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【10.8万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
第2部 青年期 武芸者編ノ壱 新たな仲間と聖国の追手編

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断章3  アルクスからの凶報

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


なにとぞよろしくお願い致します。

 アルクス達6人が武芸者登録を済ませた翌日の午後のこと。


 〈ヴァルトシュタット〉からおよそ150km(キリ・メトロン)ほど離れたラービュラント大森林のなか。

 

 旧街道から30kmほど奥まった場所にある霧や煙樹に囲まれた村落〈ネーベルドルフ〉に、黒濡れ羽も見事な三ツ足鴉が一羽舞い降りてきた。


 アル達の使い魔――夜天翡翠だ。


 この三ツ足鴉という生き物を魔物だと言う者もいるが、本来は集団で狩りを行う習性を持ち、場合によっては人をも襲うれっきとした魔獣である。


 体躯も普通の鴉より二回り以上は大きく、体力や飛翔速度も一般的な鴉のそれとは比較にならない。


 何を述べたいのかと言えば――アルが日付の変わる深夜も直前になって出した手紙が翌日の午後にこうしてネーベルドルフに辿り着いたのは、(ひとえ)に夜天翡翠の尽力があってこそだということである。


 バサバサと下降してくる三ツ足鴉を見たネーベルドルフの住人達は揃って怪訝な顔を浮かべた。


 この魔獣は基本的に群れるものだ。


 一羽で翔んでいることなど早々ないし、ましてや人里に一羽で降りてくるなどまず有り得ない。


 そこで彼らは気付いた。


 つい先日ここを訪れた青年達がこんな感じの使い魔を連れていなかったか?と。


 そんな勘の良い住民のおかげですぐさま村落の長である山羊角族シモン・レーラーは呼ばれることとなったのである。


「夜天翡翠だったね? どうしたんだい?」


「カアッ!」


 訊ねてくるシモンに三ツ足鴉が中央の脚を差し出す。


 そこには真っ黒に塗られた紙が括り付けてあった。


「もしかしてアルクス君から? まだ二日くらいしか経ってないのに――」


 シモンは丁寧に書かれた手紙をすらすらと読み進め、なるほどと頷く。


 ――……急ぐわけだ。


「今ここを出てる者はいるかい?」


「巡回してる連中なら出てると思うぞ」


 シモンが呼び掛けると誰かが応えた。


「街道寄りを回る時は最大限警戒するよう伝えてくれ。神殿騎士がいる可能性がある」


「なんだって!?」


「少し前に来てたアルクス君達が遭遇したらしい。気を付けてくれって連絡が来たよ」


 狭い村落だ。一人に伝われば驚異的な速さで伝達される。


「あいつらは大丈夫だったのか?」


「帝国の街にいるから自分達の心配は要らないってさ。ホントしっかりしてるよ」


 手紙の内容をシモンが伝えると住人達はホッと胸を撫で下ろした。


「さて、僕はヴィオレッタ様への書簡をさっさと書き上げないとね」


 どうせなら〈ネーベルドルフ〉の定期報告も兼ねようとしていたので、まだ送っていない。


 しかし急ぐべきだろう。


 住人達の手前問題ないと言ったが、彼らが渦中いることはしっかり書かれていた。


 加えてアルの手紙にはヴィオレッタ宛のものも同封されている。


 本来であれば、ここで夜天翡翠を休ませた後に隠れ里の方へ飛んでもらうのが通常の対応だ。


 しかし、アルは『可能ならネーベルドルフからの書簡に混ぜて欲しい』と記していた。


 それはつまり夜天翡翠に早く戻ってきてもらいたいということ。


 ではなぜ早く戻ってきてもらいたいのか?


 これは簡単だ。


 アル達が夜天翡翠を送り出した地と同じ場所にいない可能性があるからである。


 ではなぜその場で待てないのか?


 これはシモンの予想だが、追っ手がいるからだと考えられる。


 ――そしてその追手こそが、きっと神殿騎士だ。


 山羊角族の頭の回転は速い。


 一読しただけでそこまでの確信を得ていた。


 自宅へ戻ったシモンは急いで書簡を書き上げ、アルの手紙を同封して早鷹へと託す。


 この鷹は魔物扱いされるほどの知能と持久力があり、上昇気流に乗って上空へ昇り滑空しながら降下する――鷹柱と呼ばれるものだがその高度がやたらと高い。


 そのおかげで下降距離が長く、またその間は羽ばたかないために一度の飛行時間も長いのだ。


 速さでは魔獣である三ツ足鴉に遠く及ばないが、航続距離においてはその比ではない。


「とりあえず君にはごはんだね。少し休んでいくでしょ?」


 早鷹へ極力急ぐよう頼んで見送ったシモンは一つ息を吐き、賢そうな三ツ足鴉へ話しかける。


「カアー」


 そこまで疲れた様子も見せぬ夜天翡翠は一声啼いて応えるのだった。



 * * *



 早鷹が隠れ里に辿り着いたのは、それから3日後の早朝だった。


 奇しくもアル達6人がヴァルトシュタットを出たその日である。


 1,400km超の距離をほぼ2日で飛びきった早鷹は真っ直ぐヴィオレッタの家へと飛び込んで、書簡入りの筒を眠気眼の吸血族へと届けた。


 朝早くからご苦労な事だ、と当初は飛んできた早鷹を労わって餌を与えていたヴィオレッタだったが、書簡についていた緊急を知らせる目印を見つけてドキリとする。


 期間的に弟子と生徒達がネーベルドルフへ辿り着いていてもおかしくない頃だったからだ。


 ヴィオレッタが急いでキュポンッと筒を開ければ、中には大きな書簡と細長く丸まった手紙が入っていた。


 大きい方の書簡にはネーベルドルフの長シモン・レーラーの筆致らしき丁寧でびっしりとした書面が見える。


 その上方に些か乱雑な走り書きで、『同封されていた手紙の方を先に読んでくれ』と記してあった。


 書かれた通りに丸くなっている手紙を広げてみれば、よく知っている筆跡を確認できた。愛弟子アルクスのものだ。


 少々安堵したヴィオレッタだったが、アルの手紙を読み進めるうちにどんどんと眉間に皺が寄っていき――……。


 読み終えると、机を蹴倒すようにして慌ただしく動き出した。



 ~・~・~・~



 疾風を纏ったヴィオレッタがアルの実家――今はその母トリシャの1人住まいであるルミナス家へ跳ぶように駆ける。


 ドンドンドンと戸を鳴らされたトリシャがのんびりとした雰囲気を纏って「は~い」と玄関を開けると、息せき切っているわけではないが険しい表情のヴィオレッタが佇んでいた。


「おはよう、ヴィー。こんな朝早くにどうしたの? 珍しいわね」


「トリシャよ、儂はイェーガー家とキースを呼んでくるから(なれ)はイスルギ家とローリエ家の者を急ぎ呼んできてくれ。儂の家じゃ」


 吸血族の親友がそう言い置いてさっさと身を翻す。


 トリシャはたまらず待ったをかけた。


「へ? ちょ、ちょっと待ってよ。どういうこと?」


 するとヴィオレッタは顔だけトリシャへ向けてこう告げた。


「アルから手紙が届いたのじゃ。それも悪い報せのな」


「えっ!?」


 その一言でトリシャの意識も完全に覚醒する。


 慌てて出る準備を整え、イスルギ家とローリエ家の面々へヴィオレッタから聞いた言葉をそのまま伝えて回る。


 両家ともトリシャと似たような反応を示してすぐさま家を飛び出してきた。凛華の父イスルギ・八重蔵など寝巻のままだ。


 トリシャを含めた彼らは道中でイェーガー家と合流し、ヴィオレッタの家へと駆けた。



 ~・~・~・~



 集まったトリシャ、イェーガー家、ローリエ家、イスルギ家の面々。


 そして足を引きずり「なんで俺まで?」という顔をしている鉱人鍛冶師キース・ペルメルに、ヴィオレッタは挨拶もそこそこに本題を切り出した。


「集まってもらったのは他でもない。アルから手紙が届いたからじゃ。正確には〈ネーベルドルフ〉の長シモン・レーラーからじゃが。あぁ先に言うておくとあの4人は無事だそうじゃ」


 その一言で全員が心からホッと息をつく。


 悪い報せと言うから不安でたまらなかったが、最悪の事態は起こっていないようだ。


「じゃあアルからの伝言ってこと?」


 アルから直筆で届いたわけではないのか、と問うトリシャにヴィオレッタが首を横に振る。


「いや、そうではない。アルがシモン宛に出したものの中に、儂宛の手紙も同封されておったそうじゃ。シモンはそれを見て急いで送ってくれたのじゃよ。手紙自体の日付は4日前になっておる」


 この日付を書く風習は読む相手がどれが最新のものかわかるようにする為のものだ。


 アルの前世でも企業間のメールや請求書には必ず発行日ないしは作成日時が載っている。それと同種のものである。


「じゃあほんとにアルが書いたものってことね?」


「そうじゃ、あやつの筆跡じゃよ」


 そう言ってアルからの小さな手紙を広げた。何枚かに渡っているし字が小さい。


「夜天翡翠――あぁ儂が任せた三ツ足鴉じゃ。なかなか悪くない名前にしとるの。そやつに持たせるために小さく何枚にもしたのじゃろう」


 随分面倒な手紙の出し方だと思っていた一同が「ははぁ、なるほど」と納得する。


 次いで『じゃあ悪い報せとはなんだ?』という顔をすると、ヴィオレッタはズバリ本題を口にした。


「悪い報せというのはの――あやつらが大森林を抜けてすぐ、神殿騎士共と遭遇したらしいことじゃ」


「は……!? ちょっと嘘でしょ!?」


「な……っ!?」


「「何だと!?」」


 トリシャが顔面蒼白に、八重蔵とシルフィエーラの父ラファル・ローリエ及びマルクガルムの父マモン・イェーガーが怒りを再燃させて気色ばみ、


「大丈夫だったんですか!? 怪我は!?」


 母親達が皆不安そうな表情で里長に詰め寄る。


 聖国の神殿騎士。


 現在まで続く魔族狩りを行い、アルの父ユリウスと衝突した連中。


 結局、神殿騎士より格上とされる聖騎士1名ともう1名に手傷を負わせ、その部下である神殿騎士を道連れにユリウスは討ち死にした。


 彼らの動揺やトリシャが蒼褪めたのはそれが主な要因である。


「落ち着け。大丈夫じゃったからアルは手紙を寄越して来とるのじゃ」


 ヴィオレッタの冷静な声に、それもそうだと一同は多少落ち着きを取り戻した。


「じゃが正面から戦闘になったそうじゃ」


「「「っ!?」」」


「経緯を書いておる。旧街道に出たあやつらは何の障害もなく、歩いて帝国方面を目指しておったそうじゃ。そこへ馬に二人乗りをした共和国人二名が現れ、あやつらの横を抜ける際に後ろの者が落馬した。マルクが咄嗟に受け止めたから無事じゃったが、よく見ればそやつには矢が刺さっておったそうじゃ。


 もう片方は落馬に気付いて戻ってきたが、落ちた方は動けんかった。何事だと思ったあやつらはとりあえず救助しようとしたらしいのじゃが、麻痺毒が塗られておったらしい。すぐに治療は不可能じゃということで、どこか休ませて毒を抜こうとしておったのじゃ」


 一度言葉を区切るヴィオレッタに、他の面々が続きを話せという視線を寄越す。


 字が読めないわけではないが、文字が小さくてこの人数では情報の把握に時間がかかる。


「そこへ三十騎ほどの神殿騎士がやってきて、『その二人を寄越せ』と言ってきたそうじゃ。『差し出せば命だけは見逃してやる』と言うてな」


 ――相も変わらず傲慢な連中だ。


 八重蔵が鬼牙をギリッと鳴らして怒りで拳を握り込み、マモンも珍しく明確に不愉快そうな表情を浮かべて眉間に皺を寄せる。


「じゃが、後ろにいた共和国人――この二名はどちらもあやつらと同年代の少女じゃったそうでな。自分達に『逃げろ』と警告はしても、『助けて』とは言わんかったそうじゃ。それだけでも助けるに足る理由になる。アルは迷った挙げ句、神殿騎士共の提案を蹴ることにしたそうじゃ、不意討ちをくれてやりながらな」


「ハッ、そうこなくちゃな」


 八重蔵が鬼歯を剥き出しにして笑う。


 それに困った表情を返して、ヴィオレッタはこう続けた。


「結局、指揮官と思わしき騎士とその副官らしき騎士を含めた神殿騎士三十三名と馬三十三頭………………あやつらは、皆殺しにしたそうじゃ」


「「「――っ!?」」」


「「「皆、殺し……?」」」


 ヴィオレッタの言葉は、彼らの両親や兄弟を驚愕せしめるのに充分な破壊力を持っていた。


 八重蔵ですら口を半開きにして驚愕している。


「その内、アルが指揮官と副官を含めた十八名と馬三十三頭。凛華が五名。エーラとマルクがそれぞれ四名殺したそうじゃ。残り二名は事故死じゃったと」


「アル……」


「仲間の戦意は確認したそうじゃが、それでも極力手を汚させたくなかった。アルはそう書いておる」


「あの馬鹿野郎が」


 トリシャは息子の名を呼び、八重蔵は悔し気に俯いた。


 さぞやその神殿騎士(クズ共)には恐ろしく映ったことだろう。


 仲間の為に修羅(おに)のような顔をしたアルが命を刈りに来るのだから。


「しかし、馬も全てアルクスが殺したとは……?」


 マモンは冷静に疑問を呈した。


 アルは間合いの中でこそ捷く、捉えにくく感じるが実際はそうではない。


 長距離を一気に駆け抜けるなら人狼の方が圧倒的に捷いはずだった。


「神殿騎士を挑発しておる間に目眩ましを考えていたそうじゃが、騎士共の提案を呑んだところで命の保証などあるはずもないと気付いて考え直したそうじゃ。〈ネーベルドルフ〉からも三十kmほどしか離れておらぬし、口封じをするのが最適じゃと覚悟を決めて、それまで作っていた術式を変えたと書いてある」


「では魔術で?」


 ヴィオレッタはマモンの問いに頷きながら、手紙に記されていた術式を極々微量の魔力で起動する。


「うむ、これじゃ。規模を小さくするぞ。『裂震牙(れっしんが)(かさね)』」


 中庭に向けてヴィオレッタが発動した魔術は、小規模ながらイメージを伝えるに充分な破壊力を持っていた。


 四方から殺到した土の牙によってガガガガガッ! と噛み砕かれ、粉々になった拳大の岩。


 それが中庭に転がっている。


「アルの魔力で三分の一ほど流して発動したそうじゃ」


「アルクスの魔力でそんな術を使えば――」


 半ば愕然とするマモンにヴィオレッタは頷いた。


「うむ。不意討ちをくれてやった時点で馬はほぼ全頭、脚を失ったらしい。そして直ぐに、落馬する騎士共の首を刎ねて回ったそうじゃ。あやつと凛華が敵陣に突っ込み、エーラが討ち漏らしを狩り、マルクはその少女らを守りながらの戦闘になったと。アルが自分で書いておるよ――ただの虐殺じゃったと」


「ったく、嫌がってるくせにどうしてそう的確なんだ…………馬鹿弟子が」


「覚悟が決まり過ぎだ。アルにしてもエーラ達にしても」


 やるせない表情を見せる八重蔵に、ラファルも眉を情けなく八の字にする。


 絶対的な数の違いから避難を選んだというのに、次の世代に障害を残してしまった。情けない気持ちでいっぱいだ。


「ってちょいと待て。じゃあクソッタレ共の死体が街道にあるのか? 見つかったらやべ――」


 キースが慌てる。


 そうなれば連中は大森林に踏み入ってくるんじゃないかと危惧したのだが、ヴィオレッタは静かに首を横に振った。


「いや。アルが全て灼いて、残った骨と武器や装備も埋めたそうじゃ。総数はその時に初めてわかったと書いておる」


「……アルクスちゃん、大丈夫なの?」


 凛華の母、水葵が心配そうな声を上げる。


 魔族は戦闘に関しての嘘や見得を嫌うのが常。


 つまりアルがそう書いている以上、十割方真実だということ。


 実際、虚飾の一切はない。


 どう考えてもアルへの精神的負荷が高過ぎた。


 娘達のため、自ら手を汚しに行ったのだ。


「そこまではわからぬ。判断理由と事実だけを書いておる。これでは報告書じゃ、まったく」


 憤慨するヴィオレッタにトリシャも心中で頷く。


 ――もっと手紙らしい手紙が来ればよかったのに。


「他にはなんて?」


 そう思ってトリシャが訊ねてみると、


「共和国の少女らの素性を書いておる。一人が藩主の娘、もう一人は養女らしいのう。交易都市〈ヴァリスフォルム〉藩主への人質と洗脳教育の為に聖国へ連れ去られそうになっていたそうじゃ」


 とヴィオレッタは答えた。


「人質と洗脳とは……酷いものだな」


「まったくだ。連中、女神の名の下になら何やっても許されると思ってんじゃねぇか?」


 八重蔵が吐き捨てたセリフは、偶然にもアルが連中を挑発した言葉に似ている。


 やはり師弟は似るようだ。


「その少女らはなぜ旧街道に?」


「都市から田舎街へ逃がされておったのがバレた為のようじゃな。帝国へ逃げるように、と藩主から連絡を受けたそうでな。助けた後、帝都を目指しておるあやつらに同行の許可をくれと頼んできたようじゃよ。それであやつらは帝都までの護衛を武芸者の依頼として受けることにした、と。依頼料は旅の経費分。いろいろあったようじゃが、あやつらの性根はそう変わってはおらぬようじゃのう」


「そう……」


「うん。良かったよ、アル君も誰も変わってない」


 ――結局はお人好しだ、ユリウスのように。


 マルクの母マチルダがトリシャの肩を優しく叩く。


「それと我々隠れ里の住民への注意喚起じゃな。旧街道は聖国の連中がおる可能性が高いと」


「外に買い物行く連中には伝えとくべきだな」


「ああ」


「それと今後の方針も書いておる」


「方針?」


「共和国令嬢を逃がす側に回る以上、聖国の連中と敵対することになるじゃろうが――基本的にはどうしようもない場面でしか戦わぬ、とな」


「…………やっぱり、キツかったのね」


 体力や実力の問題ではなく、精神的にだ。


 人を殺す、と言うのはそこまで簡単に割り切れるものではない。


 まして後始末まですれば相当だろう。


 トリシャの心中を慮るように一同は沈んだ表情を浮かべた。


「じゃろうな。話し合った結果、何も奪わせぬ戦いをすると決めたそうじゃ」


「奪わせない戦いか。ひと月くらいしか経ってねえくせにどんどん前に疾走(はし)って行きやがる」


 八重蔵がぽつりと呟く。


 子供の成長が早いのは知っているが、あの4人は早過ぎだ。


 アルの影響大なのは間違いないだろうが、親としても師としても、もっとゆっくり踏みしめるように、一歩ずつ進んでいけと時折言いたくなる。


「でも良かった。変に復讐だとか魔族の為だとかに走らないで。やっぱりアルはちゃんとアルのままね」


 トリシャは心底安心したのか顔色も平時のそれへと戻ったが、まだほんの少しだけ不安も見えた。


 神殿騎士を斬り殺して回ったアルが龍血に呑まれていないかと心配しているのだ。


「少なくとも人間の前では『八針封刻紋』を解いておらんらしいから、そっちの問題もないようじゃぞ」


 親友の不安材料を払拭するようにヴィオレッタは言う。


 これだけはアルが書いていた。自分でも懸案事項だと理解しているからだろう。


「そっか。もう、気を揉ませてばっかりなんだから」


 今度こそトリシャはゆっくりと息をついた。


「あー……そんで里長殿。俺が呼ばれてる理由は?」


 鉱人の鍛冶師キースが問う。周りは彼らの親や兄弟ばかりで肩身が狭そうだ。


「あやつらは〈ヴァルトシュタット〉という帝国の街で、ダビドフという鉱人に世話になったそうじゃ。聞き覚えはあるかの?」


「打ったモン卸してた街だ……ダビドフはあの街で鍛冶師やってるってんで、そのたびに呑みに行ったりしてたな」


 すっかり忘れてた、とキースが呟く。


「汝の名を出したら、すっかり音信不通で死んでたと思われておったらしいぞ。『なんだか嬉しそうにしてたからキースおじさんにも伝えとく』とのことじゃ」


「そりゃ……あー、不義理な真似しちまってたみてえだな」


「事情を知っておる身からすれば何とも言えんがの」


 キースは困った顔をしつつも心配されていたのは嬉しかったのかポリポリと頬を掻いた。



 ~・~・~・~



 先程より里長宅の雰囲気も落ち着いてきた。


「それで、どうするのが良いと思う? シモンからの報告では、おそらくあやつらはもう〈ヴァルトシュタット〉にはおらぬ」


 神殿騎士と遭遇したことよりも、そちらを残らず撃破したことの方に驚愕してしまったせいか、却って冷静な判断ができそうだと考えたヴィオレッタは本題を切り出した。


「追っかけて見つかっちまえば余計に状況は悪くなっちまうだろうな」


 と八重蔵が言えば、


「かと言って放置はできんだろう」


 とラファルが返す。


「聖国の連中はこちらの存在を知っているわけではない。探りを入れるだけなら問題なく動けるぞ」


 とマモンが提案すれば、


「探るなら遠目でも魔族だとバレない方がいいわね」


 トリシャが真剣そうな顔で意見する。


 一同がうーん、と考え込んですぐだ。


 意外なところから声が上がった。


「聖国の連中については人狼や森人に任せて、俺が〈ヴァルトシュタット〉まで行ってあいつらのことをある程度聞いてくるってのはどうだ? 鉱人は歩いててもそこまで珍しくねえし、見た目はほぼ人間と変わりねえし」


 キースだ。確かに彼の言う通り鉱人族は人間の街にひょっこり居てもおかしくない魔族だ。


 だからこそ辿り着いてしまえば悪目立ちしない。しかし、問題がある。


「けどよキース、お前足が――」


 キースは左足が悪い。村をかつて襲撃された際に負った傷のせいだ。


「俺ァ鉱人だぜ? 街道なんぞ通らねえよ」


「道があるのか?」


 ラファルは目を丸くした。


「俺らくらいしか知らねえ古い坑道があんのよ。だから見つかるこたァねえと思うぜ」


 キースの発言を受けてヴィオレッタはしばし黙考する。


 そして考えが纏まったのか指示を下した。


「ふむ。ならばマモンとラファルは人狼と森人の斥候隊を率いて聖国の動きを探り、キースと八重蔵――汝らは〈ヴァルトシュタット〉へ向かうのじゃ。角は目立つじゃろうが、八重蔵ならそう問題もなかろう」


「承知した」


「わかりました」


 人狼と森人が打てば響くような即答を返す。彼らの感覚は調査の上ではこの上なく有用だ。


「案内頼むぜ、キース」


「任せとけ、つーかお前こそ悪目立ちするんじゃねえぞ。一本しかねえとは言え角はあんだから」


「帝国なら問題ねえさ。昔いたしな」


 鉱人と鬼人が頷き合う。


「儂とトリシャで汝らの抜けた穴を補助する。口惜しいが無駄に目立つ見た目と魔力をしておるのは自覚しておるからのう」


「こればっかりは仕方ないわ。四人共お願いね」


 本当は自分が行きたいところをトリシャもヴィオレッタもグッと我慢する。


 関心を呼ぶ方がアル達に余計な障害を与える可能性があることを理解したがゆえだ。


 こうしてアルの手紙から魔族の大人組も動きだした。



 風に乗ってきた言の葉が斯くの如く、少し、ほんの少しずつ風を起こし、流れを生み出していく。

 

 いずれ大陸を揺るがす大嵐になるなど、誰一人として予見できぬままに。

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