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【10.1万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
第2部 青年期 武芸者編ノ壱 新たな仲間と聖国の追手編
60/219

9話 帝国辺境の街〈ヴァルトシュタット〉 (虹耀暦1286年9月:アルクス14歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


サブタイトルはそうしておりませんが、今回は前後編の前編となります。なにとぞよろしくお願い致します。

 共和国最西端の田舎街、旧街道へと続く街門前には揃いの騎士胸甲をつけた者らピリピリした空気を纏って屯していた。


 その中でも最も豪奢な鎧を身につけた騎士は苛立ちを隠そうともせず、彼の前に佇む騎士をどやしつけた。


「連中はどうした!?ガキ二人連れてくるのにどれだけ掛かれば気が済むんだ!?フザケてんのか!ああ!?」


 男の怒声が他の騎士らの肩をビクッと竦めさせる。


「そ、それが連絡も取れず、報告に来た者もおりません。いまだ作戦行動中かと」


「作戦行動中だぁ!?たかがガキ二人に!?貴様ら神殿騎士はそこまで腑抜けの集まりだったのか!?」


 大荒れの上司に胃を痛くする騎士はビッと姿勢を正し、


「も、申し訳ありません!すぐに捜索隊を準備させます!」


 すぐさま駆け出した。


 一刻も早くここから逃げたい。


 そんな心中をありありと表す迅速さだ。


「早く行ってこい!この俺がこんな木っ端任務如きに……!」


 失って久しい左目がジクジクと疼き出したような気がして、男は衝動的な怒りに駆られる。


 この目を失ったのはもう15年は前だ。


 傷そのものは生死に関わるようなものではないが、二度と光が戻ることはないと癒者に言われている。


 その古傷が痛んだような気がしてならず、グジグジと乱雑に押さえつけた。


―――――いつからこんな風にケチがつくようになったのだろうか?


 最近はそればかりが頭を掠める。


 聖騎士だった己の序列が一つ下がり、神殿騎士の取り纏め役(騎士長)である準聖騎士程度に納まり続けていることに不満と怒りを誘発されて乱暴に葉巻を咥えた。


 聖騎士時代から嗜好品として吸っていた魔導薬の効果も何もないただの葉巻だ。


 紫煙を思い切り吐き出すも苛立ちは収まらず、口をついて出たのはまたもや悪態だった。


「使えない畜生共が……!」


 周囲の騎士達がヒソヒソと声を潜めて言葉を交わす。


「なぁ、あいつらまさか()()()()の最中じゃ――――」


真逆(まさか)。相手は子供。しかもあの強情なシェーンベルグの娘だぞ。そんなことになれば無理矢理にでも自ら命を絶つだろ。そうなればあいつらの首だけじゃ済まん」


「さすがに有り得んか」


「何やってるんだ、全く」


「こっちに火の粉が飛ぶ。予備隊とは言え小隊長がついて行ってここまで頼りにならんとは」


「さっさと戻りたいぜ。この街の連中、おれ達に良い顔しやがらねえからな」


「こっちは神殿騎士だというのに尽く歯向かってきやがって。ハンッ、さすがはド田舎だ」


 そんなことを言っている間に先ほどの騎士――――男の副官が10数名を引き連れてやってきた。


「捜索隊の準備整いました!」


 左目を失っている豪奢な騎士胸甲――――ひと昔前の聖騎士鎧、最新式があるからとお情けでもらったソレを着込んだ男へと報告する。


「……さっさと行け」


「はっ!出立致します!」


 唸るように命令を下す男に副官は胸甲を左手で叩く略礼を執り、これ以上罵声を浴びぬ為にも急いで馬へと跨った。


「捜索隊、出るぞ!」


 ガチャガチャと鎧同士の擦れる音、次いで馬がドドッと走り出す。


「……畜生が」


 隻眼の男はもう一度同じ悪態をついた。


 残り少ない葉巻の手持ち(ストック)が切れる前に戻ってこなければ連中に罰を与えてやる、と心に誓いながら。


 先行していたはずの予備――――捕獲部隊の捜索隊が出たのは、奇しくもアルクス達6名と1羽が帝国の最初の街へと移動を開始した朝方であった。



☆ ★ ☆



 そんなやり取りなど露も知らないアルクス、凛華、シルフィエーラ、マルクガルムの魔族4名と三ツ足鴉の夜天翡翠、そしてラウラ・シェーンベルグ、ソーニャ・アインホルンの人間2名を乗せた『陸舟(おかぶね)』は草原を快走していた。


 もはや『陸舟』と言うより『陸(そり)』の様相を呈しているが気に留める者はいない。


 先頭2人は多少忙しそうだが、速度としては時速70km(キリ・メトロン)ほどを維持している。


 前世でバイクに乗っていた記憶を追体験しているアルからすれば何となく既視感を覚える速度であり、高速道路を走るのに較べればコースも決まっていて転倒の恐れもなく、車が急に横合いから車線変更してくることもないのでかなり余裕がある。


 凛華やエーラ、マルクの3人も元々『陸舟』に乗っていたし、何より普段から鍛えに鍛えているので最初の10分ほどで慣れた。


 一方、慣れていないラウラとソーニャは大変だ。


 2人とも馬の経験こそあれど、ここまで低い視点での疾走は経験がないし、こんな速度域(スピード)は知らない。


 鎧を全身に着込んでいるソーニャはまだいい。


 自重もあるし、『陸舟』の座席と座席の間に足を突っ張っている。


 しかしラウラはそうもいかない。


 つけているのは軽めの鎧――――短胸甲で軽いし、振動がないわけでもない。


 勢いを消さない為に軽い起伏を凛華が作ったりしているし、慣性移動だけでは思ったより減速したので適宜アルがぶっ放しているのだ。


 そのたびにふわっと軽く浮き、ぎゅうっと手すりを握り締めていた。


 既に20分近く目の前の手すりに掴まると云うよりしがみついていると表現する方が正しい状態だ。


「あ、悪い。気づかなかった」


 ラウラがいつ来るかもわからない振動にぷるぷるしてきた腕を押さえたところで、ようやく気付いたアルが龍鱗布を飛ばす。


 使用頻度が思いの外多いおかげでかなり馴染んできたそれはシュルシュルと伸びてラウラの肩と腰を押さえるシートベルトのような形へと変わった。


「あ、ありがとうございます」


 座席に括り付けられたことでホッとしつつ、男性が着用しているものを身に纏ったことなど一度もなかった令嬢(ラウラ)が多分に照れを含みながらもはにかむ。


「便利だなそれ。愚問なんだろうけど魔力保つのか?」


 ラウラになんてことはないと手を振って応えていた黎い髪の親友にマルクがそんなことを訊ねた。


 龍鱗布は完全にアルの手元から離れている。どうやら魔力だけを送っているらしい。


「術の維持に使う魔力は減ってるし、送り続ける必要もないから問題ないよ」


 アルは余裕のある返事を返した。


 『陸舟』には現在スケート靴のような(ブレード)が舟底に展開されている。


 その部分を集中的に直すくらいにしか魔力を流す必要がないので大森林にいた頃より負担は少なくなっていた。


 たまに舟体のサイドが擦れるがその程度なら豊富な魔力を持つアルにとっては何の障害もない。


 おまけに他の魔族組の装備も同様だが、母の鱗で編まれた龍鱗布を伸ばしたり形を維持したりするのに魔力を籠め()()()必要はないのでぶっちゃけお茶の子さいさいなのだ。


「なるほど……あいつらが妬きそうだ」


 マルクはアルに聞こえないように呟き、次いで少女騎士の方へ声を掛けた。


「おいソーニャ、そんなに足踏ん張ってたら疲れちまうぞ」


「う?うむ、わかってはいるのだがどうにもこの速度に慣れなくてな。手綱もないし」


 ソーニャが難しい顔を向ける。


「ずっと加速してるわけでもねえし、お前自体は軽くても鎧はそこそこ重いはずだろ。足を上げろとは言わねえけど力は抜いてみな、大丈夫だから」


「わかった……お、本当だ。ふぅ~、やはり慣れないと疲れるものだな」


 マルクの言に従って素直に力を抜いてみたソーニャは肩の強張りを解すように息をついた。


 このまま走っていれば降りる頃には足が突っ張ってしまっていたところだ。


「まぁ最初は俺らもおっかなびっくりだったしな。あー……ソーニャ?あとよ、髪まとめたりしてもらえると助かる」


 えっ?とソーニャが振り返ってみれば、栗色髪の毛先がマルクの鼻先にちょいちょいと掛かっていた。


 ちなみにラウラの髪はそこまで長くない。


 ウェーブ掛かった癖っ毛を伸ばすと手入れが大変なのでエーラほど短くはないが肩に掛かるくらいの長さで切り揃えている。


 反してソーニャの髪は長い。凛華とそう変わらない長髪だ。

 

 それが風に靡いてずっとマルクの鼻をくすぐっていたらしい。


「す、すまん!」


 気付いたソーニャが謝りながら隣の義姉から手渡された紐で慌てて括り、肩に流して押さえつける。


「悪ぃな」


「……その、すまん」


 ほっと息をついたソーニャはハッとした。そして赤面しながらおずおずと訊ねる。


「あの……臭くなかっただろうか?」


「は?いや、くすぐったかっただけだぞ」


「そ、そうか」


 マルクがキョトンとした顔をする。


 胸を撫で下ろす義妹をラウラは微笑ましそうにクスクスと笑うのだった。



* * *



 それから1時間ほど経った頃だろうか。


 凛華からもうすぐ魔力が半分ほどまで尽きると報告を受けたアルに夜天翡翠の啼き声が「カァ、カァー!」と届いた。


 敵か!?と思ったが黒濡れ羽を大きく広げる使い魔の声に焦りはない。


 だとすれば答えは一つ。


「減速する!掴まってろ!」


 アルが号令を掛けながらマルクに天幕を投げ渡し、術式を座席に叩きつける。


 するとマルクの丁度後ろ――――舟尾に土柱がメキメキと立った。


「よおっと」


 マルクがそこに背を預け、両手に天幕の端を持って掲げるように後ろへ流す。


 するとバタバタはためいていた天幕が一拍して風を掴み、一気にバサアッと広がった。


 それを支える両腕にそこそこの負荷が掛かるものの、そこは人狼族。


 さっさと魔法を使って踏んばると『陸舟』の速度がガクンと落ちた。


 要はパラシュートだ。


 力業だがこれくらいなら人狼の負担には成り得ない。


 アルはアルで術に魔力を送り、舟底の刃の終端部分に(びょう)を生み出していた。


 ザ……ッ!という音がガリガリと冰を削る音に変わる。


  凛華も半分という限界(リミット)ギリギリまで魔力を使い、ワザと上り坂を生成。


 『陸舟』が急速に速度を失っていく。


 しばしの間ガリガリと冰を削り砕く音が続き、やがてズズ――……ッと引っ掻くような音へ変わって、最後に『陸舟』が停止する。


「ふぅっ、お疲れみんな」


 アルの労いに一瞬だけ雰囲気が弛緩した。


「街に着いたよ」


 次いで紡がれた言葉で面々が周囲を見回す。


 しがみついたり、冰を出したり、踏ん張ったり忙しかったせいで周りを見る余裕のなかったエーラ以外の4人は、草の高さよりずっと高い壁が見えていることに今更ながら気付いた。


「あれが防壁?立派だねぇ」


 森人の彼女だけは『精霊感応』を使っていたので気付いている。


「ほ、本当についた……?」


 ソーニャは『陸舟』からフラフラと降りながら壁を見上げた。


「ついてます……ね」


 ラウラが龍鱗布を回収してもらって降りる。


 まだ昼前くらいだ。


 とんでもない速度で移動していた証明を目の当たりにしてポカンとしていた。


「ちょっと疲れたわ」


「だね、ボクも~」


「お疲れ二人とも」


「休ませてちょうだい」


「その予定だよ」


「無茶させた分の埋め合わせもしないとねぇ、アル。自分だけ随分余裕そうだったもんねぇ?」


「わかったわかった。にしても足の感覚がおかしいや」


 体力的にと言うより神経を使って精神的に疲れた鬼娘と耳長娘の文句を受け止めながらアルが背嚢を浮かせて降り立つ。


 隠れ里ほど大規模ではないがネーベルドルフよりは広そうな街だ。


(……ひとまずってとこか)


 仲間の背を見ながら内心でホッと息をつくアルであった。



~・~・~・~



 背嚢を担ぎ直し、吹き飛んだ荷物や装備がないか点検したアル達一行は街道沿い数百mほど離れたところに見える街を目指して歩いていた。


 さすがに『陸舟』で直に乗り付けるわけにもいかなかったし、周囲の確認も必要だったからだ。


「ありがと、翡翠」


 左肩に舞い降りてきた三ツ足鴉の首元を撫でてアルが礼を言う。


「カァ~」


 降りてすぐ自分達の来た道や周囲を索敵してもらっていたのである。


 冰のコースはエーラの『精霊感応』で植物達に覆い隠してもらったとは云え、確認は必要。


 特に問題なさそうだと判断した夜天翡翠が戻ってきたことで安心して街道を歩む彼らの顔には隠し切れない好奇心と不安が入り混じっていた。


 そうこうする内に辿り着いた街門には関所のような簡素だが堅牢そうな石造りの建物がある。


 平屋ほどの大きさもないが、一応ここは国境に位置する街だ。


 きっと検問所なのだろう。


 案内の兵士に誘導されるがまま6名と1羽はその建物へと入ると、事務机とそれらしき文官がいた。


 傍らには槍を持った兵士。こちらは胸甲ではなく鎧だ。


 それに金属製ではなく革のような素材でできている。魔獣の素材だろうか?


 アルがそこまで確認したところで文官らしき初老の男性が訊ねてきた。


「見たところ二名は魔族のようだが、どういう組み合わせかね?」


「いえ、人間二名に魔族四名です」


 アルが即座に訂正する。


 頭目が己であることを意識付けるように一歩だけ前に出ることも忘れない。


 ハッキリとした主張に文官らしき男性も視線をアルへと向けた。


「四名……君とそこの青年も魔族か?」


「ええ、そうです」


「……ふむ。入国理由は?」


「帝都の学院試験を受けに」


「学院……というとターフェル魔導学院かね?」


「ええ」


「なるほど。魔族は人間の持つ身分証を持っていないだろうから入国費用は多少かかるが良いかね?」


 身分証がない者を通すだけ温情だろう。


 相手が魔族である以上そうするしかないとも言えるが、アルの前世であれば一発アウトだ。


「承知の上です」


「それなら問題ないだろう。では魔族四名分は仮入国証を作るとして、人間二名と言っていたがその二名に身分証は?」


「あ、その、あります」


 視線を向けられたラウラが自信なさげに懐から臙脂(えんじ)色の薄い手帳を取り出す。


 所謂パスポートのようなものだ。


「私も」


 受け取った文官――――入国審査官は2人分の手帳へサッと目を通し、途中でピタリと動きを止めた。


「……共和国のご令嬢が供回りも付けずになぜこのような場所へ?」


 共和国人の入国規制は行っていない。


 が、こちらで言えば貴族令嬢に相当する人物が、どうして同じ人間の護衛をつけず同年代らしき魔族と共にいるのか、と驚いたのだ。


 しかし審査官も百戦錬磨の軍人。あくまでも審査の体は崩さず訊ねた。


「いろいろと事情がありまして、そちらについては上の方々へ報告する予定でおります」


「そ、そうか。それならば問題ないだろう。魔族四名、彼らは護衛かね?」


「はい。危ないところを助けて頂き、歳も近く実力もある方々でしたので是非護衛にと頼んだのです」


「実力も……ふむ。君達、武芸者証を持って――――」


「いません。この街で作れますか?」


 審査官の質問が終わる前にアルは質問を投げ返した。


「勿論だ。ここは武芸都市ウィルデリッタルトを治めておられる方の領地だからな。協会がなければすぐにでも作れ、と仰られるだろう」


 初老の入国審査官が穏やかな笑い声をハハハ、と上げる。


「協会へ行けば武芸者になれるんですか?」


「うん、そうだな。武芸者協会へ赴き、そこで登録申請を行う。 その後、等級試験を受け、その結果によって認識票を受け取る。 武芸者と名乗れるのはそこからだ。 君ら魔族は我々の人間の身分証を持たないし、あるだけでも都市間の移動に係る費用が軽減される。 取っておくと良い」


 アルの畏まった態度とラウラの態度から審査官は対応を真摯なものへ変えた。


 どうやら真っ当だと判断してもらえたようだ。


 ラウラとソーニャ以外で知る人間はあの神殿騎士共しかいないアル達魔族組がなんとも複雑そうな表情を浮かべる。


 国が違えばと言うやつだ、慣れるより他ない。


「忠告ありがとうございます。その予定です」


「うむ、励むと良い。そこで仮入国証をもらって入ってくれ。ではようこそ、自然豊かな街ヴァルトシュタットへ」


 歓迎の言葉を掛けた審査官へますます妙な表情を浮かべた一党はそれでも頭を下げる。


 そのまま審査官が6名を通し、次の者を呼ぼうとする前にアルが小走りで近づいた。


 傍らの兵士が槍を構えようとするのを制した初老の審査官だったが怪訝そうにはしている。


「まだ何かあるのかね?」


「ご迷惑は承知ですが頼みがあります」


「頼み、かね?入国料なら心苦しいが、武芸者の認識票を受け取った後に来られても――――」


「いえ、お金じゃありません。僕らがここにいる間、もし聖国の者が来たら教えてほしいんです」


「聖国だと?」


 思ってもみなかったアルの返しに審査官は眉を跳ね上げた。


 ここ最近かの国の者が来たことはない。


 しかしどうやらこの青年は来る可能性があると考えているようだ。


「はい、教えてもらえるだけでいいんです」


 眼の前の青年の様子から初老の文官はある答えを導き出した。


 ここヴァルトシュタットは田舎であると同時に国境に存在する街だ。


 放っておいても色んな噂や情報が入ってくる。


―――――追われているのか?


「お願いします」


 しばし沈黙していた面接官はやがて口髭を弄りながら噛み締めるように答えた。


「我々としても彼の国による強引な布教にはほとほと困っていてな。故に、ここ最近は規制をかけている。もし来るようなことがあれば、きっと騒ぎになるだろう」


 入国記録をみだりに明かすことは出来ないが、極力騒いでやる。


「わかりました。ありがとうございます」


 正確に意味を取ったアルが頭をスッと下げる。


 その赤褐色の瞳を審査官は何とも言えない表情で見つめ、


「君は……いや、何でもない。さぁ行って良いぞ」


 言葉を紡ぎかけてやめた。


 アルが少々不思議そうな顔をしながら退出していく。


「どうかされましたか?」


 それまで黙っていた槍持ちの兵士が訊ねる。


「いや……古い――――もう十年以上も顔を見てない知り合いに似ていたような気がしてね」


 特に、あの強い輝きを宿した瞳に。


「かつてのお知り合いの縁者では?」


「ははは。彼は魔族だと言うし、さすがにないだろう。さ、感傷的になるのもやめよう、昼食が待っている」


 パンと軽く手を叩き、休憩の札をかけさせる。


「今日は何がおすすめだろうか?」


「訊いてはおりませんが、きっと腸詰と葉物の酢漬けでしょう」


 帝国流の冗句を交えつつ彼らは付近の食堂へと向かうのだった。



~・~・~・~



 先に出てもらっていたアルは5人の元へ合流した。


 目の前には大勢の人々が行き交う通りがある。


 そのほとんどが人間のようだが、時折魔族らしき魔力の多さを感じる者もいた。


 思わずぼーっと眺めていたアルの意識をマルクの問い掛けが引き戻す。


「そんで?とうとう街、えーとヴァルトシュタット?に入ったわけだが、これからの予定は?」


「まずは宿探し。次にソーニャの武器を買いに鍛冶屋か武器屋へ。次に食事。終わったら武芸者協会へ行って登録。たぶんすぐ出来ないだろうから今日はそんなとこかな」


「わかったわ、じゃさっさと宿見つけて武器見に行くわよ」


「ごはんと協会もだよぉ~」


 凛華とエーラのじゃれ合いを見ながら街を練り歩く。


 昼は書き入れ時なのか露店もチラホラ出ていてそこそこ賑わっていた。


「私達のいた街より活気があるな」


「そうなのか?」


 ソーニャの感想にマルクが反応する。


 てっきり人間の街はどこもこんな感じだと思っていたのだ。


「長閑というのが相応しい街でしたからね」


 ラウラの説明にそういうのもあるのか、という顔でマルクが頷く。


 アルからすればそれでもやはり小規模に感じてしまう。


 前世の記憶を見たせいだろう。


 ショボいとは思わないし、建物なんかはコンクリートばかりのものよりこちらの方が彩りも鮮やかで温かみを感じて好ましい。


 が、規模だけはどうしようもない。


 ちょっと歩いたら街の反対側まで抜けてしまいそうだ。


 特に歩き慣れているアル達からすれば尚更だろう。


「ひとまず宿泊できる場所を探そうか」


 頭目の一声に面々が頷いてきょろきょろと視線を彷徨わせる。


 それから5分もしない内に宿らしき場所は見つかった。


 というのも3軒ほどしかなかったのだ。


 元々辺境の街ということもあり、食堂も兼ねた宿が2軒。


 もう1軒は高級宿らしい雰囲気だった。


 どこぞのお偉いさんなどはこういったところに泊まるのだろう。


 何に金が入り用になるかわからないし、高級なサービスを求めているわけでもない6人は最初に見つけた愛想の良さそうな女主人が経営している店を訪ねることにした。


「いらっしゃい!おや、魔族のお客さんとは珍しい!六人かい?」


 見た目はあどけなさの残る青年達だが装備は物々しい。


 太刀と打刀、大振りの短剣を提げたアルに、重剣を背に直剣を腰に提げている凛華、弓と細身の短剣を装備しているエーラに、分割鎧のようなものを着込んだ筋骨隆々のマルク、おまけに胸甲をつけた少女2人に片方は大きめの盾を担いでいる。


 昼間から飲んだくれたり、食事に来ていた住人達は変に冷やかすのも危険過ぎると大人しかったが女主人は愛想よく出迎えた。


「女性四名に男性二名、隣でなくてもいいので近い部屋はありますか?」


「中部屋と小部屋が一つずつ向かい合わせであるよ。小部屋って言っても寝台はちゃんと二つ着いてるからそこは安心して大丈夫さ」


 スッと通るアルの声に、機嫌よく女主人が答える。


「ならそこをお願いします。先払いですか?」


「そうさ、一泊で明日の朝餉まで。食事は要るか要らないかで料金も違うよ。あ、食事は余計に頼んだ分は都度払って貰うからね」


 女主人の指す場所に料金表らしきものが黒板に書いてあった。


 泊り客用の献立(メニュー)まできちんと書いてある。


 結構親切な店のようだ。


「食事は、えぇと」


「ここで摂っていいと思うぞ。古い食材の匂いがしねえ」


「おや、あんたも魔族だったのかい!」


「まあな」


「じゃあ食事もお願いします」


 マルクに驚く女主人にアルはそう言って金を取り出そうとすると、ラウラがそれを制して先に財布を開いた。


「依頼中ですから経費はこちら持ちですよ」


「ん、けどまだ依頼は出してないだろ?いいのか?」


「ええ」


「じゃあ頼む」


「任せてください」


 やっと役に立てると生き生きしながら金を払うラウラを見ながらアルは呟いた。


「なんかヒモになった気分」


「甲斐性ないわね」


 凛華が容赦ない。


「言い方」


 バッサリ斬り捨てられたアルはすかさずツッコんだ。


 そもそも同じ境遇だろうに。


「とりあえず、背嚢とか置いてくればいいのかな?」


 エーラがどこか急いだような雰囲気で問う。


「そうだね」


「そのあとごはん」


「わかってるから」


 腹が空いているからだった。


 予定で言えば武器を買わないことには飯にありつけない。


 正直言えば先に食事を摂ってもいいだろうとは思うが、この街が完全に安心できる場所とも限らない。


 武器を持っているだけでも窃盗などの犯罪対策になるし、いつまでも盾だけではソーニャも心許ないだろう。


 そこをしっかり理解していても訴えることだけは頑なにやめないエーラだった。


 その後、すぐに鍵を貰って来たラウラと5人はそのまま受付の横にある階段を上って部屋の前へと辿り着いた。


 それぞれ男部屋、女部屋の鍵を開けて入ると、小綺麗な寝台に備え付けの脇卓(サイドテーブル)がついている。


「当たり?」


「じゃねーか?」


 アルとマルクが背嚢を適当にどさっと置いてさっさと部屋の外に出たところ、同じく出てきた女性陣は何やら妙に盛り上がっていた。


「結構きれいだったね!部屋の雰囲気も良かったし!」


「そうね。父さんが宿選びは大事だって言ってたけどそうでもないのかしら?」


「たまたま当たりだったんだと思いますよ?酷いところは酷いと聞きますし」


「私兵もそう言ってたな。寝台に虫が湧いてた時は本気で主人に剣を向けかけたとか」


「ソーニャっ!?今からごはんなのに何言ってるの!?」


「武器屋よ、エーラ。あんたこそ何言ってるのよ」


 非難の声を上げるエーラに凛華が冷静にツッコむ。


 清潔なとこで寝られるなら何だって良いや、と雑な感想を抱いた男2人と女性陣とではこういった感性が大いに違うようだ。


「はいはい、露店で何か買ってあげるから武器見に行くよ」


 アルが空腹で錯乱しているエーラを宥めながら降りていく。


「えっほんと!?やたっ!」


 途端に元気になる耳長娘。


 凛華はそんな2人に唇を尖らせた。


「エーラにだけ甘くない?あたしもさっき頑張ったんだけど?」


「凛華にも買ってあげるって」


「野郎どもいくわよ!」


 言質は取ったぞと言わんばかりに張り切りだす鬼娘。


 こちらもしっかり腹は空いていたらしい。


「現金なやつら」


 マルクの呟きもいつものことだ。


「楽しそうですね。お金、こちらで出しましょうか?」


「いいよ、必要経費じゃないし。外聞も悪いし」


「ふふっ」


 苦々しい顔で拒否するアルにラウラがくすっと微笑む。


「なぁ、野郎は二人しかいないと思うんだが」


「細けーこと気にすんな、ほれ行くぞ」


「あ、うむ。そうだな」


 凛華の発言が気にかかっていたらしいソーニャの背をぱんぱんと軽く叩いてマルクは先を促した。


 わちゃわちゃと会話を繰り広げながら6人が女主人に聞いた武器屋もとい鍛冶屋のある場所へと向かう。


 勿論、露店で何かしら買うことも忘れていない。



 こうして6人と1羽に増えた一党は武芸者協会の発祥地ウィルデリッタルト、そこから50kmほど外れた辺境の街ヴァルトシュタットへと辿り着いた。


 彼らはこの街から武芸者として歩み出していく。

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