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【10万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
第2部 青年期 武芸者編ノ壱 新たな仲間と聖国の追手編
53/218

3話 大森林辺境の村〈ネーベルドルフ〉 (虹耀暦1286年9月:アルクス14歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


今回は本編です。なにとぞよろしくお願いいたします。

 時が経つのは早いもので、出郷から27日間もの日数が経過していた。


 アルクス、凛華、シルフィエーラ、マルクガルム、そして夜天翡翠の4人と1羽の一党は旧街道まで残すところ50km(キリ・メトロン)という地点まで来ている。


 初日から10日でおよそ200km、11日目から20日目までで250km。


 万年樹でそれぞれ300kmずつの短縮(ブースト)を2回。


 そしてこの一週間で200kmを移動し、千年樹で更に200km跳んだ。


 総移動距離およそ1,450km。


 たったひと月でそれだけの距離を移動できたのだから、万年樹と『転移陣』が如何に破格なシロモノかわかると云うものである。


 現在時刻は28日目の朝8時を回ったばかり。


 アルは意識をシャキっとさせるべく、頬をパンパンと軽く張った。


 思い出すのは昨夜のことだ。


 眠りに落ちると半ば癖で前世の自分(長月)の部屋に赴いた意識体状態のアルだったが、帰りしな部屋の主に呼び止められた。


 なんでも彼曰く、目的地間近やもうすぐ自宅というところで転けたり、警察に()られるバイク乗り(ライダー)というのは一定数いるそうで、


「そうならんよう気ィ張り直して、仲間にも注意喚起しときな」


 と含蓄溢れる有難い言葉を貰うことになった。


 無論、4人がすっかり腑抜けていたというわけでもないのだが、気合を入れ直しておくのはきっと正しい。


(確か……百里を行く者は九十里を半ばとす、とかそんなんだったっけ?)


 昔の人は良い事を言ったものだ。


 仮令(たとえ)前世の格言であっても有用であることに変わりはない。


 思い立ったら即行動派なアルは朝食の席で注意喚起を行うのだった。


 仲間達も妙に神妙な顔で頷いていたのが印象深い。


「さてと」


 千年樹を背に4人は進行方向へと目を向けた。


 夜天翡翠は近くの樹上だ。朝食を終えて腹ごなしをしているらしい。


「ありがとね~」


 エーラが千年樹とその付近に伸びる椎や樫に向けて、手をひらひらと振る。


 昨晩はその3本の世話になったからだ。


 というのも2日目の夜以降から天幕を地面に置くのはやめにして、万年樹の洞に泊まるとき以外は10mほどの高さに樹上小屋(ツリーハウス)を作って、その中で夜を明かすことにしていたのである。


 この案は毒蛇や蜘蛛、その他害獣から襲われる危険性を考えたアルの提案だ。


 樹上で休めば他の細かな懸念材料もグッと減るし、自然色による保護迷彩も使えるのでかなりの手間が省けた。


 正直に云えば前世の自分(長月)との会話でこれを思いついたとき、わくわくしなかったと言えば嘘になる。


 が、仲間達も大いに心躍ったようで即座に賛同してくれた。


 仲の良い幼馴染なだけあって似通った感性をしているのだろう。


 ついでに補足すると、この樹上小屋(ツリーハウス)計画における最も心配な点はエーラへの負担だったのだが、そちらの不安も取り越し苦労に終わった。


 こと植物において比肩する者のいないほどの親和性を発揮する森人族の彼女によると、普段自力で動くことができない木々は『精霊感応』による取引で大きく動かしてもらうことを意外と面白がるらしい。


 巣食っている害虫の駆除なんかを請け負うと魔力すら要らないこともあるそうだ。


「そいじゃ行こうか!」


 エーラに倣って千年樹や樫の木達に目礼したアルが、拳をパン!と掌に叩きつける。


「みんな、気合い入れてくわよ!」


「ねえそれ俺の台詞だから。取るのなしだよ」


「ふふっ」


 クスクス笑う凛華に対して口を尖らせたアルが右手で刀印を結び、


「『陸舟(おかぶね)』」


 地面へ向けてひょいっと振る。


 すると土がむくむくと盛り上がって寄り集まり、やがて一艘の手漕ぎ船へと変わった。


 全幅はおよそ1.4m(メトロン)、全長約4.8mといったところか。


 深さはアル達の膝丈を少々越す程度、内部も簡素な座席のようなでっぱりがついているだけだ。


 また、底もゴムボートほどではないが平らに近い。


「このひと月で相当魔術創ったんじゃねーの?ショボいのからすげーのまで」


 マルクが幅の広い変なカヌーみたいな船に、背嚢をポイポイ投げ込みながらそんなことを言った。


「ショボいはないだろ、ショボいは。あれだって便利だったじゃん。だろ?」


 ”あれ”とは樹上小屋が出来るたびに、アルが導墨液でそこいらに刻み付けるようになった周囲を照らす魔術のことだ。


 いちいち光球を浮かべるのが面倒で、時間制限がある代わりに一度つけたら魔力を流し続ける必要のない術式を創った。


 電球と違って火事の心配もなく、痒いところに手が届く便利な術だという認識だったのは創った当人だけで、マルク達3人は大変ガッカリな反応を示したのである。

 

 普段のアルがどちらかと云えば派手な魔術ばかり創りがちなので、3人のこの反応もむべなるかなと云ったところだ。


「便利だよね?」


 アルがしつこく確認する。


 しかしエーラはノーコメントらしい。


「さっ、しゅっぱぁ~つ!」


 しれっと流して『陸舟』の舟首側の座席に座ると、腕を突き上げて催促する。


 マルクはいつの間にか舟尾の外側に立っているし、凛華も素知らぬ顔でさっさと耳長娘の隣に座っていた。


「ひどい仲間達だよまったく……はぁ~。よぉし、翡翠はいつも通り先行して偵察!何かあればすぐ戻ってくるように!それじゃ出発!」


 アルが中央の座席に腰掛けて号令を出しつつ、うっすらと浮いている術式に魔力を込める。


 この『陸舟』という魔術は周囲の土塊を取り込んで船を象らせる術だが、本来なら魔力を流し続けなくとも形が崩れることはない。


 ならばどうして魔力を籠めたのか?


 それは――――――……。


「カァ~!」


 指示に反応した夜天翡翠(やてんひすい)が、アルの左肩から宙へパッと翔び立ち、


「あいさぁー!進路はぁ~……こっちだね!精霊さん、道お願いね!」


 エーラの元気いっぱいな声が木霊すると、すぐさまメキメキッという音と共に『陸舟』の前が()()()


 森人たる耳長娘の『精霊感応』を通じ、木々に避けてもらったのだ。


「こっちもやるわよ~」


 エーラの拓いた道と舟の外底に、凛華が冰をヒュオォォ――――ッ!と張っていく。


 幅は『陸舟』が収まりきるギリギリ、底はなかなかの厚みだ。


 一党を乗せた舟を支えきるほどには密度も高い。


「よっしゃ掴まってろよー!」


 続いてマルクが『人狼化』すると、ダンッ!と大地を蹴りつけて船尾を押す。


 そして冰面をゆっくり滑り出す『陸舟』へひょいっと跳び乗ると、後ろ向きにゴォォォ――――ッ!と爆風を発生させた。


 斜め上からかかる暴風の反発によって加速した『陸舟』が、ザ……ザザア――――ッと音を立てながら滑り始め――――みるみる速度を上げていく。


 時速で示すと15~25kmほど。前世の自転車程度の速さだ。


 起伏の激しい森を抜けるなら、寧ろこれくらいでなければならない。


 この移動手段を用い始めて既に1週間以上は経つ。4人とも慣れたものだった。


 これもアルが提案し、話し合いの結果今の形になった移動方法である。


 初案が万年樹のジェットコースターなので、その場限りのレールを作りながらトロッコのような乗り物に乗って移動しようとしていたのだが、如何せんラービュラント大森林は原生林。


 当然ながら平坦な道の方が少ないし、何より見通しが悪い。


 それゆえ難易度が高過ぎるとして断念すべきか?とアルが決定を下す前に3人へ相談を持ち掛けてみたのだ。


 すると想定以上に好反応が返ってきた。


 頭目がまた何やら考えているらしいと察していた3人にとって、その案は思いの外楽しそうだったのだ。


「歩く為に大森林(そと)に出たわけじゃないんだし、ラクしたって良くない?と思ってさ」


 と、のたまったアルの言い様や発想力はヴィオレッタの直弟子ならではと云ったところか。


 兎にも角にも一人で何とかしようとしていたアルからすれば仲間達が乗り気になってくれたのなら上々。


 案など幾らでも生み出せる。談論風発して夜が更けていった結果がこれだ。


 エーラが針路を調べながら植物の精霊に(みち)を空けてもらい、凛華が舟の30m前方ほどに冰のコースを張り続ける。


 更に舟尾のマルクが荷物の吹き飛びに注意しつつ適宜加速、そしてアルが冰で削れていく土の船体を術式で維持(カバー)、また加速しすぎた場合は舟底に爪を発生させて減速させる。


 当初は凛華とエーラへの負担が大きくなるのではと危惧していたが、そこは森人と鬼人。


 試しに約10kmの距離を30分ちょっとで走破してみるも、然して疲れた様子も見せず、一番魔力を使ったはずの凛華ですら消費割合は2割に届くかどうかといったところだった。


 この実験結果より、『陸舟』は即日実地投入されることになったのだ。


 それからは基本的にこの『陸舟』走法で大森林を駆け抜けている。


 勿論魔獣がいたり道が険し過ぎる場合は徒歩も使うが、午前に出発していれば大抵昼過ぎには当日の目標距離を踏破し切っていることの方が多い。


 おかげで出来ていなかった鍛錬や食材採集、狩りに午後いっぱいを割ける。


 まさしく革新だ。


 実地投入したその日は豪勢な夕餉にありつきながら、4人とも遅くまで興奮冷めやらぬ様子であった。


「このままガンガン行こ~!」


「「「おー」」」


 彼らを乗せた『陸舟』は冰粒を吹き散らしながら大森林を快調に突き進む。



* * *



 軽快な滑走音が木々の間を疾走り抜けていく。


 アルは流れる景色を眺めながら、気配や魔力の感知に意識を傾けていた。


「ふぃ~、もうだいぶ走ったかな?」


 エーラがそんな言葉を後ろへ投げかける。


 前こそ向いているものの話し方に緊張感はなく、疲れも感じられない。


「そっちは平気?凛華は?疲れてない?」


 それでも一応、とアルは前の席へ返答を放り返した。


「ううん、ボクは平気だよ~。変に行き過ぎるのも予定が狂っちゃいそうだし、そろそろかな~と思ってさ」


「あたしも大して疲れてないわね。魔力もまだ三割くらいしか減ってないもの」


「ん、了解。マルク、今どれくらい経った?」


「一時間と……少しってとこだな」


 小振りな懐中時計を開いてマルクが応じる。


(ってことはもうそろそろ二十km地点)


 とアルが本日の踏破距離を概算して、


「わかった。じゃあそろそろ速度を――――」


 口を開きかけたときだった。


「カアカアーッ!」


 優雅に空を舞っていたはずの夜天翡翠が、鋭く啼きながらアルの元へ急降下してくる。


 4人の意識が急速に覚醒した。


「どうした翡翠?三人とも、速度落とすから掴まってて」


 意識を切り替えたアルがすぐに術式を弄る。


 すると舟底に太い杭のような爪が数本ジャキッ!と生え、『陸舟』の速度がみるみる落ちていく。


「カアッ!カアッ!」


「翡翠がこんなに慌ててるってことはそこそこ大物ね」


「だね。ボクも精霊に聞いてみる」


「舟から降りといた方がいいのは確かだろうよ」


「ああ、すぐに降りるぞ」


 それから間もなくして、ザザザ――――ッと音を立てながら『陸舟』が止まった。


 4人は手早く下舟し、背嚢を浮かせたまま周囲の様子を探る。


「翡翠、どのくらい先だ?」


「カアカァッ!」


 アルの問いにひらりと舞い上がった夜天翡翠は、4人の上空で一度旋回すると先導するように翔んでいった。


「行こう」


 頭目の引き締まった声に3人も頷き、一党が気配を殺しながら使い魔を追う。


 それから数分後。


 降りた地点から少し進んだところで地響きが聞こえてきた。


 巨体が地面を這いずる音や、重たそうなモノが硬質な何かへと叩きつけられたような音も聞こえてくる。


「翡翠、場所はわかったから下がってていいぞ」


「ありがとね」


「あとは任せなさいな」


「ちゃんと逃げとけよ」


「カアー!」


 三ツ足鴉は知能こそ高いものの、そこまで強い魔獣というわけではない。


 夜天翡翠が「りょーかーい!」と言うように啼いて上空へと退く。


 それから数十歩。


「あいつは……」


 魔獣を視認できるまで、そろりそろりと近付いた4人が見つけたソイツは、村らしき集落の防壁に尻尾を何度も叩きつけていた。


 村人達も魔族なようで応戦はしているが、然して効果を上げていないようだ。


 そしてその魔獣というのが――――……。


「よくよく縁があるなぁおい。お前らの剣が呼んでんじゃねえか?」


「馬鹿言わないでちょうだい」


 アルが里を出た遠因、高位魔獣”刃鱗土竜”であった。


 以前やりあった成体とほぼ同じサイズだ。


 巨大な体躯そのものを武器にして今も防壁にガンガンぶつかっている。


 またもや出くわすことになった高位魔獣に、果たして4人の表情は呆れ返っていた。


 もういいよ、とでも言いたげにウンザリしている。


 しかし――――――。


(百里を行く者は、だ)


「油断大敵だぞ。大人と()り合ってるのに、ちっとも怯んでない。見た目より厄介なやつかもしれない」


 アルは気を引き締め直して仲間へ呼びかけた。


「そうだね。こんな()()にいるくらいだもん」


「”魔法”もまだ使ってないわね。警備はどうなってたのかしら?」


「何にせよアルの言う通りだ。こんなとこでコケてたまるかよ」


 エーラ、凛華、マルクがハッとして銘々に警戒を高めていく。


 実を云うと、4人は2点だけ勘違いしていた。


 まず一つ目だが、高位魔獣というのは並の魔族であれば、苦戦どころか”逃走”が第一選択肢に上がるほど厄介な強さをしているということ。


 無論、隠れ里にだって並の実力しかない魔族も大勢いるが、その分強者も多い。


 ヴィオレッタを筆頭にトリシャや3人の父親達、また指導役を務めている魔族らはピンキリの中でも()()()()だと言えるだろう。


 つまり実際は若手の中でもかなりの上位に食い込む実力を持っているアル達4人が、自分達を若手の中堅くらいだと勘違いするほどには戦士の層が厚いのだ。


 そして二つ目。


 ラービュラント大森林の端、旧街道から30km地点にあるこの村は人間からすれば決して()()()()()()()()


 道標もなく、風穴や氷穴が至るところにある樹海の奥30kmに立ち入るなど、自殺行為としか呼べない危険過ぎる場所である。


 おまけに〈隠れ里〉建造の際、周囲の魔獣を完全に排除する余裕すらなかったヴィオレッタらが大森林の生態系を事細かに把握しているはずもない。


 つまり、ここに高位魔獣が居たとて()()()()()()()()のだ。


 それを知らない4人が慎重に彼我の距離を詰めていると、やにわに”刃鱗土竜”が奇妙な動きを見せた。


「アイツ”魔法”使ったぞ!焦れたっぽいな」


 マルクが小声で警告を発する。


 どうやら槍尾の方を持つ”刃鱗土竜”だったらしい。


 村の防壁をズドッ、ズドッ!と穴だらけにし始めた。


 中から聞こえてくる怒号に悲鳴が混じり始める。


 応戦していた魔族達は防衛に専念するらしく、怒声を上げながら防壁に魔力を流し始めた。


「ねぇどうする?危ないのはわかってるけどほっといたら――――」


 あの人達が死んじゃう、とエーラが不安そうにアルを振り返ってすぐに口を噤む。


 赤褐色の視線が真っ直ぐに”刃鱗土竜”を射貫いていたからだ。


 よく知る幼馴染の瞳に宿るは、明確な戦意と理知の光。


 既に動く気で、倒す算段を立てていたらしい。


 それを見たエーラも勇気と戦意が湧いてきた。


「アイツの脅威度は未知数だ。初動から全開で行く。準備は?」


 テキパキと訊ねるアルに、


「出来てるわ」


「いけるよ」


「問題ねえ」


 仲間達も気合充分な顔で応じる。


「よし」


 頷いたアルは頭で組み立てた戦術を一息に話した。


 真剣な表情で3人が頷く。


 一党として初めての高位魔獣戦だ。


 まさかこれほど早く再戦する機会が訪れるとは思わなかったが、そういったものが望む時機を選べないことは身を以て知っている。


 そうなっても乗り切れるよう、鍛練を積んできたのだ。


 失敗するわけにはいかない。


 決意を固めたエーラが弓に弦を張って、凛華が尾重剣をス……ッと引き抜き、マルクがゆらりと『人狼化』した。


 彼らと共に刃尾刀の鯉口を切ったアルの雰囲気が、白刃を思わせる鋭さを帯びていく。


 後ろで背嚢がドサリと落ちた。


 『念動術・括束』を切ったのだ。


「やるぞ!状況開始!!」


 仲間の闘志を受けたアルが魔力を昂らせて号令を出す。


「「「応――――ッ!!」」」


 4人の魔力がうねりを上げて一気に膨張。


 戦士達が高位魔獣へと突喊する。



☆ ★ ☆



 村落の内側で抗戦していた魔族達の耳に届いたのは、良く通る若い青年の声だった。


「そこの魔族達!伏せろ!俺達でやる!」


 彼らはこれでも魔獣蔓延る自然豊かな大森林に住まう魔族だ。


 その場にいた者達のほとんどが咄嗟に防壁から身を退いて伏せたところで、轟音と振動が村全体を揺さぶった。


「うおぉっ!?一体なにが……!」


「な、何だ今の!?」


 大気が破裂したような衝撃に、村落の者らが身を竦ませる。


 駆けてきたアルが『拡声の術』で呼びかけると同時に、”刃鱗土竜”へ混合属性魔力――――蒼炎雷を放ったのだ。


 『八針封刻紋』は既に3時まで解除済み。


 灰髪を揺らし、緋色の瞳に龍眼を発動させたアルは蒼炎雷を擲つや否や、高位魔獣へと一気に間合いを詰めた。



 ギイイイィィ――――――ッ!?



 吹き飛ばされた”刃鱗土竜”が慌てて攻撃された方へ向き直り、猛然と迫る灰髪の剣士をギョロッと捕捉する。



「『燐晄一矢(りんこういっし)・二連』ッ!!」



 そこへアルの背後から放たれたエーラの声と、キィン!という独特の弦音が瞬間的に疾走り抜ける。


 直後、ギョロリとした高位魔獣の両眼に閃光が深く突き刺さった。



 ギッ!?ギイィ――――――ッ!?



 ”刃鱗土竜”が痛みに悶えてのたうち回る。


 固い瞼を上げる前に脳の手前にまで到達した二条の閃光が、その両眼を過たず的中するだけに留まらず、灼き貫いていた。


 エーラ用にアルが専用改造(カスタマイズ)した光属性の『気刃の術』――――『燐晄』。


 強弓型の複合弓で放たれる矢は、龍眼を使っているアルでも光が一瞬奔ったようにしか見えぬほどの疾さで目標を貫通する。


 エーラの弓技が炸裂した一拍の後、アルが”刃鱗土竜”を間合いに収めた。



「『蒼炎気刃』ッ!」



 刃尾刀が高圧縮された蒼炎を纏う。


「うぉぉおおおおッ!」


 駆ける勢いを落とさず、アルが回転剣技を放ちながら高位魔獣の横を一気に跳び抜ける。


―――――六道穿光流・火の型派生技『蒼炎嵐舞』。


 ほとんど『豪焔嵐舞』と変わらない突進回転技だが、あの頃とは熟練度が違う。


 アルの放った剣技は、刃鱗土竜の左脚を2本とも根こそぎ斬り落とした。



 ギッ、ギイィ――――――ッ!!?



 刃鱗土竜が悲鳴を上げながらドオッと体勢を崩す。


(コイツは腹這いで移動する。まだ気は抜けない……!)


 駆け抜けながらアルが心中で呟くと同時、凛華が降ってきた。


 冰で足場を上に伸ばして跳躍していたのだ。


 そして空中で器用に魔術を発動。



「『流幻(りゅうげん)冰鬼刃(ひょうきじん)』ッ!」



 凛華の叫びに呼応し、尾重剣が冰を纏って一回りほど厚みを増した。


 こちらもアルが凛華用に専用改造(カスタマイズ)した『冰気槍刃』だ。


 以前は刃先が歪な形状の冰に覆われてしまったり、無駄に太かったり、槍形態へ切り替える際に術を掛け直す必要があったりと運用に難ありだったが、この『流幻冰鬼刃』はその問題全てをクリアしている。


 名前も凛華好みに合わせた魔術だ。


「はああああああッ!」


 『修羅桔梗(おにききょう)の相』を発動させた凛華が空中で縦回転。


 ”刃鱗土竜”の尻尾目掛けて尾重剣を振り下ろした。


 直撃――――。


 一瞬でカッ!と凍てついた太い尾が、根元から()()()て千切れ飛んでいく。


(よっし!これで移動(あし)は使えないわね!)


 凜華が心中で喝采をあげる。



「『雷光裂爪』ッ!」



 その間に痛みと混乱に慌てふためく高位魔獣の頭部へ向けて、マルクが魔術を発動しながら跳躍。


 狼爪が青白い雷鎚を纏う。


 次の瞬間、一足飛びに”刃鱗土竜”の眼前に躍り出たマルクが、


「ぜあッ!どおぉおおりゃあッ!」


 怒涛の勢いで雷狼爪を振るう。


 瞬く間に(わに)のような(あぎと)がズパッと断ち斬られ、頭部が灼き裂かれるだけに留まらず、脳まで焦がされて飛沫が頭蓋に灼き付いた。



 ドッ……ズウウッ……ウウ…………ン!



 ビクンと一瞬だけ藻掻いた”刃鱗土竜”が土煙を巻き上げながら倒れ込む。


 アル達4人は警戒を解かぬまま近寄り――――――……。

 

 完全に死亡していることを確認。


「状況終了。うまくいったな!」


 短い呼気を吐いたアルが快活に勝鬨を上げた。


「いよっしゃ!今回は完勝できたぜ」


 ニッと人狼態のまま笑ったマルクと拳をぶつけ合う。


「ふぅ~……」


「やっぱりあの魔術良いわね!普通の魔獣相手にしか使ったことなかったけど、前のより断然いいわ!」


 ガキガキッと『封刻紋』を閉め直すアルに凛華が上機嫌な笑みを、


「ボクのも~!強弓ではやったことなかったけど、すっごい威力だよ!」


 エーラも昂揚を隠さないでニッコリと嬉しそうな笑みを向けてくる。


「そりゃそうさ。完全な専用魔術にしたんだから」


 とは返しつつアルも嬉しそうだ。


「しっかし、コイツ強いヤツだったのかね?前と比べるのは難しいけど、そうでもなかった気がするぜ?」


 マルクは「うーん?」と頭を捻りながら疑問を呈した。


 アルが立てたのは僅か数十秒の電撃作戦だ。


 先行したアルが不意討ちで敵愾心(ヘイト)を煽り、それを利用してエーラが眼を奪う。


 その後、アルと凛華で機動力を削いで最後にマルクがトドメを刺す。


 警戒していたがゆえに全開で戦った――――にしても、確かにマルクの言う通り「そこまで必要だったのだろうか?」と首を傾げてしまう強さだった。


「うぅ~ん、確かにそうかも?動きも前のとあんま変わんなかったよね?」


「そうねぇ。とりあえずあの人達に聞いてみましょ」


「だな。ってまずは荷物を回収しないと。おーい翡翠!もういいぞー!」


「カアカァー!」


 上空で飛んでいた夜天翡翠が「かったー!やったー!」とばかりに啼いて、アルの肩に舞い戻ってくる。


 呆気ないがコケずに済んだ。


 すっかりいつも通りの和気藹々とした雰囲気に戻りつつ、4人が背嚢の方へ歩いて行く。


 そんな彼らを村落の住民達は遠巻きに見ていた。


 ワケのわからない強さで高位魔獣を一蹴した、まだまだ少年少女にしか見えない若者達。


 同胞のようだが何者だろうか?そしてあの強さは一体?


 そう思っていた住民達のなかで唯一心当たりのあった男が、ハッとしてすぐに4人の方へと走っていく。


 ガリガリと形容するほどではないが細身な男性だ。額には羊を思わせる巻き角が生えている。


「さっきは助けてくれてありがとう。 住民を代表して礼を言わせて貰いたい。 ヴィオレッタ様から話は聞いてるけど本当にここまで若いとは……それにさっきの戦いっぷりにも驚いたよ。 ネーベルドルフへようこそ、同胞のお客人。 そちらの里に較べれば何もないけれど、ゆっくりしていってね」


 優し気な顔でそう言う男に、アル達がキョトンとした顔を見合わせる。


 そういえば今日の目的地はこのネーベルドルフだった。


 大森林の入り口からもっとも近い村落。里と人間の街との中継地点。


 すっかり戦闘に意識を奪われていた4人は、友好的な挨拶をくれた男性に慌てて頭を下げるのだった。

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