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【10.2万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
第2部 青年期 武芸者編ノ壱 新たな仲間と聖国の追手編

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62/221

11話 先輩一党『黒鉄の旋風』(虹耀暦1286年9月:アルクス14歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


なにとぞよろしくお願い致します。

 午後3時を回った頃、魔族と人間の少年少女ら6人は武芸者協会〈ヴァルトシュタット〉支部の建物へと足を踏み入れた。


 視界に広がる内装に、アルは純粋に驚く。


 もう少しこう……前世の創作物にあるような冒険者ギルド的な雰囲気だとか、西部劇にある酒場のようなものだとかを想像していたのだ。


 ところが実際は予想より幾分も小綺麗で、暖かみのある光が綺麗な石壁に反射して内部を明るく照らし、併設されている酒場からもあまり野卑な印象を受けない。


 前世の市庁舎と大衆居酒屋が入り混じったような雰囲気だ。


(……なんか違う)


「ここが武芸者協会ね! わくわくするわ!」


「ねー! あ! あそこ訓練場っぽいよ!」


「ちょ、ちょっと気後れしますね」


「う、うむ」


「へぇ……武芸者って案外いるもんなんだなぁ」


 アルの心中とは裏腹に他の面々は新鮮に受け止めたようである。


 実のところを云うと、ここまで清潔感のある協会支部は帝国内にしか存在しない。


 他国の支部はもっと雑然としていたり、汚かったり、騒がしかったりする。


 この差は、武芸者の立ち位置や地位が帝国と他国間で圧倒的に違うことに起因している。


 王国の武芸者はもう少し粗野な印象(イメージ)を持たれているし、共和国は北上に位置する両国の武芸者が混ざっている為、ハッキリ言ってピンキリ。


 また聖国が介入していることもあって、そもそも支部の数が少ない。


 そしてその聖国では、武芸者という職業そのものが認められていない。


 それゆえ当然ながら支部すらない。


 ではなぜ武芸者が広く帝国臣民達に親しまれているのか?


 その理由は武芸者という存在が誕生した、今からおよそ300年程前にまで遡る。


 当時の帝国は新興したばかり。


 小国同士の諍いから発展した大戦の結果として、参加した小国全てを帝国領土として皇帝が統治することで一つの国家へと纏まろうとしていた頃のことだ。


 一つの国として興ったとは言いながらも、当然国土はボロボロ。


 戦に続く戦で民も疲弊し、困窮しきっていた。


 そのうえ元々他国同士の民。敵対感情だってまだまだ根強い。


 そんな折、国を失ったとある騎士が死の危機に瀕している民を(たす)けた。


 ただの自棄だったのかもしれない。だが、確かに命を賭して救けた。


 その際に礼を言われたことで、彼はまだ己に残っている価値に気付いたのかもしれない。


 もしくはこれからの生に意味を見出したのかもしれない。


 それからというもの、その騎士は兎に角目についた貧窮する民を救けて回ることにした。


 手間の掛からないものから命の危険があるものまで、のべつ幕無しに。


 (たま)に貰う礼として薄い(かゆ)(すす)り、黒ずんでいく騎士鎧を身につけ、亡き国の民が為と日夜働いて回る。


 そんな彼を見た別の元騎士、元兵士達も「我らも」と発奮して動き出した。


 大した礼など貰えぬことは、彼の格好を見れば一目瞭然だろうに。


 救けられた民がさぞ名のある方なのだろうと彼らに誰何するも、彼らの仕えるべき主君は疾うに死に絶え、国は滅び去ってしまって久しい。


 ゆえに”騎士”とは名乗れぬ。だが護るべきものは眼の前にたくさんある。


 苦し紛れに「武芸を嗜んでいるだけだ」と言い置いて去るうちに、いつしか”武芸者”と呼ばれるようになった。


 同じ故国を持つ人々は、懸命に働く彼らのボロボロになった鎧を見て、思いやりと共に別の形として受け入れることにしたのだ。


 護るべきものを失くしてしまった敗残騎士としてではなく、苦境にあっても誇りを失わぬ”武芸者”として。


 その話を知った初代皇帝は彼らを激賞してすぐに動いた。


 元が亡国の放蕩王子。


 民との距離も近いことで知られていた彼は、大戦を終わらせても尚止まぬ貧困、苦しむ民に行き届かぬ己の腕に歯噛みしていたのだ。


 直ちに現地へと赴いて、協会の前身となる組織をその地の住民達だけで作った。


 当然ながら主君なき騎士――”武芸者”らは当時かなり警戒したそうだ。


 しかし皇帝本人は剣の一つも持たず、民に貰ったという質の悪い酒瓶をぶら下げて彼らの元へ単身やってきた。


 その夜、彼らと吞み交わし、己の境遇をぶちまけ、志が共に在ることを確かめ合ったのだ。


 その時護衛の一人すらおらず、現・帝都からふらりとやってきたという伝説と言うか逸話が残っている。


 やがて皇帝の組織した団体は困窮している他の地域へ武芸者を派遣するようになり、またその話を聞いた者が自分達もと立ち上がっていった。


 こうして”武芸者”という存在は、その誇りと共に瞬く間に広まっていく。


 その始まりの地とされるのが現・武芸都市〈ウィルデリッタルト〉なのだ。


 この話をトリシャとヴィオレッタから聞いた幼いアルは紅い瞳を大いにキラキラさせて「もっと詳しく!」とよくせがんだものである。


 母と師は困ったように笑ってアルが眠くなるまで語ってくれた。


 血は争えないものだ。


 アルの父ユリウスもまた、幼い頃に両親からその話を聞いて似たような顔をしていたのだが、トリシャがその話を知るのはもっと後のことになる。



 支部の建物へ入った6人は奇異の目で見られていた。


 帝国でも魔族の人口自体そう多くないせいで目立つのだ。


 すると視線がアル、凛華、シルフィエーラの後ろにいたラウラとソーニャへ注がれる。


 途端にヒューと口笛を吹く音が聞こえたり、視線に好奇なものが混じりだした。


 下卑た、というより茶化すような感じだ。


 2人が居心地悪そうに身じろぐ。


 アルは眉を(ひそ)めて不思議そうな顔をした。


「どうしたのよ?」


 ただのオフザケで怒るほど彼は短気ではない。


 いつぞやの人虎族(カミルとニナ)奇跡(ミラクル)を起こしただけであると知っている凛華が首を傾げて訊ねる。


「いや、ラウラとソーニャが冷やかされるのは……まぁわかるんだよ。二人とも戦いそうに見えない綺麗なお嬢さんでさ、お約束みたいなもんだろ?」


「……そうかもね」


「……へぇぇぇ~? そう見えてるんだ」


 アルの一言は急速に場を凍てつかせた。


 ラウラとソーニャは気まずい雰囲気に気付きはしているものの、頬を染めて照れ臭そうにしている。


 これでも共和国の令嬢だ。


 多少褒められ慣れているとはいえアルの率直過ぎる物言いは不意討ちだった。


 こういう褒められ方も悪くない、と2人して思っていたりする。


 だが凛華とシルフィエーラにとってみれば大変面白くない。


 ――この男、どうしてくれようか?


 そんな冷たい視線がアルに突き刺さっている。


 マルクガルムは『なんつうことを』と額に手を当てて呆れ返っていたが、アルが次に紡いだ言葉で『やっぱ問題ねーわ』と思い直すことになった。


「うん、でもなんで凛華とエーラには無反応なんだろ? ラウラ達に負けてないと思うんだけど」


 一番にアル、その次にエーラ、凛華と支部へ入った。


 冷やかすならそこの時点でだろう、と彼は言っているのだ。


 つまり、それは幼馴染の少女らのこともしっかり美人と(そう)認識され(見え)ているということ。


 超速でその結論に至った凛華とエーラの雰囲気が一気に和やかなものへと変わる。


「さぁ? 知らないけど、まぁいいんじゃないの? 別に。ねえ?」


「そうだねぇ~、知らない人に褒められてもねぇ」


 口々にそんなことを言う。実に現金なものだ。


 凛華が嬉しそうに口元をむにむにとさせ、エーラが機嫌の良さを身体全体で弾むように表現していた。


 アルにとって今更言うまでもない常識なので、


「もしかして人間には別に見えてる? ん~……やっぱ角と耳くらいしか違わなくない?」


 マイペースに少女らを見比べていたりする。


 その背後から声が掛かった。


「俺ら魔族にうっかり手ぇ出そうもんならエラい目に遭うって知ってんのさ」


 6人が振り向くと、少し前に別れたはずの鉱人鍛冶師ダビドフ・ラークがいた。


「あ、ダビドフさん。もう打ち終わったの?」


「んなわけあるかィ」


 アルの問いにダビドフが半眼を向ける。


「エラい目って?」


「魔族ってのはどこでどう繋がっとるかわからんだろ? 昔、物珍しさに森人を攫った連中(バカ共)がいてな。怒った森人と人虎が手ぇ組んで大暴れしたのさ」


「大暴れするくらいなら普通じゃねーの?」


 誘拐の対応としては妥当じゃん、とマルクが言うが、ダビドフは首を横に振った。


「ところがどっこい。この国の建国には森人も関わってんのさ。その件を知った皇帝がブチ切れたそうでなぁ。建国の友になんてことしやがんだってよ。結局、国軍まで動員されて、そこに森人以外の巨鬼だのなんだのが参入してきて連中はその場で皆殺し。地獄絵図だったらしいぜ」


「だから無反応だったのか」


「あとは凛華嬢ちゃんの持ってる重剣のせいだな。魔族は見得で武器を持たねえ。振れるから担いでんだ。そう受け取られたのさ」


「なんだ。別のものが見えてるのかと思ったよ」


「だっはははは、流石にねーよ」


 心配して損した、というアルへ鉱人鍛冶師は豪快な笑いで返した。


 一連の会話に周囲の武芸者達が目を丸くする。


「ダビドフさんがあんな風に笑ってるとこなんて初めて見た」


「俺も。嫁さんといるときだってあそこまでじゃねえぞ」


「何者なのあいつら。雰囲気もえげつないんだけど」


 中にはラウラとソーニャ以外が持っている闘争の雰囲気に気付いてヒソヒソ囁き合う者達までいた。


「ま、何でもいいや。さっさと登録しよ」


「おう、待ってるぜ」


「あれ? 協会に用があったんじゃ」


「そっちはお前さんらが登録してる間に済ませるさ。本題は剣の仕様だ。どうせなら鋼以外も使おうと思ってよ」


(鋼以外……つまり魔剣か)


 アルは丁度いいとばかりに頷く。


 どうせならとオーダーを入れとこうかな、と迷っていたのだ。


「わかった。じゃあさっさと済ませてくるよ」


「おーう」


 適当に手を振るダビドフを残し、6人が受付へと向かう。


 アルが代表して受付卓(カウンター)の前に立つと、


「認識票をお願いします」


 と、少々緊張気味の若い女性に言われた。


「いえ、作りに来たんです」


「えっ? え、あっ、はい! えーと、詳しい説明は必要でしょうか?」


「お願いします」


 鉱人鍛冶師と仲良く喋っている青年達がまさかこれから登録しようとは夢にも思わなかったらしい受付嬢が少々どもりながら説明し始める。


「え、えーと、まず武芸者には十段階の等級がありまして、それによって受けられる依頼に差があります。協会側から実力が足りないと判断された場合は、推奨等級であっても依頼が受けられない決まりとなっております。また、最初に受ける等級試験で開始等級が決まりますが、その試験の受け直しは可能です。


 しかし、前回の試験から三カ月が経過しないとこれは受けられませんので注意しておいてください。なお、協会側から薦める昇級審査はこれとはまた別になります。えー……それと、一党を組まれるのですよね? 個人と一党での等級は別になっておりまして――個人の方は主に戦闘能力が、一党の方は主に依頼の達成難度、数、評価が主に反映されやすい傾向にあります。一党の等級はその方々の個人等級を加味して決定する仕組みです。


 また、三等級からの昇級には細かな審査項目が追加されますので、どんなに強い方でも最初から三等級以上で登録は不可となっております。最後に注意事項として、認識票の再発行には時間とそれなりの料金が発生いたしますのでご了承ください。えーと…………以上になりますが、不明点や質問事項等はありますか?」


「いえ、ありません。理解できました」


「ほっ……あ、ではこちらにそれぞれ署名を。この名前で登録致しますのでお願い致します」


 ラウラもソーニャも強くなりたいと言ったので武芸者登録はするように言ってある。


 6名分の書類と登録料を提出すると、


「はい、登録料も間違いなく。では等級審査になります。こちらへどうぞ」


 奥の方へと続く通路を案内された。


(なんだか()()()()()()()()役所に来た気分)


 アルがそんな風に思っていると視界が開ける。


 さっきエーラが言っていた吹き抜けの訓練場だ。


 支部の建物裏に併設されているらしい。


 ちなみに帝国内の支部は大抵こういう造りになっている。


 精々屋根があるかないかの違いくらいだ。


 武芸者の認識票さえあればいつでも借りられる、と云う帝国らしい手厚さである。


 連れられるがまま訓練場を突っ切って行くと多少広くなっている一角があった。


 ここは格上に胸を借りる武芸者や互いの腕を見せ合う為に常にあけられている空間(スペース)だ。


 そこで待つように言われ、周囲を見学しながら少し待っていると先ほどの受付嬢が6人の武芸者を連れてこちらへやってきた。


「お、あいつらか」


 マルクが気付いてアルを小突く。


 うん? とそちらを向いたアルは「ははぁ、なるほど」と手を打った。


 等級審査と言うから運動測定的なものかと思っていたが仕合をやるらしい。


「こちらは三等級に昇格したばかりの一党『黒鉄(くろがね)の旋風』の方々です。個人では三等級の方もいらっしゃいます。若手の中でも優秀な方々なんですよ」


 受付嬢の紹介にアル達が反応する。


「一党に名前をつけるのか。”黒鉄”だってさ、かっこいい」


「確かに。悪くない名前ね」


「俺らもなんか考えた方が良いのかね?」


「あっ! ねぇねぇ、同胞がいるよ!」


「強そうな方々ですね……」


「むぅ、この剣でどこまで評価してもらえるだろうか」


 その感想にやってきた6人『黒鉄の旋風』も満更でもないといった表情を浮かべた。


 構成面子(メンバー)大刀(だいとう)を持った男性――おそらく頭目だと予想される1名に、幅広直剣(バックソード)を持った女性が1名、揃いの盾にそれぞれ剣と槍を持った軽騎兵のような男女が1組、そして森人の男女1組の計6名だ。


 なんやかんや馬が合って既に組んで5年は経つ仲のいい一党である。


 個人では登録して10年ほど。


 真面目に依頼をこなして、頭角を現してきた新進気鋭の武芸者らである。


 エーラがブンブン手を振ったことで『黒鉄の旋風』の森人組は手を振り返した。


「まさかこんなとこで同胞に会うとは思わなかったわ」


「ボクもだよ!」


「違う森出身のようだ」


「そうだよ! 二人は兄妹? 夫婦じゃないよね?」


「恋人だよ」


「そうなんだ~、へぇ~」


「そっちはそれで全員なのかい?」


「うん、人間以外はみんな別の種族だよ」


「珍しい取り合わせね」


「やっぱそうなの?」


「普通は固まるからな」


「あー……オホン。旧交を温めるのはいいがそろそろいいか?」


 大刀を担いだ黒髪の男が少々申し訳なさそうに森人同士の会話を止める。


「あっ、ごめんなさい」


 エーラはすぐさま素直に謝罪した。


「すまんな。久しぶりに見たからつい」


 森人の男の方も軽く手を上げて応える。


 大刀(だいとう)――といってもアルの持っているような太刀(たち)ではなく、長い両手用の握り(グリップ)から湾曲した長大な片刃の刀身を生やす奇妙な得物、を持った男が頬をボリボリ掻く。


 前世のダキア人がローマ帝国軍を苦しませた武器――ファルクスによく似た形状だが、この場で知っている者はアルを含め誰一人としていない。


「あー……『黒鉄の旋風』の頭目をやってるレーゲンだ、今日はよろしくな。うちにも魔族がいるっつうことで魔法の強力さはよーく知ってるつもりだ。先に言っとくが手加減はしねえぞ、特にそこの四人。見た目は若ぇが明らかにヤベえのがわかってるからな」


 レーゲンが魔族組を指して言う。


 彼がそこまで言った理由はアル達から「自分達は魔族だから」という驕りを一切感じなかったからだ。


 こちらを観察しているくせに殺気や闘志の類をおくびにも出していない。


 それを隠し通せる連中が魔法頼りの力押しで戦ってくるとはレーゲンには思えなかった。


「お手柔らかにね」


 幅広直剣(バックソード)を持った女性も緊張気味にそんなことを言う。


 協会からの審査要請ということで、「とうとう自分達にもようやくそういう頼まれ事が来たか」と思えばこれである。


 人間の少女2名は良いとして、残りは「登録しに来るの遅過ぎでしょ!?」と言いたくなる魔族4名。


 ならばと懐柔してみようとしたが無駄に終わりそうである。


 『黒鉄の旋風』の面々がこちらを侮っていないとわかった途端、頭目と思わしき青年(アルクス)の瞳が少しばかり細められ、雰囲気が如実に変わったのだ。


「よろしくお願いします。審査の相手はそれぞれですか?」


「ああ。()るのは順番だが、誰が誰と戦うかはそっちで決めていいぜ」


「ありがとうございます。助かりました」


 ――……何が助かるんだ?


 不穏なアルの返答に『黒鉄の旋風』の面持ちが引きつる。


 ――間違いなく要注意だ。


 彼らの意見が即座に一致した。


 そのアルはと言えば後ろを向いて何やら仲間達に指示を出している。


「あー……お前ら、聞こえるか?」


 レーゲンは仲間の森人へ訊ねた。彼らは種族特性として耳が良いのだ。


「無理だな。あっちの同胞が風で音を乱している」


「そうね。無邪気そうに見えてなかなか強かよ」


 『黒鉄の旋風』所属の森人組が首を横に振る。


「なんでいきなりあんなのと当たるのよぉ~……」


 副頭目である暗い金髪の女性剣士は嘆いた。レーゲンとしても同感だ。


 やがて指示を終えたアルが振り向いた。


「準備できました」


「では最初の方からどうぞ」


 受付嬢の案内。『黒鉄の旋風』からは剣と盾を持った軽騎兵のような男性が前に出ると、


「よし、私だな」


 それに合わせてソーニャが一歩前に踏み出す。


 こうして6人の武芸者等級審査が始まった。



 ~・~・~・~



 結論から言えば魔族組の圧勝、人間の少女組の敗北で一党としては勝利だ。



 初戦のソーニャは全力で挑んだが、相手は個人でも三等級や四等級の武芸者。


 しっかりと動きを見られてどこが隙になっているか教えてもらうような――半ば稽古のような形で負けた。


 『黒鉄の旋風』は帝国の武芸者らしく親切らしい。思わずアルが礼を口にしたほどには丁寧な指導だった。




 続く2試合目は森人の男が出てきたので、アルはマルクの背を押して本気で暴れてもらった。


 エーラをよく知っている彼からすれば周囲に植物もなく、制限された空間では森人剣士の動きは重く見えたし、力勝負なら人狼に負けはない。


 理詰めと暴力でガンガン追い詰め、最終的に降参させた。マルクの最も得意とする戦い方が嵌まったともいえる。


「参った。もっと人狼らしくぶつかってくるのかと思っていたが、やたらと冷静だ。打つ手を全部読まれていた」


 とはマルクと当たった森人の感想だ。




 3試合目は槍と盾を持った女性騎兵のような武芸者だった。それにはエーラが出た。


 盾の裏に飛び込んでくる矢は軌道が非常に読み難く、気を抜けば死角から強力な矢が飛んでくる。


 それならば、と接近してもちっとも焦りを見せず、難なく躱すどころかその場で足を止めて小器用に風を操って吹き飛ばす。


 エーラからすれば当たり前だ。近寄らせても問題ないような鍛錬を他3人につけてもらっているのだから。


 最終的に強弓型に切り替えた一射で女性騎兵を盾ごと吹き飛ばし、【精霊感応】で変形させた矢で手足を雁字搦めにして勝利した。




 4試合目は凛華と幅広直剣(バックソード)持ちの副頭目との仕合だ。


 とことん悪辣な相性になるようアルが仕向けたので、結果として剣士の女性は半泣きで重剣から逃げ回る羽目になった。


 重剣の圧はアルがよく知っている。慣れていても怖いものだ。


 暴風のような剣圧は鎧すら簡単に斬り裂き、地を割って踏み込んでくる一槍突きは容易く対象を貫通する。


 幅広直剣で受け止める気など起きようはずもない。


 初動で対人戦闘用のスペースに地割れを作った凛華に冷や汗を噴き出した女性剣士は必死に逃げ、属性魔力などで牽制してきた。


 しかし、凛華は魔法任せに重量級の大剣を振り回しているわけではない。


 グルングルンと手元で回した重剣が炎や風を尽く逸らし、斬り払って掻き消す。


 普段の鍛錬でぶちこまれるアルの蒼炎弾は加減されていても当たれば火傷で済まない。それに比べれば大して衝撃もなかった。


 最終的に凛華が見事な技術で女性剣士の幅広直剣(バックソード)を絡めとり、無傷で降参させた。


「あんなん勝てるわけないじゃないの!」


 と、女性剣士がレーゲンに泣きつく様は多少いたたまれない気持ちになったが、勝負は勝負。アルは素知らぬ顔を決め込んでいた。




 5試合目はラウラと女性の森人の勝負だった。


 これもアルが仕向けたものである。


 ラウラの戦い方は知らないが、おそらく後方支援的な立ち回りがこれからは必要になると思ったので学んでもらうつもりで試した。


 しかし、彼女の引き抜いた半端な長さの剣――杖剣(じょうけん)は剣と魔導触媒の効果を併せ持つものだったらしい。


 振れば剣となり、魔力を流せば属性魔力や魔術の威力を爆発的に上げてくれる優れ物のようで、アルはそちらに意識が完全に持っていかれていた。


 触媒武器とでも言えばいいのだろうか。


 途中からこっそり『釈葉の魔眼』を起動して眺めていたがどうもよくわからない。後で見せてもらおうと心に決めたアルである。


 ラウラは戦い始めてすぐに、自分の対戦相手が森人の女性に指定された理由をすぐに悟ることになった。


 これでもしっかりとした教育を受けてきている。


 自分が目指すべきはこれだと理解し、とにかく立ち回りを見せてもらおうと躍起になって食い下がった。


 だが、相手は経験豊富な武芸者で森人だ。


 わからない位置から槍衾のように矢が飛んでくる。


 矢尻が丸くしてあったので完全に胸を借りるつもりでラウラは戦い、動けなくなった時点で降参と礼を言うのだった。


「いいとこのお嬢様かと思ったら根性あってビックリよ」


 などと励ましの言葉を貰えて嬉しそうに笑う。


 ヘトヘトになって戻り、どうだったか訊ねると当のアルは杖剣を見てソワついていた。


 仕合の内容などそっちのけである。


 流石のラウラもこれには青筋を立て、ハッとしたアルがすぐさま平謝りすることになるのだった。




 最終戦は大刀を担いだレーゲンとアルの仕合だ。


 激しい攻防になるかと思われたが――――勝負は呆気なく決まった。


 始まると同時にアルが蒼炎短剣をビッと1本投げる。


 レーゲンが素早く躱そうとしたところで更にもう一本を投げ、蒼炎短剣同士をぶつけた。


 弓で言えば早矢に乙矢をぶつけたようなものだ。投擲癖のついているアルには至極簡単。


 ぶつかり合った蒼炎短剣はその瞬間、蒼い爆炎を発生させた。


 普通は炎属性魔力を投げたからと言って爆発などしない。燃えるだけだ。


 それでもレーゲンは反応し、なんとか躱してみせる。


 が、回避に移ったことで後手に回ってしまった。


 その間に、タァン! と地面を蹴りつけてアルが急加速。刃尾刀を構えて一気に突喊。


「くそがっ!」


 と悪態をついたレーゲンが破れかぶれに薙ぎ払いを放つも、アルにとって最も得意な戦法は攻撃に攻撃を重ね、相手の隙やミスを誘いつつ紙一重で動作をかぶせる反撃(カウンター)だ。


 簡単に鞘で逸らした。


 大刀の薙ぎ払いを鞘で上へと受け流されたレーゲンは、慌てて得物を手元に引き戻そうとしたが動かない。


 目をやればアルの首元にある龍鱗布が伸びて大刀に巻き付いていた。


「なんだっ!?」


 と仰天するうちに首元に刀を突きつけられそうになったので大刀を手放して後退する。


「『裂震牙』!」


 しかしアルはそれも想定していたのか、ダン! と足踏みと共に魔術を起動した。


 途端に幾本もの土の牙が伸びてきてレーゲンの足の間や脇と腕の間、肩の上をボヒュ……ッと貫いて身動きを封じる。


 怪我ひとつないものの動けず呻くレーゲンに、刃尾刀を突き付けてアルの勝利となったのだった。


 時間にすれば一番短い。5.5手目で終了といったところだろう。


 ちなみにこの手数の数え方は前世のチェスと同じである。


 ゲームで言えばターン制的な数え方で、元はこの世界の戦術棋譜から来ている。どの世界もこういった考え方はそうそう変わらないものだ。


 こうして新人武芸者達の審査は終わったのである。


 レーゲンは苦々しい顔を浮かべてアルを見た。


(……酷え結果になったもんだ)


 特に最後のはロクに返しもできない怒涛の攻勢だった。


(こいつが頭目なのがよくわかる)


「食えねえとは思ってたが魔術もやんのか」


 レーゲンが訊ねると、


「はい。〈ターフェル魔導学院〉を目指してるんですよ」


 アルがのほほんと返す。


(さっきまでとはえらい違いだ)


 鋭く、隙の少ない小さな動き。


 勝てると踏んでも油断はせず、そのくせ最短で首を獲りにくる。


(どう考えてもコイツらは戦い慣れてやがる)


 そして勝った負けたには然して頓着していない。


 重要なのは()()()()なのだろう。


 戦っている最中は勝利に拘りつつも、結果は結果としてアッサリ受け入れる感覚を持っている。


 それが指し示す事実は一つ。


 勝った経験も負けた経験もそれだけ豊富にあるということ。


 向上心を持ちつつ、負けたら負けたでまた鍛えて戦う。だから終わってしまった結果には拘らない。


 現にアルの他3名の魔族も『黒鉄の旋風』と親し気に会話している。


 そこに傲慢さなど微塵も感じられない。というかちょっと懐かれている気がする。


(ったく、強えわけだ)


「どうりで。つーかとんでもねえ速度と隠密性だったぜ」


 レーゲンは納得してアルの魔術を褒めることにした。


 魔力に反応したときには既に土の牙が迫ってきていた。


「四等級の武芸者に通用するんなら師匠の顔にも泥を塗らずに済むってもんです」


 アルが胸を撫で下ろして言う。


「俺は個人なら三等級だぞ」


「なら尚更です」


 やはり勝ったから云々という感覚が彼らにはない。

 

 レーゲンは面白い後輩ができたらしいと思った。


「審査の結果が出たら晩飯おごってやるよ」


「えっ、ホントですか?」


「おう。お前ら個人はだいぶ上の等級だろうが、一党としては大抵低めから始まるからな。後輩へ役立つ世間話ってやつをしてやる」


「おおっ! そういうの聞いてみたかったんですよ!」


 わくわくした表情のアルにこっちが素かとレーゲンは内心安堵した。


(ま、あれだけの連中を纏めてんだから気も張るわな)


「じゃちょいと待ってろ。審査の報告、受付の姉さんもやってるだろうけど直に戦った相手からの報告がいるらしいんでな」


 と告げて受付の方へ歩いて行く。


「おーい皆ぁ! レーゲンさんが晩ご飯奢ってくれるって! 依頼の話とかもしてくれるんだってさ!」


 その背を尻目にアルが喜んで仲間達に声を掛けた。


 途端に彼らがわいわい騒ぎだす。


 『黒鉄の旋風』は顔を見合わせて、やれやれと肩を竦めた。


「あいつ、ええかっこしぃだからな」


「まぁ気持ちはわかるけどね。素直だし」


「いっちょ先輩として武勇伝を語ってやりますか」


 意外と彼らも乗り気である。


 そんな和気藹々とした雰囲気の中、訓練場の見学許可を貰っていた鉱人鍛冶師ダビドフがポツリと呟く。


「アイツら……俺が待ってるって覚えてんのかねえ?」


 その呟きは紫煙に呑まれ、上空へと消えていった。


 ダビドフはもう一度深く煙草を吸って「フゥ――……」と煙を吐き出す。


 騎士少女(ソーニャ)に剣を打ってやると言ったのは間違いではなかった、と確信しながら。

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