7話 〈交易都市〉の跡取り令嬢ラウラ・シェーンベルグ (虹耀暦1286年9月:アルクス14歳)
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
なにとぞよろしくお願い致します。
ラービュラント大森林を抜けてすぐの旧街道。
そこを道なりに北東へ行くと森に住まう魔族からすれば雑木林、人間からすれば森と云った具合の樹林がまばらに点在している。
その中の一つに魔族4名と人間2名の計6名がいた。
街道からは煙一つ見えない。そこを野営地として火を囲んでいる。
アルクスは朱髪の少女ラウラから話があると言われ、強烈な疲労と眠気を堪えながら彼女らへ視線を向ける。
仲間であるマルクガルム、凛華、シルフィエーラも同じく真面目な顔つきで、三ツ足鴉の夜天翡翠ですら降りてきてラウラを凝視している。
ラウラは傍らに座る栗色髪の少女騎士ソーニャと目配せして頷き合うと、大きく息を吸って語り始めた。
「まずは昼間のお礼を。 危ないところを助けて下さり、ありがとうございました。 私は共和国の交易都市ヴァリスフォルム――――その藩主であるノーマン・シェーンベルグの娘、ラウラ・シェーンベルグと言います。 こちらは従者であり、共に育てられたソーニャ・アインホルンです」
藩主とは共和国の各都市にいる、言ってみれば代表者だ。
その都市内議会における最高議長であり、よっぽどのことがなければ世襲制で交代する。
国政に携わる評議員も兼ねているが、現在聖国による実質的支配下にあるため最低限の議会しか開けていない。
「都市代表の娘……妙に品の良い喋り方なのは貴族ってやつだからか?」
マルクは得心がいったような顔で訊ねた。
「まぁ、そんなところです。他国で言えば貴族の娘に当たります」
共和国内ではまた少し違う身分感覚だが、王国人や帝国人から見ればまず間違いなく貴族令嬢扱いされる身分である。
「それで?その共和国のお偉いさんの娘が聖国の神殿騎士に追われてた理由は?罪人ってわけじゃないんだろ?」
今度はアルが問う。どこをどう見たってこの少女らはそんな風に見えなかった。
ラウラも当然と言うように首肯する。
「はい、勿論違います。これからそのお話をさせて頂きます」
「あ、すまない。話の腰を折った。というか、話していいのか?」
早合点してあれこれ質問をぶつける癖はヴィオレッタ師匠から魔術の講義を受けてきた弊害だ。
アルは素直に謝罪して続きを促しつつ、「そういう事情って言っちゃダメなんじゃないの?」と疑問を呈した。
「問題ありません。無論、知られたからには巻き込む。なんて肚も抱えていませんからご心配なく。単にこちらの誠意みたいなものです」
ラウラが落ち着いて応える。
当然何の話かわからないアルとマルクは揃って疑問符を浮かべた。
「誠意……?って一体何の――――あぁ悪い。続けてくれ」
またもやどういうことだ?と先走って口に出した己を抑えつつ、アルがどうぞと仕草で示す。
「はい。元々うち……シェーンベルグ家は古い商家からその地位に立った家だったそうです。 商売柄、魔族とも獣人族とも区別なく接してきたし、父も同様に育ったと聞いています。 しかし、私達が生まれた頃……丁度聖国が影響を強めてきて、国内にいる魔族への閉め出しが討伐に変わっていったらしいんです。
父の父――――私の祖父も彼の国のやり方に強く反発していたんですが、周辺都市が聖騎士率いる神殿騎士隊の武力によって攻め落とされたと聞き、市民の為と従うしかなく……ヴァリスフォルムを気に入って住んでいた魔族達を説得して逃がしたそうです。 父もそれを手伝ったと聞いています。 相当骨が折れたと言ってました。
ですが、それが聖国に目をつけられる原因となってしまったんです。 飼い犬に手を噛まれたような感覚、だったのでしょうね。 日に日に圧力が高くなっていったそうです。 ですが祖父や父は曲がりなりにも有権者ですし、王国や帝国にもある程度顔が利きます。 強引な手段にい訴えれば、唯でさえ外聞の悪い聖国の評判に致命的な一撃を与えることになる。 おそらく彼の国はそう考えたんでしょう。
実際、祖父と父による魔族の逃亡幇助の少し後、帝国と王国が聖国による宣戦もない武力侵攻は一切認めず、兵を引かせないなら連合を組んで聖国へ攻め入ると突きつけたことで駐留していた多くの聖国軍は引きました。 しかし主要な機関は抑えられたまま。私達が生まれる前に主要都市を実効支配下に置いて完全な属国にしまったんです。 祖父も父も最後の一線こそ越えさせませんでしたが、苦しい状況にあったと聞きます。
そんな折です。 強硬に聖国からの支配へ抵抗していた祖父と父に手を焼いた彼らは、生まれたばかりの私に目をつけたんです。 正確には父ノーマンの実子である私と、その友人の忘れ形見――――娘同然で育てているソーニャに。 母は私を産んですぐ病に倒れてしまったので、父にとっての弱みはそこしかありませんでした。
そこで祖父が父へと代替わりし、政治に関するあれこれを父に任せ、祖父と祖父の私兵が常に私達を警護することにしたんです。 父は隙を見せぬようヴァリスフォルムを統治し、祖父が私達を守る。 そういう対策でした。 お陰で私達二人とも、少々窮屈ながらも聖国の”反魔族思想”とでも呼んだらいいんでしょうか? そんなものに染まることなく生きていけました。
ですが私が十二歳になってすぐ、祖父が亡くなったんです。 心労と病気だと癒者は言ってましたが、本当かどうかわかりません。 私達は日に日に弱っていく祖父を見ていることしかできませんでした。 そしてすぐに問題が起きたんです。 祖父の私兵達は変わらず私達を守ってくれていたのですが、聖国は父ノーマンへ私達の修道院入りを勧めてきたんです。
聖国の修道院というのはざっくり言ってしまえば、都市の現藩主への人質と洗脳教育を行う為に聖国が造った場所です。 当然、父はその存在理由を知っていましたから、激怒して共和国の最西に位置する街へ私達を秘密裡に移して難を逃れました。 表向きは都市内で暮らしているように見せてのらりくらりと躱す。そういう対策です。
その田舎街で私達は二年ほど生活していました。 神殿騎士連中も主要な都市に集中していたので、そこで馬の乗り方を学んだり、ソーニャは私兵達から本格的な騎士の剣盾術を教わったり、伸び伸びとした生活を送っていました。
ですが、つい先日父から手紙が届いたんです。 痺れを切らした神殿騎士が都市内の住宅へ乗り込み、私達がいないことに気付いたと。 すぐに帝国へ逃げるよう書かれていました。 ヴァリスフォルムは住民共々、聖国への抵抗が強い地域だそうで、あちらは早く人質を手に入れたかったんだと思います。
そうして手紙を受け取った私達が慌てて準備して出たところで、あの神殿騎士達に襲われたんです。 おそらく誰かから情報を無理矢理聞き出したんでしょう。 逃げる途中で馬車は壊され、守ってくれた私兵達、身の回りの世話をしてくれていた方々は次々と殺され…………それでも彼らは私達を馬に乗せて、逃がしてくれました。 後は、あなた方の知っている通りになります」
長く、重い話だった。
語り終えたラウラは最後に自らの手をぎゅうっと握り込み、ソーニャも硬く歯を食い縛っている。
彼女らが周囲の親しかった人々を失ったのは昨日の話なのだ、無理もない。
気丈に話しきっただけ心の強い方だ。
アル達4人は呆気に取られ、絶句するしかなかった。
―――――そこまでやるのか、聖国の連中は。
4人の心中に渦巻く感想が重なった。
しばし沈黙が支配し、たまに焚き火がパチッと火の粉を飛ばす音だけが響く。
アルは一度深く息を吸い、やがて彼女ら2人をじっと見据えて口を開いた。
「……事情はわかった。君らが俺達にあまり警戒していなかったのも、今ので理解できた」
魔族だという時点で、どう転んでも憎い聖国の手の者には成り得ないからだ。
おまけに図らずも彼女らの復讐を果たしてくれた相手。
良い印象にもなるだろう。
「それで……そこまで俺達に話したのはなぜだ?さっき言ってた誠意ってのと関係ある話か?」
淡々とアルは問うた。
薄々わかっているが、ここはハッキリさせるべき場面だ。
ラウラは緊張からゴクリと喉を鳴らした。
眼の前のアルから父ノーマンと同じものを感じたからだ。
即ち命を背負っている者の重圧を。
ゆえに涙が出そうなほど琥珀色の瞳を見開き、魔族の頭目をまっすぐ見つめて頼み事を口にする。
「帝都の学院へ行くと、聞きました。 私達も目的地は同じなんです。 最悪どこかの都市――――私達が帝国にいると認識してくれる方がいて、簡単に聖国の手が届かない場所。 そこでならどこで別れてもらっても構いません。 あなた方の旅へ同行させて下さい。 お願いします。 こんなところで死ぬわけにはいかないんです。 父や、亡くなった彼らの為にも生きてなきゃ……いけないんです」
そう言うとラウラは頭を下げた。ソーニャも背筋を正して腰を折る。
アルはそれを見て苦々しい表情を浮かべた。
―――――助けには、なりたい。
だが間違いなく彼女らに関わることで要らぬ危険が降りかかる。
悩んだ末に仲間達の顔を見た。
焚き火に照らされた彼らの目がアルに向く。
「お前の判断に任せるぜ、アル。方針は頭目が決めるもんだろ?俺らに否やはねえ。お前だって連中と因縁がないわけじゃねえだろ」
マルクの言葉にアルは「でも」と言い募った。
本当にわかってるのか?
問うような視線を向けても彼らの返事は変わらない。
「あんたの好きにしなさいな。我儘なんて思わないし、言わないわよ?」
「そうだよ、思ってる通りにしたらいい。たぶん皆、気持ちはいっしょだしねぇ」
凛華とエーラの言葉を受け、アルは深く黙考した。
再び静寂がその場を支配する。
しかし、その静けさは他ならぬアル自身によって比較的早く破られた。
「同行を許可するに当たって、いくつか条件と質問がある」
「何でしょうか?」
ラウラとソーニャは頭を上げ、アルの方を見る。
赤褐色の瞳には強い光が宿っていた。
たじろぐほどの眼光に視線を縫い付けられたラウラは魅入られかけ、丹田に力を込めて見つめ返す。
「俺達の目標はあくまで来年のターフェル魔導学院、その入学試験に向けて移動日程を組んでる。 それに合わせてもらう。 道中でどこかに滞在することもあるし、それが都市部でない可能性もある。 それと移動や戦闘中は必ず頭目である俺に従ってもらう」
「構いません」
ラウラは妥当だと思った。
「金は持ってるか?」
「あります。共用通貨を持ってます」
「俺達は街に入ったら武芸者登録をする予定だ。 そっちが登録するかは任せるが、長期の依頼として――――この際だ、帝都までの護衛を依頼すること。 金額は道中の必要経費分。 当然、俺達もそれ以外の依頼を熟すつもりではいるから、踏んだくるような真似はしない」
「その程度なら問題ありません」
そちらも妥当だ。吹っ掛けられるかも、と一瞬身構えたラウラだったが杞憂に終わった。
「条件は以上だ。質問に移る」
「はい」
思ったより少ない条件に肩透かしを食らっていたラウラとソーニャへ、アルが静かに訊ねる。
彼らにとっても、彼女らにとっても重要な――――行動の基軸となる問い掛けだ。
「あの連中と戦えるくらい、強くなりたいか?」
「「――――っ!!」」
その質問はラウラとソーニャの頭を目一杯殴りつけた。
対するアルは眼光鋭く、しかし淡々と再度問う。
「返答によっては護衛方法を変えなきゃならなくなる。どっちだ?」
護衛方法を変える――――それは2人を戦力として含めるかどうかという実務的な問いでもあり、彼女らの意識を問う質問でもあった。
戦うか、護られるか。
抗うか、逃れるか。
お前達はどっち側になりたい?
アルはその気概をこそ訊ね、戦い方を教えてやってもいいと言ったのだ。
ラウラとソーニャは強く手を握り締め、
「強くっ……なりたいです!!」
「私もだ……!」
ほとんど叫ぶように答えた。
もう二度と眼の前で、親しい人達の眼から光が奪われるのを見たくない。
もう二度とあんな風に、心が張り裂けそうなほどの無力感と申し訳無さに苛まれたくない。
もう二度と……大事な人を失いたくない。
その一心だった。
優に30名はいた神殿騎士を一方的に倒してみせた彼らの強さ。
望んで手に入るのなら欲しい。
飛びつかぬわけにはいかなかった。
アルは彼女らの魂の叫びを受け止め、ゆっくりと頷く。
「わかった。護衛依頼の報酬に、戦闘術と魔術の講義分も含むことにする。それでいいか?」
「お願いします!!あっ、ありがとうございます!」
「感謝する!本当に、感謝する!!」
話は纏まった。
アルが吐息を一つ、肩の力を抜いて仲間達に視線をやると――――。
凛華が「いいんじゃない?」と言いたげに、エーラが嬉しそうにニコニコと、マルクがフッと口の端を歪めて笑う。
どうやら正解を引いたらしい。
アルの雰囲気も柔らかくなった。
本来の柔和な態度で新たな仲間2名へ頭目として告げる。
「明日から移動開始だ。二人も疲れてるだろうし先に寝てて。途中で凛華かエーラが起こしに来るだろうから、そしたら交代で」
「は、はい……でも、いいんでしょうか?」
「私は馬から落ちて寝転がってただけだし、何というか申し訳ないんだが……」
雰囲気の変化にも驚くが、申し訳なさが勝ってしまう2人に思わぬところから援護が飛んできた。
「アルが寝なよ。疲れてるでしょ?」
「そんなにやつれた顔してるの見たことないわ」
凛華とエーラ、魔族の少女2人組だ。
「え、でも……」
「でもも何もないよ」
「休んでなさい」
「そう言われてもさ」
「ラウラとソーニャとアルが先に休みでいいでしょ?」
「二人だって疲れて――――」
「諦めろよ、アル。こいつらは頭目がフラフラしてちゃ不安だって言ってんのさ」
マルクからそう言われたアルは疲れた頭で納得した。
言われてみればドッと疲れが押し寄せてきた気がする。
「……あ、なるほど。わかったよ。じゃあそういうことで」
ラウラとソーニャへ改めてそう言って休もうとするアルへ、
「休むのはまだだよ?」
「ん?」
「大事なこと忘れてるわよ」
「大事なこと?」
鬼娘と耳長娘は終わってないぞと言う。
「何か、あったっけ?」
「この六人で一党を組むんだろ?ならきちんと自己紹介しとかねーと。特に俺らは魔族だし、きちんと把握してもらっといた方がいいんじゃねーか?」
「あ……忘れてた」
本格的に頭が回らなくなってきたようだ。
彼女らの前で戦ったからわかるだろうと思っていたが、自分が一番よくわからない奴だった。
ラウラとソーニャもきちんと名乗りを聞いてくれるらしい。
座り直して心なしかキラキラした目を4人へ向けている。
「じゃあボクからね!シルフィエーラ・ローリエだよ、森人族!”魔法”は――――また明日でいいねっ?エーラって呼んで!」
エーラも愛称だったか、とラウラとソーニャは思った。
「じゃ、次あたしね。イスルギ・凛華。鬼人族よ。もっと詳しく言えば冰鬼人ね。凛華でいいわ」
今更ながら二本角に気付いたのか、人間の少女2人は興味津々な目を向けた。
そこへマルクが続く。
「マルクガルム・イェーガー。知ってるだろうが人狼族だ。あとは~……特にねえな。あ、マルクでいい」
まさかこれも愛称だったとは。
そんな顔をする2人にマルクはくくっと笑った。
人狼の姿を先に見せている分、脅えられる心配もなくていいと気楽なものだ。
最後にアルが疲れも限界と言った表情で口を開く。
「アルクス・シルト・ルミナス、半龍人。アルでいいよ」
「へっ?」
「は!?」
これで終わりと言わんばかりにアルは眠気眼をこすった。
しかしラウラが手を上げて問い掛ける。
「あのぅ、半龍人ってどういうことですか?」
「半分人間で半分龍人ってことよ」
なぜか凛華が答えた。
それを横目にもう限界だ、とアルが敷いた天幕の上にそのまま寝転がる。
天幕をちゃんと張るのも、今更樹上小屋が出来上がるのを待つのも面倒だった。
「それって――――」
ソーニャの言葉に答えて寝ようと思ったが、目を瞑った途端に意識が落ちていく。
(精神的な疲れがここまで体力を奪うなんて……知らなかっ、た)
まともに思考できたのはそこまで。
アルはすぅっと眠りの世界へ旅立ってしまった。
そこへ凛華がそろ~っとやってきて、起こさないよう膝を差し入れる。
そのままアルの黎い髪を撫でている横で、本人の代わりにエーラが答えた。
「うん、半魔族ってことだよ。アルのお父さんが人間で、お母さんが龍人。だから半龍人。”魔法”は使えないけどボクら全員と戦って、それぞれ勝ったから頭目やってるんだ~」
「ま、次は俺が勝つけどな」
「あたしもよ」
「「えぇっ!?ちょ、ええええええ~~っ!?」」
ラウラとソーニャが本物の姉妹のように驚嘆の声を上げるなか、アルは心地の良い感覚と落ち着く匂いですぅすぅと深い寝息を立てている。
エーラと凛華がたびたび膝枕をするせいですっかり落ち着くようになってしまった。
魔族ですら初めて見たラウラとソーニャが眠気など吹き飛ばし、どういうことなのかと根掘り葉掘り訊ね、アルのプライバシーに抵触しないくらいのことを凛華とエーラが答えていく。
そうこうする内にだんだんと夜が更けていった。
ちなみにだが、やはりこの一党の中で一番冷静なのはマルクのようだ。
適当なところで切り上げてさっさと眠りについていた。
こうしてラウラ・シェーンベルグ及びソーニャ・アインホルンの両名が加わった魔族と人間の混成一党は穏やかな夜を越えていく。
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