんじゃねえの? と、いう顔をしていたが。


 そんな鬼教官アルクスは現在ラウラの隣に座り、ぼお~っと天井を見上げながら匙を咥えている。考え事をしているらしい。


「アル、行儀悪いわよ」


「んー……」


 左隣の凛華から注意されても上の空だ。


「午後の訓練のこと考えてるんだよね?」


「……うん」


 斜め向かいにいるエーラにも気のない返事を寄越す。


「ま、まだ何か別のがあるんですか?」


「なん、だと……?」


 既にヘトヘトのラウラとソーニャは元々大きな瞳を更に見開いた。


「午後は別のに変えるんだろ。さっきのはあくまで基礎だし、お前らが飽きると思ってんじゃねーの?」


 麺料理(パスタ)を食べ終え、食後のスモモ(デザート)を齧っていたマルクがそんなことを言う。


 途端、ラウラとソーニャは愕然として冷や汗を噴き出した。


 ――あれが……地味? 何十発も魔術を撃ち合ったというのに?


「アルさんっ!? 飽きてませんよ!?」


 ラウラがたまらずアルの肩を掴んでゆさゆさと揺さぶる。


「ん~……」


 呼び方の変化があったことに凛華とエーラはピクリと敏感に反応したが、一旦見守ることにした。今朝も騒いだばかりだ。


 すると上の空であったアルがピクッと反応して声を上げる。


「こんにちは、先輩方」


 背後から見知った6人一党『黒鉄の旋風』が近づいてきていたのだ。


「よお。見なくてもわかるってとことん人間離れしてやがるな、お前ら」


 三等級の一党『黒鉄の旋風』頭目である個人三等武芸者レーゲンは、呆れたとでも言わんばかりに挨拶を返した。


「そんなわけないじゃない、アルとマルクだけよ」


 すかさず凛華が返す。


「そうよね、安心したわ」


 レーゲンの仲間である三等級の女性剣士ハンナがにこやかに手を振った。


 昨日そこそこ親密になった親切な先輩武芸者達の副頭目である。


 アルは顔を振り向けつつ、


「俺、剣士ですから」


 ニヤリとしてみせた。


「私も剣士なんだけど? 生意気ねえ、この子」


「あんたあたしに喧嘩売ってんの?」


 するとすかさずハンナと凛華に両頬を引っ張られる。しかし気にした様子はない。


 今も然して変わっていないが大人しくないガキンチョだったからだ。


 母トリシャや魔術の師ヴィオレッタ、そして鬼娘と耳長娘からされ慣れている。


「レーヒェンひゃん、ぶへーしゃひでったいひちゅよーなものってなんでしゅか?」


 頬を左右に広げられたアルはそのままレーゲンに訊ねた。


「なんて?」


「武芸者に絶対必要なモノだって」

 

 思わず訊き返すレーゲンにエーラが代弁した。


「なんでわかるんだよ……? あー……なんだろうな? 強さなんて言い出したら登録したての俺なんかクソ雑魚だったしなぁ」


 すぐ隣の卓へ座って頭を悩ませたレーゲンは仲間の双子へ問うことにした。


「ヨハンとエマのご両親、武芸者だったんだろ? なんか言ってたか?」


「俺ら? うーん、親父なんか言ってたっけ?」


「さあ? 面倒なお話はヨハンに任せてたもん」


「やっぱりかこのアマ」


「だって長いんだもん」


 揃いの盾を持った剣士と槍士の双子はそんな風に言い合いつつ頭を捻った。


 絶対、とまで言われたらなかなかに困る。


「そもそもどうしてそんなことを気にする? 今更だろう」


 森人の男性武芸者ケリアが疑問を呈すると、


「四等級が七等級を厳しく鍛えてるってさっき他の武芸者がヒソヒソやってたでしょ? アルクス君がラウラちゃん達を鍛えてたんじゃない?」


 恋人である森人の女性武芸者プリムラが肩をつついた。


「ああ、そういうことか」

 

「手早く何か覚えさせるって方法は取らなかったのか? 急いでんだろ?」


 レーゲンがそう訊ねると、


「今日だけでもう五つ魔術を覚えました……」


 ラウラが疲れた様子で答える。


 は? という視線がアルへと集中したが当の本人はどこ吹く風だ。


「充分じゃないの?」


 ハンナが頬を放して問いかけるも、


「じゃないです。相手が相手ですし」


 アルは首を横に振る。


「そっかぁ。う~ん」


 その回答ぶりで『黒鉄の旋風』は事態の()()()()()()()()を理解した。


 しばし沈黙が訪れ――――……顎に手をちょんちょんと当てていたハンナが唐突に声を上げる。


「あっ! そうよ体力よ! 私が昔、剣習ってたとこで言われたことあるわ。”いくら強い戦士でも走れない奴は生き残れない、どこかで死神に追いつかれる”って」


「おお、なるほど!」


 ハンナの言葉にアルは手をポンと打ち、


「えー……と。そいじゃあ――」


「アルさん?」


「大体決まった。マルク、午後は手伝って」


 午後の訓練メニューを決めたのか、マルクへ声をかけた。


「ん、俺か? いいぜ」


「何をさせられるんだろうか……?」


 安請け合いをするマルクとは対照的に、ラウラとソーニャは不安でいっぱいだ。


 ――今度はどんな訓練なんだろう? キツいのかな? キツいんだろうなぁ……。


「余計なこと言っちゃったかしら?」


「どっちにしたってキツくない訓練は訓練になんないし、アルは加減できるから大丈夫だよ」


 エーラがハンナへ問題ないと返す。


 『治癒術』を使って2人の細かな傷を治していた彼女だが、本当にマズい怪我は一切なかったし、それでなくともアルのことを信頼している。


 それを知らないラウラとソーニャには耳長娘の言葉がやや非情なものに聞こえるのだった。


「なぁアルクス。俺らも今日は依頼ねーし、その訓練とやら見ててもいいか?」


「全然構いませんよ」


 興味をそそられたレーゲンが伺うとアルが頷く。


 ケリアとプリムラの稽古は見たことのあるレーゲンだったが、彼らの鍛錬はハッキリ言ってちっとも参考にならなかった。


 変なところに射られた矢が的に吸い込まれていく光景など見たところで何もわからないし、人体の動きを無視した速度で木の葉のように舞うなど、人間には到底無理だ。


 少なくとも自分にこういう戦い方はできないという結論しか得られなかった。


 きっとアル達が見たとてエーラくらいにしか理解できないだろう。


「じゃあ、そうだなぁ――うん、一時半からね。あと四十分はあるから休憩しといて」


「うぅ~……はい」


「……承知した」


「ねえアル、あたしも稽古したいんだけど」


 凛華が龍鱗布をくいくいっと引っ張った。


 お澄まし顔をしているがアルにはわかる。甘えているのだ。


(……しょうがないなぁ)


「二人の訓練が終わったらでいい? 八時までならあそこ開いてるらしいし」


 なんだかんだアルは凛華やエーラに甘い。


「いいのっ? じゃあ待ってるわね!」


 途端にパアッと輝くような笑顔を見せる凛華にハンナとプリムラは「はっはーん」という表情で顔を見合わせる。


 『黒鉄の旋風』の女性陣で気付かなかったのはエマだけであった。



 ~・~・~・~



 午後1時半。


 訓練場には先ほどの3人に、マルクが追加された形で訓練が再開されようとしていた。


 『黒鉄の旋風』の6人は邪魔にならない場所でその光景を眺めている。ちなみに凛華とエーラも見学である。


 一党として戦う場合のことを考えて、ラウラとソーニャの詳細な戦闘能力を把握しておくようアルに言われているからだ。


「午後はそれぞれ別れて訓練してもらう。まずソーニャ」


「うむ」


「ソーニャはマルクと組んで稽古だ。昨日の感じから言えば、ソーニャは意外と思考が多い。それ自体は悪いことじゃない。むしろ、ただ戦ってるより全然良い。けど考えなくていいことにまで思考を割いてるから、身体が追いつけてないんだ」


「むぅ、確かに。自分の思うような動きは出来ていないな」


「どこにどう打ち込むかとか、どう防ぐかとか、一つ一つに思考が持っていかれてるし、目で見て反応するから一歩遅れる。だからとことん察知能力を上げて思考を減らしていく訓練をすることにした。理想は防御か回避を決断すれば自然とそう動いてた、くらいになること」


「なるほど。言いたいことはわかるぞ」


 思考の単純化とその思考に追いつけるほどの身体づくり、そして敵全体の動きを察知する先読み能力。


 アルはそこを鍛えようと言っているのだ。


 特にソーニャはラウラを守る最後の勘所だ。取捨選択を間違えるわけにはいかない。


「そこで、これから【人狼化】したマルクが攻撃し続ける。盾で受ける、逸らす、避けるをその都度判断しながら戦ってくれ。勿論反撃もありだけど、生半可な攻撃ならしない方がいい。命取りになるからね。マルクの全力を防げるのは、俺達の中でも魔法と尾重剣がある凛華だけだ。俺とエーラはまずマトモに()()()()。それだけ威力があるから注意するように」


 アルが言い終えるとマルクがゆらりと【人狼化】した。


 ソーニャはゴクリと唾を呑んで、


「わかった。よろしく頼むマルク」


 と気合を入れる。


「おう、よろしくな」


 とマルクも気軽に返しているが茶化すような雰囲気はない。


 仲間の訓練を遊び半分でやるような馬鹿者ではないのだ。


「あ、マルクの方は爪と魔術は使用禁止。段階的に速度と威力を上げてくれ。耐えられるギリギリを常に上回るように。それと、怪我したらすぐにエーラのとこに連れてってくれ」


「了解だ、任せろ」


 こんな辺境の街で人狼など見たことのある武芸者はいない。


 他の武芸者らは少し、いやかなり遠巻きでマルクと騎士少女を見ていた。


「準備は?」


「出来てるぞ」


「うーし。そんじゃ……行くかっ!」


 その言葉と同時にマルクがトォン! と、踏み込む。尋常ではない脚力だ。


 瞬発力だけなら野生の虎さえ優に超える。


 ソーニャには残像を残してブレたように見えた。


「っ!? くっ!」


 咄嗟に左手の盾を構えて身を固めるが、マルクはまっすぐ殴り込むような真似はしない。


 軌道を途中でタンッと変え、一瞬で盾の奥――ソーニャの左隣に現れた。


「なっ!?」


 騎士少女には瞬間移動したように見えたことだろう。


 マルクは盾を()()()()()一気に詰め寄ったのだ。


「くうっ!?」


 慌ててソーニャが盾を向ける。マルクはそれを()()()拳を叩きつけた。



 ゴガ……ッ!!


 

 と、くぐもった金属音が弾ける。


「ぐッうぅぅ~~……ッ!?」


 ソーニャは衝撃に弾き飛ばされ、足甲の裏で訓練場の土を削り取りながら滑っていった。


「まともに受けたら折れるぜ」


 マルクが静かに言う。


「…………なるほど、アル殿の言ったことが解った」


 受けた左腕どころか肩ごと左半身を捥がれたように痺れている。


 ――受けるか、逸らすか、避けるか。察知能力以外にも判断力と盾の扱いまで訓練に組み込んでいるとは。


 ソーニャは舌を巻いた。


 これを続ければ少なくとも近い内に感覚も芽生えるだろう。今の一撃にはそれほどの危機感を感じた。


「腕はもう動かせるな?」


 どうやらマルクの方も加減具合はきちんと把握しているようだ。


「ああ。続きを頼む」


「ハッ、やっぱ根性あるな」


 人狼の青年が腰を低く落とす。


「二度目だな、そう言って貰えるのは!」


 ソーニャの盾とマルクの拳が激突した。



 ☆ ★ ☆

 


 動きだした人狼と騎士少女からアルが何の気無しに視線を戻して口を開く。


「ラウラは俺と訓練だ」


「あの……ソーニャは大丈夫でしょうか?」


 琥珀色の瞳には心配の色が見える。


「大丈夫だよ。あれでもまだ緩いし、わかりやすい」


「あれで、ですか?」


「人狼は狩人だから、本来ならもっと気配を薄められる。それに普段のマルクはもっと捷いし、予備動作も少ないよ」


 その言葉にラウラは直近の彼を思い出す。


 目にも止まらぬ捷さで騎士の鎧を貫いていた。


 それでようやく納得する。あれはかなり優しい指導なのだろう、と。


「わかりました。それで、私はどんな訓練なのでしょうか?」


 アルは一つ頷いて説明を始めた。ただ愚直に訓練し続けるより、趣旨を理解している方が身につきやすいからだ。


「ラウラは最後衛で戦ってもらう。相手があの連中な以上、ラウラに手を掛けられた時点でこっちは詰むからね」


「はい、理解しています」


「敵の数を減らさなきゃどうしようもないから俺は遊撃として前に出るし、マルクは脚を活かして立ち回る。凛華は敵陣に大穴を開ける為にたぶん派手に動くだろうし、エーラは弓で下がりがちだと思われるけど、魔法があるからわざと近距離で戦うこともある。そうなると問題があって、細かい指示ができないし、何より戦況がわかりにくいんだ。頭目として方針は最初に言うけど、分が悪くなったとき判断が遅れるのは致命的だろ?」


「理解できてます」


 ラウラが頷く。


「だからラウラには俯瞰的に全体を見て、細かい戦況報告だったり、俺達の死角を潰していって欲しい。もっと言うと本陣であるラウラが前線を操作して欲しいんだよ。その為の魔術、そしてその護衛がソーニャ」


「そういう、ことですか……」


 形が見えてきたと同時にラウラは自分にかかる責任の重大さも理解した。


 思わず眉間に皺が寄る。


「短距離で声を伝える魔術を今創ってる途中だけど難航しててね。いずれはそれで伝達し合いながら戦っていく形にする予定ではいるよ。今の説明で質問とかは?」


「いえ――ありません」


 ラウラは難しそうな顔になったが、それと同時に心に火も点いた。


 アルが本気で自分達を一党の仲間として扱うつもりだと理解したからだ。


「良かった。それで、その為に必要なのは――視野の広さと正確な状況分析能力。そして対処能力だと思うんだ。最悪対処だけはこっちに投げて貰って構わないんだけど、他二つはそうもいかない」


「確かにそうですね」


 こくこくと首肯するラウラにアルは安堵しながら、


「だからこれから属性魔力の火、風、雷の球を色んな方向から撃ち出す。ラウラはそれを躱すか、消して回ること。これが午後の訓練だよ。消すときは属性魔力でも魔術でも構わない」


 訓練内容を告げた。


「消すか躱すか、でいいんですね?」


「うん、追尾弾も撃てるっちゃ撃てるんだけど、それはもうちょっとしてからね。あ、魔力の感知は出来るよね?」


「一応は。生体魔力感知? でしたか。あちらはまだ曖昧な部分もありますけど」


「わかった、そっちはおいおい教えるよ。感覚が掴めれば探知も楽だしね」


「わかりました」


「よし、じゃあ準備はできてる?」


「はいっ!」


 ラウラが杖剣を引き抜く。


 アルはそこから距離をとって、


「じゃあ始めるよー」


 と声を投げかける。


「お願いしますっ!」


 ラウラは気合も充分と杖剣をスラリと引き抜いて右手で構えた。


 それを見たアルが両掌をくるりと上に向ける。


 すると石ころサイズの火球がボッと、雷球がパチッと、風球がヒュッと彼の周囲に出現した。


 ()()()()10個ずつだ。


「……嘘でしょ?」


 ラウラが瞠目して呟くと同時に属性魔力球が独立して動き出す。


 ”特質変化”で弄った水風船のような属性魔力だ。


 ふわふわ漂っているかと思えば鋭角に動いているものもある。


 そして所定の位置についたものからどんどんと容赦なくラウラへ襲い掛かった。


 ヴィオレッタの得意技だ。


 実戦では掴んで投げるのが癖になってしまっているアルにも出来ないことはない。


「くっ!?」


 飛来した火球を数個まとめて打ち消したが、残っている魔力球の数は多い上に速度もまちまち。


 速いのも遅いのも混ぜこぜ、角度もバラバラ。


(対処できる量じゃない……!)


 慌てて着弾箇所(ポイント)から逃れると、雷球が落ちてきて地面で小さく爆ぜた。


(な……真上にもあった!?)


 驚愕したラウラは慌ててグルリと周囲に視線を走らせた。


 見れば彼女の周囲を全方位から取り囲むように魔力球が浮いている。


 ラウラは今度こそ青褪め、そして駆け出した。


 神経を尖らせ、魔力を感知し、目を回しそうなほど視線を巡らせる。


(簡単そうだなんて思った私が浅はかだった!)


 心中で己を罵倒しつつ懸命に杖剣を振るい、魔力球を叩き落とす。


 しかしアルはひょいひょいと指先を動かして追加の魔力球をどんどん出していく。


 きっちり常に30個、属性魔力球が間断なく殺到する。


「~~~~~~~~っ!?」


 杖剣を振るい続けるラウラの声にならぬ悲鳴が訓練場に木霊した。



 ☆ ★ ☆



 アルとマルクによるしごきを見学していた『黒鉄の旋風』の頭目レーゲンが苦い顔で呟く。


「相当きっちいぞ、あれ」


「見たらわかるわよ」


 返すハンナの顔色も悪い。双子のヨハンとエマなどもっと悪い。


 さっきから人狼の拳や蹴りが騎士少女の盾にスレスレで阻まれている。


 加減はしているのだろうが、盾にぶつかってあんな鈍い、骨に響きそうな音をさせる攻撃は貰いたくない。


 なまじ盾を扱うだけに容易く想像できてしまい、背筋に冷たいものが流れ落ちていた。


「魔力の扱いが上手すぎる」


 森人のケリアも唸る。こちらはアルの方を見ていた。


 あれくらいの数の魔力球を出すのはまだいいとしても、独立させて動かすのはまた別の技術だ。


 膨大な研鑽がなければああも滑らかには動かせないだろう。


「五歳から魔術を学んでたって言ってたけど、どんだけ努力したのよ? 当たってもほんとに軽い怪我しかしないように調整もしてるわよね?」


 プリムラは所見を述べた。


 アルの属性魔力なら昨日見た蒼炎の短剣がある。


 あれに内包されていた魔力に較べれば、魔力球の方にはちっとも魔力が籠っていない。張り子も良いところだ。


 それが指し示す事実は、威力の調節も片手間で行えるということ。


「ふふん。凄いのよアルは」


 凛華が誇らしげに胸を張ったが、『黒鉄の旋風』の面々は「そうだろうな」としか言えない。


 そもそも実力の高い純魔族達を束ねている半魔族の頭目だ。


 その時点で色々とおかしい。


「魔術も闘気も使えるしね~」


 能天気なエーラの言いザマに面々はそうだったと思い出す。


 すると急に目前のアルが術式を展開した。


 弾速の速い『水衝弾』だ。


「~~~っ!?」


 ハッとしたラウラはスレスレで飛び退くように躱し、


「うん、ちゃんと見えてる。ちょっと休憩しようか」


 アルがそう言うと同時にへたり込んだ。


「私が言った体力をつけるっていうのも取り入れてるのね」


「やっぱ余計な一言だったんじゃねーの?」


「かもしんないわ」


 ハンナとレーゲンはそう言い合って彼らを眺める。


 いつの間にかソーニャも休憩になっていたらしく、2人は「はぁっ……はぁっ……!」と息も荒く座り込んでいた。


 きついだろう彼女らと対照的にアルとマルクの方は汗一つ掻いていない。


 凛華とエーラは『黒鉄の旋風』の近くからいつの間にかいなくなっていた。


 見ればラウラとソーニャにそれぞれ飲み物と手拭い(タオル)を手渡している。


「良い一党になりそうね」


「だな、鍛錬はしんどそうだが」


「あの強さの理由が分かったわ」


「我らもやろうか。うかうかしていると抜かされるぞ」


「そうしよ。私らは同じ四等級だし。既に抜かれてる気がするけど」


「それを言うなよなぁ。気が滅入ってくるぜ」


 アル達の特訓は図らずも『黒鉄の旋風』を含めた武芸者らの意欲(モチベーション)を大きく上げることに貢献していた。


 休憩を終えたあともラウラとソーニャは歯を食い縛って訓練に勤しむ。


 アル達の仲間として相応しくありたいが為。


 そして何としても生き延びる為に。



 その晩のことだ。事態は緩やかに動き出す。

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